概要
高速運転に適した電車用駆動システムとして、アメリカの大手電機メーカーであるウェスティングハウス・エレクトリック社が、傘下の機械・歯車メーカーであるナタル社と1925年以降共同開発を実施、実用化した。「WN」とは、開発に携わった両社の頭文字、Westinghouse-Natal(ウェスティングハウス・ナタル)にちなむ。現在の米国ではGear-Coupring(ギア・カップリング)と呼称される方が多い。
駆動系全体は電動機と車軸を平行に台車枠に固定し、主電動機-歯車装置-車軸の偏位を許容する「WN継手」を介して電動機の出力軸と駆動歯車を接続する。
日本では主電動機の荷重を全てばねの上の弾性支持とした、電車用の車軸無装架駆動方式を全般で「カルダン駆動方式」と呼称する慣例があるため、「WN継手」を用いた「平行軸カルダン駆動」の一種である。もっとも「WN継手」は「カルダン継手」と異なるため、厳密に言えば「平行軸WN駆動」と称するのが正しい。
呼称は非常に様々で、駆動系の要である継手に対するものには「可撓歯車軸継手」「ギアカップリング」などが見られる。
構造
WN継手は、2種類のギアと、それらを収めるケース、そしてそれを2つ重ね合わせることにより構成される。
基本となるギアは、インターナルギア(内歯歯車・外側のギア)とエクスターナルギア(外歯歯車・内側のギア)の2種類。この組み合わせを2組用意し、インターナルギアは、各ケースにそれぞれボルト留め、エクスターナルギアはケース内部に収納する。
内外のギアはケース内部で噛み合っており、この噛み合った構造はスプラインと呼ばれる。
2つのケースは、外側からボルトによって結合され、WN継手の完成となる。モータ・小歯車の軸は、ケース内部のエクスターナルギアを貫通することで継手と接続される。
車軸とモータの変位は内外のギアの位置関係がずれることにより、継手の角度が変わることで吸収される。スプラインは普通の平歯車ではなく、クラウニング加工によって遊びが設けられ、また歯先が円弧形状となっている。このため軸が上下左右に傾いても歯が噛み合うので、位置関係のずれをある程度許容することができる。
動力伝達は、モータ→内側ギア-外側ギア(スプライン1)→ケース同士のボルト留め→外側ギア-内側ギア(スプライン2)→小歯車の順である。
強度・柔軟性共に優れた金属による機械構造のため、連続的な高負荷に強く、寿命も長い。ただし、歯車を用いるが故に焼き付き防止のため定期的にグリース潤滑が必要であり、保守や管理がやや面倒である。
採用事例
日本
構造的に高出力に耐える継手の特性から、地下鉄や新幹線、JR西日本や私鉄各社に用いられている。加減速を頻繁に行う地下鉄車両は、一部の例外を除き、ほとんどがWN駆動である。高速運転を行う新幹線では開業以来長きに渡り標準駆動システムとして使用され続けている。
日本で最初に採用された車両は京阪電気鉄道の1800系1802号である。それは、アメリカからの技術情報に基づき、住友金属工業(現:新日鐵住金)が独自開発したWN継手である。しかし、2008年の1900系の引退を最後に京阪からWN駆動方式の車両が消滅した。次にそれと同様の継手を用いた東京都電、さらにウェスティングハウス・エレクトリック社のライセンスに基づく駆動装置を備え、営団丸ノ内線開業に備えて一気に30両製造された300形電車と続いた。
丸ノ内線をはじめ、米国の鉄道と同等の1,435mm軌間(標準軌)を採用した路線のほとんど(営団地下鉄(現:東京メトロ)の銀座線・丸ノ内線近鉄の奈良線・大阪線などの標準軌線区、および阪急の神戸線・宝塚線)では、継手の耐久性が高く大出力化に有利なWN駆動は早くから導入された。
一方、軌間1,067mmの狭軌路線では、装置の幅が広くなるため、WNドライブの導入には継手だけでなく主電動機の小型化、あるいはその外枠形状の工夫が必要であった。この過程では、主電動機の軸方向長さの短縮とWN継手の小型化に加え、これを補うための主電動機直径の増大も図られている。
国鉄の在来線電車においては、中空軸平行カルダン駆動が標準駆動システムとされたために、WNドライブの採用例が無いが、一部の電気機関車で採用されていた。国鉄分割民営化後は、JR西日本において、大出力高速回転モーターを採用するために駆動系の高い耐久性が求められていたことから、整流子がない分スペースに余裕を確保しやすい交流かご形三相誘導電動機を使用する207系以降の在来線電車においてWN継手を標準採用している。また、日本唯一のコンテナ貨物電車であるJR貨物のM250系電車でもWN駆動が採用されている。
超低床路面電車(100%超低床車)では鹿児島市交通局(鹿児島市電の7500形(リトルダンサータイプX)でWN駆動が採用されている。
WN継手は基本的に等速継手であり、変位を与えた状態で回転しても回転角速度変動は生じない。ただし、「たわみ板継手」ほど滑らかではない。
惰性走行時の騒音
WN継手の利点として、特に継手に負荷がかかっている力行・制動時は、唸り音が少なく、全体の騒音が他の駆動方式よりも小さいことが挙げられる。円筒形状であるため、継手そのものの風切り音も殆ど発生しない。
しかし、惰性走行時に発生する床振動と鈍い音(「ガー」「ゴロゴロ音」と呼ばれる)は、単純な工夫でかき消すことが難しく、特に床振動は乗客に直接不快感を与えるため、WN継手の大きな欠点としてよく取り上げられている。
WN継手が無負荷である惰性走行時は、内部のスプラインでの噛み合い力が大幅に減少する。変位吸収のためこの部分にはクラウニング加工によって遊びが設けられており、惰性走行時は負荷時の調心作用が働かず、高速回転による遠心力の作用が強くなることによって継手本体が偏心を起こし、偏心により更に大きな遠心力が作用して振動が発生してしまう。これがWN継手の騒音の大きな要因である。車両によっては惰性走行に入らずとも振動が大きなものも見られる。
ちなみに、偏心による振動数は回転周期と等しいため(回転周波数)、回転数によって音程が変化する。
また、内部でスプラインが噛み合ったり離れたりしながら回転するため、バックラッシュ音(ガラガラという騒音)が発生することも。
この振動を抑制するため、新快速用の223系電車は一時期、ノッチオフ時に微弱な回生制動を行い継手にトルクを作用させる制御を行っていたことがある。
対策としては、継手の直径を短くして遠心力を小さくする、継手を軽量化する、スプラインの歯数を増やしたり、歯車の研削精度を高めて遊びを小さくする、等など方法は多数存在する。
これらの改良により、近年は惰性走行時の振動が大幅に抑制されたWN継手を装備した車両が多く登場している(321系や阪急1000系など、低騒音ギアカップリングとよく呼称される)。
ただし、経年劣化によって偏心やバックラッシュが大きくなるため、完璧な対策ではない。
WN継手の場合、内歯は単なる直歯インターナルギアであるが、外歯は芯ずれ変位を許容するため非常に大きなクラウニングを付与する必要があり、このような非常に大きなクラウニングを有する外歯ギヤは現在の技術をもってしても研磨盤が開発されておらず、あくまでも歯切り→焼き入れ→すり合わせという工程しかとれず、歯車の高精度化によるバックラッシュの縮小は困難であり、現在はモジュールの縮小による歯型の小型化により行われている、また無闇なバックラッシュの縮小は焼きつきの可能性を増加させるため難しい状態である。
近年では「TD継手」が改良を重ね信頼性が高くなったことから、東海道・山陽新幹線では700系C編成の途中およびN700系16両編成のグリーン車にのみTD継手を採用するように変更されている。
ちなみに、TD継手でも取り付け具合によっては偏心振動が発生する。
WNドライブを採用した電車
ここでは現役の車両でWNドライブを採用している車両を紹介する。
JR北海道
JR東日本
JR東海
JR西日本
JR四国
JR九州
JR貨物
M250系など。
東京メトロ
現存するすべての車両。
東京都交通局(都営地下鉄)
新宿線、大江戸線、浅草線5500形を除くすべての車両。(かつて新宿線に在籍した10-000形はWN駆動方式。)
京成電鉄
東急電鉄
小田急電鉄
通勤形電車の全車、50000形VSE以降の特急形。30000形EXEが改造によりWN継手に変更。
西武鉄道
6000系、9000系、20000系、30000系、40000系など。
京王電鉄
5000系(2代)を除くすべての車両。ただし一部の8000系がTD継手に変更されている。
名古屋市交通局
現存するすべての車両。
名古屋鉄道
近畿日本鉄道
現存するすべての車両。
南海電気鉄道
三菱電機製モーター車全車。
阪急電鉄
神宝線の全車(ただし9000系は2017年頃までTD継手と混在)、1300系、また6300系と9300系、一部の8300系が改造によりTD継手からWN継手に変更。
大阪市交通局→Osaka Metro
地下鉄車両の全車(長堀鶴見緑地線・今里筋線・ニュートラムは除く)。
北大阪急行電鉄
山陽電気鉄道
現存するすべての車両。
神戸電鉄
京都市交通局
神戸市交通局
海岸線を除くすべての車両(旧北神急行電鉄車を含む)。