概要
ジョナサン・スウィフトの空想小説。全4篇構成で、主人公レミュエル・ガリバーの奇妙な冒険物語。
初版のタイトルは
『Travels into Several Remote Nations of the World, in Four Parts. By Lemuel Gulliver, First a Surgeon, and then a Captain of Several Ships』
(船医から始まり後に複数の船の船長となったレミュエル・ガリヴァーによる、世界の諸僻地への旅行記四篇)である。
主に前半部の小人の国・巨人の国の話が児童文学として流布している。
本来は文明や政治に対する風刺色が強い寓話的小説で、ブラックジョークや政治的なメッセージ性がきつく、到底子供に読ませるような代物ではない。
とはいえ原作も面白い物語として、当時から子供にも人気があったようである。
日本でも英文学に通じている人の間では不老不死、戦争と平和、道徳の問題など、人間の普遍的問題を扱った政治倫理の入門書として知られ、夏目漱石の昔から不朽の古典の座を確立しているのだが、その知名度の高さの割に、一般にはこういったテーマ性があまり知られていないのは残念なことである。
第三篇に登場する飛島ラピュータは天空の城ラピュタの元ネタ。
作中にこのラピュータの天文学者が火星に2つの衛星を発見している、と書かれており、作品発表から約150年後の1877年に本当に発見された(フォボスとダイモス)。
これは今日でも「スウィフトの予言?」などと言われている(本当は「ケプラーの法則」を発表したヨハネス・ケプラーの仮説を採用したものだが)。
あまり知られていないが、ラピュータを去った後に江戸時代の日本にも訪問し、将軍に謁見している(作中では「皇帝」と呼ばれているが)。
また、日本を出立する際、貿易目的では無いので踏み絵だけは勘弁して欲しいと懇願するが、「踏み絵を拒絶するオランダ人なんて居る訳が無い」と疑われたりもした。
第四篇では理性ある馬のような種族・フウイヌムと、理性のない人間のような種族ヤフーが描かれ、後者はサーチエンジン「Yahoo!」の名前の由来となった。
詳細
第一篇 リリパット国渡航記
1699年5月4日 - 1702年4月3日
リリパットの海岸にうちあげられ気絶しているところを軍隊によって縛り上げられたガリバー。
リリパット国とブレフスキュ国は、ガリバーによる空想の冒険譚の第一篇に関わる国々である。両国は、南インド洋にあり、約800ヤードの海峡を挟んで隣接している。
両国の全国民は、常人の1/12程の身長しかない小人で、彼らの関心事も小さく取るに足らぬものであるが、スウィフトの時代の典型的なイギリス国民のように、比較的道徳には公正であり、神を畏れ、正直である。
ガリバーは、小さなリリパット国民にとっては巨人であるが、自分を縛めから解放しようとしたり、リリパット国民を殺戮しようとは試みない。
歓待を受けたことで、リリパット国を防衛する義務を感じたガリバーは、ブレフスキュ国の艦隊を拿捕することで戦争を解決する。
第二篇 ブロブディンナグ国渡航記
1702年6月20日 - 1706年6月3日
あらゆる物が巨大な、巨人の王国ブロブディンナグ国に上陸する。ここでの関係は、リリパット国でのガリバーの冒険とは正反対である。他の全国民が大きい一方で、今やガリバー自身は小人である。
ガリバーを捕まえた身長60フィート(約18m)の農夫は、最初は彼をサーカスの見世物のように見せて回り、次いでブロブディンナグ国の王妃に売り飛ばす。
王妃は、ガリバーに大いに愛着を寄せ、住居として人形の家のように家具を備えた木箱を与えるなどして、ある種の愛玩動物か人形のようにではあるが、非常によく待遇する。
彼はおもちゃとして扱われていることに気付いておらず、リリパット国への渡航記でのように、彼自身は実際の境遇より遥かに重要な存在であると考えている。
第三篇 ラピュータ、バルニバービ、ラグナグ、グラブダブドリッブおよび日本への渡航記
1706年8月5日 - 1710年4月16日
乗っていた船が海賊に襲われ一人漂流していたガリバーは、空を飛ぶ島ラピュータに救出される。このラピュータはバルニバービ島を領土として支配する国王とその臣下(貴族)達が住まう島で、数学と音楽のみに長け、その他の日常生活や実用科学においては不器用極まりない者達ばかりだった。これらラピュータ流科学の影響は支配下のバルニバービにも及んでおり、かつて豊かだった国土は荒廃し、国民は食うものにも着るものにも困窮してすっかりすさんでいる有様だった。
ちなみにこの元祖ラピュータは飛行石ではなく、巨大な天然磁石の反発・吸引力によって上昇・下降する仕組みになっており、磁石に反応する鉱物のあるバルニバービ島の上空しか移動できず、また4マイル以上の高度にも(磁力が作用しないため)昇れない。だが上を取る、という絶対有利な立場にある以上、磁力の範囲内にある全ての地域を服従させるのは容易であると信じられている。いざとなれば最後の手段として、島そのものを奴等の頭上めがけて落下させればいい……が、二度と飛び上がれなくなる可能性があるので歴代の国王達は誰もそれをやらなかった。そう、やっぱりラピュータは何度も蘇らないのだ。
そのバルニバービの首都ラガードで、ガリバーは大研究所を訪れる。ここでは農業・商業・工業などに革新的な変革をもたらすであろう(と、当の研究者達だけが信じている)様々な最新研究が行われており、ガリバーはそれらをつぶさに見学して回る。キュウリから太陽光線を抽出する方法、人間の排泄物を元の食料へと還元する実験、屋根から造り始めて順次下へ下へと手順を移して最後に土台を築く新しい家屋の施工法、羊毛の発生を防いで丸裸の羊を生み出す研究……等々。ちなみに作者スウィフトは実在の王立学士院を訪問した際、これらによく似た様々な珍研究が実際に行われているのを本当に見たらしい。
ガリバーは、ラグナグと日本を経由してイギリスに戻ろうとするが船便がなく、その間近くの小島グラブダブドリッブへ旅し、魔法使いの種族と遭遇する。
グラブダブドリッブ人の降霊術により、ガリバーは歴史上の偉人を呼び出すことができ、その結果彼らがいかに堕落した不快な人物であったかを知ることになる。
大きな島国であるラグナグ王国に着いたガリバーは、不死人間ストラルドブラグの噂を聞かされ、最初は自分がストラルドブラグであったならいかに輝かしい人生を送れるであろうかと夢想する。
けれども、80歳で法的に死者とされてしまい、以後どこまでも老いさらばえたまま世間から厄介者扱いされている悲惨なストラルドブラグの境涯を知らされて、むしろ死とは人間に与えられた救済なのだと考えるようになる。
ラグナグを出港したガリバーは日本の南東部にある港町ザモスキ(Xamoschi。三浦半島の観音崎説が有力だが?)に上陸し、江戸(Yedo)の皇帝(=六代将軍徳川家宣?)に拝謁。長崎からオランダ船に乗り、祖国へと帰還する。
第四篇 フウイヌム国渡航記
1710年9月7日 - 1715年12月5日
最終篇であるフウイヌム国渡航記は、平和で非常に合理的な社会を持つ、高貴かつ知的な馬の種族に関して述べた物語である。
馬の姿をした種族フウイヌムは戦争や疫病や大きな悲嘆を持たず、エリート主義的かつ官僚的で創造性に欠けた、厳密な種族的カースト制度を保持している。
フウイヌムは、彼らを悩ませているヤフーと呼ばれる邪悪で汚らしい毛深い生物と対比される。
ヤフーは、ブロブディンナグ国でのサイズの拡大と同様に、人類を否定的に歪曲した野蛮な種族であり、ヤフーの中には退化した人間性がある。
ヤフーは、酩酊性のある植物の根によるアルコール中毒に似た習慣を持っており、絶え間なく争い、無益な輝く石を切に求めている。
ガリバーと友人のフウイヌムは、人間とヤフーについての記録を比較し、二匹のヤフーが輝く石を巡って争っている隙に三匹目が石を奪い取るというヤフーの行為と訴訟や、特に理由も無いのに同種族で争い合うヤフーの習性と戦争のような、二種族の類似性を発見する。
ガリバーが自国の人間の文明や社会について、戦争や貧富の差も含めて語った友人のフウイヌムからは「ヤフーはまだ武器や貨幣を作るような知恵が無いから争いは小規模で済むが、お前達のように知恵をつけたらより凄惨な事態を招くのだろうな」と苦々しげに評された。
ヤフーは毛深い体と鈎爪により人間と肉体的に異なっているが、雌のヤフーに性交を挑み掛かられた後に、ガリバーは自分はヤフーであると信じるようになる。
それ以来、ガリバーはフウイヌムであることを切望するようになった。
しかしながら、ガリバーがフウイヌム達の議会において「知恵や理性はあるが結局はヤフーと同一の存在」と判決を受け、常日頃からフウイヌム達がヤフーを害獣として淘汰していく方針を進めていたため、処刑されるかフウイヌム国を出ていくよう言い渡されてしまう。
ガリバーは打ちのめされながらも友人のフウイヌムに申し訳なさそうに見送られ国を旅立った。
ガリバーがイギリスへ帰還する契機となった、ポルトガル人の船長ペドロ・デ・メンデスは、物語全編を通じた、最も高貴な人間の例といえる。
メンデスは彼を助け出し、船の中に自室を用意してやり、自分が持っていた最高級の着物を与え、リスボンに帰国した後は彼を自宅に客として滞在させた。
故国に帰り着いた後も、ガリバーは自分のできる限り人間性(彼からすれば人間≒ヤフーである)から遠ざかろうと考え、自分の妻よりも厩舎の臭気を好んだ。
フウイヌムから習った言語で厩舎の馬達と会話をしている時だけ心が落ち着いたという。