概要
山岳信仰において鈴鹿山が神格化された女神。時代とともに倭姫命と同一視されて祀られた。鈴鹿姫、鈴鹿大明神、鈴鹿権現、鈴鹿神女とも。鈴鹿峠では坂上田村麻呂と一対の夫婦神として信仰されている。
御伽草子などの物語では奈良時代末期から平安時代前期にかけて活躍した大納言・坂上田村麻呂と比翼連理の夫婦となり、高丸や大嶽丸など数多の怪異を討伐したと語られる伝説上の天人、天女。田村麻呂との間には娘の小りんも授かった。
来歴
古くは鈴鹿山を神格化した鈴鹿姫が鈴鹿峠の東西や峠上に祀られていた。その後、斎王の群行が鈴鹿峠を越えるようになると鈴鹿頓宮が設置され斎宮が禊を行う鈴鹿禊の聖地となり、鈴鹿姫を伝説的斎王倭姫命(日本武尊の叔母)とみなして鈴鹿社が建てられた。
鈴鹿峠の東側にある三子山(鈴鹿嶽・武名嶽・高幡嶽)では瀬織津姫・伊吹戸主・速佐須良姫が祭祀されていたが、火災によって鈴鹿頓宮跡に遷座すると倭姫命を祀る鈴鹿社と合わせて4神1社となり、坂上田村麻呂以下5柱が追加されて祀られた。鈴鹿姫を祀る神社坂下宿の氏神として永仁2年(1294年)に現在の地に遷座したのが片山神社で江戸時代まで鈴鹿大明神、鈴鹿権現、鈴鹿神社とも称された。
一般的に知られている鈴鹿御前のイメージは物語の影響が大きい。平安時代末期の説話集では鈴鹿山の女盗賊・立烏帽子が崇敬していたのが鈴鹿姫であると語られている。時代とともに鈴鹿姫は次第に立烏帽子と混同されていく。
これとは別に鈴鹿山では平城上皇の剃髪入道や藤原薬子の自害までを中心とした薬子の変が次第に伝説化して、鈴鹿山で坂上田村麻呂に滅ぼされた藤原仲成が田村麻呂の死後に怨霊となって天下に疫病を流行させたため田村麻呂が祀られたという。田村麻呂を祀る社が倭姫命の生霊を鎮祭した高座大明神に移されて高座田村大明神となった。能『田村』では仲成の怨霊が悪鬼に置き換えられた鬼神討征譚となる。
鈴鹿御前の説話は南北朝時代頃より鈴鹿山で伝説化していた坂上田村麻呂伝説も深く結び付いたことで、御伽草子『鈴鹿の草子(田村の草子)』といった鈴鹿御前と田村麻呂を夫婦とする物語が創出されていく。
また鈴鹿峠の鈴鹿大明神と田村大明神として、東海道を行き交う人々を守る夫婦神として鈴鹿峠に祀られ、往来する旅人から厚く崇敬された。地元の伝承では、立烏帽子討伐の命を受けた田村麻呂と夫婦となり、2人が亡くなると鈴鹿峠の人々が立烏帽子を鈴鹿御前として祀ったという。
現在は鈴鹿トンネル上にある片山神社に合祀され、今も国道1号を往来する人々を夫婦で守護している。
江戸時代の東北地方に御伽草子が持ち込まれると、それを改作した奥浄瑠璃『田村三代記』が演じられ、宮城県にある田村神社のように、鈴鹿神女として坂上田村麿と夫婦で祀られるようになった。他にも、田村麻呂が自分を守護する姫神の立烏帽子神女を祀ったのが岩手県にある姫神山の始まりであるなど、江戸時代の東北地方で受け入れられた。
解説
鈴鹿峠は往来する旅人が多いことから盗賊が跳梁跋扈した反面、巫覡の徒が祓えをおこなう神聖な地でもあった。さらに鈴鹿関が置かれたように、天照大神を祀る伊勢の神宮と平安京の境界でもあった。これら二面性を持つ鈴鹿峠を背景にして物語が萌芽した鈴鹿御前と立烏帽子は、神女と鬼女という両義的な性格を有する。
物語の中の鈴鹿御前
鈴鹿御前の物語は室町時代後期に成立したお伽草子『鈴鹿の草子(田村の草子)』や江戸時代に成立した奥浄瑠璃『田村三代記』によるものが一般的に知られている。
代表的な『田村の草子』では親子三代に渡る話のうち、三代目となる坂上田村丸俊宗の話に登場する。
伊勢国鈴鹿山に大嶽丸という鬼神が現れ、田村丸俊宗将軍に帝から討伐の宣旨が下る。しかし大嶽丸は強力な神通力を使うため攻めあぐねていると俊宗に天女・鈴鹿御前が味方した。鈴鹿御前に言い寄る大嶽丸から三明の剣のうち大通連と小通連を取り上げた隙に、俊宗はそはやの剣で大嶽丸を討ち果たす。この功により帝から伊賀国を賜った俊宗は、鈴鹿御前と夫婦となって娘の小りんという姫も授かった。
夫婦仲良く暮らしていると、今度は近江の高丸追討の宣旨が下った。鈴鹿御前から火界の印を伝授された俊宗が攻めると高丸は信濃国布施屋ヶ嶽に逃げ、さらに追うと駿河国富士嶽へと逃げ、ついに陸奥国外ヶ浜まで追い詰めた。最後は筑羅が沖の岩屋に逃げ込んで閉じ籠る高丸に苦戦していると、鈴鹿御前が天の舞で助力してそはやの剣で高丸を討つことができた。
1年後、大嶽丸が天竺に置いていた顕明連に魂魄を移して復活し、陸奥国霧山ヶ岳に立て籠って再び日本を荒らしはじめた。俊宗は苦戦するが鈴鹿御前の助力もあって大嶽丸の首を再び斬り、その首は宇治の宝蔵に納められた。
俊宗と鈴鹿御前は幸せに暮らすものの、鈴鹿御前は天命により25歳で死ぬこととなる。しかし俊宗は地獄まで乗り込んで鈴鹿御前より託された大通連を振るい獄卒を倒してしまう。それに困り果てた閻魔大王と倶生神は鈴鹿御前を黄泉還らせ、俊宗には不死の薬を渡した。黄泉還った鈴鹿御前に不死の薬を使って元の姿へと戻すと、二人の契りは二世の縁となった。この田村丸俊宗将軍は千手観音の化身であり、鈴鹿御前は竹生島の弁財天である。
なお、諸本によって鈴鹿御前の立ち位置や話の流れに違いが見られる。
『鈴鹿の草子』
室町時代後期の「鈴鹿系(古写本系)」では、鈴鹿山にある金銀で飾られた御殿に住む齢16~18の美貌の天人とされる。
十二単に袴を踏みしだく優美な女房姿だが、田村将軍がそはやの剣を投げるや少しも慌てず、立烏帽子を目深に被り、鎧を着けた姿に変化し、厳物造りの太刀を抜いて投げ合わせる武勇の持ち主。
さらに田村将軍を相手に剣を合わせても一歩も引かず、御所を守る十万余騎の官兵に何もさせずに通り抜ける神通力、さらには三明の剣(大通連、小通連、顕明連)を操り悪事の高丸や大嶽丸の討伐で田村将軍を導くなど、作中で田村将軍をも凌ぐ存在感を示す。
『田村の草子』
一方で「田村系(流布本系)」とされる『田村の草子』の寛永頃の古活字本では、鈴鹿山の鬼神・大嶽丸を討伐する田村将軍を助けるために天下った天女として登場。武装のイメージは薄れ、烏帽子は着けず、髪には玉の簪(かんざし)を挿し、水干に緋袴という巫女のような出で立ちである。
鈴鹿御前は田村将軍と契りを交わし、鈴鹿御前に言い寄る大嶽丸に一計を案じて大通連と小通連を奪うなど、武勇ではなく主に内助のような形で悪事の高丸や大嶽丸の討伐に力を貸す。
『鈴鹿山大嶽丸』
江戸時代に始まった土佐浄瑠璃でも比較的新しい演目『鈴鹿山大嶽丸』では先行する田村語りの鬼神退治譚をベースに、主筋として高岳親王の謀叛譚が混合して物語が終結する。
鈴鹿御前が坂上田村丸の妻として登場することは御伽草子に準じているが、この作品が特異なのは赤の他人として大嶽丸の母の立烏帽子が登場する点である。恋愛ものとしても趣向が凝らされており、花月宮と桜川内親王の恋愛を軸にして高岳親王の桜川内親王への横恋慕、立烏帽子の千歳丸(田村丸の弟)への恋慕、大嶽丸の鈴鹿御前への恋慕、清滝の千歳丸への恋慕という複雑な恋愛模様が描かれていることも『鈴鹿山大嶽丸』独自の見所である。
地方伝説
紀伊熊野の伝説
『紀州熊野大泊観音堂略縁起』では、鈴鹿山の鬼神魔王討伐を命じられた田村麻呂が討ち漏らした鬼が熊野へと逃げて山に身を隠した。田村麻呂が立烏帽子を心に念じて一心に祈ると、雲の中で天女が鬼ヶ城に悪鬼(金平鹿)が隠れていると告げるなど助力をしている。
現代創作
和風ファンタジーでは比較的ヒロインに抜擢されやすい、恵まれた立ち位置にいる。
原典で齢16~18歳で容姿端麗の天女とされるためかセーラー服と日本刀キャラクターで描かれることもある。
彼女の持つ三明の剣(大通連、小通連、顕明連)も一部の和風ファンタジーなどで登場することがある。
創作と信仰について
聖地へ参拝するさいには、今も2人を夫婦神として信仰している地域の方々への敬意と配慮を持つことが大変望ましい。
関連イラスト
関連タグ
関連キャラクター
『鬼切丸』
『無限のフロンティア』
⇒錫華姫
『ペルソナ4』
里中千枝の後期ペルソナ。鈴鹿権現として登場している。
『薄桜鬼』
⇒雪村千鶴
CV:桑島法子
鈴鹿御前の刀の一つ、小通連を持つ。
⇒南雲薫
CV:伊藤葉純
鈴鹿御前の刀の一つ、大通連を持つ。
CV:石川綾乃
鈴鹿御前の末裔。
『神咒神威神楽』
⇒久雅竜胆
フルネームは「久雅竜胆鈴鹿」。
『式姫Project』
『Fate』シリーズ
CV:東山奈央
初出は『Fate/EXTRA CCC FoxTail』。
真名は鈴鹿御前だが、キャラクター設定は主に『田村三代記』から反映されており、第四天魔王の娘としていることからも、天女・鈴鹿御前よりも鬼(天の魔焰)・立烏帽子としての側面が強調されている。『Fate/GrandOrder』では独自の解釈として田村麻呂とは悲恋であったと設定している。
『妖怪百姫たん!』
CV:白石真梨
『一血卍傑』
CV:仲谷明香
『あっきのじかん』
CV:藤東知夏
『東京放課後サモナーズ』
CV:ゆきのさつき
『あやかしランブル!』
お姉様を探して 鈴鹿御前
現在は歌姫アイドルの「綺刀翻す歌姫 鈴鹿御前」も登場している。
『陰陽師(ゲーム)』シリーズ
CV:日笠陽子