概要
異世界で自衛隊が活躍するという点においては『自衛隊彼の地にて、斯く戦えり』と共通するが、本作の異世界における自衛隊員の立ち位置は「悪の大国の侵略から世界を守るための対抗手段として召喚された勇者」となっているのが大きな特徴。
また、航空自衛隊が全く登場しない代わりに海上自衛隊の活躍シーンが陸上自衛隊並みに多いのも特徴である(限定的ながらSH-60Kなどの航空戦力は保有している)。
異世界でなお地球での立ち位置を貫かんとする自衛隊の苦悩が描かれている一方で、作風はまっすぐなまでのヒロイックファンタジー路線であり、悪の大国の軍勢や邪悪な怪物を自衛隊が圧倒的火力で叩きのめす描写のカタルシスが大きい。
召喚された自衛隊員達は孤立無援の状態で常に少数での戦いを強いられ、加えて兵力の損耗を度外視して襲い掛かってくるトンデモ集団や、小火器ではお手上げな化け物などと相対するため戦闘シーンは常に緊張感が絶えない。
しかし、文明レベルの差から装備の質においては絶対的なアドバンテージを有し、なおかつ自衛隊自体がそもそも反則レベルの練度を誇るため、いざ交戦となれば確実に勝利を掴む。
書籍化の際に後塵を拝したせいでしばしば誤解されがちだが、柳内たくみ氏が『自衛隊彼の地にて、斯く戦えり』の連載をネット上で公開するよりも前に、高校生だった頃の浜松春日氏が連載していたネット小説が原型であるため、世に出たのは実は本作の方が先である。
また、さりげなく海上自衛隊の協力を受けており、護衛艦の設備の細かいデータや海上自衛隊で使用される用語を現実の海上自衛官がどう発音しているのか、といった点が本文中で分かる。
残念ながらWeb小説版は浜松氏が度重なる誹謗中傷から精神的に疲弊した巻き添えで、完結を待たずして削除されてしまっている(氏は書籍版の方で完結させる旨を明言している)。
加えて、Web小説版ではロソガット商会や、何らかの理由で地球から移住してきたアイヌ人の子孫たちも登場していたのだが、主人公の前世にまつわる重要なエピソードと共にその存在は丸ごと削られてしまい、書籍版にも登場していない。
また『自衛隊彼の地にて、斯く戦えり』との大きな違いとして、兵站の有無が挙げられる。本作では召喚という形で一方的に異世界へと呼び出された上に次元間移動の手段が全く確立されていないため、燃料・弾薬などの物資や機材・人員の数は限られている。
これは『自衛隊彼の地にて、斯く戦えり』ではゲートを介して日本から無尽蔵に人員・武器・弾薬を補給できるのとは対照的であり、どちらかと言えば(海上自衛隊の活躍的にも)ジパングに通ずるものである。
物語
諸事情から国連軍に参加するため、海上自衛隊の護衛艦「いぶき」を旗艦とした艦隊が陸上自衛隊の部隊を伴ってアフリカへと出発したところ、翼の生えた少女によって異世界へと召喚されてしまう。
何とか海洋国家「マリースア」に辿り着いた自衛隊員達はフィルボルグ継承帝国による侵略に巻き込まれ、否応なしに応戦を余儀なくされる。
かくして、自衛隊員VSフィルボルグ継承帝国の長い激闘が幕を開けたのであった。
登場人物
自衛隊
- 久世啓幸(くぜ ひろゆき)
本作の主人公にあたる人物で陸上自衛隊三等陸尉。
任官を巡って恋人との溝が生じて失恋したが、当人は真面目かつ誠実で温厚な好人物。
その人間性から異世界では複数の女性から好意を向けられるが、ラノベ主人公にありがちな特徴のせいでそれをいまいち感知できていない。
1個小隊を指揮する有能な指揮官であり、戦闘力も高い(実は素手でも意外なほど強い)。
彼と敵対することは作中における死亡フラグであり、加えて作中で参加した戦いでは常に先陣を切っているため、彼が向かう先は人であろうがなかろうがまず間違いなく敵の死体で埋め尽くされる。
- 市之瀬竜治(いちのせ りゅうじ)
久世の小隊に所属するスナイパーで階級は二等陸士。
自衛隊員としての使命感は持っていないが家族への愛着は強い。
十八歳でありながら準特級射手の座を手にしているだけあって狙撃能力は異常なほど高い(当人はゲーセン(に設置されているガンシューティングゲーム)で鍛えたと答えている)。
その手腕は敵部隊の軍旗の竿を狙撃してへし折る、久世めがけて振り下ろされる剣を狙撃して弾き飛ばすなど、人外扱いされてもおかしくないレベルである。
- 板井香織(いたい かおり)
久世の上官で、彼の小隊が属する中隊の隊長。
階級は一等陸尉。
優秀ではあるが人使いが荒く読者視点から見るとDQNな部分もあるため、久世は彼女の横暴さに難儀している。
- 蕪木紀夫(かぶらぎ のりお)
海上自衛隊海将補で、本作で異世界に召喚された自衛隊員たちの総指揮を担当している。
実績・能力のいずれも非の打ちどころがないが現場第一主義故に上官たちとの折り合いが悪く、これ以上の出世は望めないとされている。
しかし内側には旧帝国海軍の伝統を受け継ぐ熱い心が秘められている。
- 加藤修二(かとう しゅうじ)
海上自衛隊側の主人公ともいえるポジションにいる二等海佐。
オカルトやサブカルチャーに傾倒するオタクであり、蕪木の副官でもある。
童顔なので知的で明るい性格と相まってかなり若く見えるが、設定では三十路を過ぎた立派な壮年期。
また、素の性格からは考えられないような冷酷な作戦・判断であろうと、最善であれば最終的には選ぶことのできるドライな一面と怜悧な手腕も持ち合わせている。
オタクであるが故に自分達が異世界にトリップしたという事実に、自衛隊側で真っ先に気付いた。
マリースア南海連合王国
- ハミエーア・ルアナ・マリースア
十代前半にしてマリースアを治める女王。
その出自のせいか口調は年寄り臭いが、王者の器と風格を備え、民衆からも絶対的な支持を集める名君である。
自衛隊員達の全面的な味方であるが、それ故に内地軍や光母教会上層部の思惑への対処には苦慮している。
- カルダ・レシュアフォード
巨鳥にまたがり空を駆ける飛行軽甲戦士団の団長。
緑色の髪が映える麗人でモノクル(片眼鏡)が特徴だが、これは過去の負傷で視力が落ちたためだとか。
政略結婚とはいえ互いに本気で愛し合った婚約者に先立たれて以降、喪服の意味合いを込めて公務では黒い外套を羽織っていたが、久世達との邂逅を経てそれを羽織るのをやめている。
貴族階級であり、マリースアの貴族の中では真っ先に自衛隊員たちの味方となった。
- ラロナ・ハルティナー
飛行軽甲戦士団に所属する少女。
自衛隊員達とファーストコンタクトを果たした人物であり、その後もコンスタントに関わっている。
出身のせいか視力が恐ろしく高く、市之瀬を驚かせたことも。
ちなみに4巻の挿絵で判明しているが、飛行軽甲戦士団所属者は巨鳥に乗って飛行中の間、ゴーグルを着用して目を保護している。
- リュミ・ヌーヴェルメール
光母教会の見習い司祭。
若輩ながら戦場での治癒も担当する。
また、真面目で優しい人格者であり、身分を問わず分け隔てなく教えを説く姿勢から平民から慕われている。
フィルボルグ継承帝国
- エサイアス・アスガルド・フィルボルグ
その手腕と苛烈さから「賢狂帝」とも称される第七代皇帝、つまりこの作品における大ボス的な存在。
僅か16歳で即位し、斜陽だった帝国の復権を短期間で成し遂げたあたりに能力の高さが透けて見える。
(読者視点では)悪党然とした者が非常に多い軍とは違い、どこか飄々としており現時点ではそこまで悪役らしい面は見せておらず、ルーントルーパーズ(自衛隊)の出現に強い興味を見せるなど掴み所がない。
6巻で妻子持ちなのが判明しているが、妻は病に伏せり、一人娘には凶行の数々を理由に出奔されている。
妻に「みんなが笑顔でいられる世界」を見せるために世界統一を目論み、殺戮と禍根をまき散らして人々から笑顔を奪う、帝国の悪辣な侵略路線を打ち立てた。
その他
- フェルゥア・ディネルース
帝国軍の王都襲撃失敗の噂の真相を確かめるため、マリースアにやって来た流れ者なハイエルフで愛称はルー。
煽情的で露出の激しい服装もあってか体に刻まれた模様が丸見え。
作中最高レベルの美貌とエルフ離れしすぎたナイスバディを誇るが、性格は破天荒で金にがめつい。
その残念加減から久世ですら「性格破綻者」と断じてしまった、残念な絶世の美女である。
こんな人物だが本作のメインヒロインであり、マリースア到着後は自衛隊員達(というよりは久世個人)を気に入って個人的に全面協力してくれるようになった。
- ピクティ
幼くしてダークエルフを束ねる族長だが、彼らの種族はフィルボルグ継承帝国によって服従を強いられており、自らも暗殺術や魔法を駆使して戦いに身を投じる。
マリースアの首都でゴーレムを使役しての破壊活動を行うも自衛隊との交戦の末に失敗、後にダークエルフを「邪悪な種族」として忌み嫌う民衆や光母教会によって処刑されかかるが、久世の機転によって救われた。
その後、種族そのものをも救われたのを機に久世に対して忠誠を誓うようになる。
- クリスティア
不安定な気候と複雑に連なる岩礁に守られた『人魚の海』の海底を領土とする水底の国の王女。
種族はマーフォーク(人魚)。
邪龍レヴィアタンの生贄になりそうだったが、自衛隊に助けられる事となる。
その時の一件が縁で加藤と親密になった。
基本的にどこかお転婆。
- バルバディア
昔気質の海賊。
様々な事情から彼の海賊団は多様な人種で構成され、珍しいことに女性の団員もかなり多い。
一度はいぶき率いる艦隊と相対して惨敗するが、仲間達を決して殺そうとしなかった自衛隊員達に対して強い感銘を受けた節がある。
自由を身上とする人情派で義理堅い人物であり、後に未書籍化部分にて自分達の自由を守ると同時に、仲間達の命を見逃してもらった恩を返すため、自衛隊員達に傭兵として自分達を雇用してもらうと売り込んできた(相対した際にその覚悟を試すため敢えて非道な手を使ったことから、蕪木からは非常に軽蔑されており、彼に一蹴されたが)。
用語
- ルーントルーパーズ
別の世界から異世界にやって来た戦士達の、異世界側における総称であり、文中に出てくることが多い単語でもある。
作中では専ら自衛隊員達のことを指す。
過去に何があったのかは不明であるが、異世界各地の少数民族には自衛隊が搭乗する車両や艦艇に類する存在がかつて世のため人のために戦ったことを示唆する伝承が残されている。
- 有翼人
異世界で先史文明を築き上げていた種族。
彼らの遺産は異世界に点在しており、主にフィルボルグ継承帝国や教団が悪用してくる(遺産の大半が帝国領にあるのも大きい)。
いぶきを旗艦とする艦隊ごと自衛隊員達を召還した少女もこの種族である可能性は高い。
- マリースア南海連合王国
群島地帯と王都から連なる内陸部で構成された海洋国家。
豊かで平和な国である一方、諸外国との軋轢に備えて軍備も揃えている。
軍隊は王家直属で海上戦を重視した王都警備隊と、内陸部出身者が多勢を占める内地軍の二軍編成。
現在、ルーントルーパーズは王都の敷地を複数借用してそれらを拠点としている。
- フィルボルグ継承帝国
異世界最大の国家で、本作におけるメイン悪役その一。
第六代皇帝在位時は斜陽の一途だったが、エサイアスの即位後は一気に領土が即位前の五倍に膨れ上がっている。
やることなすことがいっそ清々しい位の悪逆非道であり、侵略と弾圧と圧政で勢力を強めてきた。
マリースア王都襲撃を担当した軍勢がルーントルーパーズの反撃で壊滅、それ以降は彼らの攻勢によって徐々に敗走を重ね続けることとなる。
- 教団
本作におけるメイン悪役その二。
正体不明の集団で、宗教組織かどうかすら不明。
世界の均衡を保つバランサーを自負してはいるが、世界の平和を乱しまくっているフィルボルグに全面協力しており、更に構成員がこれまた極悪非道だったりするので説得力は全く無い。
目的完遂のためルーントルーパーズの排除も目論むが、そのルーントルーパーズの火力に圧倒されている感が強い。
5巻にて「拝月教」なる単語が出ており、間違いなくこの集団のことを指していると思われる。
- レヴィアタン
2巻にて護衛艦いぶきと死闘を繰り広げた邪龍。
ルーントルーパーズが召喚されたのと並行してその姿を人魚の海に現した。
3巻の書下ろし番外編にて自然発生したワンオフの怪物ではないことが判明する。
- いぶき
ルーントルーパーズの本丸ともいえる最新鋭護衛艦で、あたご型護衛艦に次ぐ第三世代のイージス艦。
諸事情から地球での立ち位置は曖昧であったが、ルーントルーパーズ最強の火力を誇るだけあって戦闘となれば主砲とミサイルで敵を容赦なく灰燼へと変える。
2巻以降、ある理由を境にマーフォーク達から神と崇められることに。
マーフォークたちはこの艦へと定期的にお供え物(主にシーフード)を奉納するためだけに遠路遥々マリースアの領海へ通っていおり、ルーントルーパーズの胃袋を支えてくれている。
- ニホンレットウ諸島
マリースアの領海の端に位置する割と大きな諸島。
交易航路から大きく離れていることに加えて周辺の潮の流れも複雑で、地形自体も大規模な農業には向かないため、王家所有のまま名無し・無人のまま長い間放置されていた。
ルーントルーパーズがハミエーアに融通してもらい、救出に成功した少数民族らの自治区として入植・開発に着手した。
これは少数民族の中にダークエルフが含まれ、彼らが本土に移住するのは政治的・宗教的に無理があったためである。
名無しでは流石に不便ということで、諸島を構成する島々が偶然にも日本列島に酷似した形状をしていたことにちなんで、ルーントルーパーズ側の判断で日本列島の名を冠することに。
実は地上に湧き出て天然の油田を形成するほど膨大な量の石油が眠る巨大な油脈があり、有効活用のために島の入植・開発が大規模化・加速化していった。
その結果、諸島の総人口における少数民族側が占める割合が大きく減ったのはご愛嬌。
- 暗魔兵団
フィルボルグの暗部そのものとでも言うべき存在。
暗部だらけな『あの』フィルボルグの暗部な時点でどんな存在かが窺い知れる。
先代の時点ではすでに解散させられていたのだが、エサイアスの手で復活。
以後は彼の手足として諜報・謀略に勤しんでいる。
削除されたエピソードでは「ハイート」なる人造生物を使ってルーントルーパーズの妨害に出たが、科学知識と現代兵器を活用した彼らのトラップの前に誰一人殺せぬままハイートは全滅。
直接相対することなく惨敗を喫した。