概要
「白ゆりのような女の子」は、『ドラえもん』てんとう虫コミックス第3巻に収録されたエピソード。初出は『小学四年生』昭和45年(1970年)6月号。
のび太の父・野比のび助(初期には父親の名前が「のび三」であった回もあったが、ここでは現在の設定に基づき「のび助」で統一する)の小学生時代、太平洋戦争中の学童疎開体験を背景とする作品。
のび助が疎開先で出会ったという「白ゆりのような女の子」を写真に収めるため、ドラえもんとのび太が「タイムマシン」で昭和20年(1945年)に飛ぶ。
ドタバタパートやひみつ道具を使って過去ののび助を助けるシーンなど普段のドラえもんらしい演出も健在だが、その一方で戦時中にのび助が体験した辛い生活もシリアスに描かれており、太平洋戦争の1コマを『ドラえもん』式に描いた異色作である。
ちなみに、のび助の年齢は36歳とする例があり(コミックス2巻「地下鉄をつくっちゃえ」)、作品が執筆された昭和45年(1970年)を基準とすると、昭和20年時点でのび助は11歳となり、学童疎開を体験した世代にぴたりと一致する。作者の藤子・F・不二雄も昭和8年(1933年)生まれで、のび助とほぼ同世代である。
ただし、その後『ドラえもん』のアニメ作品が平成にも放送されサザエさん方式で続いた結果、現代から見ると「のび太の父が戦争体験者」というのは年代的に合わなくなってしまっている。この点をどうしたかについては後述。
ストーリー
このエピソードは、のび助の思い出話から始まる。
日本全国の都市が本土空襲に晒されていた太平洋戦争末期、のび助は同級生達や教師と共にとある田舎の寺院に集団疎開していた。とても授業どころではなく、小学生といえども毎日畑作りや防空壕掘りなどに駆り出され、疲労困憊の中で腹を空かせる毎日を送っていた。
そんなある日、のび助は夕暮れの河原で白いワンピースを着た見知らぬ少女に出会う。色が白く、髪が長い、大きな丸い目をした「花に例えれば白ゆりのような」その女の子(のび助には、髪を三つ編み2本にまとめた少女漫画風の美少女として記憶されている)とは一言も言葉を交わさなかったが、不思議なことに少女がのび助をいたわる気持ちがはっきりと伝わってきたという。少女はのび助に1枚のチョコレートを渡して夕もやの中に消えていき、二度とのび助と出会うことはなかった。当時では貴重だったチョコレートのおいしさが、のび助を元気づけたことは言うまでもない。
その話を聞いたドラえもんとのび太は、のび助のために白ゆりの少女を写真に収めようと、少女と出会ったという昭和20年6月10日へ「タイムマシン」で向かう。
到着した先では、小学生時代ののび助が同級生達と畑を開墾していたが、のび太同様に運動の苦手なのび助は作業が遅く、教師から叱責とビンタを受けていた。休憩時間になっても割り当ての終わらないのび助だけは休むことを許されず、ついには目を回して気絶してしまう。たまらず飛び出した2人はのび助を木陰に入れて介抱し、容姿のよく似たのび太が「スーパー手ぶくろ」を装備して代わりに開墾を終わらせることにした。ところが、戻ってきた教師に髪が丸刈りでないことを見とがめられたため(別人とは気づかなかったようである)、ドラえもんが姿を消してバリカンでのび太の髪を刈り上げ、事なきを得た。
(のび助に扮した)のび太のおかげで今日の農作業が終わり喜ぶ同級生たちだったが、その歓声で意識を取り戻したのび助は、自分がさぼっている間に作業が終わってしまったものと思い込み、教師からのさらなる仕置きを恐れてあてもないまま逃げ出してしまう。
のび助が消えたことに気づいた2人は河原に向かい、のび助と少女を待ち受けることにした。この間、先ほど丸刈りにした髪を元に戻すために、ドラえもんは「30分できく毛はえぐすり」をのび太に使用する。
ところが、夕暮れになってものび助も少女も河原に現れない。のび太は2人を探してうろうろするうちにうっかり肥溜めに落ちてしまう。川で身体を洗うも臭いが落ちない為、ドラえもんが「脱臭剤」で臭いを落とし、そのままドラえもんはのび太の着替えを探しに向かった。
その直後、河原にのび助が現れた。
ところが、現代で聞かされていた話と異なり、辛い疎開生活に疲れ果てたのび助は、思い詰めたあまり川へ入水自殺を図ろうとし始めたのである。
大慌てするのび太だったが、その時先程の毛はえぐすりが過剰に効果を発揮し、腰に届くような長髪になってしまった。そこへドラえもんが戻ってきたが、近くの物干しから夕闇の中で適当に失敬してきた服は女性もののワンピースであった。やむを得ずのび太が着替えた時にドラえもんは気づいた。「色が白くて、髪が長く、大きな丸い目の女の子」。白ゆりの少女の正体とは、女装したのび太だったのである。偶然にもドラえもんはその時ポケットの中に板チョコレートを持っており、それを持ったのび太が河原へと降り、のび助の入水を食い止めたのだった。
出会いの様子をカメラに収めて現代に戻った2人だったが、写真の少女は当たり前だが女装したのび太である。のび助が玉子にも当時の思い出話をなつかしく語る様子を見て、「思い出は美しいままにしておいてあげよう」と、ドラえもん達は真相を語らぬまま写真を破り捨てるのだった。
余談だが、作中の「しらゆりのような女の子」を描いたのは実は藤子Fではなく、彼のアシスタントだった志村みどり(あの荒俣宏の妹)である。
アニメ版について
上記のエピソードは大山のぶ代版及び水田わさび版アニメで映像化されている。前者は1979年、後者は2005年に放送された。
『小学四年生』での初出から10年足らずで制作された1979年版では、仮に1979年を基準としても、小学生の息子がいるのび助が戦前生まれという設定は特に不自然ではない。
一方、終戦60年を期して制作された2005年版(8月5日放送)では、設定の改変やアレンジは行われず、ほぼ原作に忠実なのび助の戦争体験と思い出の物語として描かれた。アニメを通じて初めてこのエピソードを知る子ども達にとっては、どう考えても「のび太の父が戦前生まれ」というのは無理がある状況になっていた(2005年を基準にすると、のび助が60代後半以上ということになってしまう)。親から子に体験を伝える形にしたかったのか、サザエさん方式をとっている作品おいて呼び名の由来であるサザエさん、こち亀のように、作中の時代の変化はあっても一部はそれに関わらず初期設定のままという場合もあり、そういうつもりで改変はしなかったのかもしれない。
戦争絡みの話としては「ぞうとおじさん」もあるが、わさび版で2度放送されたときいずれも、登場人物が置き換えられている。わさび版の1度目は2007年放送で白ゆりの話よりも後であり、白ゆりのとき、さすがに時代に合わないとツッコミが大きかった結果によるものかもしれない。