概要
「諡号」…「しごう」と読む。中国や日本、朝鮮の王朝など、君主の崩御後、朝廷によりつけられる名、「諡」の一文字のみで「おくりな」とも読む。
中国の王朝
基本的に皇帝や王の崩御後、つけられることになるが、武力をもって王朝を創始した王や皇帝は「武」がつけられ、法を整備し王朝の基礎を築いた王や皇帝は「文」がつけられることが多い。
基本的に治世の状況を表すことが多く安定期には「景」・「襄」・「荘」などがつけられるが、王朝末期になり、君主として失政が多く国を傾けると「幽」・「霊」・「悼」などがつけられることになり、滅亡してしまうと最後の君主には「幽」や「霊」のほか「哀」などの悲惨な諡を贈られることになってしまう。また、父と折り合いが悪かった君主がいやがらせに悪い漢字を選んで諡号とするケースもごくまれにある。
ほかに、王朝に功のあった臣下に加増とともに特権として諡号を下賜するケースや、敵対した武将・政治家の祟りをおそれて諡号を下賜するケースもある。
朝鮮王朝
基本的には中国の王朝と変わらないが、宮廷闘争に明け暮れた第10代・燕山君、戦乱に巻き込まれた第15代・光海君は暗君の烙印を押され、諡号は贈られていない(なお、最近では光海君は暗君ではなかったとの研究が大勢となっている)。
日本の天皇
明治以降、明治・大正・昭和といった元号が天皇の諡号となっているが、明治以前の諡号には明確な基準がない。そのため、先の天皇におくられる諡号が「平成天皇」とは限らない。
ただし、非業の最期を遂げた天皇は第75代・崇徳天皇や第81代・安徳天皇のように諡号に「徳」をつける習わしがあるのではないかとの推測がなされている。
第51代・平城天皇は嵯峨天皇に譲位後、平城京に移り住んだのちに朝廷と対立し失脚、幽閉された平城旧京で崩御したために「平城」を諡号に贈られれたという。
また、第71代・後三条天皇や第60代・醍醐天皇の治政の再現を夢見た第96代・後醍醐天皇のように、みずから諡号を定めた方もおられる。
このなかにあって、異色は第112代・霊元天皇である。上記の通り「霊」は国を傾けたり、滅ぼしたりした君主につけられる極めて縁起の悪い漢字であるが、霊元天皇に国を傾けた事実も、滅ぼした事実もどこにもない。
このような縁起の悪い諡号をつけたのは天皇の意思であって、みずから第7代・孝霊天皇から「霊」を、第8代・孝元天皇から「元」を選び、つけられたという。
漢風諡号
天皇の権力が強かった古代や天皇の権威が復古してきた近世にかけて見られる。
(漢風諡号の天皇一覧)
神武天皇、綏靖天皇、安寧天皇、懿徳天皇、孝昭天皇、孝安天皇、孝霊天皇、孝元天皇、開化天皇、崇神天皇、垂仁天皇、景行天皇、成務天皇、仲哀天皇、応神天皇、仁徳天皇、履中天皇、反正天皇、允恭天皇、安康天皇、雄略天皇、清寧天皇、顕宗天皇、仁賢天皇、武烈天皇、継体天皇、安閑天皇、宣化天皇、欽明天皇、敏達天皇、用明天皇、崇峻天皇、推古天皇、舒明天皇、皇極天皇、孝徳天皇、斉明天皇、天智天皇、弘文天皇、天武天皇、持統天皇、文武天皇、元明天皇、元正天皇、聖武天皇、孝謙天皇、淳仁天皇、称徳天皇、光仁天皇、桓武天皇、仁明天皇、文徳天皇、光孝天皇、崇徳天皇、安徳天皇、順徳天皇、仲恭天皇、光格天皇、仁孝天皇、孝明天皇
追号
漢風諡号とは違い特に意味を持たず生前その天皇の縁の深い地名、皇居、御陵などから付けられる。天皇が実権を握らなくなった時代に見られる。
1.所在号
〈地名〉 平城天皇
〈宮名〉
(在位中の皇居名)
一条天皇、堀河天皇、近衛天皇、二条天皇
(譲位後の在所)
嵯峨天皇、淳和天皇、清和天皇、陽成天皇、宇多天皇、朱雀天皇、冷泉天皇、三条天皇、白河天皇、鳥羽天皇、六条天皇、高倉天皇、土御門天皇、亀山天皇、伏見天皇、花園天皇、桜町天皇
(葬家の在宅名)
四条天皇
(二条殿に面する町名)
正親町天皇
(在所に近い宮門)
中御門天皇
〈寺名〉 円融天皇、花山天皇、光厳天皇、光明天皇、長慶天皇
〈院号〉 崇光天皇
2.山陵号
醍醐天皇、村上天皇、東山天皇
3.合号
称光天皇(称徳天皇×光仁天皇)、明正天皇(元明天皇×元正天皇)、霊元天皇(孝霊天皇×孝元天皇)
4.元号
明治天皇、大正天皇、昭和天皇
※斜体文字は北朝天皇である
加後号
過去に付けられた追号に「後」を加える追号のことである。他の王朝には見られない日本独自のもので西欧における○二世(○the second)に近いニュアンスである。付けられる理由として、過去の治世に因むもの(例、後醍醐天皇)から皇統の正当性を強調させる(例、後円融天皇)ため、過去の追号(例、後二条天皇)と被らないようにするため、父子関係を強調するもの(例、後柏原天皇と後奈良天皇)等である。原則として、過去にあったの追号・異名に付けられて、漢風諡号には付けられないのが慣習となっている。
(加後号の天皇一覧)
※()内の天皇は加後号に由来するもの
後一条天皇、後朱雀天皇、後冷泉天皇、後三条天皇、後白河天皇、後鳥羽天皇、後堀河天皇、後嵯峨天皇、後深草天皇(仁明=深草帝)、後宇多天皇、後伏見天皇、後二条天皇、後醍醐天皇、後村上天皇、後亀山天皇、後光厳天皇、後円融天皇、後小松天皇(光孝=小松帝)、後花園天皇、後土御門天皇、後柏原天皇(桓武=柏原帝)、後奈良天皇(平城=奈良帝)、後陽成天皇、後水尾天皇(清和=水尾帝)、後光明天皇、後西天皇(淳和=西院帝)、後桜町天皇、後桃園天皇
日本の皇后
明治以降、皇后にも諡号をおくることになっており、現在までに英照皇太后、昭憲皇太后、貞明皇后、香淳皇后がおくられている。
その他
江戸時代、水戸藩では歴代藩主に諡をつける習わしがある。たとえば徳川光圀は「義公」、徳川斉昭は「烈公」といった具合である。