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ナイスネイチャの編集履歴

2021-08-12 02:52:17 バージョン

ナイスネイチャ

ないすねいちゃ

ナイスネイチャは、平成初期に活躍した競走馬である。(1988-)

現役時代は41戦7勝の成績を残したが、3着の割合が多くブロンズコレクター」「ミスター3着」と呼ばれた。

中でも有馬記念では1991年から1993年まで3年連続で3着という珍記録を作り、これがナイスネイチャの代名詞となっている。


※現役時代の馬齢・競走名は2000年までの旧表記で記載する。

※当馬をモデルとするウマ娘については、「ナイスネイチャ(ウマ娘)」を参照。


経歴

デビューまで

1988年4月16日北海道の浦河牧場に生まれる。

父はナイスダンサー、母はウラカワミユキ(1981-2017)。


1990年に松永善晴厩舎に入厩。主戦騎手は松永の娘婿である松永昌博(現調教師)。

馬名は「素晴らしい素質」(nice nature)を意味する。


1990年(3歳)

1990年12月2日京都競馬場3歳新馬戦でデビューし、2着。

中1週開けて12月15日の3歳新馬戦で初勝利。


1991年(4歳)

年が明けた1月5日の福寿草特別は6着。

1月19日若駒ステークス(オープン特別)で初めて3着に入った。

なお、このレースの勝者は、あのトウカイテイオーである。

春のクラシックを諦めて、ナイスネイチャは半年間休養となる。


復帰戦となった7月6日のなでしこ賞は2着だったが、中2週挟んだ7月28日の不知火特別は1番人気に応える新馬戦以来の勝利。続く8月10日のはづき賞も連勝して、8月25日小倉記念(GⅢ)で初めて重賞に挑戦し、1番人気に応える勝利で重賞初勝利。小倉競馬場で3連勝を飾る。


小倉で調子を上げてきたことで、陣営は菊花賞(GⅠ)を目指すことになった。

菊花賞トライアルの京都新聞杯(GⅡ)では、前年阪神3歳ステークス(GⅠ)を制した1番人気イブキマイカグラ三冠馬ミスターシービーの仔で皐月賞(GⅠ)2着の3番人気シャコーグレイドを破り、これで4連勝。


いよいよ菊花賞。春の二冠馬トウカイテイオーが骨折で出られないこともあって、混沌とした雰囲気だった。

ナイスネイチャはイブキマイカグラに次ぐ2番人気だったが、勝ったのは日本ダービー2着の3番人気レオダーバン

ナイスネイチャは4着に終わった。


鳴尾記念(GⅡ)を勝利し、4歳最終戦は初めての出走となる有馬記念(GⅠ)。

メジロマックイーンをはじめとする、スターホースが顔を揃える中、ナイスネイチャは2番人気に推された。

しかし、勝ったのは最下位人気の「これはビックリ」ダイユウサクで、ナイスネイチャは3着に終わった。


こうして、1991年は10戦5勝の成績で終えた。(5-1-2-2)


1992年(5歳)

古馬となったナイスネイチャだったが、ここまで12戦も走り続けてきた代償か、復帰は10月までずれ込むこととなった。


秋の天皇賞を目指して、5歳初戦は毎日王冠(GⅡ)が選ばれた。

結果はダイタクヘリオスイクノディクタスに次ぐ3着

天皇賞(秋)は、トウカイテイオーが出走していたが、メジロパーマーとダイタクヘリオスがペースを吊り上げたことで荒れたレースとなり、勝ったのは11番人気のレッツゴーターキン。ナイスネイチャは惜しくも4着に敗れた。


マイルチャンピオンシップ(GⅠ)はダイタクヘリオスが連覇を達成し、ナイスネイチャはまたも3着

そして、2度目の出走となった有馬記念は、メジロパーマーがレガシーワールドをハナ差で抑えて逃げ切ったその後ろで、ナイスネイチャは前年に続いて3着


こうして、1992年は天皇賞を除く3回が3着という結果に終わった。


1993年(6歳)

1993年は日経新春杯(GⅡ)からスタート。しかし、エルカーサリバーに敗れて2着。

続く阪神大賞典(GⅡ)は1番人気に推されるもメジロパーマーに敗れて3着

産経大阪杯(GⅡ)は、メジロマックイーンに5馬身離された2着で、春を終えた。


秋は前年に続いて毎日王冠に出場したが、シンコウラブリイセキテイリュウオーに続いて2年連続の3着

2度目となる秋の天皇賞は2番人気だったが、ハナを切ったツインターボが玉砕したと共に17頭立ての15着と惨敗。初めて10位以下に落ちてしまう。

ジャパンカップは天皇賞での大負けが響いて15番人気で、結果は7着。


そして、3度目の出場となった第38回有馬記念は、前2走での惨敗もあって10番人気だった。

トウカイテイオーが奇跡の復活を飾った裏で、迫ってきたマチカネタンホイザをアタマ差で抑えて3着を死守。

これにより、有馬記念は3年連続で3着となり、これがナイスネイチャの代名詞にもなった。


1993年は7戦戦い3着が3回もあったが、この年の有馬記念が結果として最後の3着となった。(0-2-3-2)


1994年(7歳)

1994年はアメリカジョッキークラブカップ(GⅡ)から始動。しかし、マチカネタンホイザに敗れて7着。

産経大阪杯はネーハイシーザーに敗れて惜しくも2着。

春の天皇賞はビワハヤヒデに敗れる4着。

続く宝塚記念もビワハヤヒデに敗れて4着と、なかなか勝てないレースが続いた。


7月10日の高松宮杯(GⅡ、1996年より「高松宮記念」に改称しGⅠに格上げ。当時は2000m走で、現在の金鯱賞に相当するレースであった。)では5番人気に甘んじるも、ダービー馬ウイニングチケットを破って勝利。鳴尾記念以来2年7か月ぶりの勝利となったが、これが最後の勝利となった。


3か月の休養を挟んで3度目の毎日王冠に臨むが、6着に大敗。

3度目の天皇賞(秋)は1番人気のビワハヤヒデが馬群に消える中で7着。

ジャパンカップはいいところなく8着で、せん馬マーベラスクラウンが勝利。レガシーワールドに続いて2年連続でせん馬が勝利した。


4年連続の出走となった有馬記念は、この年に三冠馬となったナリタブライアンが優勝。2着にヒシアマゾンが入るも、ナイスネイチャは5着。

3着に入ったのはライスシャワーで、ミホノブルボンの三冠・メジロマックイーンの天皇賞3連覇に続いて、ナイスネイチャの4年連続有馬記念3着を阻んだのだった。


こうして1994年は久しぶりに勝利するも、着外が増え始めてきた。(1-1-0-7)


1995年(8歳)

8歳となった1995年は、京都記念(GⅡ)から始めたが、ワコーチカコに敗れ惜しくも2着。


8か月の休養後に復帰した京都大賞典(GⅡ)は、ヒシアマゾンの8着に敗れた。

ジャパンカップでは、見せ場がまったくないまま13着と惨敗。

5年連続の出走となった有馬記念は唯一の8歳馬として出走するも9着に終わる。


1995年は世代交代の荒波に押されていったが、翌年も現役を続行することとなった。(0-1-0-3)


1996年(9歳)

最後のシーズンとなった1996年は中京記念(GⅢ)に出走して4着。これが最後の掲示板入り(5着以内)となった。

続くダービー卿チャレンジ(GⅢ)は10番人気の6着。京阪杯(GⅢ)は8着。


5か月の休養後、2年ぶり4度目の天皇賞(秋)で、通算40戦目となった。結果は並み居る古馬たちを押しのけて、4歳馬のバブルガムフェローが勝利。

ナイスネイチャは10着に終わった。

そして、最後の競走となるアルゼンチン共和国杯(GⅡ)はエルウェーウィン復活勝利の陰で15着に終わった。


陣営は6年連続有馬記念の出走を目指そうとするも、厩務員の馬場秀輝の意見によって出走を取り止め、この年限りで引退となった。(0-0-0-5)


引退後

1997年から2001年まで種牡馬として過ごす。重賞勝ち馬は輩出できなかったが、産駒のうちの一頭であるセイントネイチャーが中央で3勝を上げた。


1999年ワイド馬券が発売になると、宣伝用のマスコットとして登場。

馬券宣伝のポスターではメイン画像にある通り、「ワイド」と書かれた紙を咥えている。


現在は、北海道の渡辺牧場で穏やかな馬生を送っている。

2018年に競走馬としては長寿の30歳になったことを記念して、支援キャンペーンが開催された。


トウカイテイオーやヤマニンゼファー、スカーレットブーケなど同世代の仲間達が次々この世を去っていく中で、数少なくなった昭和生まれの競走馬である(後述のラビットボールと2頭のみ)。

2021年1月にマイネルダビデが死去したことで存命牝馬ではJRA重賞勝ち馬の最長寿となり(重賞勝ち馬の歴代ではマイネルダビデの36歳8か月、歴代最長寿記録はシャルロットの40歳2か月20日)、2021年4月現在、34歳のラビットボール(牝馬、GIII勝ち有)に次いで存命長寿馬となっている。『昭和生まれ最後の〇〇馬』としての記録としては「牡馬」「牡馬の重賞勝」「GII勝利」「GI出走」などがある。


引退してからナイスネイチャはついに新たな伝説を作ったのである。ちなみに30越えの馬は人間で言えば90近いが、2021年になっても元気だというのだからその健康っぷりは凄まじい。


ちなみに母のウラカワミユキは2017年に36歳でこの世を去った。先の長生きした馬達もそうだが、彼女も競走馬の平均年齢25歳に+10歳と長寿であった。元サラブレッド牝馬としては最高齢記録を残した馬であった。ナイスネイチャの長命も血筋によるものと思われる。


ナイスネイチャと戦った馬達

長い競走馬生活の中で、幅広い世代の馬達と鎬を削ってきたことも、ナイスネイチャの人気を支える要因である。


太字の競走馬は存命馬(2021年4月現在)

太字の競走名はナイスネイチャが先着したレース

※☆はそのレースの1着馬。


3歳上(1985年生まれ)


ダイユウサク('91有馬記念☆)


2歳上(1986年生まれ)


オサイチジョージ('91有馬記念)


1歳上(1987年生まれ)


メジロマックイーン('91有馬記念、'93産経大阪杯☆)

メジロライアン('91有馬記念)

メジロパーマー('92天皇賞秋、'92有馬記念☆、'93阪神大賞典☆、'93有馬記念)

ダイタクヘリオス('91有馬記念、'92毎日王冠☆、'92天皇賞秋、'92マイルチャンピオンシップ☆、'92有馬記念)

プレクラスニー('91有馬記念)

レッツゴーターキン('92天皇賞秋☆、'92有馬記念'93阪神大賞典)

イクノディクタス('91小倉記念、'92毎日王冠、'92天皇賞秋'92マイルチャンピオンシップ'92有馬記念'93産経大阪杯'93毎日王冠、'93天皇賞秋)


同世代(1988年生まれ)


トウカイテイオー('91若駒ステークス☆、'92天皇賞秋'92有馬記念、'93有馬記念☆)

ヤマニンゼファー('92マイルチャンピオンシップ'93毎日王冠、'93天皇賞秋☆)

レオダーバン('91菊花賞☆、'92有馬記念)

イブキマイカグラ('91京都新聞杯)

シャコーグレイド('91京都新聞杯'91菊花賞'91鳴尾記念)

ツインターボ('91有馬記念'93天皇賞秋、'94AJCC、'94有馬記念)

スカーレットブーケ('92毎日王冠)


1歳下(1989年生まれ)


ライスシャワー('92有馬記念、'93天皇賞秋、'93ジャパンカップ'93有馬記念、'94有馬記念、'95京都記念)

サクラバクシンオー('94毎日王冠)

シンコウラブリイ('92マイルチャンピオンシップ、'93毎日王冠☆)

セキテイリュウオー('93毎日王冠、'93天皇賞秋、'94毎日王冠、'94天皇賞秋)

レガシーワールド('92有馬記念、'93ジャパンカップ☆、'93有馬記念'95京都大賞典'96京阪杯)  ※

マチカネタンホイザ('93ジャパンカップ、'93有馬記念、'94AJCC☆、'94毎日王冠、94天皇賞春、'94天皇賞秋、'94ジャパンカップ(除外)'94有馬記念(取消)、'95ジャパンカップ)

アイルトンシンボリ('94宝塚記念、'94高松宮杯、’94有馬記念、'95京都大賞典、'95有馬記念)


※存命重賞勝利牡馬としてはナイスネイチャに次ぐ


2歳下(1990年生まれ)


ビワハヤヒデ('93有馬記念、'94天皇賞春☆、'94宝塚記念☆、'94天皇賞秋)

ウイニングチケット('93ジャパンカップ、'93有馬記念'94高松宮杯'94天皇賞秋)

ナリタタイシン('94天皇賞春)

ベガ('93有馬記念'94産経大阪杯'94宝塚記念)

ホクトベガ('94毎日王冠)

ネーハイシーザー('94産経大阪杯☆、'94毎日王冠☆、'94天皇賞秋☆、'94有馬記念、'96京阪杯)

エルウェーウィン('93有馬記念、'96アルゼンチン共和国杯☆、'96中京記念)

マーベラスクラウン('94ジャパンカップ☆、'95京都大賞典)

ステージチャンプ('94AJCC、'94天皇賞春'94宝塚記念'94毎日王冠'94天皇賞秋、'95京都大賞典)


3歳下(1991年生まれ)


ナリタブライアン('94有馬記念☆、'95ジャパンカップ、'95有馬記念)

ヒシアマゾン('94有馬記念、'95京都大賞典、'95ジャパンカップ、'95有馬記念)

チョウカイキャロル('94有馬記念'95京都記念)

タイキブリザード('95ジャパンカップ、'95有馬記念)

サクラローレル('96天皇賞秋)

ビコーペガサス('96ダービー卿チャレンジ)


4歳下(1992年生まれ)


マヤノトップガン('95有馬記念☆、'96天皇賞秋)

マーベラスサンデー('96天皇賞秋)


5歳下(1993年生まれ)


バブルガムフェロー('96天皇賞秋☆)


その他

「20世紀の名馬ランキング」にはGⅠ未勝利ながら第71位にランクイン。

GⅠ未勝利馬では他に第91位のツインターボがいる。

(ステイゴールドはランキング発表後の2001年に香港ヴァーズ(GⅠ)を勝利した。)


テレビ朝日の人気番組「さんまのナンでもダービー」では、ナイスネイチャンという名前のポニーが登場する。

ちなみに1995年なので、ナイスネイチャはまだ現役だった。


関連タグ

競馬 競走馬


ステイゴールド:シルバーコレクターとして有名。


吉良吉影:あらゆる競争でも3位に甘んじていたことで有名なキャラ。しかし、こちらは目立ちたくないという理由でわざと3位を狙っていた。

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