プロフィール
父・ヴァンセンヌは2009年生まれ。ディープインパクトと、1996年の高松宮杯・スプリンターズステークスの春秋スプリント制覇を果たしたフラワーパークの間に生まれた良血馬として期待を寄せられた。度重なる故障に泣かされ、重賞制覇は2015年の東京新聞杯(GⅢ)のみに留まったが、その良血を買われて種牡馬入りした。
イロゴトシはそのヴァンセンヌの初年度産駒の一頭であり、同時に最初のJRA重賞産駒となった。
母・イロジカケは2012年生まれのクロフネ産駒。現役時はダート戦線で12戦未勝利で繁殖入り。
……すごい馬名だが、オーナーの内田玄祥氏は珍名馬メイカーの一角として競馬ファンには知られた人物で、他の所有馬には「アナゴサン」「クマサンニデアッタ」など。特に「カイアワセ」「ホスト」「オトナノジジョウ」など、少々アダルティな響きの命名をよく行うことで知られる人物である。(しかし、カイアワセなどはオープンまで進んでおり、決して話題先行だけではない。)
イロゴトシは母・イロジカケの初仔であり、母に引き続き内田オーナーが所有したことで母から連想した馬名となった。(ちなみに、後に続く弟妹たちも「イロエンピツ」「イロコイザタ」など、「イロ」の名を受け継いでいる。)
そして、馬名以上に日本競馬の歴史上特筆すべき点は九州産馬初のGⅠ馬という点である。
生産の本田土寿牧場は2021年の北九州記念を制した熊本県産初のJRA重賞馬ヨカヨカを輩出した牧場でもある。
さらに九州全体に拡大しても、グレード制定が行われた1984年以降、JRAの重賞を勝利した九州産馬は1998年の小倉3歳ステークスを制したコウエイロマン(鹿児島県産)を皮切りに、2021年のヨカヨカまで5頭が出ていたが、GⅠの頂には手が届いていなかった。それまで九州産馬が最もGⅠに近づいたのは、2008年中山大障害でのテイエムトッパズレ(鹿児島県産)の3着だったが、イロゴトシはこれを超えついに破天荒を果たしたのである。
経歴
2歳時(2019年)
小倉競馬場芝1200mの新馬戦でデビュー。ここは4着に敗れるも、同コースの未勝利戦で自身としてもヴァンセンヌ産駒としても初の勝利を挙げ、更に同コースの九州産馬限定2歳OPのひまわり賞を勝利。
しかしその後サウジRCでサリオスの9着としんがり負けを喫すると、ダート挑戦した2戦も兵庫ジュニアグランプリ7着、全日本2歳優駿8着と掲示板外に敗れて2歳時を終えた。
3歳時(2020年)~5歳時(2022年)
芝に路線を戻し、クラシックを目標にトライアル競走や重賞競走に出走する。しかし、皐月賞出走を狙った若葉ステークスはアドマイヤビルゴの7着、日本ダービー出走を狙った京都新聞杯はディープボンドの5着、そして菊花賞出走を狙った神戸新聞杯はコントレイルの14着に敗退といずれも跳ね返され、クラシック競走の舞台に立つことは出来なかった。
結局これといった結果は残せず、地方重賞の霧島賞で2着がある程度で3歳時を終える。
4歳5月に中京芝2000mで自己条件を勝ち上がり3勝クラスに進むも、その後は掲示板に入るか入らないかという競馬を繰り返して平地オープン入りを果たせず、5歳最後のレースとなった魚沼Sではしんがりに甘んじている。
その後障害調教を受け、12月に障害試験に合格した。
6歳時(2023年)
障害入り初戦となる障害未勝利では3着に敗れたが、続く未勝利戦で2着に5馬身を付けて圧勝。
更にペガサスJSではビレッジイーグルから0.4秒差の3着と高い能力の片鱗を見せた。
そして大一番中山グランドジャンプへと駒を進める。
前年2022年末に長く障害界の絶対王者として君臨したオジュウチョウサンが引退し、実に2015年以来8年ぶりにオジュウチョウサンのいない中山GJとなったこのレース。
前年の中山大障害勝ち馬ニシノデイジーのほか、6歳ながら大障害コース経験は出走馬中最多で前走も圧勝しているビレッジイーグルや、前々走そのビレッジイーグルに加えアサクサゲンキやマサハヤドリームを10馬身ちぎり捨てたミッキーメテオ、3連勝中の上り馬テーオーソクラテスなどが人気を集めた。新たな障害界の主役に名乗りを上げたニシノデイジーがGⅠ2勝目でその地位を固めるのか、はたまた新たなGⅠ馬が登場し、絶対王者が去ったあとの障害戦国時代が幕を開けるのかが見どころとなっていた。
まずまずのスタートを決めて中団を進み、外回りコースに出るあたりで早めに進出を開始し、3コーナー前のハードル障害を飛越したところで一気に仕掛けてハナを奪って差を広げる。直線に入る頃には6馬身ほどに広がり、最後のハードル障害を飛越して8馬身ほどになる。その後も差はなお開くばかりで、最終的に2着ミッキーメテオに3.1秒を付ける大差勝ちを収めた。
この中山グランドジャンプ勝利によって達成された記録は
- 九州産馬初GI制覇
- ヴァンセンヌ産駒初GI制覇
- 黒岩悠騎手GI初制覇
- 牧田和弥調教師GI初制覇(ロンドンタウンでコリアCを2勝しているが国際格付けはL)
- 内田玄祥オーナーJRA重賞初制覇
- 中山グランドジャンプ史上最大着差
と多岐にわたり、関係する人馬ほぼ全てにおいて初記録を刻むこととなった。
6ヶ月の長い休養が明けて復帰戦は11月の東京ハイジャンプ。1番人気は重賞連勝中のジューンベロシティに譲り、単勝3.4倍の2番人気となる。
スタートが今ひとつで行き脚も付かず中団から運ぶ形になる。3コーナーで仕掛けて位置を上げていくが、伸びがなく勝ったマイネルグロンから3.0秒離された6着に敗れる。その後、中山大障害も回避した。
7歳時(2024年)
7歳になり、始動戦は3月、ペガサスジャンプS…ではなく、同週のスピカS(芝1800m3勝クラス)であった。16頭立て14番人気、単勝オッズは190.0倍。13番人気のフェステスバントが41.3倍、最低人気のカヨウネンカが194.8倍で、ほぼ最低人気と変わらない数字となった。結果も13着に終わる。
そして連覇を狙う中山グランドジャンプへ向かう。
前年東京ハイジャンプから中山大障害を10馬身差の圧勝で制し、前走阪神スプリングジャンプも7馬身差を付けて破竹の5連勝、鞍上石神深一をして「普通の競馬ができれば負けない」と言わしめたマイネルグロンが単勝1.1倍の圧倒的1番人気となる中、そこから大きく離された12.2倍の2番人気となる。
好スタートを決めるが、序盤の行きっぷりは今ひとつで中団後方寄りの位置取りとなる。最初のバンケットを登り切ったあたりで少しずつ位置を押し上げ、大生垣障害の飛越を終えたところで3番手。向こう正面周回コースに差し掛かったあたりで本格的に仕掛け始め、ビレッジイーグルとの併せ馬で先頭を行くニシノデイジーとの差を詰め、3コーナーで先頭に立つと5馬身ほどのリードを持って直線へ向く。直線ハードル障害飛越後外に持ち出して追ってくるジューンベロシティを封じ切って連覇を達成した。
折しも中山グランドジャンプ前週の4月6日に父ヴァンセンヌの母フラワーパークが亡くなっており、天に捧げるGI勝利となった。なお、前走平地競走でのJGI競走勝利はマルカラスカル、メルシーエイタイムに次ぐ3頭目、中山グランドジャンプでは史上初であった。
そして、この日は藤岡康太騎手が落馬事故により2日前に死去してから初めての開催日でもあったが、黒岩騎手はGⅠ馬の調教を手伝っていた者同士、生前の藤岡騎手とは親交が深かった。このため、レースで最終コーナーから直線を駆け抜けガッツポーズを決める際、黒岩騎手は「康太ーっ!! 康太、勝ったぞーっ!!」と天国の藤岡騎手を思い返しながら絶叫した。ジョッキーカメラには黒岩騎手のその叫び声が入っている。また、勝利ジョッキーインタビューにおいても、「彼は志半ばでもう馬に乗ることはないんですけども、これまで全力で命がけで来て、これからは空の上でずっと僕たちの応援をしてくれると思うんで、競馬ファンの皆さん、ひと言でいいので康太にお疲れさまと言ってやってください」と呼び掛け、多くの競馬ファンの涙を誘った。