ロールシャッハ
ろーるしゃっは
ロールシャッハとは本来、スイスの地名であり、人名。
スイスの心理学者ヘルマン・ロールシャッハが提唱した、インクの染みを用いた心理テスト法を"ロールシャッハテスト"といい、転じて、ロールシャッハテストに使われるような左右対称(シンメトリー)の模様を指してロールシャッハと呼ぶこともある。これらの詳細は該当項目を参照のこと。
『ウォッチメン』のロールシャッハも、名前、意匠、ともにロールシャッハテストに由来している。
物語冒頭で死亡するコメディアン/エドワード・モーガン・ブレイクの、死の真相を調査する。
読者の間でも最も人気があり、原作者のアラン・ムーアも一押しのキャラクター。
本名はウォルター・ジョゼフ・コバックス。
1940年生まれ。物語本編(1985年)では45歳。男性。
映画版では出自が若干変更されており、35歳である。
ヒーローの自警活動を禁止するキーン条例が制定された後も、条例を無視して非合法に悪と戦い続けているクライムファイター。
トレンチコートと、模様が流動する白黒の覆面がトレードマーク。
非情かつ暴力的で、手段を選ばず、絶対に妥協しない。
ヒーローとはいえ超能力の類は持ち合わせていないが、軍の秘密基地に侵入する程度のスキルは備えており、そんじょそこらの犯罪者程度ならば簡単に叩きのめしてしまうくらいには強い(後述する実写映画版では、警官隊や刑務所の囚人達を相手に大立ち回りを演じている所も観れる)。
追い詰められたときには、その場にあったスプレーで火炎を放射するなど、とっさの判断力も高い。
撃つとフックのついたワイヤーが飛び出すワイヤーガンを常備する。
いつも手帳を持ち歩いており、思考や行動を逐一記録している。
尋問の際には、相手の指を折るのが習慣。
殺人容疑が二件、正当防衛による殺人容疑が五件あり、警察に追われている。
正義のヒーローというよりは、悪党専門の通り魔と言った方が近い。
普段は無職の中年男。
"The End is Nigh(終末は近い)"と書かれた看板を持って街中を徘徊している。
食事にこだわりはなく、豆と角砂糖をほおばるだけで済ませてしまう。
風呂にも入らず、部屋の掃除もしないため、不潔極まりない。
右翼系雑誌『ニュー・フロンティアズマン』を愛読する極右思想の持ち主で、第二次世界大戦におけるアメリカの原爆投下を賛美し、共産主義に罵詈雑言を吐きつける。
また、幼少期のトラウマから、性に対して憎悪を抱いており、女性に対し「売女」と罵ったり、同性愛者のヒロインが殺された件を「自業自得」と切り捨てているなど、度の過ぎた女嫌いでもある。
反面、子供が泣いている状況には我慢できず、優しさを垣間見せることがある。
実は167cmとアメリカにおいてはかなり身長が低く、ロールシャッハの状態ではシークレットブーツを履いてごまかしている。(ちなみに体重は64kg)
年齢の割に、体力や健康状態は完璧に近い。
人前では素顔を見せようとせず、覆面を自分の"顔"と称している。
このことから、ロールシャッハはウォルター・コバックスとは別人である、という強い意識がうかがえる。
幼少期
1940年3月21日、シルビア・コバックスの子として生を受ける。父親は不明。
家は母シルビアが売春で生計を立てるほどに貧しかった。
ウォルターが生まれる二ヶ月前に息子の父親が家を去ったこと、子供の存在が仕事の邪魔になることから、母親からは疎まれ、幼少期は虐待を受けて過ごした。
このときの体験が女性、ひいては性そのものに対する強い憎悪と、まだ見ぬ父親への渇望、マッチョイズム、極右思想を作ったと考えられる。
1951年、10歳のとき、年上の少年二人に母親のことで絡まれ、その報復に暴力事件を起こす。相手の一人は失明するほどの大怪我を負った。
母親に養育能力がないと判断され、ウォルター少年はリリアン・チャールトン児童矯正施設に引き取られる。
1956年、16歳になったコバックスは社会的に問題なしと判断され、施設を出ることになる。
その直前、母シルビアが情夫に殺害されるという事件が発生。犯人が逮捕されると、ウォルターはただ「よかった」とコメントした。
後に、劇中の精神医学者は、ロールシャッハとしての暴力的な振る舞いを、母親という憎悪の矛先がなくなったがゆえの代償行為だと診断している。
ヒーローデビュー
1962年、縫製工場の工員として働いていたウォルターは、ドレスの特注を受ける。
ウォルターが作ったのは、白地に黒い液体が流れ、体温や圧力によって変化する模様を持つドレスだった。
『ウォッチメン』の世界には、超人DR.マンハッタンの出現によってさまざまな新技術が生まれており、この布もその一つである。
ウォルターは"とてつもなく美しい"と感じたが、顧客は気味悪がって受け取らず、その布はウォルターの私物となった。
それから二年後の1964年3月、ウォルターはドレスを注文した顧客が殺されたことを知る。
キティ・ジェノヴィーズ事件として話題となったこの一件に強い憤りを感じたウォルターは、ドレスの布で"顔"を作った。
そしてヒーローとなり、ロールシャッハとしての自警活動を始めたのだった。
デビューしてからしばらくは、模範的なヒーローだった。
犯罪者は生かして拘束し、重傷を負わせた記録はない。
65年には二代目ナイトオウル/ダニエル・ドライバーグとコンビを組んでビッグ・フィギュアのギャング組織を壊滅させ、66年にはヒーローチーム"クライムバスターズ"に参加している。
このころの自身について、ロールシャッハは後に「ロールシャッハになったフリをしてるコバックスだ」と回顧している。
ロールシャッハへ
1975年、六歳の少女ブレア・ロレッシュが誘拐される。
同姓の資産家の娘と勘違いされての犯行だったが、ロレッシュ家はただの貧しい家庭だった。
子供が怯えていることに我慢できなくなったコバックスは「必ず連れ戻す」と少女の両親と約束し、独自に事件への介入を開始。
彼は悪党15人を病院送りにして犯人のアジトを聞き出し、犯人が留守であることを確信すると、単独でそこへ乗り込んだ。
だがそこで見たのは、証拠隠滅のために殺され、犬の餌に成り果てた少女の残骸だった。
この時、マスクの下で「母ちゃん…」とうめいたのはコバックスだった。
しかし次の瞬間、目を開いたのはロールシャッハだった。
彼は犬を殺した。
その夜、戻ってきた犯人を拘束し、鋸を手渡すと、アジトに火を放った。
しばらく燃え上がる炎と人間が焦げる煙とを眺めた後、誰も出てこなかったことを確認し、彼はその場を後にした。
そうして、ロールシャッハは生まれたのである。
1977年、ヒーローの自警行為を禁止するキーン条例が制定される。
ヒーローたちが引退していく中、ただ一人、ロールシャッハだけは政府の警告を無視し、活動を続けていた。
このとき、強姦魔の死体に 「断る!」 というメッセージを添え、警察署の前に放置したことから、警察からも敵視されている。
1985年、エドワード・ブレイクがマンションから転落死する。
彼が、かつてクライムバスターズに属していたヒーロー・コメディアンであることを知ったロールシャッハは、何者かが"ヒーロー狩り"を行っている可能性を感じ、かつての仲間たちの元を訪れ、警告していく。
それは世界を揺るがす陰謀の一端だったのだが――。
アウトローな身分から、友好的な人間関係はゼロ。
犯罪者からも警察も嫌われ、市民からは狂人と見られている。
ではウォルターでいる間はどうかと言えば、不潔で偏屈な小男でしかなく、やることといえば先述の看板を持って街中を練り歩くのみのほとんど変質者であり、近所の人からは煙たがれている。
他のヒーローに対しても毒づいているばかりだが、コメディアンに関しては唯一「尊敬に値する」と称している。
その敬意はロールシャッハを動かし、死の真相を調査させる動機となっている。
唯一の友人と言っていいのは、二代目ナイトオウルことダニエル・ドライバーグである。
全盛期は特殊飛行船オウルシップ"アーチー"でともに飛び回り、並み居る悪党をちぎっては投げ、ちぎっては投げ……という日々を繰り返していた。
また、ロールシャッハが愛用しているワイヤーガンはダニエルの発明品である。
不純な動機でヒーローをやっている者が多い『ウォッチメン』の世界において、純朴な正義感を持つナイトオウルは、ロールシャッハにとって最良のパートナーだったのかもしれない。
75年、ロールシャッハに転機が訪れ、77年にナイトオウルが引退して以降、タッグを組むことはなくなった。ロールシャッハは「他の奴ら同様甘くなった」と語っている。
ただ、その後も友人としては見ているようで、コメディアンが死んだ際、ロールシャッハが真っ先に訪れたのもダニエルの家だった。
家の鍵を破壊し、侵入しては勝手に豆の缶詰を開けるような男だが、そんなロールシャッハを理解できるのもダニエルしかいない模様である。
物語佳境、二人は再びタッグを組み、事件の黒幕と対峙する。
だが、そこには凄惨な結末が待ち構えていた。
『ウォッチメン』に登場する主要ヒーローにはそれぞれモデルがいる。ロールシャッハのモデルはスティーブ・ディッコの創作したクエスチョンであると、あとがきでは語られている。
表の顔はテレビレポーター、裏では人工皮膚を顔にまとい、世の腐敗を容赦なく断罪するヒーローである。右翼主義者である点もロールシャッハと共通している。
他のモチーフとして、同じディッコが創作したMr.Aが挙げられている。
現場に白と黒の二分されたカードを残していくヒーローで、これは善悪をはっきり二分する精神性を表している。
その精神はロールシャッハの動く覆面とともに受け継がれた。
ヒーロー名の由来はロールシャッハテストである。
絶えず変化しながらも灰色に混じらない白黒模様は、ロールシャッハの美学を象徴する。
また、原作者のムーアが「彼をモラルの価値が地に落ちた時代を行く聖戦士と見るか、無差別に殺害を繰り返すサイコキラーと見るかは、読者の自由だ」と語っているように、文字通りロールシャッハ自身が、ひいては『ウォッチメン』という作品そのものが、善悪のあり方を読者に問いかけるロールシャッハテストになっている。
ロールシャッハは、たとえ相手が神であろうと自らの正義を曲げない。たとえその行動により世界が滅ぶ可能性があっても、である。
その姿は、ニーチェが『ツァラトゥストラかく語りき』で提唱した精神的"超人"であるという。
年齢が45歳から35歳になった以外には、設定や行動の変更点はほとんどない。
動く白黒のマスクも再現されている。
しかしロールシャッハが生まれるきっかけになった事件では、原作では犯人が自分で腕を切断すれば脱出できるようにして放火したのに対し、映画では何度も頭に鉈を振り下ろして殺している。
ジャッキー・アール・ヘイリーは原作のファンで、劇中のシーンを演じたデモ映像をザック・スナイダー監督に送り、ロールシャッハ役を見事に射止めた。
日本語吹き替えを務めたのは『仮面ライダー剣』の烏丸所長役として知られる山路和弘。ジャッキーに似た渋い声で好演している。
ちなみに、どちらの人物も約1年後にリメイクされたホラー映画の殺人鬼役を演じている。
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