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標津線

しべつせん

JR北海道が運営していた鉄道路線。1989年(平成元年)4月30日に廃止された。
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路線データ編集

路線名標津線
路線区間
  • 本線:標茶〜根室標津
  • 厚床支線:中標津〜厚床
路線距離
  • 本線:69.4km
  • 厚床支線:47.5km
軌間1,067mm
駅数
  • 本線:13駅
  • 厚床支線:7駅
非電化区間全線
単線区間全線
閉塞方式タブレット閉塞式
第一種鉄道事業者北海道旅客鉄道(JR北海道)
廃止日1989年(平成元年)4月30日

概要編集

北海道旅客鉄道(JR北海道)が運営していた鉄道路線。

標茶駅(北海道川上郡標茶町)と根室標津駅(標津郡標津町)を結ぶ本線と、中標津駅(標津郡中標津町)と厚床駅(根室市)を結ぶ厚床支線で構成されていた。全線が非電化単線だった。

日本国有鉄道(国鉄)時代に赤字83線に指定される程の超赤字路線だった。しかし冬季の代替輸送機関の脆弱性から辛うじて存続し、名寄本線天北線池北線と共に国鉄末期の第二次特定地方交通線選定からは一時は外れたものの、結局1985年(昭和60年)8月2日に代替輸送が可能になったとして4線共に廃止が承認された。


最終的に国鉄分割民営化によってJR北海道が第一種鉄道事業者として継承したものの、1989年(平成元年)4月30日付けで(追加4線のうちでは最初に)廃止された。なお、名寄本線と天北線は翌日の5月1日に廃止、池北線は同年6月4日に北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線に転換されたが、ふるさと銀河線は2006年(平成18年)4月21日に廃止された。

廃止前は第三セクターへの転換も検討されたが、試算で資金がすぐに底を尽きる事が判明し、結局路線バスへの転換が妥当とされた。現在本線区間は阿寒バスが、厚床支線区間は根室交通がそれぞれ路線バスを走らせている。


沿革編集


運行形態(廃止時)編集

国鉄末期に急行「しれとこ」が廃止されて以降路線廃止まで普通列車のみ運行されていた。

本線編集

廃止直前のダイヤでは基本的に全線通しの運行だった。標茶駅〜中標津駅間が下り7本・上り6本、中標津駅〜根室標津駅間は下り6本・上り7本。いずれも最終列車のみ中標津行として運行された。

下り4本・上り2本は釧網本線釧路駅発着で運行されていた他、日中の上り1本は根室標津駅→中標津駅間で標茶行と厚床行を併結して運行されていた。

なお一部列車は国鉄時代に仮乗降場だった駅を通過していた。


厚床支線編集

路線の起点は中標津駅だが、運行上は厚床駅を起点としていた。

1日4往復のみの運行で、上り1本が根室標津駅始発である以外は全て線内運用だった。

閑散路線であり、下り列車は最長6時間以上列車間隔が開いていた。


駅一覧編集

●:停車 ▲:一部列車通過

本線編集

駅名普通乗換路線備考
釧網本線釧路まで直通運転
標茶釧網本線
多和
泉川
光進
西春別
上春別
計根別
開栄
当幌
↑厚床支線厚床まで直通運転
中標津厚床支線当駅発着あり
東標津信号場
上武佐
川北
根室標津

※1945年11月2日廃止


厚床支線編集


使用車両編集

キハ22
国鉄時代 北海道

釧路運転所(現・釧路運輸車両所)所属の気動車。廃止時に使用されていた。

キハ22形はかつて準急「らうす」、急行「くなしり」「しれとこ」でも使用されていた。


関連項目編集

国鉄 JR北海道 廃線 特定地方交通線

キハ20系 キハ40系

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