概要
平成仮面ライダーシリーズ第6作として、2005年から2006年にかけて放送された『仮面ライダー響鬼』は、「和」をモチーフとして取り入れた異色の仮面ライダーとして話題となったが、TVシリーズの物語も全体の折り返しを過ぎた三十之巻(2005年9月4日放送分)において、プロデューサーをはじめとした制作スタッフの交代と、物語の大幅な路線変更に踏み切るという事態が発生した。また、三十之巻放送の前日に封切られた劇場版も、(パラレル設定であったとはいえ)TVシリーズとは明らかに趣を異とする内容であった。
平成ライダーにおいて、このような大規模な路線変更がそもそも前代未聞の事態であったが、中でもチーフプロデューサーの髙寺成紀が降任したという事実は、(テコ入れはともかくとして)制作統括者であるチーフプロデューサーの更迭が、長い日本の特撮の歴史の中でも異例の出来事であったことも相まって、ファンの間でも特に衝撃を持って受け止められた。
事態はプロデューサー交代に留まらず、後述するように脚本・演出なども全面的に路線変更が進められていった。
交代・加入したスタッフ、およびテコ入れの内容は以下の通り。
- チーフプロデューサーが髙寺成紀から、当初は劇場版のみに参加予定であった白倉伸一郎に変更。白倉が新しいスタッフ集めに奔走することとなった。
- 当時の白倉は、ニチアサから離れ実写版『美少女戦士セーラームーン』や『Sh15uya』を手掛けており、さらにこれらの番組が一段落を見た後も、既に別の企画を複数抱えていたようで、そちらをさて置いても本作の立て直しに注力せねばならないことに対する複雑な思いを、極めて婉曲的な形ではあるものの当時開設していた自身のブログ上にて記したこともある。
引用すると
よそ様のお子さんを預かってしまった以上は、実の子供以上に大事に育てなければならない。重体で運び込まれてきた子だ。まず健康を取り戻してくれないことには、育てるも何もないが、なにしろ成人式まで時間がない。生みの親も胸を張れるような、立派な成人式を迎えさせてやりたい。本当は手術しないと完治しないし、せめて絶対安静にすべきだとだれもがいう。それが正論なのだけど、夢を持ってる子なので、その夢を実現させてやりたいのだ。治療と並行してリハビリを始める強行軍。ハードルは高い。後遺症も残る。子ども自身の資質も微妙。可能性は小さいだろうが、夢に挑む道だけは開いてやりたい。医者でも教師でもない俺が、なぜその任を?とも思う。でも、棄てられた子供に罪はない。実の子供たちがピイピイ鳴いている。心苦しいが仕方ない。いったん人様の子を背負ったら、実の子を殺してその肉を食わせても、背負いつづけるものだから。 |
- 脚本面では、きだつよしと大石真司に代わって井上敏樹が三十之巻以降のほぼ全ての脚本を担当。他、一部の話数においては次作『仮面ライダーカブト』でメインライターを務めた米村正二も参加。
- 撮影監督のローテーションに鈴村展弘と田村直己が参加。
- 戦闘シーンの大幅増加。フルCGを使った巨大魔化魍を極力減らし、等身大怪人との戦いを増やす。
- メインキャラクターに桐矢京介を新たに追加。さらに安達明日夢がヒビキに弟子入りするなど人間関係の整理。
- 山中や遠方でのロケを中止、もしくは大幅に縮小。
- エンディング映像の廃止、およびオープニングテーマをボーカル無しの「輝」からボーカル有りの「始まりの君へ」に変更。および映像の刷新。
この路線変更により、ファンの中で「三十之巻以前の雰囲気のままが良かった」等の前期響鬼派と「三十之巻以前より面白い」といった二つの派閥に分かれてしまい、商品化リクエストサイト「たのみこむ」で路線変更前のスタッフ復帰を求める嘆願が行われたほか、同時に劇場版の公式ブログにスタッフ・キャストに対する誹謗中傷を書き込むという迷惑行為に及ぶ者も現れた。現在でも「前期または後期の響鬼が好き」という具合に、前期・後期がまるで別作品の様に語られることも珍しいことではない。
一方で、作品としての基本的な骨子や、ストーリーのテーマに関しては、作品関係者からの「明日夢やザンキを降板させるべき」※などといった要求が複数寄せられながらも、白倉を始めとする後期体制のスタッフたちは出来得る限りの維持に努めており、この点については難色を示した側からも一定の評価が与えられている。
※ユリイカ2012年9月号臨時増刊平成ライダー特集号の井上敏樹のコメントでは「まず少年が出てくるのが嫌だった」「自分は明日夢が気に入らなかった。いい子ちゃんで何だこの野郎成長なんかするなと思った」「やるんだったらもう壊したい。プロデューサーも変わるから仕方ない。そのシンボルが桐矢」「明日夢が修行から脱落して桐矢が残るのも最初から決めていた」「『響鬼』はこじんまりとしたのが嫌で、主役の響鬼と明日夢がいて毎回テーマがあって小っちゃく纏まっているのを壊したかった。テーマ性を表に出すような精神性を切りたかった」と明日夢不要論を語っている。
どうしてこうなった
こうなった原因は現在でもよくわかっていない。そもそも、この騒動は制作の内情に深く関わる性質の問題であることから、後述の松田賢二による「証言」も含めて理由を特定できるほどの情報がそこまで表出しておらず、限られた判断材料やその当時の周辺状況などから類推する他ないのが実情である。
ネット上で議論されたものとして、以下のようなものがある。
- 細部まで妥協せずに作り込むという髙寺の悪癖が出て、労力・予算・時間を好きなように注ぎ込んで趣味を追求し遠方へのロケなど資金や時間のかかる方法を多用した結果、制作体制が崩壊した。
- 視聴率に次ぐ重要要素である玩具売り上げの低迷(これはデータでも明らかになっている)。
- 制作体制崩壊と商業的失敗を受け、制作側から改善の要求が出されたが拒否したため。
これらはあくまでも噂や憶測の域を出ておらず、東映が公式な説明を行っていないため、先述のとおり正確な原因はわかっていないのが現状である。
ただし1点目の制作側崩壊については、後に出版された書籍『語ろう!平成ライダー555・剣・響鬼編』でのインタビューにて髙寺・白倉両プロデューサー共に認めている。また井上に関しては物語の方向性を守った事、汚れ仕事であることを承知で請け負ってくれた事もあり、両プロデューサーから非常に感謝されている。
また、「細部まで妥協せずに~」との点については、番組立ち上げの段階で参加していた片岡力氏の著書において、「『クウガ』の頃と違って髙寺の中には番組作りを通じて表現したいことがもはや残っておらず、初めから作品を貫徹できるテーマを持ち得なかったのではないか」とも推論されている。
松田賢二の証言
2015年、髙寺がMCを担当するラジオ番組『髙寺成紀の怪獣ラジオ』(調布FM)にてザンキ役の松田賢二がゲスト出演した際に、この騒動に関連してどのようなことが現場などで起きていたのか、ほのめかすコメントを残している。
要約すると、
- (『響鬼』に悪のライダーが出てこなかった作風に関して)三つ子の魂百までということわざがあるように、小さいころ大人に見せられた価値観は大人になっても残ってしまう。そんな多感な時期に人間同士がエゴをむき出しにして醜く争うものを刷り込むのはどうかと思う。仮面ライダーとは「将来こうなりたいと思う大人の見本」であるべきであり、自分も父となった現在当時よりももっと強く子供に見せる番組に対してそう感じる。
- 井上は後半の路線変更脚本を不服としており、「仕事だし会社の命令だから」として嫌々ながら脚本を書いていた。井上としては、前半の「従来の東映による子供向け番組の枠を打ち破ろうとしていた」髙寺率いる響鬼前半制作陣のマンネリ打破の意欲を支持しており、作風を変えろ、いつも通りに戻せと圧力をかけられながらも出来るだけ抵抗して響鬼らしさを変えすぎないように、いつもの平成ライダーになるべく戻らないように抵抗していた。
- 出演していた俳優陣も、後半になってから士気が下がったり台本の内容に納得がいかず抗議や衝突も見られた。しかし出演者の不満を解消するために井上の真意を聞かされて事情を説明されたのもあり、だからこそ現場ががんばって作品の質を落とさないよう演技でがんばるしかないと納得させ使命感と現場の団結に変わっていった。
- 特に後半脚本に不満を抱いていたのが天美あきら役の秋山奈々(現秋山依里)であり、具体的に不満点や納得のいかない点を挙げて後半イブキの元を離れて彼と決別し、最終的に憎しみを捨てられず鬼も猛士もやめるという展開が納得できずに悩んだらしく、『イブキに「あきら、来るんだ!」と言われた時に「嫌です」というのがどうしても嫌で本当は言いたくなかった。親を魔化魍に殺され、それ以来ずっとイブキのもとで修業をしていた子がイブキへの信頼にしても魔化魍への憎しみにしても、魔化魍に殺された自分の親のような人をこれ以上増やしたくないという思いからもそんな台詞はイブキに対しては絶対に出てこないし、あきらなら鬼の道を諦めないと思う。憎しみを捨てることがどれほど難しくともあきらはずっと続けてきた修行を途中であきらめ、努力をやめるような子ではないと感じていて、とても悔しかった』という。それに対し松田氏は「仕事だと思ってただ割り切るのがコツ」とアドバイスした。これは上記の通り俳優陣のみならず脚本家、監督といった現場の人のすべてが同じ考えだったようで「これからはすべてのグレードが前より落ちるだろうけど演技だけは質を落とさないでほしい。勝手な要求だということは重々承知だが、見ている子供たちのためにも芝居だけは子供だましにはしないでほしい」と監督や井上敏樹からも叱咤され、それで何とか現場は気持ちを取り戻すことが出来た。
といったものである。
同番組内では、松田の他の平成ライダー出演作である『仮面ライダーキバ』(2008年)についても触れており、
- 次狼は印象が薄くてあまり記憶に残っていない。
- 井上は響鬼後半同様、キバも従わなければならないルールが多すぎて筆があまり気乗りしなくなった
とコメントしている。
その後
個人サイトでは高寺路線を断固支持する声が散見されたが、2chの特撮板では大人の事情を察する声、どっちの路線も微妙というような声、元怪獣同盟メンバーを名乗る真偽不明の書き込み、それよりもデビルマソがヤバいなどという声が多く騒動は早々と沈静化。『仮面ライダーカブト』が始まると話題は完全に移っていった。
『響鬼』の制作現場より離れた髙寺は、それから1年弱後の2006年5月末日をもって東映からも去り、角川書店へと転職。これについて高寺は、『響鬼』での件が原因で退職した訳ではなく、あくまで個人的な理由によるものであると説明している。
同社においては『大魔神』のリメイクである『大魔神カノン』(2010年)のチーフプロデューサーも務めている。同作への評価についてはここではさておくとして、皮肉にも同作が残した「結果」が本騒動に端を発したファン同士の対立に、ある程度の収束をもたらす結果となった。
また、『響鬼』で主演を務めた細川茂樹氏もこの一件を起因とした制作陣・キャスト・キャラクターへの誹謗中傷に辟易していたらしく、(本人の記事参照だが)パワハラを巡る元所属事務所とのトラブルも相まって客演自体に消極的な姿勢を見せている。
関連タグ
仮面ライダークウガ:本作以前に髙寺がプロデュースを手掛けていた特撮テレビドラマ。同作においても作風や制作費の逼迫、それにスケジュールの遅延など、本騒動と同様の理由から中途での路線変更を要求する声が上がり、急遽途中参加した井上らの尽力で制作体制を維持・貫徹できたという経緯がある。