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概説

いわゆる「もういい大人なんだから、子供みたいに漫画アニメゲームを追いかけ続けてないで、とっとと卒業し去るべきだ」とするメッセージを指す。


この手の思想は、昭和20年代以前生まれ辺りには「一般的な価値観」として共有されていた。

特に昭和30/40年代生まれ世代はオタク第一世代として多くのクリエイターを出してきたが、「ジャリ番」視の時代を知るだけに、ある種の卑賤な職業として引け目を感じる節もあったようで、庵野秀明のように何らかのきっかけで転向することもある。


だが幼少期からマンガ・アニメ・ゲームに囲まれてきた昭和50/60年代生まれの世代(おおむねポスト団塊ジュニア世代以降)では徐々に減少に向かい、成人後もテレビゲームをやっていることは、さほど珍しい事ではなくなった。

平成生まれになるとアキバ系の台頭や、オタクの経済活動による恩恵の評価などから、こうした主張は『古い価値観』と扱われ始め、現在は『上から目線の押し付け』として忌み嫌われる場合が多い。


作り手側からの終了宣言

コンテンツやシリーズが人気を失う等で衰退する「オワコン」は、基本的に消費者側によってそう定義され打ち立てられる概念である。

しかし、近年のネット上ではある出来事を切っ掛けに、それらサブカルを提供する側の人間が自らファンを追い出す行為としての意味も帯びるようになった。


他にも、製作者側が意図的にそうなる事を促す描写を「裏テーマ」として盛り込んだケースは、極少数ながら存在する。

理由として、シリーズや連載を続ける現状に疲れてしまったり、月日と共に増加・激化する厨坊の類を嫌い疎むあまり、「自分で全部壊して楽になりたい」との願望が芽生えてしまうのだと考察されている。


テレビアニメ初期世代あたりのオタクコンテンツのクリエイターも「卒業推奨の思想」を共有している節があり、中でも有名なのは富野由悠季。ただし彼の場合一種の芸風にもなっており、どこまで本気なのかは分からない。

その他、平成以降の子供向けコンテンツに数多く出演している役者でも、似た様な考えを持っている人物は存在する。


この場合「原作者が自ら壊して終わらせる」のであれば比較的諦めはつきやすいが、「他から委託された立場の人物」が同じ事をすれば「職権濫用でヘイト創作をファンに押し付けた」「作り手が作品を馬鹿にするとは」などで炎上に繋がりやすい。


事例とされている作品

※性質上、賛否両論になり易いが、必ずしも低クオリティな訳では無い旨には注意されたし。

※大抵は自虐ネタを消費者に向けた物となり、単にメタ要素を使ったり出来が悪くファンの期待を裏切った、等の理由は該当しない誤用となる。



作劇上での特徴

何らかの形で現実を突きつけ「受け手の夢を壊そうとする」展開が取られるが、その手法についてはある程度の傾向が見られる。

ここでは、上記と合わせてその一例を紹介する(ネタバレの為、どの作品かは割愛)。


いわゆる俺達が現実だと思っていたのは実は作られた世界だったんだよ!な展開。

仮想世界夢オチなどを使い、キャラクターに自身がフィクションの存在である事を自覚させる事で、そこからの脱却という形に持っていく事が多い。


批判意見としては、それまで何の匂わせもなかったのにいきなり出てきて、視聴者を置いてけぼりにする事が多い為、思想云々ではなく単なる作者の力量不足であるとの意見も多数。

また劇中劇といった、消費者ではなく劇中人物に向けたメッセージという作劇もあり、この場合本件に含まれるのか判断が怪しくなる。


  • ファンを隠喩する人物

作品内に作品のユーザー、またはスタッフ等を擬人化したキャラクターを登場させるもの。

いわゆるギャグやポジティブな意味を含んだ「俺ら登場」とは異なり、作中世界が苦しむ元凶である事が多く、受け手は「お前らが作品を楽しみ作らせるせいで、画面の中のキャラが苦しみ続けるんだ」という皮肉を突きつけられる形になる。

作り手による自虐である事がほとんどであるが、見方を変えると同じ趣味の読者に対する攻撃であるとも見られるので、どの道扱うには注意が必要である。


  • 他作品、他ジャンルへの揶揄

作品内に留まらず他ジャンルの作品を皮肉ったり揶揄した存在を登場させるという手法。

有名な例を挙げるとすれば劇中劇があり、人気のあった何かを政治的なプロパガンダとして利用したといった所か。

上記のファンを揶揄する人物と共通点が多く、それに加えて他作品のファンにも喧嘩を売る形になるという問題点がある。


  • 過去のシリーズ作品の否定

シリーズ作品の続編やスピンオフにおいて見られる手法で、これまで過去作で語り続けてきたテーマを否定するというもの。

アンチテーゼ自体は必ずしも非難の意図があるとは限らず、シリーズ作品においてもしばしば取り入れられる事はあるが、本件の場合明確に拒絶する意図が入っており、ファンからすれば「これまで大事にしてきたものに然程価値なんて無い。現実なんてこんなもんだよ」というメッセージに捉えられかねない。


  • やっつけ仕事

それまでよりも明らかに面白くない内容や消極的なメディア展開へ「意図的に」シフトする事でファンの熱を冷まし、我儘な要求を減らしたり製作の省エネ化を図るという製作会社の姿勢。

殿様商売の一種とも言えるが、そんな事をして存続できるのは盤石な地盤がある大手に限られており、単に時代の流れについてこれず「盛り上げたくても出来ない」企業もまた多い。


  • 思想をぶつけ合う戦い

逆に主人公がこの言葉に反論して討ち倒すケースもあり、本記事の諦観をあえて示してから跳ね除けるシーンこそ製作陣の伝えたかったメッセージという作品もある。

その場合「現実主義や事なかれ主義に陥って夢や理想を否定する、悪い意味の大人」に対する主張として、「そんな"ダサい大人"になるくらいならガキでもいい」と切って捨てる展開になることが多い。

「"理想"を掲げて変化を望み平和のための犠牲を否定する主人公と、"現実"の名の下に現状維持を図ろうとしたり犠牲を許容しようとする敵」という構図は割とよく見るであろう。


この場合「心地のいい理想に逃げているガキ」に対する「辛い現実に耐える大人の説教」のはずがむしろ「楽な諦観に浸り現実に逃げている」のは"大人"の方で、「辛くてもより良い理想の為に進みたい」のが"ガキ"という逆転現象が起きているのも興味深いところ


また、これ以外にも様々なパターンや展開があり、それらは同時に登場する事も留意願いたい。


外部が語る場合

制作側自ら言い出した結果スラングとして成立した訳だが、いずれにせよこの様な主張をする場合、必ずTPOを弁える必要がある。

昨今「図体はデカくなったのに内面はガキのままで、本当の子供は気にしない様なクオリティや解釈違いでギャーギャー騒ぎ続ける輩」が問題となって久しく「少しくらい大人になれよ」と説教したくなる気持ちもわからなくもない。


しかし「大人も楽しめるサブカル」も少子高齢化で主要となってきた現在、そうした風潮そのものを疎み「ゲームも漫画も子供の遊び!大人がやるものじゃない!」と叫んで回ったところで、メインターゲットの子供からすればまるで意味が分からないし、当の大人ユーザーから見てもただ冷や水をかけるだけのアンチにしか写らない。


そんな時流すら読めず、昭和の価値観を大人ぶって振り翳すのは「大人」ではなく「老害」であり、客観的に見ると「自分の理想・主張を駄々っ子のように世界へ喚き散らす『同じ穴の狢』」になってしまっている事態もしばしば。


大人として不甲斐ない輩に苦言を呈する気持ちも分かるが、他人に迷惑をかけない限り大の大人の男性が女児アニメにハマろうが、フィギュアにハマろうが自由であるし、口を出す権利はない。

自立した上で子供っぽい趣味を持つ者に文句をつける前に、貴方も「理性と我慢」を持って寛容さを身につけた「大人になれよ」なのである。


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関連タグ

オワコン 原作レイプ 自虐ネタ メタ発言 大きなお友達 余計なお世話 駄作 価値観の押し付け 過剰反応


脚本の被害者 賛否両論 みんなのトラウマ キャラヘイト アンチ ヘイト創作:人によってはこのように受け取られかねない。


毒親ずるい大人:現代を舞台にした作品ではコンボになっている可能性がままある。

人の振り見て我が振り直せ:「大人になれよ」への正しい返答の一端。

「好きで大人になったんじゃないよ」「大人になんかならないよ」:「大人になれよ」への誤った返答の一端。後者はそれなりのアンサーも出している。

お前が言うな/特大ブーメラン:発した対象によってはこのように受け取られかねない。

少子化:子供っぽい趣味にハマってる暇があるなら子供を作れという極論も存在する。

価値観の押し付け:自分の思想や考えを優先するがために発してることも少なくない。「大人とはこうあるべき」という考えは理解できるが押し付けるのは自己中心的と捉えられかねない。


moon(ラブデリック):1997年に発売されたゲームで2019年にアーカイブが配信されている。何もしていないモンスターを虐殺し、民家に不法侵入し、ものを強奪する"勇者様"を皮肉った作品で、ゲームの世界に吸い込まれた主人公が虐殺を続ける勇者に抗い殺された魔物を蘇生して感謝(ラブ)を高め、そのラブで光の扉を開き、運命を変えるのが目的。しかし終盤登場人物が「どんなに抗おうとしたところでそれすらも基盤刻まれた内容通りでしかない」「ゲームの中でラブを貯めても光の扉を開けられるだけのラブには絶対に到達しない」ことに気付き「ステータスに表せないラブを持っているなら、次に扉が現れた時それを開けて欲しい」とメッセージを残し、その後主人公が勇者に殺されゲームオーバーになるが、その際コンティニューしてしまうと「主人公がまたゲームの中に入りシステム上絶対にグッドエンドに到達できないゲームでグッドエンドを目指す」ループエンドに陥る。開始早々の読ませる気がない作中作品「moon」の長文高速あらすじとかろうじて読める「幻夢(ゲーム)などやめて早く目覚めよ」、何故かここだけボイス付きの主人公の母親の「もうゲームなんかやめて早く寝なさい」のメッセージの通り「ゲームを辞める」のが真エンドの条件であり、コンティニューしないを選ぶと主人公が外の世界に旅立ち、また基盤に封鎖されていたゲームの世界の扉が開く。この作品で言うラブとは「現実世界における経験値」の事、光の扉は「部屋の扉」つまり「外の世界への一歩」の事、本記事タイトルのメッセージを発する先駆けと言えるゲームである。

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