曖昧さ回避
- ギリシャ神話のニュムペー「アレトゥーサ」(Ἀρέθουσα)の英語表記。狩猟・貞潔の女神アルテミスに仕え、純潔を守るためアレトゥーサの泉(オルテュギア島)に変じたとされる。→アレトゥーサ
- アズールレーンの登場キャラクターの一人(メインイラスト)→アリシューザ(アズールレーン)、後述の8に由来する。
- 戦艦少女の登場キャラクターの一人→アリシューザ(戦艦少女)・林仙、こちらも後述の8に由来する。
概要
イギリス海軍で「アリシューザ」を名乗った艦船は次のようなものがある。いずれも上記の「アレトゥーサ」に由来する。
- イギリス海軍の32砲5等帆走フリゲート。
- イギリス海軍のミネルヴァ級帆走フリゲート2番艦。
- イギリス海軍の40砲5等帆走フリゲート。
- イギリス海軍のレダ級帆走フリゲート21番艦。
- イギリス海軍のコンスタンス級帆走フリゲート2番艦。
- イギリス海軍のリアンダー級防護巡洋艦3番艦。
- イギリス海軍の(初代)アリシューザ級軽巡洋艦1番艦。
- イギリス海軍の(2代目)アリシューザ級軽巡洋艦1番艦。
- イギリス海軍のリアンダー級フリゲート8番艦。
32砲5等帆走フリゲート「アリシューザ」
1757年12月、フランスで「ペレリーヌ」として建造された。
1758年1月21日、フランス国王が購入して「アルテュース(英語でアリシューザ)」となる。
1759年5月18日、オーディエルヌ湾(フランス)でイギリス海軍に鹵獲された。
アメリカ独立戦争などに参加。
1779年3月19日、破棄された。
ミネルヴァ級帆走フリゲート2番艦「アリシューザ」
1781年4月10日進水、6月1日就役。
アメリカ独立戦争、ナポレオン戦争などに参加。
1814年、破棄された。
40砲5等帆走フリゲート「アリシューザ」
1791年3月3日、フランス海軍の帆走フリゲート「アルテュース」として進水。
1793年9月19日、王党派反乱軍を乗せてトゥーロン(フランス)からポルトフェッライオ(エルバ島)へ脱出。イギリス海軍に接収され、英語読みの「アリシューザ」と呼ばれるようになった。
1795年7月、「アンダウンテッド」に改名。
1796年8月27日、モラント諸島(ジャマイカ)で破棄された。
レダ級帆走フリゲート21番艦「アリシューザ」
1817年9月29日に完成したが就役せず、1836年にハンセン病患者を隔離する病院船「ラザレット」に改造された。
1844年3月12日、「バッカス」に改名。
1883年8月14日、スクラップとして売却された。
コンスタンス級帆走フリゲート2番艦「アリシューザ」
1849年6月20日進水、1850年3月20日就役。
1861年、蒸気機関が設置されスクリュー推進の機帆船となる。
1874年退役。蒸気機関を取り外され、慈善団体に訓練船として貸与される。
1933年8月2日、スクラップとして売却された。
リアンダー級防護巡洋艦3番艦「アリシューザ」
1882年12月23日進水、1887年7月8日就役。
1896年7月23日、予備役となる。
1899年7月10日、再就役。
1901年、義和団の乱の後のイギリスの権益を確保するため中国へ送られる。
1903年4月3日、退役。
1905年4月4日、スクラップとして売却された。
(初代)アリシューザ級軽巡洋艦1番艦「アリシューザ」
艦名はギリシア神話のニュムペー「アレトゥーサ」に由来する。
1912年10月28日起工、1913年10月25日進水、1914年8月就役。
8月28日、ヘルゴラント海戦に参加し大破。
1915年1月24日、ドッガー・バンク海戦に参加。
1916年2月11日、フェリックストウ(イングランド)沖で触雷、沿岸に漂着し放棄された。
(2代目)アリシューザ級軽巡洋艦1番艦「アリシューザ」
1933年1月25日起工、1934年3月6日進水、1935年5月23日就役。
地中海艦隊に配備。
1940年4月、ノルウェー作戦に参加。
6月17日、イギリス外交職員とポーランド大統領ヴワディスワフ・ラチュキェヴィチのボルドーからの撤退を支援。
6月28日、新たに編成されたジブラルタルのH部隊に加入。
7月3日、メルセルケビール海戦に参加。
1941年5月24日、ドイツ海軍戦艦「ビスマルク」追撃に参加。
7月21日、サブスタンス作戦に参加し、マルタ島への輸送船団を護衛。
12月26日、アンクレット作戦に参加し、ロフォーテン諸島(ノルウェー)を襲撃。
1942年6月、ジブラルタルへ戻る。
11月20日、ストーンエイジ作戦に参加し、マルタ島への輸送船団を護衛。空襲で損傷し、アレクサンドリアで応急修理を受ける。
1943年2月7日、完全修理のためチャールストン海軍工廠(サウスカロライナ州)へ向かう。
12月15日、修理が完了し、イギリスへ向かう。
1944年6月6日、ノルマンディー上陸作戦に参加。ソード・ビーチ(オルヌ川からサントーバン・シュル・メールまでの区間)を艦砲射撃。
6月16日、イギリス国王ジョージ6世は「アリシューザ」から上陸し前線の連合国軍本部を訪問した。
1945年10月、イギリスに戻り予備役となる。
1946年、ノルウェー海軍への売却が検討されるが立ち消えとなる。
1950年5月9日、解体された。
リアンダー級フリゲート8番艦「アリシューザ」
1962年9月7日起工、1963年11月5日進水、1965年11月24日就役。
1967年、地中海に配備。
1969年、西インド諸島に配備。
1970年、極東に配備。
1972年、ローデシア(現・ジンバブエ)への貿易制裁実行のため、ベイラ港(モザンビーク)への石油タンカーの入港を監視。
1973年、アイスランドの漁業専管水域における漁業権争い(第二次タラ戦争)で自国漁船保護のためパトロール。アイスランドの警備船に体当たり攻撃を受ける。
近代化改修により4.5inch連装砲を下ろし対潜ミサイル「イカラ」を搭載。
1979年、極東および太平洋に配備。
1989年4月4日、退役。
1991年、標的として海没処分。