曖昧さ回避
概要
ダグザはダヌーを母神とするダーナ神族(トゥアハ・デ・ダナーン)の首長、長老にあたる指導者、神々の父の役目を持つ偉大な神である。
その名は『良い神、善神(Dago Devos)』の意で、別名にエオヒド・オラティル(偉大な父エオヒド)、ルアド・ロエサ(知に富む偉大な者)がある。
その容姿は、腰までのチュニックと馬革の長靴を身に着ける太鼓腹をした赤毛の大男で、巨大な棍棒を車輪に乗せて引きずっているといわれる。
ダグザの神性は幅広く、生産をもたらす豊穣神を始めとして、魔術、知識に秀でたドルイドの王、死と再生をもたらし敵と戦う戦士など万能の力を持つ神である。とりわけドルイドの王という権能はケルトの文化における戦士階級とドルイドの関係性のように、ダーナ神族の王ヌアザ(戦士)ですら下位に置き、すべての神々を統べる最高神としての位階に表れている。
ダグザにはその能力を象徴する三つの持ち物がある。
一つ目は、聞く者に笑い、悲しみ、眠りを誘う楽曲を奏でる三弦の黄金の竪琴。この竪琴は演奏者なしでも巧みに奏でられ、天候を操る能力すら有していたとされる。
二つ目は、一方の先端で相手を打てば死をもたらし、もう一方の先端を振るえば死者を蘇らせるという棍棒。動かすには荷車に乗せて8人がかりで引く必要があるという巨大な代物で、敵に振り下ろせば“馬の蹄の下の霰”のようにその骨が地にめり込んだという。
三つ目は、その饗応を受けて満足して帰らない者はいないと言われるほどに大量の食物を無限に生み出す大釜。この大釜はダーナ神族が持つ四つの秘宝の一で、「アーサー王物語」の聖杯の原型ともいわれる。
これら三つの持ち物はジョルジュ・デュメジルの提唱した印欧語族の三機能体系、竪琴が第一機能の呪術性、棍棒が第二機能の戦闘性、大釜が第三機能の生産性に対応しているとされる。
万能の神ダグザの性格はモイ・トゥラ(マグ・トゥレド)の戦いの際に開かれた会議に強く表れており、ダーナ神族の神たちが戦いのために自分ができることをそれぞれ約束した後にダグザは『すべての神々ができることを私一人でやってのけよう』と宣言し、事実その通りの働きをして見せている。
ダグザの性格については寛大かつ英邁という善性が強く描写されるが、容姿通りに食欲に溢れた大食漢、性欲と精力に満ちた奔放性という、原初の神としての剥き出しの野卑な面も持ち合わせている。
モイ・トゥラ第二の戦いでダグザはルーグから敵情視察の命を受けて、サウィン祭の日である新年の為の休戦期間を利用してフォモール族の陣営に訪れる。フォモール族はダグザを足止めするために、80ガロン(300リットル)の牛乳とラードと小麦粉、無数の山羊、馬、豚を煮込んだ粥を用意し、地面に掘った大穴にそれを流し込んで「完食できなければ死ぬことになる」と言った。対するダグザは男と女が横になって寝られるほどの巨大な先端を持つスプーンで粥を瞬く間に平らげ、穴の底に残った粥を砂利ごと指ですくって舐め取ってしまうほどの貪食ぶりで応えた。フォモール族はダグザの食欲に驚きながらも膨れ上がった腹を抱えて歩く姿に皆笑い転げた。ダグザは海岸まで歩いて行って休んでいたがそこでフォモール族の王女エヴァと出会い交わって大いに満足させたことで彼女の魔術による手助けという約束を得るのに成功する。
ダグザと女神が交わる話は多く、戦争の女神モリガンと一夜を共にしたことで彼女の助成を取り付けた逸話、ブレグ(偽り)、メング(狡さ)、メイベル(醜さ)の三人の妻、そして「エーダインの求婚」では義理の妹であるボイン川の女神ボアーンとの情交においてダグザは一日の長さを九ヶ月に引き伸ばして愛の神オェングスという息子を設けている。
恋多きゆえにダグザは子沢山であり、長子のマンスターの王ボォヴや、開拓の神ミディール、『コルマクの語彙集』では詩、医療、鍛冶の三重女神ブリード(ブリギッド)もダグザの子とされている。
「モイ・トゥラ第2の戦い」ではフォーモリアとの戦いで戦死したと言われてる一方、民話などではミレー族にトゥアハ・デ・ダナーンが敗れた後はニューグレンジにあるブルグ・ナ・ボーニャに退いたと伝えられている。