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クリス・ジェリコ

くりすじぇりこ

クリス・ジェリコはカナダ出身のAEW所属プロレスラー、兼ミュージシャン(FOZZYボーカリスト)。
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Y2J!! Y2J!! Y2J!!

概要編集

本名は「クリストファー・キース・アーヴァイン」。

アメリカのニューヨーク州マンハセット生まれで、カナダのマニトバ州ウィニペグ育ち。

1990年スチュ・ハートの息子であるブルースとキースの兄弟が設立した『ハート・ブラザーズ・レスリング・スクール』で訓練を受けたのち、カナダのインディー団体でデビュー。翌年に日本へ初来日、FMWのリングで当時新人だった江崎英治(後のハヤブサ)らと対戦している。


1992年にはメキシコで「リオン・デ・オロ」、「コラソン・デ・リオン」などのリングネームで活躍、CMLLのNWAミドル級チャンピオンにまでなる傍ら、翌1993年から天龍源一郎の団体WARに、コラソン・デ・リオンの英語訳である「ライオン・ハート」の名でレギュラー参戦する。

1995年、「第2回スーパーJカップ」に参戦、翌年に冬木弘道邪道外道による軍団『冬木軍』に入り「ライオン道」を名乗る。


1996年、試合のビデオを見たミック・フォーリーの推薦でアメリカのECWのリングに「クリス・ジェリコ」のリングネームで上がり、同年、アメリカ第2の団体(当時)WCWに入団。WCWクルーザー級王座を4度戴冠し、また当時WCWと提携していた新日本プロレスにも参戦。1997年1月の東京ドーム大会では、白い獣神サンダーライガーのコスチュームを着たマスクマン「スーパー・ライガー」として金本浩二と対戦し、「第4回ベスト・オブ・ザ・スーパー・ジュニア」にも素顔で参戦している。


1998年にヘビー級に転向、その翌年、ビル・ゴールドバーグとの対戦が実現しなかったことや、nWoメンバーばかり優遇される状況などを嫌ってWWF(現・WWE)に移籍する。その際、世間がY2K問題で揺れているのに掛けて「Y2J」とあだ名されるようになる。


1999年にIC王座、2001年にタッグ王座(w/クリス・ベノワ)と世界ヘビー級王座を獲得、WWE至上4人目となるグランドスラムを達成した(1人目はHBK、2人目はHHH、3人目はケイン)。

また世界ヘビー級王座は、WWFに買収されたWCWのタイトルであるWCWヘビー級王座を獲得した上での奪取であったため(しかも同日)、史上初のWWF&WCW統一世界王者でもある。

のみならず、WCWヘビー級王座はザ・ロックから、世界ヘビー級王座はスティーブ・オースチンから奪取したものであり、当時のWWFトップ2人を同じ日に立て続けに破る快挙でもあった。

かくして、WWEにおけるトップレスラーの地位を確立していった。


2005年頃よりバンド活動にも積極的になり、WWEを一時的に離脱することも増えたが、未だ現役トップレスラーとして活躍している。


2016年9月より、気に食わない人物の名前を「list of Jericho」に書き加えていくギミックが好評を博す。


2017年11月5日、新日本プロレス大阪大会で突然VTRにて登場し、来年1月の東京ドーム大会でケニー・オメガの持つIWGP USヘビー王座への挑戦を表明、世界中を驚嘆させた。ちなみに、ケニーも同じマニトバ州ウィニペグの出身である。

そちらの戴冠はならなかったが、2018年6月に内藤哲也の持つIWGPインターコンチネンタル王座に挑戦し勝利した。


2019年、1月にアメリカの新興団体AEWと契約。2月、旗揚げに向けてのチケット・アナウンスメント・パーティで、AEWの副社長に就任したケニー・オメガと殴り合いを展開。5月25日の旗揚げ興業のメインイベントで対戦し、新技ジューダス・エフェクトで勝利した。


2020年1月5日、新日本プロレス東京ドーム大会で棚橋弘至とスペシャルシングルマッチで対決。ウォールズ・オブ・ジェリコで棚橋からタップアウトを奪い勝利。煽りVTR内で「棚橋が勝ったらAEWのベルトに挑戦させてやる!」と口にしていたが、新日本とAEWに団体的な交流が予定されているわけではないらしい。


2022年ジェイク・ヘイガーダニエル・ガルシアアンジェロ・パーカーらとヒールユニット『Jericho Appreciation Society(ジェリコ感謝協会)』を結成。他のレスラーたちを襲撃しつつ、鈴木みのる率いる鈴木軍と共闘している。


その他編集

クリス・ジェリコ

長らく日本に滞在していたため日本語を流暢に話せ、カタカナの読み書きもできる。


2000年よりロック・バンド「FOZZY」(1999年結成、デビューはジェリコ加入後)にヴォーカルとして(ピアノも少々)参加している。当初、バンド活動中はムーングース・マックイーンを名乗っていた。

デビュー当初はオリジナル楽曲を持たず、2ndアルバムまでカヴァー曲で占められている。また、ジェリコがレスリング中心であるため、あまり定期的に活動できていなかったが、2005年頃よりWWEを長期離脱し、FOZZYのライブツアーを行うようになった。


2004年7月5日、レスリングによる実績と恵まれない子供たちに対する慈善活動が認められ、マニトバ州の「バッファローハント勲章」を授与されている。


2006年6月に俳優としてテレビ映画に、7月にはコメディー劇の舞台に出演、2010年にはクイズ番組の司会者も務めている。


2016年、WWEイギリス公演の最中にシン・カラ(フニコ)の態度に問題がありケンカに及んだことがある。その際、「MLWラジオ(メジャー・リーグ・レスリングという製作会社によるポッドキャストラジオ)」のツイッターはシンカラがジェリコをノックアウトしたとツイートしたため、ジェリコは「1994年の博多スターレーン以来(バックステージで)ノックアウトされた事はないんだけど」とツイッター上で否定した。しかし、1994年に誰にノックアウトされたかまでは明言していない。


2021年、AEW社長であるトニー・カーンのシニアアドバイザーに就任。

関連動画編集

「Break The Walls Down」 WWEでの入場曲。


FOZZY 「Judas」 : 『NXT TakeOver: Chicago,2017』 公式テーマ、および新日での入場曲。

得意技編集

ウォールズ・オブ・ジェリコ

逆エビ固め。代表的なフィニッシュ・ホールド。

由来はドイツのメタルバンドHELLOWEENのデビューアルバム「Walls of Jericho」。


ライオンサルト

フィニッシュ・ホールドの一つ。倒れている相手に、セカンドロープからスプリングボード式に飛んで体を落とすムーンサルトプレス。


コード・ブレイカー

立っている相手の首に組み付き、倒れ込みながら両膝を顔面に叩き込む技。


ジューダス・エフェクト

AEW旗揚げ興業で初登場した技。いわゆるローリングバックエルボー。


ステップアップ・エンズイギリ

ジャンプして、相手の大腿部から腰の辺りを踏み台にして放つ後頭部へのキック

代表的なセリフ編集

"Welcome! To The RAW! Is! Jericho!!"

WWE移籍後、最初に使い始めた掴みのセリフ。


"Never! E・e・e・eeeeeeeeeeeeeeeeeever!!!!(絶対に、ずぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ対に!!)"

ベビー・ヒール時問わず愛用したフレーズ。


"You just made the list!"

「list of Jericho」に名前を書き加える際に使用。


外部リンク編集

プロフィール(新日本プロレス公式サイト)


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プロレスラー WWE AEW

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