概要
1974年2月13日生まれ。静岡県静岡市清水区出身。本名は、中澤滋紀(なかざわ しげき)。
吉本興業、ワタナベエンターテインメントを経て、現在はSMA NEET Projectに所属。
名前の区切りは「ハリウッド・ザコシショウ」。「ハリウッド・ザ・コシショウ」ではない。
主なネタとしては「誇張しすぎたモノマネ」が有名。
1992年、大阪NSCに11期生として入学。同期に中川家、陣内智則、ケンドーコバヤシ、たむらけんじ、野々村友紀子などがいる。
翌1993年、静岡茶っぱ(本名:浅井和仁)と共に「G★MENS(ジーメンス)」というコンビでデビュー。
芸名の由来は高校時代、「不良グループに絡まれるメンバーの中で威張る=ザコの中の師匠」であった茶っぱに、ザコシショウが名付けたあだ名であったが、茶っぱが芸名に用いることを拒否したために、やむなく自分が名乗ることにしたものである。
コンビ時代は主に心斎橋筋2丁目劇場に出演し、ザコシショウと茶っぱの両方がわめき散らすなど、ハイテンションでシュールな芸風だった。この頃に競演していた芸人とは現在も親交が深く、ケンドーコバヤシとは「ザコバ」というユニットを組んだり、世界のナベアツらを加えて「ザコバwith港超」というユニットを組んだりしていた。しかし1999年、心斎橋筋2丁目劇場の閉館とbaseよしもとの開館に際して、G★MENSはリストラ組の3組に入る。これをきっかけに吉本を辞め、活動拠点を東京に移すため静岡茶っぱと共に上京し、ワタナベエンターテイメントに所属する。だが、大阪での活動時代に比べ東京での活動は皆無に等しく、仕事はほとんど無かった。やがて三十路を迎えても一向に売れない茶っぱは次第にやる気が失せ始め2002年、静岡茶っぱは芸人を引退し、それに伴い、コンビは解散。そして芸名もハリウッドザコシショウと改名しピン芸人として活動を始める。(静岡茶っぱはその後2005年、2017年に1日限定で「G★MENS」として舞台に立ったこともある。)
ピン芸人開始当初は一人コントや田村正和演じる古畑任三郎のモノマネを中心に行っていたが、それを見ていた後輩が「普通にやってもパンチが足りないから、悩む感じを出したらどうか」とアドバイスされる。
そこでかつて事務所ライブで大御所芸人に大喜利を見てもらうという企画を行っており、その司会者だったチャンバラトリオの南方英二に、自分の答えについて「どう思いますか」と振った際に、答えに悩んだ南方英二が、もごもごと「ううん、なんちゃらかんちゃら」とよくわからない返事をしたのだという。そのライブを撮影したビデオを一緒に出演していたケンドーコバヤシと見ていると、その場面を見たケンドーコバヤシが、「こいつ、『ハンマーカンマー』言っとるやないけ!」と指摘。この出来事から、ハリウッドザコシショウの中で「悩む=ハンマーカンマー」になったのだという。この「悩む=ハンマーカンマー」を思い出し、古畑任三郎のモノマネに「ハンマーカンマー」を取り入れたという。これをきっかけに後の誇張しすぎたモノマネシリーズの誕生にもなった。
それでも、なかなか芽が出ず一時期は芸人を辞め漫画家に転向しようとも考えており、後輩に絵の書き方やネタを教わりながら漫画を作製。完成した4コマ漫画を小学館や講談社等の大手出版社に持ち込んだところ、編集者からは「半分はいい」、「残りはいらない」等と評価は曖昧なものばかりで、もっとマイナーな出版社なら売れるのではないかと思い漫画雑誌『コミックバンチ』の編集部に持ち込んだところ「これ全部つまらないねぇ」と言われた上、お笑いについてもダメ出しされるという散々な結果に終わり、次第にこれじゃ芸人の時と変わらねぇじゃねぇかと思い込むようになり、結局漫画家の道を諦め、芸人活動を再開した。(後にその作品はテレビ朝日系列「まんが未知」において披露され、さらにザコシショウはかつての経験を生かし新作漫画に挑戦し、4コマ漫画作品『シュシュシュのシュー太郎?』を製作した。その内容に対しスタジオの岩井勇気と花澤香菜は「疲れた」「よくわからない」と一部の作品を除き否定的な感想を口にした。)
その後、付属していたワタナベエンターテイメントからは「うちなんかじゃ当分売れないからよその事務所の方がいいんじゃないか」と明らかなリストラ勧告を言い渡され、紆余曲折の末、SMA NEET Projectに流れ着いた。その頃は下宿の家賃も払えないほどの状況で事務所管理の劇場「Beach V」に管理人として住み込んでいた。その為、食事も先輩芸人のライブ打ち上げの料理の残りなどで食い繋ぐ程の崖っぷち状態だったという。
そして、2007年に放送開始の『あらびき団』(TBS)においてテレビ初出演を果たす。初回から出演し最多の出演回数を誇り、「キング・オブ・あらびき」と称される。その影響で、一部の層から徐々に人気が出始めテレビ出演も増え始めたことから、それまでは出会い系サイトのサクラのアルバイトをしていたが、これを機にバイトを辞めお笑いの仕事のみに専念するようになる。さらに2011年9月に一般女性と結婚し『あらびき団』の企画として結婚披露宴を開き、ゆかりの芸人などを招きこれから順風満帆の生活が期待されているかと思われた。
しかし、同年に『あらびき団』の放送が終了して以降、仕事は激減。たまにテレビに出演するも周りからは誰だこいつ感が広まるばかりで世間からの認知度も全く広まっていなかったという。月収も以前同様5万円にも満たない生活に戻ってしまうも妻が働きに出て生活を支えてくれたおかげで奮起し、ザコシ自身も新たにスーパーの品出しのアルバイトや水道メーター検針のアルバイトをしながら活動を続けた。
そんな生活が5年以上続いた時には、気が付けば自身は40歳を越えており、年齢的にも家庭を支えるためにも、2016年はこれが最後のチャンスだと認識し、何かしらの成果を出さなければ芸人を諦めると覚悟した。
そして、2016R-1ぐらんぷりに念願の決勝初出場を果たし見事に優勝し大ブレイク。それ以降41歳という遅咲きながらも、仕事幅を広げることになり、現在もその誇張しすぎるネタを披露し続けている。
また、その型破りな芸風とは裏腹に、ネタ研究に対しては余念がなく、ブレイクしてから五年経った現在でも「誇張しすぎたモノマネ」のレパートリーは増え続けている他、ネタをみる目も確かなものがあり、賞レースの審査員も担当している。何なら「ザコシショウが一番的確」と評する芸人もいるほど。
SMAの後輩からの信頼が厚く、バイきんぐが売れずに芸人を辞めようか悩んでいたときに絶対売れると芸人を続けさせ、その後キングオブコントで伝説を作って売れっ子の仲間入りをさせたり、錦鯉に長谷川のバカな面を存分に出せとアドバイスをし、同じく超遅咲きの売れっ子に仕立て上げた。
水曜日のダウンタウンの替え歌最強トーナメントは第1回を除く全ての回に出演しており、そのほとんどで決勝進出を果たすなどの実績がある。が、第2回の初戦で行った高橋洋子「残酷な天使のテーゼ」の替え歌は歌詞を全て彼の持ちネタ「ハンマーカンマー」に置き換えており、ナレーションからも「替え歌ですらなかった」と初披露の時点で言われる。他にもB'z「ultra soul」の歌詞を長渕剛「RUN」の歌詞で歌う(「夢じゃない~ あれもこれも~」を「賽銭箱に~ 100円玉投げて~」といった具合に)、中島みゆき「糸」をですよ。ネタだけで歌うなどターゲットを完全無視しており、実質彼のネタ見せになってしまっている。だが、キャラクターやネタがブレイク直後から世間に受け入れられているためか、複数回優勝をするなど、この企画では同じくやりたい放題の野性爆弾くっきー!と共に名物となっている。その特異性からか、ハマり方がオール・オア・ナッシングになりやすく、勝つ時は圧勝する反面、負ける時は惨敗になる傾向がある。特に第8回では準決勝止まり、第9回・第10回では1回戦敗退となってしまった。
2020年からは、お正月特番でお馴染みの格付けチェックで映す価値なしになった芸能人の代役を行っており、芸能人が選択した部屋へ向かうところや部屋での待機シーンなどを彼が誇張モノマネで演じている。なお、結果発表のときは芸能人の反応を映すため、ザコシショウモードは解除される。映す価値なしになると彼の出番であるため、無敗記録を更新し続け強烈なキャラとリアクションの大きさも持ち味のGACKTとはまた違った意味で番組レギュラー格であると言ってもいいだろう。もっとも、結果としてはザコシショウの出番が全く無いのが理想だろうが・・・
誇張モノマネ以外では、ファミリーコンピューターゲームマニアとしてもお馴染みであり、本人のネタにもファミリーコンピューターゲーム由来ものが盛り込まれているものが多い。
なお、YouTubeには2009年9月下旬より動画をアップしている。動画の総数は3000を優に超えており、10年以上経った現在も何かしらの動画を毎日アップし続けている。主な内容はモノマネが中心だが、千鳥の鬼レンチャンのパロディやサブリミナル効果、錦鯉長谷川の一発ギャグを見るといったものがあり、らしさ全開の動画ばかり。
中でも2019年9月に始めた「誇張しすぎた福山雅治」の動画本数は100本を超えているが、現在も増え続けている。ちなみに本人は公認済み。
一方で、「誇張しすぎた真木よう子」ネタはやりすぎてしまい、SMAが謝罪して動画を非公開にする事態になってしまった。その数日後のR-1グランプリで審査員として登場した際に司会の霜降り明星の2人からは「誇張しすぎないようにしてください」「謝って下さい」と言われ、これには「生放送やで!!」とタジタジであった。
相席食堂では「誇張しすぎたおさむ師匠」を披露したが、ぼんちおさむ師匠本人の映像がザコシショウの誇張モノマネを遥かに上回る狂気っぷりを見せていたため、誇張モノマネが本家に負けてしまうという結果になってしまった。
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