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鈴鹿御前

すずかごぜん

日本の伝承に登場する伝説の女性。 坂上田村麻呂と夫婦となり、田村麻呂と共に数多の鬼神を討伐したヒロイン。子宝にも恵まれる。
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鈴鹿御前とは、日本の伝承に登場する天女である。

神として → 瀬織津比売

第六天魔王の娘として → 立烏帽子

概要

日本の紀行文『耕雲紀行』、御伽草子『鈴鹿草子』や『田村草子』などの物語に登場する伝承上の天女。
伝承によっては鈴鹿権現スズカゴンゲン)や鈴鹿姫(瀬織津比売)として登場する。

鈴鹿山の女盗賊である立烏帽子が鈴鹿峠の守護神である鈴鹿姫を信仰していたことから、いつしか両者が習合され鈴鹿御前として伝承された。
奥浄瑠璃『田村三代記』などでは第六天魔王の娘の立烏帽子として語られた。
室町時代以降の伝承では、そのほとんどか坂上田村麻呂の鬼退治譚と関連している事が特徴。

鈴鹿姫信仰

日本三大祭のひとつとして知られる京都の祇園祭の山鉾に「鈴鹿山」がある。鈴鹿山の御神体は鈴鹿権現として能面をつけ金の烏帽子を被り、長刀と中啓を持つ瀬織津比売である。
これは鈴鹿権現=瀬織津比売が悪摩もしくは鈴鹿山の鬼立ゑぼしを退治したという伝承に由来する。

瀬織津比売は大祓詞に登場する女神で、六月晦と大晦日の大祓詞で読みあげられる祓戸四神の一柱。早瀬を象徴し、罪や穢れを海へと流し清める神である。
また瀬織津比売は天照大神の荒御魂として祀られている事が多い。

このように鈴鹿御前、鈴鹿権現、瀬織津比売は現在も人々に信仰されているため、鬼として扱う場合は立烏帽子の名前を使うなど、信仰に配慮するのが好ましい。

鈴鹿山の伝承

平安時代の鈴鹿峠では盗賊が横行した。そのため古来より三重・滋賀県境の鈴鹿峠には鬼が棲んでいたとされた。
鈴鹿山の盗賊立烏帽子の名は、古くは『保元物語』に見られ、伊賀の武士である山田是行の祖父の行季が立烏帽子を捕縛したとある。
また『弘長元年公卿勅使記』では鈴鹿山の凶徒の立つところとして西山口を挙げ、盗賊の名が立烏帽子であり、立烏帽子が崇敬した社の女神が鈴鹿姫であるとしている。
立烏帽子を女性とする文献は鎌倉時代のものにははっきりと残っていない。

この盗賊立烏帽子が信仰した鈴鹿姫の伝説と、田村麻呂の伝説が結びついた事で天女の鈴鹿御前として坂上田村麻呂の英雄譚に組み込まれていく。室町時代の頃と考えられる。

14世紀に成立する『太平記』巻三十二では鬼切の伝来に田村将軍が鈴鹿御前と剣合わせをしたと記述されている。
太平記の鬼切のエピソードは酒呑童子絵巻の血吸(童子切安綱)にも取り入れられ、伊勢神宮を経て源頼光の手に渡るまでが同じ流れである。

同じ頃に記された『耕雲紀行』では当時の鈴鹿山の様子が伺える。その昔、勇姿を誇った鈴鹿姫が国を煩わし田村丸によって討伐されたが、その時に身に着けていた立烏帽子を山に投げた。これが
石となって残り、今では麓に社を建て巫女が祀るという。
鈴鹿姫を祀る社は、現在の坂下宿の片山神社にあたると考えられている。また石は鏡石がそれであると伝わっている。

南北朝時代以降、伊勢神宮への参宮が盛んになり、鈴鹿山では坂下に宿場が整備され、鈴鹿峠の往来が増加したことで旅人を守護する存在として“鈴鹿姫=立烏帽子”が認識されていく。
この鈴鹿姫信仰は江戸時代まで続き、旅人を通じて全国に様々な説話として流布していった。
中には『東海道名所記』のように鈴鹿御前を“天照大神の御母(イザナミ)”と記すものもあったという。

鈴鹿御前の伝説

現在、よく知られる鈴鹿御前の伝説は室町時代後期に成立した御伽草子『鈴鹿草子』や『田村草子』、江戸時代の東北地方で盛んに演じられた奥浄瑠璃『田村三代記』の諸本によるものである。

『鈴鹿草子』や『田村草子』の大筋は、鈴鹿御前が都への年貢・御物を奪い取る盗賊として登場し、田村将軍俊宗(坂上田村麻呂や藤原利仁が合わさったと考えられている)が討伐を命じられる。
ところが二人は夫婦仲になってしまい、さらに娘の小りんまでもうける。紆余曲折を経て、田村将軍の武勇と鈴鹿御前の神通力によって近江の悪事の高丸や鈴鹿山の大嶽丸といった鬼神は退治され、鈴鹿御前は天命により25歳で死ぬものの、田村将軍が冥界まで乗り込んで救い出し、二人は娘とともに幸せに暮らすという流れである。

なお、各本によって鈴鹿御前の立ち位置や話の流れに違いが見られる。

『鈴鹿の草子』

室町時代後期の古写本では、鈴鹿山にある金銀で飾られた御殿に住む齢16~18の美貌の天人とされる。十二単に袴を踏みしだく優美な女房姿だが、田村の将軍俊宗がを投げるや少しも慌てず、立烏帽子を目深に被り、鎧を着けた姿に変化し、厳物造りの太刀を抜いて投げ合わせる武勇の持ち主である。
さらに田村将軍を相手にを合わせても一歩も引かず、御所を守る十万余騎の官兵に何もさせずに通り抜ける神通力、さらには大通連小通連顕明連の三明の剣を操り悪事の高丸や大嶽丸の討伐で田村将軍を導くなど、田村将軍を凌ぐ存在感を示す。
また、情と勅命との板挟みとなった田村将軍の裏切りにもその立場を思いやり、あえて犠牲になることを決意したり、娘の小りん(しょうりん)に対して細やかな愛情を見せるなど、情愛深く献身的な女性として描写されている。

『田村の草子』

一方で『田村の草子』の祖本となる寛永頃の古活字本では、鈴鹿山で往来を妨げたのは鬼神大嶽丸となっており、鈴鹿御前は山麓にすむ天女とされる。立烏帽子の盗賊・武装のイメージは薄れ、烏帽子は着けず、髪に玉の簪(かんざし)を挿し、水干に緋袴という出で立ちである。
鈴鹿御前は田村将軍俊宗と契りを交わし、鈴鹿御前に言い寄る大嶽丸から大通連と小通連を騙して奪い出し、大嶽丸の討伐に力を貸す。

三明の剣

鈴鹿御前は大通連(だいとうれん)、小通連(しょうとうれん)、顕明連(けんみょうれん)という三明の剣(さんみょうのけん)を持つことで有名である。

『鈴鹿の草子』では大通連は三尺一寸の厳物造の太刀とされる。鬼神退治ののち、天命を悟った鈴鹿御前により大通連と小通連は田村将軍に、顕明連は小りんに託された。

『田村の草子』では三振りの宝剣は、元は阿修羅王から大嶽丸に贈られた剣であり、大通連と小通連の対となる二振りの剣は鈴鹿御前が大嶽丸から奪っている。顕明連は大嶽丸が天竺に置いてあり、大嶽丸が逃げた際にはその霊力で復活を許してしまう。

『田村三代記』では大通連は文殊菩薩の打った知慧の剣(もしくは化身)であり、小通連は普賢菩薩の打った慈悲の剣(もしくは化身)という。顕明連は近江の湖の蛇(龍)の尾より取られた剣で、朝日にかざすと三千大千世界を見通すことが出来る。
のちに田村将軍に大通連と小通連が渡り、両剣は暇乞いをして天に昇って黒金となった。この黒金を使って箱根山の小鍛冶が打った太刀があざ丸しし丸友切丸という。

また、田村将軍が投げたそはや丸こんじゃく丸が烏に変化すると、大通連と小通連は鷹に変化して空中戦をした。
二人が夫婦となったため夫婦刀とされる事がある。

性格

解釈は諸説あるが、総合的に言えば"場酔いしやすい人"

最初のうちは鬼サイドで国家転覆にノリノリだったたものの、田村麻呂が登場してからは完全に乙女スイッチが入って一気にヒロイン昇格となっている。

ついでに鈴鹿山一帯のほとんどの鬼たちからナンパされており、大嶽丸も彼女に熱烈なアピールを続けていた。物語によっては、これを逆手にとって大嶽丸を追い詰める展開もある。

概略をだけ聞くと"男をとっかえひっかえする悪女"のようにも思えるが、本来的には非常に情愛の深い人物で、田村麻呂が鈴鹿御前への愛と勅令との板挟みになった時には「自分を犠牲にしてくれてよい」と進みでたり、逝去の際に娘の小りんに三振りの妖刀をお守りとして授けたりと、一度想いを固めれば非常に一途に愛情を注ぐ女性であったようだ。

創作での扱い

マイナーどころゆえに、あまり目立った活躍こそないが、和風ファンタジーでは比較的にヒロインに抜擢されやすい、恵まれた立ち位置にいる。
また彼女の持つ大通連も、一部の和風ファンタジーなどで登場することがある。

関連イラスト

鈴鹿御前~大通連~
鈴鹿御前


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鬼娘 ヒロイン
大通連

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