概要
立見七百人を団長とするサーカス団で、彼が長年の親友であるトミーと共に1997年に旗揚げした。2017年が舞台である『逆転裁判2』の作中では、めでたい事に創立20周年を迎え、世界最高峰のマジシャン・マキシミリアン・ギャラクティカとの専属契約にも成功した事で、かつてない大盛況を迎えている。約500人を収容するテント内で興行が開催される。時折、長期滞在を折り込みながら、全国各地を巡業している。今でこそ大繁盛しているが、十数年前には経営難に陥った時期もあった。名実共に日本一のサーカスにして、世界三大サーカスの一角も担う『木下大サーカス』にゲーム版スタッフが取材に向かい、参考にして制作されたキャラクター一団でもある。アニメ版第1期の後期OP『人生は素晴らしい』では、サビの部分で「半年前の事故が起きる以前の『タチミ・サーカス』の面々」が登場している。
関係者・団員達
ステージネーム(括弧内は本名)の順で表記。
立見七百人
初代団長にしてサーカスの創設者。若き日の七百人が親友であるトミーに「世界一のサーカスを作ろう」と誘い、夢を叶えると誓い合った2人によって『タチミ・サーカス』は創設された。興行では司会進行を担当する。若い頃は猛獣使いの担当者で、その役職は技術と共に娘のミリカが受け継いだ。「温厚で誠実な心を持った万人に愛される人格者」として団員達から大いに慕われている。過去に財政難に直面した時は、身銭を切って団員達に給料を支払った事さえある。人から恨みを買う様な人物ではなかったのに、何故か殺害されてしまった。それは奇しくも『タチミ・サーカス』20周年の節目の年に当たる2017年の年末であった。七百人の死後はトミーが「親友であった彼の夢と役職」を受け継いで2代目団長に就任した。
マキシミリアン・ギャラクティカ(山田耕平)
通称マックス。上記の正式名称は「マックス・ギャラクティカ」と省略される事も多い。当団では最大の花形で、看板役者を担うマジシャン。マックスの「空中飛翔マジック」は興行の大トリを飾る程の人気を誇る。正確には当団とは専属契約関係にあり、数年前に加入して来たばかりの団員である。世界的な天才マジシャンとして著名で、サーカスの興行収入の大半はマックスが稼いでいる。『国際マジック協会コンテスト』でグランプリを受賞した事で、世界中から「今世紀、最高の魔術師」と称賛される様になった。ただしマックス本人は、すっかり天狗になっていて、サーカスの団員達を常に見下す言動を取っている為、世間の評判とは真逆にサーカス内では徹底的に嫌われている。例外なのは、マックスの才能とプロ意識を高評価している団長とアクロ、マックスに好意を寄せられているミリカしかいない。
派手好きで高飛車な性格をしているが、本性は東北弁を話し、人の優しさに感動を覚える、田舎生まれの純朴な青年である。就職の動機も「故郷の父親の借金を返したいが為」であった。普段の団員達に対する高慢な態度には「努力家の自身から見て、向上心が感じられない」という本心が隠されていた。故郷の田舎を思い出す事で精神を落ち着かせているのか、本番前には必ず牛乳を飲んで緊張をほぐしている。ミリカに惚れ込んでいて、彼女の父親の団長にはプロポーズの相談もしていた。団長からは許可されたものの、その矢先に肝心の彼が亡くなってしまい、この話はお流れになってしまった模様。
ミリカ(立見里香)
団長・七百人の一人娘で猛獣使い。『逆転検事2』では『タチミ・サーカス』が企業化している為に『興行部・猛獣使い課』の課長に就任している。サーカスの看板娘で、団員からも観客からも「サーカスのアイドル」として扱われている。父親から溺愛される余り、一般社会とは隔絶されたサーカスの中だけで育てられた為、極度の世間知らず。「童話のお姫様」を彷彿とさせる金髪碧眼の美少女だが、内面までもが「童話のお姫様」じみた無邪気な性格の持ち主。浮世離れした独特の美貌と魅力を兼ね備える、彼女に恋する男性団員も多い。
トミー(富田松夫)
団長の親友で共にサーカスを創設し、ピエロの担当者となった男性。団長の側近と言っても良い立場だが、持ち芸が寒い事この上ない親父ギャグ(駄洒落)なので、観客からも団員からも受けが悪く、下に見られる事が多い。誰も笑ってくれない自分のギャグを「あひゃあひゃ」と声を上げて自分で笑う、哀しい癖が身に付いている。頻繁にピエロへの適正の有無、ギャグセンスの欠如に思い悩む事もあるが「如何なる時でも笑いを提供する事を意識し、芸を磨く為の挑戦を怠らない芸人魂」を持つ。根本的には善良な人物だが、空気を読めない一面を持ち、法廷でもピエロの服装と親父ギャグを引っ提げて証言を行ったのが仇となり、裁判長からは「ユーモアなど、もってのほか」「職業は見れば概ね解る」と一蹴されてしまい、歴代証人の中でも屈指の辛辣な対応をされた。妻と娘と親子3人で暮らしていたが、サーカスが経営難にあった時期に離婚されている。団長の死後はかねてより考慮していた、2代目団長に就任する道を選んでサーカスを企業化させた。
ベン(木住勉)
腹話術師。気弱で口下手な男性で、自分とは正反対に、強気な毒舌家である相方の人形リロと漫才を繰り広げる。リロとコンビを組んで会話するのは興行だけでなく、何と日常生活でもリロに通訳をして貰わないと、まともに会話が出来ない。当然ベンの心境をリロが代弁していると思われがちだが、2人は殊更に「自分達は別個の存在」と主張している。ベンはミリカが苦手と語っているが、リロは本気で彼女に惚れていて結婚願望まで豪語する。マックスとはミリカを巡る恋敵なので犬猿の仲。
アクロ(木下大作)
アクロバット芸人で、弟のバットとコンビを組んで活躍していた。団長の弟の息子なので、団長の甥にしてミリカの従兄弟に当たる。少年時代、両親に弟と共に捨てられた所、伯父の団長に引き取られた。元は一般人だったが「父親代わりになってくれた団長への恩返し」として、兄弟揃ってアクロバット芸人になった。ミリカとは正反対に、年相応に落ち着いている寛大な好青年。誰に対しても親切で礼儀正しい。サーカス内では「団長と比肩する人格者」として評判がすこぶる良い。半年前の練習中の事故で下半身不随となってからは、車椅子を使用してのリハビリ生活に専念している。穏和な気質から動物に懐かれ易い人物で、ペットの小鳥を3羽飼っており、しばしば彼らと戯れる姿を見せる。猿のルーサーはアクロに懐く余り、勝手に彼の部屋に住み着いているだけなので、ルーサーの正当な飼い主は後述の猿代草太と言える。アクロの本名の木下大作は『木下大サーカス』に由来する。
バット(木下一平)
兄のアクロの相棒を務めるアクロバット芸人。半年前の事故が起きる以前は、兄と共に活躍してはサーカスに花を添えていた。アクロ曰く「明るく誰からも好かれる性格の持ち主」だったという。従姉妹のミリカへの恋慕の裏返しから、よく彼女にイタズラをしては場を盛り上げていた。半年前の練習中の事故で兄と共に負傷し、現在は意識不明となって入院中の身にある。
猿代草太
『逆転検事2』で初登場した新米団員。新米だからかステージネームは持っていない。作中での描写を見るに「団長殺害事件」が解決した直後の2018年の初頭から、サーカス関連の事件が再び起きる2019年3月までの間に入団した模様。企業化されたサーカスの中では『猛獣使い課』に所属していて、課長のミリカの直属の部下に当たる。猛獣使いとしては見習い扱いされているので、上司からは雑用係まで押し付けられている。草太曰く「会社で言えば平社員に当たる立場で、サーカス団員だって立派なサラリーマン」との事で、自身の職業を聞かれると「サラリーマン」と答える様にしている。一応ショーには出演しているが、大体は脇役や悪役を任されている。ショーでは紫のピエロの衣装を身に纏う。最近のショーでは「ラトーとアジゾウの異種族間の恋愛の邪魔者として登場し、最後にはアジゾウから仕返しを受けて派手にぶっ飛ばされる事」を持ち芸としている。アニメ版では『逆転裁判123』のみを映像化し、草太の入団以前のストーリーしか描かれていないので未登場。
アニメ版の『逆転サーカス』では、上記の団員一同とは他に「オリジナルキャラのモブ団員」が複数登場している。大道芸人の男性、曲芸師の女性、眼鏡を掛けた調理師の男性等が姿を見せた。サーカスの関係者は大きく分けると「ショーの出演者の団員」と「団員達の日常生活の支援者」にされる構成の模様。オリキャラの彼らもまた「原作以上に深味を増したストーリー」に花を添える役割を果たした。
関係者・動物達
虎のラトー
ミリカのパートナーにして、動物達の中では看板役者として扱われている。彼女からは「レオンが亡くなってからはミリカの一番のお友達」と呼ばれる程、可愛がられている。オス。サーカスの動物達の中では唯一、公式イラストにも登場しており「ミリカに寄り添ったラトーが頭を撫でられている姿」が見られる。作中では「ミリカが成歩堂と真宵にラトーをけしかけるイタズラをする場面」が描かれている。『タチミ・サーカス』の動物達は基本的に「種族名を逆転させた名前」を付けられるのが習わしとなっている。近年では後述の「ゾウのアジゾウ」を筆頭に、あくまでも「種族名の捩りである名前の持ち主」も増えて来た。
猿のルーサー
青い帽子と衣装を身に着けた猿。オス。サーカス団の動物としては珍しく衣装を着ている。「サーカスのトラブルメーカー」として有名な猿で、光り物を盗んでコレクションに加えるのを趣味とする。団長殺害事件でサーカスの捜査中だった成歩堂は、ルーサーに弁護士バッジを奪われる被害を受けた(後に奪還)。本来はミリカの管理下にいるが、彼女も手を焼いている。ミリカの言う事を聞かない反面、アクロと草太とは仲良しで彼らの言う事ならよく聞く。作中での描写を見るに、ルーサーが最も懐いている相手は草太で、アクロと一番仲の良い動物はペットの小鳥3羽と思われる。『逆転裁判2』ではアクロの部屋に住み着いていて、盗品コレクションの集積所にも使っている。『逆転検事2』では名実共に草太のパートナーに就任していて、仕事でも私生活でも側を離れない位に懐いている。草太の髪を引っ張る等のイタズラも時々する。その光景は「草太がルーサーに良い様に操られている」と周囲に認識される。
ライオンのレオン
先代のミリカのパートナーで、本編の半年前に死去している。オス。ルーサーを除くサーカスの動物達とは総じて仲が良い、ミリカにとって生前は最愛の動物であったが、今ではその座にラトーが着いている。半年前「練習中の団員に怪我を負わせる不祥事」を起こした罰として殺処分された。それでもミリカは未だに愛情を抱いており「レオンの舞台衣装」を彼の形見として大切にしている。トミーには「メスだったら“オイラン”って名前にしようかと思っていた」という、とんでもない裏事情を暴露されている。
象のアジゾウ
『逆転検事2』で初登場。興行ではサーカスの象のお約束・玉乗り等の曲芸を披露している。ミリカよりも草太と行動を共にする事が多い。未だにミリカの最愛のパートナーはラトーで固定されている為、アジゾウも草太の方に強く懐いている模様。その割には、毎回必ず自分の主演舞台に悪役として出演した彼を、演技の一環とは言え容赦なくぶっ飛ばしている。名前は種族名の「アジアゾウ」を短縮化したもの。男性の様な響きを持った名前なので解り難いが、実はメスで表舞台に登場する動物達の中では紅一点。
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※以下ネタバレ注意※
サーカスの舞台裏
半年前の事故(『逆転裁判2』第3話『逆転サーカス』)
この『タチミ・サーカス』は一癖も二癖もある人物が多い一団だが「団長を筆頭に善良な人々によって構成された、理想郷とも言える夢の世界」であった。それだけに極一部の問題を除いては、理想的な巡業生活を送っていたサーカス団だったが、半年前に途轍もない悲劇に見舞われる事となった。
半年前バットからのイタズラの仕返しに、ミリカは彼に「多量の胡椒を振り掛けたスカーフ」をプレゼントし、バットのクシャミを誘発させようとした。ミリカの真意も知らず、好きな人からのプレゼントに歓喜したバットは、彼女に危険な誘いを持ち掛けた。それは普段はミリカ専用の持ち芸「ライオンのレオンの口内に頭を入れて、無事生還する曲芸が成功したら、一緒に映画館に行こう」という内容だった。いくら飼いならされているとは言え、普通に考えて「ライオンの口内に頭を入れる」行為は「命知らず」と言われても文句は言えなかった。にもかかわらずバットはスカーフを巻いたまま無謀な挑戦に走り、レオンは彼の頭を口に入れた瞬間、スカーフの胡椒が原因でクシャミを起こし、バットの頭に深く噛み付いてしまう。弟である彼の救助に向かった兄のアクロも、胡椒でのクシャミから混乱したレオンに両足を噛み付かれた。レオンに負わされた深手によって、兄弟揃って2人は重度の障害者になってしまい、芸人生命を断たれる事となった。アクロは下半身不随の車椅子生活となり、バットは脳髄損傷で植物状態となり、現在も入院先で昏睡が続いている。レオンは全責任を押し付けられ「人身事故を引き起こした害獣」の烙印を押された挙げ句、団長に銃撃されて殺処分される最期を遂げた。
この大事故は元を辿れば、ミリカの幼稚な精神によって発生したのだが、団長は溺愛する娘を苦悩させたくない余り、事情説明も責任追求も放棄して「レオンはお星様になった」の子供騙しな一言だけで説明を済ませ、一切のお咎め無しとして事後処理を終えた。「恩人である団長の意志を尊重しよう」と悲惨な日常を耐えて過ごしていたアクロだったが「父親の団長による庇護下で、罪悪感や贖罪とは無関係でいられる平穏な日常を享受するミリカ」を毎日見る内に彼女への激しい憎悪や復讐心を抱く様になった。サーカスの多忙な大人達と違って、精神年齢の低さ故に仕事が少なく、アクロとは幼少期から同居して来た従姉妹だからと、ミリカが彼の主な介護人に加えられたのも火に油を注いだ。
初代団長・立見七百人殺害事件(『逆転裁判2』第3話『逆転サーカス』)
悲劇の連鎖は、これだけでは終わらなかった。事故から半年後マックスがマジシャンの世界大会『国際マジック協会コンテスト』で優勝を獲得し、賞品の自分を象った胸像を持って帰って来た。この『マックスの胸像』をルーサーが盗んで、同居人の自分の部屋に置いたのを見て、アクロは「これを使ったトリックでミリカを暗殺しよう」と思い立つ。彼は「標的のミリカに脅迫状を送り付け、所定の場所に誘き寄せた所で、宿舎の自分の部屋から『マックスの胸像』を頭上に落として撲殺する計画」を企てる。だが脅迫状を見つけた団長が、娘の身代わりとなって所定の場所だった宿舎前広場に来た所、誤って殺害されてしまう。アクロは下半身不随が原因で、自室からは標的の姿を確認出来ない為「最悪の人違い」をしてしまったのだ。団長殺害事件では『マックスの胸像』が凶器で、それをマックス本人だと誤解した目撃者のトミーがいた事が主因となって、マックスが容疑者として逮捕されるが、彼の担当弁護士となった成歩堂龍一と助手の綾里真宵の奮闘によって、事件の真相が白日の下に晒され、真犯人のアクロが逮捕されたのだった。
サーカスには「団長の非業の死、犯罪者に身を堕としたアクロの離脱」という、新たな不幸が降りかかる事となった。閉廷後、成歩堂と真宵は控え室にて、被告人だったマックス、傍聴人だったミリカとトミーと「サーカスの今後」について話し合う。『タチミ・サーカス』に所属していたばかりに、深刻な冤罪被害を受けたマックスは当初「サーカスを離れても良い」と考えていた。彼に配慮したトミーも「これ以上、うちの厄介事に巻き込む訳には行かないから」とマックスに契約解除を言い渡す。そしてサーカスを再興させ、昔から団長と共に抱いていた夢を叶える為にも「自分が団長の遺志と役職を受け継いで『タチミ・サーカス』を世界一のサーカスにする事を目指す」と力説した。
裁判の傍聴を経て「自分の罪の重さ」を痛感して改心したミリカも、その夢を実現させるべく協力者に名乗りを挙げると同時に「アクロの代わりにバットの目覚めを待ち続ける」と誓う。「2人の崇高な理想を掲げる宣言」に感化されたマックスは「世界一のサーカスには世界一の魔術師が必要」と語り、その言葉通りの理由で『タチミ・サーカス』に一生残留すると決めた。こうしてマックスと他の団員達は一連の事件を通じて完全に和解を果たし、一致団結して「世界一のサーカス」を目指して活動する様になった。「過酷な苦難を乗り越えて再起を遂げた『タチミ・サーカス』なら、いつかきっと夢を叶えられる」控え室での団員3人との会話の時点で、その未来予想図を浮かべた成歩堂と真宵は、一連の事件に確かな救いを見出だすのであった。
サーカスの再生と新米団員(『逆転検事2』第2話『獄中の逆転』)
親友・立見団長の遺志を継いで、2代目団長に就任したトミーの指揮下で『タチミ・サーカス』は立て直しが図られ、企業化されるに至った。マックスは『大魔術課』の課長、先代団長の忘れ形見のミリカは『興行部・猛獣使い課』の課長に就任した。新事業も幾つか開始されて、遊園地『バンドーランド』を舞台に『マジックショー』を開催したり、大手刑務所での慰問公演にまでも着手する様になった。慰問公演の依頼者は、大の動物愛好家にして当該刑務所の所長・美和マリーである。元々サーカスとミリカの大ファンでもあった彼女の依頼も快く引き受けた『タチミ・サーカス』は毎月1回の頻度で開催される慰問公演では、動物達の曲芸を披露する『動物ショー』を新事業の1つに取り入れた。同時に刑務所では大規模なアニマルセラピーを実施しているマリーの懇願に応じて、サーカスは「一部の動物達の貸し出し、場合によっては刑務所のペットとして譲渡する契約」も交わして副業に加えた。
そんな中、新米団員・猿代草太は『興行課・猛獣使い課』に迎え入れられ、猛獣使い見習いとして修行を積みつつ、課長ミリカの直属の部下として働く身の上となった。彼はかつてアクロに懐いていた猿のルーサーを相棒に、多忙な見習い団員として時に楽しい、時に哀しい日々を送っていた。しかし新生活が始まった矢先、草太は大きな不幸に見舞われる。2019年3月、親友にして『西鳳民国』大統領・王帝君のボディーガードを務める内藤馬乃介が殺人事件を起こして逮捕されたのだ。何の因果か「マリーの運営する刑務所」に内藤は収監された。丁度良く刑務所での慰問公演を控えていた草太は、今回の機会に便乗して唯一無二の幼馴染と再会し「共通の趣味であるチェスを刑務所生活中にも楽しめる様にとの気遣い」から、内藤に専用のチェスボードを差し入れる事を思い付く。草太は予定通りミリカに付き添い、慰問公演に出向くと内藤にチェスボードを差し入れる事に成功するが、これが幼馴染の2人の最後の会話となってしまう。草太との面会の終了直後、内藤が何者かに殺害されてしまったのだ。
検死の結果、彼の死因は「逮捕直前に起きたトラブルで首を負傷した為、装着していたコルセットの上から首を刃物で刺されての失血死」と判明したものの、肝心の凶器は紛失していた。また内藤の遺品として回収されたチェスボードは、何故か紐でノミが結び付けられた状態と化していた。当初は刑務所の囚人にしてノミの所有者であり、それを趣味の彫像制作に愛用している、かつての殺し屋・鳳院坊了賢に「ノミを凶器に用いて内藤を殺害したのではないか」と疑惑の目が向けられる。しかし刑務所でも入手出来る稀少な刃物とは言え「極小のノミでは頑丈なコルセットを貫通して、相手の首を突き刺す事は不可能」だと立証されると、事件の捜査中にも抜かりなく現場工作を行う真犯人の仕業によって、最終的には草太が最有力容疑者に仕立て上げられた。
今回の事件の捜査は亡き父・御剣信の弟子を務めた弁護士・信楽盾之に「父の後を継いで弁護士に転職しないか」と勧誘されて、マリーの刑務所にて彼の仕事を見学し、進路を決める為の参考にしようとしていた検事・御剣怜侍が主導者となって行われた。彼は助手役を担う信楽、刑事・糸鋸圭介、義賊・一条美雲の3人と協力し合い、事件の真相に迫って行く。そこで冤罪被害者とされた草太の惨状を見かねて、御剣は擬似的に「草太の担当弁護士」を担う事となった。そして彼らは「決定的な証拠品でもある、凶器が不在のままという不利な状況下」においても真相の解明に成功する。
今回の事件の真犯人はマリーであった。彼女は数年前、了賢が自身の刑務所に収監されて以来「十数年前に発生した王大統領誘拐事件、通称SS-5号事件に関与した際の不祥事を暴露されたくなければ、自分の命令には何でも従え」と彼に脅迫されて隷属を強いられる屈辱的な生活を過ごしていた。「いつ了賢に最大の秘密を暴露されるか解らない恐怖に苛まれる日常」から何としても脱却しようとマリーは悪足掻きにまで走った。了賢本人は自分を凌駕する知能犯である為、攻撃不能となっている彼女は「了賢の部下を捜し出して犯行を暴く事で、彼らに纏めて懲罰を加えて自分の刑務所から追放する計画」を企てた。警察に捜査協力までさせて、必死に了賢の部下を捜し回る生活を送る様になってから数年後。とうとうマリーは最有力候補者を見つけ出す。それが了賢とはチェスという共通の趣味を持つ内藤であった。実際には彼は了賢とは面識すら無い間柄だったのだが、マリーの疑心暗鬼を強める状況証拠が続々と発見された事で、恐怖心と猜疑心を爆発させた彼女は保身目的で内藤を殺害してしまう。マリーは彼の刺殺後、本物の凶器であるナイフを刑務所の中庭の池で飼育しているペット「ワニのアリー」の口内に入れて隠蔽した。
御剣は高度な推理を展開し「最後に残された謎・現在の凶器の在りか」を突き止めると「アリーの口から回収した凶器のナイフ」を突き付けてマリーの犯行を立証した。逃げ道を失くした彼女は「全部、了賢が悪い!アイツさえ刑務所に来なければ私は幸せでいられたのに!」という見苦しい負け犬の遠吠えを残すと警察に逮捕された。こうして御剣の手で無罪が証明されて救済された草太は、弁護士代わりをしてくれた恩人に深く感謝し「これからは幼馴染の内藤の分も頑張って生きて行く」と誓うと御剣一向とは晴れやかに別れた。今回の一件を通じて御剣は「弁護士として苦しむ人々を救う有意義な生き方」に以前にも増して魅力を感じる様になり、己の将来の選択に関しての悩みをより一層深めるのであった。
猿代草太の生い立ち(『逆転検事2』第3話『受け継がれし逆転』&第5話『大いなる逆転』)
幼少期の草太は菓子職人の実父・風見豊に養育されて「父1人、息子1人の父子家庭」にて一般人の少年として平凡ながらも幸せな人生を送っていた。小学校の入学式では、父の仕事仲間の菓子職人・氷堂伊作と彼の息子・内藤馬乃介と知り合った。当時の馬乃介も菓子職人の父と2人きりの家庭で生活しており、知り合ったばかりの草太と内藤は「境遇の共通点の多さ」にも後押しされて、すぐさま親友同士となった。彼らは片親育ちであるが故の苦労こそ絶えないものの「同じ喜びも哀しみも分かち合える同志と出会い、親友となれた幸福」を噛み締めながら無邪気に少年時代を共にした。草太と馬乃介が親交を深める日々を送る裏では、2人の父親である風見と氷堂の信頼関係には綻びが生じ始めていた。
数年前、風見は菓子職人の致命傷となり得る味覚障害を患い、息子の草太に味見役をさせる事で当面の難を捌き、息子以外の人間には味覚障害を秘匿にしていた。「いつかは障害を克服する事」を夢見て黙々と仕事に励む風見に、ついに救済措置を獲得する絶好の機会が訪れる。それは「天下一のパティシエと名高い天海一誠が率いる『天海グループ』が主催する『お菓子コンテスト』で優勝すれば、現時点では未発表の新薬の調合書・通称『究極のレシピ』が賞品として贈られる」といった内容だった。味見役の草太を除いて「誰にも自分の味覚障害を知られないまま完治させるには、この優勝賞品である『究極のレシピ』を獲得する他ない」と風見は睨んだのだ。彼は草太、氷堂、馬乃介を同行させて、万全の態勢を整えて『お菓子コンテスト』に挑む。
しかしコンテスト開催前から薄々「風見が味覚障害を隠し持っている」と気付いていた氷堂が、とんでもない裏切り行為に走る。彼は息子の馬乃介に草太を誘拐させて監視役まで強制した上で、コンテスト終了まで2人を自家用車に閉じ込めておいた。そして味見役を失くした風見が『究極のレシピ』の盗撮に出る様に誘導し、その現場を押さえて彼の弱味を握った氷堂は「味覚障害という秘密を暴露されたくないなら、私に服従して口止め料となる大金を支払え」と脅迫した。仕事仲間・氷堂からの裏切りと脅迫に激怒した風見は2人で激しい争いを初めてしまう。最初は口論だけだったが、次第にお互いにヒートアップして行き、氷堂が風見に暴力を振るって怪我まで負わせた。とうとう堪忍袋の緒が切れた風見は、その場にあった鈍器で衝動的に氷堂を撲殺し死体を隠蔽。その直後『西鳳民国』へと国外逃亡すると同時に、息子の草太を見捨てて日本から姿を消したのだった。この氷堂殺害事件は後に「IS-7号事件」という通称が名付けられ、後世にも伝えられるに至った。
草太と内藤は自分達の父親に何が起きたかも知らず、真冬の冷気で凍り付いた車内に閉じ込められてしまい、凍死寸前にまで陥った。そこへ偶然、盲導犬クロを連れた了賢が通りすがり、飼い犬の様子から草太と内藤の存在に気付くと「無関係の子供達が死ぬ所を見るのは忍びない」との考えから2人を救出し、人知れず現場から去って行った。当時の草太と内藤は意識が朦朧としていた為、了賢の存在に気付かないばかりか、凍死しかけたショックで部分的な記憶喪失を発症し「人生を狂わせる勘違い」まで犯してしまう。何と2人はお互いの父親を自分の父親だと誤解してしまい、草太は「内藤は自分の父親・氷堂を殺害した風見の息子で、父親の命令で自分を誘拐した犯人」だと思い込み、只の親友同士だった2人の間に溝が出来る羽目となった。
一方、内藤も「自分の父親は風見」だと長らく勘違いしていたものの、青年に成長した頃、警察から実父の遺品を託された事を契機に本来の記憶を取り戻した。「父の氷堂が風見親子の人生を滅茶苦茶にした張本人で、その共犯者は自分だったと草太が知れば、彼は心に深手を負うに違いない」そう考えた内藤は亡くなるまで真相を胸に秘めたまま、幼馴染の草太との交友を続行し「彼の心の拠り所」であり続けようとした。そんな内藤の本心を知る機会に恵まれず、草太を取り巻く環境は悪化の一途を辿った。彼は表向きには親友・内藤との交友関係を続ける裏では「奴は自分の父親を殺した犯人の息子」だと誤解したまま、密かに逆恨みを募らせて行き「いつかは殺して復讐してやろう」とまで考える様になった。
IS-7号事件のどさくさに紛れて国外逃亡を実行し、日本では行方不明者と化した父親・風見に捨てられた草太は孤児となり、マリーが院長を務める孤児院『ハッピー・ファミリー・ホーム』へと預けられた。