誕生経緯
イスラエルは周りを敵が囲んでおり、そのため過去に何度も戦争をしていた。
(1948年の第一次中東戦争~)
1960年代当時、イスラエルで使用されていた戦車は『ショット』(センチュリオン改造型)と、アメリカのM48、それとM4シャーマンの改造型『M50』『M51』位だった。
一応過去の戦争で鹵獲した戦車(T-54/T-55ベースのTi-67(チラン)など)が加わるものの、次に起こる(であろう)戦争への備えは万全ではなかった。
一旦はイギリスとチーフテンをベースにした主力戦車を共同開発する事になったものの、イギリスがアラブ諸国側についた事で立ち消えになってしまった。
そこでイスラエルは1970年、独自の主力戦車を開発することを決定。試作車はセンチュリオンを改造する形で開発されたため、センチュリオンの影響を大きく受けた所も多い。
防御力の要求
第四次中東戦争(1973)では西ドイツやアメリカから導入したM60パットンを使っていたが、なにぶん砂漠戦用の戦車ではなく、何よりももっと防御力が欲しいとの教訓を得ていた。
繰り返すが、イスラエルの周りは敵だらけである。西にも東にも北にも南にも全部敵しかいない超絶ベリーハードモードである。
少なくとも、すぐ近くに味方になってくれる国家は存在しない。
第四次中東戦争のように周辺の国が一丸となって攻めてきたらひとたまりもないのである。
(実際、かなり危ない所までいった)
そこで問題になるのは兵力である。
イスラエルは周辺諸国に対して人口では勝てるはずもなく、よって兵士一人あたりの価値は相対的に高いのだ。
そういう訳で『戦車が大破しても、乗員は助かればまた戦える』という考えに至るのである。
そもそも、ただでさえ戦車兵というのは特別なスキルを持つプロフェッショナルたちであり、戦車という兵器自体がそこらへんの一般人はおろか、同じ兵士ですら違う兵種の人間でをとりあえず乗せたところで戦えるようなものではない。
戦車兵一人の育成には膨大な時間と金と労力が必要で、これを使い捨てるのは愚の骨頂なのだ。
第二次世界大戦で最強を誇ったティーガーも、その戦闘能力の高さや配属された乗員たちの優秀さぷりもさることながら、「たとえ撃破されても乗員は無事に脱出できる」=「新たなティーガーに乗って同じ面子がリベンジマッチをできる」=「乗員練度が実戦を経て更にレベルアップ!」という点があればこそ、あれ程の無敵伝説を築けたとの評価もある。
このようにありとあらゆる意味において、戦車よりも乗員を大事にするというこの考え方は極めて合理的なのである。
実際、メルカバは生存性の向上に多くのリソースを割いている。
特徴
前述の通り、開発においてまず最優先にされたのが乗員の保護である。
メルカバ最大の特徴として、一般的には後ろに搭載されるエンジンを、あえて前方に搭載したというものがある。
エンジンとは言ってしまえばめちゃくちゃ巨大で頑丈な鉄塊なので、それさえも防御の役に立てようという訳だ。
これにより後部にはエンジン及びそれに類する諸々が無いので、車内後部にはかなり広い室内スペースが確保されており、乗員のストレス軽減はもちろん、操縦席も戦闘室から容易にアクセスできる構造にも繋がっており、たとえ何かあってもお互いにフォローを受けやすく、相互連絡の円滑化を図っている。
当然ながら操縦席は前にあるので戦闘室とは隔離されており、万が一の時にどちらかは必ず生き残るようになっている。
こうして車体後部はがらんどうとなり、このスペースを最大限に有効活用しない手はなく、開発陣はそこを「乗降ハッチ」とした。
普段はハッチまわりに予備の砲弾ケースを並べてあるのだが、必要なら隙間に負傷者を収容することもできる。
砲弾と引き換えに歩兵を同乗させることも可能。いざとなれば乗員だけでなく、味方の歩兵の生存にも一役買える訳である。
補給も楽で、敵に前を向けたまま補給できる利点も大きい。
医療設備と担架を積めるようにした「救急戦車」仕様も存在するほか、市街地戦用にトイレも設置できるとか。
戦車砲に対する防御だけでなく、地雷やロケットランチャーと言った対戦車兵器に対する備えも万全である。
戦車の底面は地雷や路肩に置かれた爆弾(IED)を想定した二重底、後部の砲塔基部すき間にもチェーンカーテンを垂らし、HEAT弾頭から弱点を守っている。
各種コンポーネントは信頼性を重視したものになっており、結果取得コストも安上がりになった(Mk.4でも350万ドル程度とされる)。
エンジンも今までの運用で実績を積んだ「コンチネンタルAVDS-1790系ディーゼルエンジン」である。このエンジンはM48やM60といったアメリカ製戦車で一般的なパワーユニットである。
車体が重装備なのでパワー不足が否めないのが難点だが、サスペンションを工夫し不整地走破能力や乗員の乗り心地を向上させる事で補っている。このサスペンションは割と古典的で交換しやすい構造のため破損しても修理しやすいという利点もある。
Mk.4ではレオパルト2や輸出型ルクレールにも採用された「MTU833」のアメリカライセンス生産品を搭載した事でパワー不足が解消された。
バリエーション
- メルカバMk.1
1979年4月より運用の始まった最初の型。
主砲には西側諸国では標準的な105mm砲「L7ライフル砲」(イギリス製)が装備されており、国産の新型弾頭を使用する事でT-72も十分撃破可能である。
- メルカバMk.2
1982年の初陣で明らかになった教訓を反映させた改良型で、1983年登場。
市街戦に備えて装甲が強化され(市街戦では隠れる場所が多いので、どの方向からでも狙われる可能性がある)、さらに近接防御兵器である小型迫撃砲が内装式になった。
射撃統制装置を更新した「Mk.2A」、
レーザー・赤外線照準の逆探知装置を追加し、サイドスカートもMk.3仕様にした「Mk.2B」、
モジュラー式装甲を大幅追加した「ドル・ダレッド仕様」がある。
- メルカバMk.3
1990年より配備が始まった新造型。
エンジン・トランスミッション・サスペンションが新型になって、さらに重量増加。(63t)
主砲も新型になり、国産の120mm砲となった。
トップアタック兵器(対戦車ミサイルや上から撃ち下ろすRPGなど)対策として上面の装甲を強化、さらにNBC兵器を想定して空調装置を強化した「Mk.3B」や、
戦闘ヘリに主砲で対抗できるように火器管制装置を強化した「Mk.3Baz(バズ)」、
Mk.2同様にモジュール式増加装甲を追加したMk.3「ドル・ダレッド」がある。
- メルカバMk.4
現在の最新型。2004年から配備が始まっている。
装甲はモジュール式が多用され、より大型になった砲塔が特徴である。C4Iシステムが搭載され他の車両とネットワークで接続できるようになった他、装填手の負担を減らす回転式半自動弾倉も装備されている。
ハードキル型アクティブ防護システムが追加搭載されつつあり、ミサイルや対戦車ロケット弾等の迎撃が可能となった。
将来的には360度パノラマビューを可能とするVRヘッドセットや戦闘支援AIの導入が行われる予定である。
- ナメル装甲兵員輸送車
メルカバの車体を流用した装甲車。
元より構造が装甲車のそれに似通っているので、開発は容易だった。
戦車がベースとなっているため、重い分並の装甲車とは比べ物にならない防御力を誇る。
ちなみに、イスラエルはこれ以前にも戦車を改造した装甲車をいろいろ開発している。有名なのはセンチュリオンを改造したナグマホンであろう。
実際のメルカバ
しかし、一番特徴的なのは『戦車を相手にしない戦車』という事実である。
新聞の写真などでお馴染みのとおり、もっぱら暴徒鎮圧や都市制圧に使われているのだ。
そのために前述のような工夫をしているのであり、通常の戦車などではまずお目にかかれない構造である。
つまり、対歩兵用戦車だと言える。
戦車を相手にする必要はなく、歩兵にとっての盾になればいいとの考えなのだ。
(それと周囲への威圧効果)
これもまた「純粋な強さ」よりも「生存性」を追求した結果で、『戦車と戦っても強い戦車』では無いとも考えられている(1982年に初期型Mk.1はレバノンにてシリア軍のT-72を撃破しているので、決して弱くはない)。
使用された技術の流出を防ぐため、海外へ輸出もされていない(ただし、近年は相手こそ非公開ながら輸出されたという情報がある)。
現在では当初重視された防御力にも不安が出てきた。
APFSDSなどの強力な砲弾が登場し、攻撃力が防御力をはるかに上回ったのだ。
こうなると前面すらエンジンブロック程度の構造物では防御できず、むしろ構造上の不利が明らかになったのだ。
(エンジン整備の不便さ、重量バランスの悪さ、側面装甲に排気口を開けなければならずウィークポイントとなる、など)
初代メルカバが中空装甲や複合装甲の普及していない時代に設計された点は、留意されなければならないだろう。
(現代の装甲技術であれば、エンジンブロックと同等の防御力は、より軽量に達成できる)
最新式のMk.4などは遠距離砲戦を重視した照準装置を装備しており、これは「やられる前にやる」という攻撃的な考え方である。
この事は「撃たれても平気」という生存性の高さとは相反する考えであり、(設計当初との)情勢の違いが明らかになっている事の証拠ともいえるだろう。
また、全体的に大柄なため戦車としては最重量級なのも欠点である。初代ですら61t、現行のMk.4は公式では65tとされているが70tに達しているという非公式情報もある。
ルクレール(56t)や90式戦車(51t)は優に超え、最新型で65tを超えたM1エイブラムスやレオパルト2でさえ初期は55t程度だった事を踏まえると、かなりの重さと言えるだろう。
かつてドイツが証明したように、重い戦車は機動性の面で不都合が多い。イスラエルは狭い国だからこそ、この点を妥協できたと言える。
対策はもちろん今までの戦訓を取り入れた新型の軽量戦車の開発であるが、当然ながらどこの国もイスラエルに戦車を売りたがらないだろう。
(イスラエルの味方はアラブの敵とみなされる=石油を売ってくれなくなるかも?)
次なる戦車も当然ながら、イスラエル国産となるようだ。
それがイスラエルが自ら背負った宿命であり、いわば呪いであるのだろう。
架空世界のメルカバ
その近未来的(当時)なスタイリングからか、漫画、アニメやゲーム等にメルカバそっくりな戦車が登場する事がある。
画像はファミコン時代から現在もPS4で新作が販売されている「メタルマックスシリーズ」に登場する赤いメルカバ「レッドウルフ」。
登場作品
前述の赤いメルカバ「レッドウルフ」はシリーズの看板戦車となっている。
「AC4」と「ACV」にそれぞれ「GAM4-WILDBOAR」「T-160E SLON」名義でメルカバMk.1モチーフの戦車が登場。
初代PS「コンバットチョロQ」とPS2「新コンバットチョロQ」に登場。
「コンバットチョロQ」にはMk.1が登場。戦後戦車らしく高性能だが、なんと作戦10「脱出!爆撃都市」と比較的序盤に登場する。序盤に登場する敵タンクとしてはあり得ないほどの高性能で、直前の作戦9ともども印象に残る強敵である。
「新コンバットチョロQ」にはMk.1とMk.3が登場。Mk.1は街中に駐留するニビリア共和国軍の兵士として、Mk.3はニビリア共和国軍の将校ボアン大尉として登場。「砂に潜む悪魔」、「越えろ!大防衛線」、「Qシュタイン帝国」で共闘する。
Mk.1はエキスパートアリーナ「ターンドロップ」で対決し、勝利すると使用可能になる。
いずれも同軸機関銃タイプ「T」カテゴリーの武装を装備できる。