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立烏帽子

たてえぼし

日本の伝承に登場する魔王の娘。伊勢国鈴鹿山に居を構え日本を覆そうとした。
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立烏帽子とは

  1. 烏帽子の一種。烏帽子の中で最も格式が高い → 烏帽子
  2. 日本の伝承に登場する魔王の娘
  3. 天女としての立烏帽子 → 鈴鹿御前

ここでは2.について述べる。

概要

平安時代の鈴鹿山に天下った天竺第六天魔王の娘。天魔とも。
神通力三明の剣を自在に操り、光輪車などを用いて夫である田村将軍の鬼退治に助力した。

来歴

『田村三代記』の諸本によって細部に違いはあるが、父である第六天魔王の命令で神国である日本を魔国にするために鈴鹿山へと天下ってきた。相応の夫がいなければそれは叶わないと田村将軍に目を付けたものの、悪魔退治に来臨した観音の化身なので可哀想だとやめた。そこで陸奥国の達谷窟に住む大嶽丸に度々文を送るが返事が来ない。そんな時に自らを討伐しに現れた田村将軍の勇敢さと精悍な出で立ちに一目惚れして改心し、夫婦となって2人の間には娘の小りんが生まれた。

田村将軍が近江国の「明石の高丸」退治を命じられた時には、岩戸に閉じ籠った高丸に対して、扇で天を招いて十二の星を降らせ稚児の舞で興味を引かせ、舞を見たさに少しだけ岩戸を開けた隙に「高丸の眼を的に一矢遊ばされよ」と田村将軍に鏑矢を渡すなどの助力した。また、達谷窟の大嶽丸退治では、わざと捕らわれることで田村将軍を招き入れて、箟峰山の岩屋に逃れた大嶽丸をすでに呪縛にかけて鎖に繋いでた。

大嶽丸を退治したあとに「二十五年という短い天命を全うして、この世を去らなければいけません」と告げて、三明の剣を田村将軍と小りんに託した。天界に赴いて立烏帽子を返せと獄卒(牛頭)まで倒した田村将軍に免じて、閻魔大王より近江国で少し前に死んだ小松の前という娘を生き返らせ、それを二度目の生として、田村将軍と再び日本の鬼退治をし、113歳まで生きて鈴鹿山の清瀧権現となった。

余談

立烏帽子と鈴鹿御前は別人物であり、同一人物でもある。大元を辿れば、平安時代の鈴鹿山で捕らえられた盗賊が「鈴鹿山の立烏帽子」の物語として創られた。その後、立烏帽子が崇敬していた女神鈴鹿姫鈴鹿権現)が「鈴鹿山の悪摩」あるいはの「立ゑぼし」を退治した物語へと変化する。
鈴鹿峠で夫婦神として鈴鹿明神と田村大明神が祀られていたことから、坂上田村麻呂の物語と融合してお伽草子鈴鹿の草子』や室町時代物語『田村の草子』となり、田村麻呂に助力する天女・鈴鹿御前として同一視され始めた。
これらが江戸時代の東北地方に持ち込まれて奥浄瑠璃『田村三代記』になると、第六天魔王の娘(もしくは第四天魔王の娘)・立烏帽子として、鈴鹿御前の役回りを当てられている。

性格

解釈は諸説あるが、総合的に言えば場酔いしやすい人。最初のうちは天魔サイドで国家転覆にノリノリだったたものの、田村将軍が登場してからは完全に乙女スイッチが入って一気にヒロイン昇格となっている。

討伐に来た田村将軍の剣をあしらって「私は三明の剣で貴方の御首を一瞬で討ち落とせます。しかし貴方の優しさを知りました。そこで悪心を改心して夫婦となり、日本の悪魔を退治しましょう。お返事は」と一方的なプロポーズをしている。
帝と謁見した際にも、日本を魔国にしようとした理由を尋ねられると「帝は十善の位で私は十二善の位。上の位なので心のままに出来るのです」と返している辺りが魔王の娘である。

概略をだけ聞くと男をとっかえひっかえする悪女のようにも思えるが、本質的には非常に情愛の深い人物で、田村将軍に対して助力を惜しまず、逝去の際には娘の小りんに三明の剣をお守りとして授けたりと、一度想いを固めれば非常に一途に深愛を注ぐ女性であったようだ。

関連タグ

盗賊 天魔 魔王の娘 鈴鹿御前
坂上田村麻呂 小りん 大嶽丸 悪事の高丸
エボシ御前…立烏帽子がモデルになったと宮崎駿監督が明かしている。

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