概要
生命を捕食し擬態する未知の物体とアメリカ南極観測隊の攻防を描いている。
本作は1951年に公開されたSFホラー映画の古典『遊星よりの物体X』(原題:The Thing from Another World)を新たな切り口でリメイクした作品で、原作小説に当たるジョン・W・キャンベルの短編、『影が行く』<原題;Who Goes There?>をより忠実に再現した再映画化作品でもある。
ただ後述されるように「物体」の外見には大きなアレンジが取り入れられている。
監督はジョン・カーペンター。
旧作を観て監督を志したという人物で、代表作の『ハロウィン』(1978年)には旧作版がテレビに映るシーンが挿入されている。
ストーリー
ノルウェーの観測基地から飛び立ったヘリが、1匹の犬を執拗に追いかけ回す場面から物語は始まる。
ノルウェー隊員たちは常軌を逸した状態で、銃や手榴弾まで駆使して周囲の被害も顧みず犬を殺そうとしたため、巻き込まれた第31前哨基地(Outpost 31)のアメリカ隊員たちは已む無くそのノルウェー隊員を射殺。
いったいノルウェー基地で何があったのか?
調査に向かったヘリ操縦士マクレディらが直面したのは、おぞましい惨劇の末に壊滅した基地、そして辛うじて残っていた記録フィルムだった。
そしてその夜、第31前哨基地へ戻ったマクレディ達は、犬に擬態していたおぞましい"物体(The Thing)"と遭遇する――……。
物体X
南極の地下に眠る円盤型の宇宙船に潜伏していた未知の宇宙生命体。
エイリアンなどと同じく固有の種族名が作中で登場することはなく、「それ」「けだもの」「怪物」、あるいは「物体(The Thing)」と呼称される。
他の生物に同化、捕食、擬態する能力を保有しており、通常の生物では耐えられない極低温下でも生存が可能(ただし、後述の前日譚によると、どうやら複雑骨折の手術で入れられた金属プレートや銀歯など無機物の同化は、流石に出来ない模様)。
細胞レベルでも死なない高い生命力と、宇宙旅行も可能な
(但し、オープニングの大気圏へ突入するUFOは良く観ると不安定な動きをしている為、
彼らに襲われた別生命体の物、と言う可能性が高い)
優れた知性を持つの反面、その行動は発作的というか感情的で、作中においてはあまり冷静さを感じられない。
いや・・、寧ろ、生存する欲望の為のみで行動をしているのではないか?
だがもし仮に文明社会へ到達すれば、およそ2万7千時間(約3年)で全人類は同化され全滅すると推測されている(ただ、この推測については後述の小説版において、当の物体X自身から疑問視されている)。
その最大の特徴である擬態能力は、本作における物体のおぞましさと恐怖を際立たせている。
何しろ普通に会話していた仲間が突如、怪物へと変貌することもあり得るのだ。
この恐怖は移動手段の途絶えた南極基地という密室空間において、誰が物体なのかと皆が疑心暗鬼に陥って徐々に状況が悪化していく闇の人間ドラマにつながっており、ホラー映画の新次元を開拓したとして高い評価を受けている。
原作小説「影が行く」内での怪物はあくまで擬態能力を持つのみで、その正体は「赤い目が三つあり、牙を剥き出し、四本の手を持ち、指は七本。青い鱗に覆われ、頭部には髪の毛のように蛆虫状の触手が生えている」異形の人型として描写されている。
1951年の『遊星よりの物体X』では擬態に関する設定が削除され、「頭髪のない隆起した頭部と鋭い爪を持つ大男」として表現された(演ずるはジェームズ・アーネス)。
その細胞は植物の物に近いが、動物の血液を養分とし、地球人以上の腕力と知性を有するものとされている。そして、「自らの細胞片を土中に埋める事で、新たな個体を発生させる事が可能」という事が示唆されている。劇中では細胞片から、植物が発芽する様を見せていた。
一方、今作ではその正体は不定形の存在として描写されることはなく、さらに単に擬態するのみならず、
- 犬(シベリアンハスキー)の顔が四つに分かれ、断面から牙、中央の口からは複数の細い触手が飛び出す。正体は不明だが何かすげえのが
- 逆さになった人間の生首から、蟹のような目と節足動物のような足が生えている。一体何の冗談だ?
このインパクトあるモンスター造形は様々なメディアでパロディとして扱われているため、今作を直接視聴しなかった者でも心当たりがあるかもしれない。
このように物体の造形ひとつとっても、CGがなかった当時のハリウッド特撮の高さを知らしめている。
なお、「細胞組織が分かれても、それは死なずに新たな個体となる」という特徴も持つ。
平たく言えば、『物体』から千切れた肉片や流れた血液は、それそのものが新たな『物体』の個体として確立すると言う事である。
原作および本作では、この特徴を利用して血液テストを行い、人間と物体を見分けていた。
旧作映画でも上述の通り、細胞片(ちぎれた腕)を土に埋める事で、新たな個体を発芽させている。
ちなみにこの「物体」の側から見た物語を描いた外伝作品もあり(「巨星:ピーター・ワッツ傑作選」より、「遊星からの物体Xの回想」)、それでは彼の持つ知性と価値観が明確に描写されており、彼から見てむしろ非合理的な生態および性質をしている人類に対していろいろ思う所があったことが語られている。
なお、原作小説内、および本作においては、基地内のありあわせの材料から、未知の機械装置を製造している様子が描かれている。
原作『影が行く』内では、原子力による暖房装置で、室内の温度を上げて居住環境を快適化した後、ナップザックのように背負える反重力装置を装着し、脱出しようと試みていた。
本作中では、作りかけだったが1人乗りの小型円盤を作っていた(こちらは、完成前に爆破されている)。
余談ながら『影が行く』は1969年に「ジュニア版世界のSF」シリーズ『なぞの宇宙物体X』としても翻訳されている。
この挿絵を手掛けているのは武部本一郎氏であり、氏の素晴らしいタッチによる物体Xの姿は必見である。
下記も参照。
前日譚
2011年には、今作の前日譚に当たる『遊星からの物体X ファーストコンタクト』(原題:The Thing)が製作された。
こちらでは氷の下に眠る巨大構造体を発見したノルウェーの観測隊が、主人公のアメリカ人女性科学者ケイトらと共にその正体を探る内に物体Xと遭遇、疑心暗鬼に駆られる中で壊滅し、やがて惨劇の場面と化した基地から逃げ出す犬を追いかけて隊員が雪原へとヘリを飛ばす……という今作の冒頭にそのまま繋がる物語となっている。
作中に登場するノルウェー基地は、本編で31観測基地の面々が訪れた基地の惨状を極めて忠実に再現しており、あの場所で何が起こったのかを追体験する事ができる。
後日譚
2003年には、日本ではコナミから本作の続編にあたるゲーム『遊星からの物体X episodeII』(原題:The Thing)がPS2ソフトとして発売された(元はイギリスのゲーム開発スタジオのComputer Artworks社から発売されたソフトで、海外ではPS2以外にもPC版やXBOX版も発売された)。
こちらは本編の三ヶ月後に南極を訪れたアメリカ陸軍救助隊隊長J.F.ブレイク(日本語版CV:岸尾だいすけ)として、マクレディなる人物の残した記録を頼りに、物体や、物体を悪用しようとする人間達によって占拠された南極基地の探索を行っていく事になる。
本ゲームでも、本編で登場した31観測基地が再現されており、小道具や細かい演出など随所にオマージュが存在する。
ゲームバランス的には「仲間がいないと戦闘が困難だが、仲間もランダムに物体へ擬態されてしまう可能性があるため気が許せない」など、なかなかシビアな難易度になっており、仲間が発狂して勝手に行動する、または物体に取り憑かれて敵と化すなどのイベントが、前振りもなく起こりうる。
くわえてCGによって特撮の制約から解き放たれ、縦横無尽に動き回り襲いかかってくる物体の姿を楽しめるのは本作ならではの魅力といえる。
また本編の続編ということで映画のラストシーンでどうなったのかが明かされるため、ファンの中には解釈が違う者もおり、一部で物議を醸した。
ただし「こういう解釈の一つ」として見れば当時のゲームにしてはクオリティも高い良作なので、興味のあるゲーマーなら遊ぶ価値はあるだろう。
キャスト
R・J・マクレディ(ヘリ操縦士) - カート・ラッセル
ブレア(主任生物学者) - A・ウィルフォード・ブリムリー
ドクター・コッパー(医師) - リチャード・ダイサート
ギャリー(隊長) - ドナルド・モファット
ノールス(調理係) - T・K・カーター
パーマー(第2ヘリ操縦士/機械技師) - デイヴィッド・クレノン
チャイルズ(機械技師) - キース・デイヴィッド
ヴァンス・ノリス(地球物理学者) - チャールズ・ハラハン
ジョージ・ベニングス(気象学者) - ピーター・マローニー
クラーク(犬飼育係) - リチャード・メイサー
フュークス(生物学助手) - ジョエル・ポリス
ウィンドウズ(無線通信技師) - トーマス・G・ウェイツ
スタッフ
監督 - ジョン・カーペンター
脚本 - ビル・ランカスター
原作 - ジョン・W・キャンベル『影が行く』
製作 - デイヴィッド・フォスター / ローレンス・ターマン / スチュアート・コーエン
製作総指揮 - ウィルバー・スターク
音楽 - エンニオ・モリコーネ
撮影 - ディーン・カンディ
編集 - トッド・ラムジー
製作会社 - デヴィッド・フォスター・プロダクションズ / ターマン=フォスター・カンパニー(アメリカ) / CIC(日本)
データ
公開 - 1982年6月25日(アメリカ) / 1982年11月13日(日本)
上映時間 - 109分
製作国 - アメリカ合衆国
言語 - 英語
※冒頭でノルウェー基地の隊員が登場するが、彼らが話しているのはデタラメ言語でありノルウェー語ではない(演じた俳優がノルウェー語を知らず、演技指導などもなかったため)。
一方『ファーストコンタクト』では同じ役をノルウェー人俳優が演じており、こちらでは本物のノルウェー語を話す。
→それもその筈、ライフルを持った隊員の方を演じているのは今作(カーペンター版)の
Producerである、Larry J. Franco 氏である、
ヘリを操縦している隊員を演じたのはドイツ生まれの俳優兼Producer、演出家の
Norbert Weisser 氏だ。
余談
- 原作小説、およびノベライズに関して
原作のジョン・W・キャンベル著「影が行く」は、過去より邦訳が多く出ており、現在でも容易に入手し読む事は可能。
近年では、2000年発刊、東京創元社 創元SF文庫『影が行く - ホラーSF傑作選』に掲載されている。
過去には、1967年に早川書房 ハヤカワ・SF・シリーズより、短編集『影が行く』が発刊(1955年「Who Goes There? and Other Stories」の翻訳)。こちらは表題作の他、掲載作品すべてがキャンベルの作品で占められている。
この他、1969年に「ジュニア版世界のSF」シリーズ『なぞの宇宙物体X』として少年向けに翻案されたものが出ている。こちらは表題作の他、「空中海賊株式会社」。そして科学読み物として「ツングース隕石のなぞ」が掲載されている。
「空中海賊株式会社」は、キャンベル「暗黒星通過!(原題:The Black Star Passes)」の、全三部作の第一部である。
なお、こちらも1983年、ハヤカワ文庫SF『暗黒星通過!』(野田昌宏訳)として全編が邦訳・発刊されている。
映画「遊星からの物体X」が公開された82年には、アラン・ディーン・フォスターによる映画のノベライズ「遊星からの物体X」が発刊。日本でもサンリオ社よりハードカバーで邦訳が出ている(野口幸夫 訳 現在は絶版)。こちらは映画劇中に即した内容になっている。
また、前日談「遊星からの物体X ファーストコンタクト」のノベライズも、映画公開の翌年、2012年に邦訳が竹書房文庫より発売された(エリック・ハイセラー著)。
他に、上述の通り「巨星:ピーター・ワッツ傑作選」に掲載された「遊星からの物体Xの回想」のような、物体からの視点で描かれた番外編も存在する。
関連イラスト
オリジナル
パロ
関連動画
遊星からの物体X 予告編
遊星からの物体X ファーストコンタクト 予告編
一部の名シーン(※グロ注意)
関連タグ
映画 / 洋画 / アメリカ映画 / SF映画 / ホラー映画 / 映画の一覧
物体X / 正体は不明だが何かすげえのが / 一体何の冗談だ?
影響を受けた作品群
デビルマン…元は弱い生物だったデーモン族は、弱肉強食の世界で生きていく為に、人類が知能を身に付けて武器を発明したように、取り込んだ生物と合体してその能力を我が物にする能力を得ている。
R-TYPE…本作の公開から下ること1987年に、株式会社アイレムから発表された横スクロール型シューティングゲーム。本作に登場する物体Xと非常に酷似した生態を持つ敵性体、異相次元生命体バイドが登場する。ただ、此方は物体Xと異なり、ロボットや乗り物、地形や建造物などの無機物も同化対象にすることが出来る。
七英雄…ゲーム「ロマンシングサガ2」の主人公の最大の宿敵であるボスキャラクターの総称であり、ラスボスの名称。物体Xの「取り込んだ生物に同化する」という能力と似たような効果を持つ「同化の法」という術によってモンスターと同化する事で更なる能力や知識を得ている。
ジェノバ…ゲーム「FF7」の舞台設定の中心を作る宇宙生物。太古の昔に北極に飛来し、発見した当時の地球人類「古代種」たちに擬態と寄生を繰り返して戦ったが敗れ、北極の地底深くに封印された。主人公のクラウド・ストライフに秘められた謎にもジェノバの擬態能力が関係している。
富江…物体Xと同じく相手と同化して肉体を乗っ取ったり、自己増殖したりする性質を持つ。
X(メトロイド)…ゲーム「メトロイドフュージョン」で主人公のサムス・アランが戦う敵である宇宙生物。実態はゲルやアメーバのような姿をしているが、物体Xと同じく他の生物の体内に寄生し、その際に得たDNA(遺伝子)情報などを基にその生物そっくりに擬態する能力を持っているが、サムスは初めてXに襲撃されて寄生されて生死の境を彷徨った際、Xの天敵であり、サムスに因縁のある宇宙生物の細胞から作られたワクチンを投与された副作用によって大ダメージを受けて本来の姿に戻ったXに接触することでXを吸収して回復する能力を新たに得た。
ストレンジジャーニー…南極に突如出現したあらゆる物を分子崩壊させながら巨大化する亜空間「シュバルツバース」を舞台にした本作のEXミッションの一つに「カゲが行く」という名前のEXミッションがあり、依頼主の名前が「マクレイン」となっている。
氷雪のユウゼイクス…名前も然る事ながら南極が舞台である事が氷の能力の元ネタとなっている戦隊怪人。
エゴ(MARVEL)…R・J・マクレディ役のカート・ラッセルが演じたMCU版のエゴは、地球を含めた全宇宙の生命を物体Xの増殖方法と同じ方法で自分と同一化させようと企てていた。
ゴジラ:キング・オブ・モンスターズ…ギドラを封印しているという南極にある第32前哨基地(Outpost32)は1978年に何らかの事故で第31前哨基地(Outpost31)が壊滅した後に再建された基地という設定になっている。
MIB…シリーズ4作目「インターナショナル」の敵役である「ハイヴ」の「人に寄生して、外側はその人間として活動する」という能力は物体Xと酷似している。
パタリロ・ド・マリネール8世:ギャグマンガ「パタリロ!」の主人公。とあるエピソードで物体Xに寄生されるも、本人の生命力の強さから、逆に物体Xそのものを吸収。再生能力を取り込んで、不死身に近い肉体を手に入れている。