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南こうせつ

みなみこうせつ

日本のフォークシンガー。
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人となり

1949年2月13日、大分県竹中村(現在は大分市に編入)生まれ。実家は曹洞宗

大分市内の県立高校を卒業後、明治学院大学に入学するも、実は東京へ出るための屁理屈でしかなかった。結局ほとんど大学に通わないまま退学してしまった。

1970年4月にソロ歌手としてデビューしたものの、わずか半年で「南高節かぐや姫」を結成した。シングル3枚アルバム1枚をリリースしたあと、一旦は解散。
1971年9月に、高校の後輩の伊勢正三、シュリークスと言うフォークグループを辞めた山田パンダを引き込んで、「南こうせつとかぐや姫」(後に「南こうせつと」は取れる)として1から出直す。
「神田川」、「赤ちょうちん」、「妹」といったヒット曲を生み出すものの、「赤ちょうちん」と「妹」に関しては、自分達の意思でリリースされた訳ではなかったらしい。それが遠因となり、1975年3月、シングル7枚アルバム6枚を残し解散した。
ただし、その後も何度か再結成してはいる。

「かぐや姫」解散後はソロシンガーおよび作曲家として活動中。
ソロシンガーとしての代表曲は「夢一夜」、「ひとときの別れ」、「夢の時間」がある。また、島倉千代子最後の曲「からたちの小径」の作曲を手掛け、後にセルフカバーしている。
1976年3月には日本武道館でコンサートを行っているが、これは単独の日本人歌手としては初めてのことである。

ソロ活動を「再開」してまもない1975年8月に山梨県河口湖畔に引っ越したが、冬の寒さにたまりかね、1982年12月に、現住地である大分県杵築市に引っ越している。

ネタ

かつては飛行機が大嫌いで、国内移動は極力鉄道を利用していた。やむなく飛行機を使い続けたところ、恐怖のあまり、手にカビが生えてしまったことがあった。

鶴瓶の家族に乾杯!」とか言うバラエティ番組のロケが、現住地である杵築で行われた時、地元民の一人として出演した。

長渕剛曰く、「あの人が新幹線のグリーン車に乗っていた時、酔っ払ってデカい態度を取っていたヤッチャンにブチ切れてしまい、そのヤッチャンの胸ぐらをつかんで、『こういう人を許していいんでしょうか?』とほかの客にアピールしてしまった」との事。

本名の「南高節」(もちろん「みなみこうせつ」と読む)だと「なんこうぶし」と読まれてしまうので、あの芸名にしたとのこと。

外部リンク(参考資料)


関連タグ

  • 土浦駅土浦市のイメージソングは南こうせつが作曲した「風の贈り物」。常磐線土浦市内の3駅、荒川沖駅(2番線)、土浦駅(2・3番線)、神立駅(2・3番線)(上り方面)の発車メロディーで使われている)

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