概要
1960年3月13日生、熊本県熊本市出身。本名は瀧川 広志(たきがわ ひろし)。
熊本第一工業高等学校(現・開新高等学校)卒業。
現在はファインステージ所属。
姉やテレビ番組で見たピーター(池畑慎之介)の影響でモノマネをはじめる。高校卒業後はショーパブなどで活動し、熊本の夜の街ではよく知られる存在となった。
この頃知人のつてで上京し、あるラジオ局でモノマネを披露する機会を得る。この時タモリ・赤塚不二夫・所ジョージが立ち会っていたが、所から「君のモノマネは似ているけど面白くない」とダメ出しを喰らい、一度熊本に戻って現在の芸風である「面白さ」を重視した芸風を追求するようになった。
その後再度上京。1980年に「お笑いスター誕生」に出演して勝ち抜いたことで、知名度をあげた。
ものまね芸のパイオニア的存在で、ものまね四天王の一人に数えられる。
芸名は、かつて働いていたショーパブに、彼と似た風貌の"ロッキー"と呼ばれる経営者がいたことから、それにちなんで"小ロッキー"と呼ばれ始め、次第になまって「コロッケ」になったという由来を本人が語っている。
祖父はかつてパン屋を営んでいたが太平洋戦争中に空襲で消失していた。
この祖父のパン屋が忘れられなかった彼は自分の所属事務所の関連会社(彼も役員を務める)により「瀧川パン」として再建させ、4店舗に広げている。
東日本大震災では慰問活動に熱心に取り組むも、今度は平成28年熊本地震で自らの故郷が被災地となる。熊本地震でも慰問活動などを積極的に行った。
1985年からフジテレビ系列「ものまね王座決定戦」に常連出演し、栗田貫一・清水アキラ・ビジーフォーらと共に、「ものまね四天王」と呼ばれるようになる。しかし、パフォーマンスに対する考えから番組プロデューサーと対立し、1992年にレギュラー出演者であった岩本恭生や篠塚満由美、司会の研ナオコらを引き連れて番組から離脱。
翌年の1993年からは、日本テレビ系列「ものまねバトル(後の「ものまねグランプリ」)」に出場するようになり、「ものまね界のパイオニア」として、ものまね界を牽引していく。
「次々と入ってくる後輩達に席を譲ってやりたい」という思いから、2022年10月の放送回を以て当番組でのパフォーマンスを終了、卒業する事となった。以降は審査員として参加している。
2023年からは、DAMカラオケにて自身のコンテンツ「コロッケものまねパーク」を開設した。
警視庁の「振り込め詐欺被害防止アドバイザー」も務めている。
ものまね芸
初期のころは、はるな愛のようなエアボーカルでのものまね(形態模写)だったが、次第に声帯模写も取り入れる。ただし、一般的に言われる「ものまね」ではなく、模写する人物の中でも、コロッケ自身が特徴的だと思いこんだ一部分を強調したものまねを披露する。極端なデフォルメのあまり、本人とは全く違う別物になってしまう事が多く、他の人から「何故ああいう風になったのか?」と聞かれても説明出来ないとの事。その例として、
- 「ヴェ~!」と言いながら頭を開く森進一(ジュラシックパークがヒントになったという)
- ロボットのような動作をする五木ひろし(ロボコップがヒントになったという)
- 歌う途中で、バタンと床に倒れる細川たかし
- 睨みを効かせて歌うちあきなおみ
- 口が半開きで目が泳ぎ、極端に足が短く、鼻くそをほじって食べる野口五郎
- 顎を突き出し、笑いながら歌う岩崎宏美
- 右の口角を上げ、「アァン!」と変な声を入れる美川憲一
- 目を閉じ、まぶたに目を描いた状態で、舌をベロベロと出しながら、語尾を「り」にして歌う八代亜紀
- 脳天気で音程と滑舌が悪く、大股で動きながらマイクの向きが上を向いている、「ウォ~!」と雄叫びをあげる田原俊彦
- 歌の途中で「アッ!」や、「ウワッ!」等の声を入れる近藤真彦
- マイクを「プゥ~!」と言って回す、髪ありからだんだん頭が禿げてくる松山千春
- 歌の途中で、「アウッ!」や「ペ~!」と言う長渕剛
- ブルドッグみたいな顔の吉幾三
- 音程が大きく外れた浅田美代子
- 頭が重い島倉千代子
- 牛の鳴き声を上げる瀬川瑛子
- マイクを口元から大きくずらしながら歌うピーター(池畑慎之介)
- 歌いながら「アァァァァ~!」と叫ぶ中森明菜
- 「フハハハハ!」とけたたましく笑う郷ひろみ
- 床を転げ乱れ狂う河村隆一
- 顔が崩れた工藤静香
- 不気味な笑いで、吐息がオーバーな玉置浩二(安全地帯)
- 調子外れのダミ声で歌う中居正広(SMAP)
- ハエを追いかけて捕まえるように歌う堀内孝雄
- やたら動きながら大げさな田舎訛りで、歌の伸ばし方と区切りが不自然な千昌夫
- 歌う途中で鼻を鳴らす北島三郎
- 時々思い出し笑いをしながら、「あ~」「お~」「ん~」と吐息を吐く谷村新司
などがある。
その一方で、GLAYのTERUの物まねをするときは真面目にやっている。
基本的に許可は取っておらず、物まねされる本人や家族に怒られたこともあるが(岩崎宏美のように、一度持ち歌を封印してしまった人物もいる)、美川憲一など彼に真似されることで再浮上した芸能人もまた数多い。
島倉千代子は特に彼の物まねに好意的で、「もっと首を振ってもいいのよ」などとすら言われており、彼女が亡くなったときはコロッケも記者会見で滂沱の涙を流していた。
歌マネなどの研究熱心さでも知られている。
その他エピソード
- 小学生の頃に右耳に真珠腫性中耳炎を患い、中学2年の時に症状が悪化し手術を受けたが、重度の聴覚障害が残ってしまう(本人曰く「水中で音を聴いているような感じ」)。しかし残された左耳の聴覚を研ぎ澄まし想像力を大きく働かせることが現在のものまね芸に繋がったと語っている。
- 1歳年上の姉も「ケロッケ」名義でものまねタレントとして活動している。秋川雅史のものまねを得意としており、弟もその実力を認めている。
- 長女のMADOKAは歌手、次女の滝川光は女優として活動している。次男の歩は元大相撲力士の琴滝川。2014年に佐渡ヶ嶽部屋に入門し、同年7月には序二段に昇進。しかし翌年1月場所で右肩を脱臼する大怪我を負ってしまい、3場所全休の後引退となった。
- 東京で活動を始めたばかりの頃は、カーリーヘアに婦人物のぴったりした派手な衣装で女性芸能人のモノマネを多くしていたことから、周りからオネエだと思われ、大部屋の楽屋でも他の出演者からまったく話しかけられなかったとのこと。その後人柄が知れ渡り少しずつ打ち解けられるようになったという。
関連イラスト
関連タグ
関連リンク
コロッケワールド - 公式サイト