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オマーン

おまーん

中東に位置する国家。アラビア半島東端に位置しホルムズ海峡辺りまでの北東部を領土とする。
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概要

中東および西アジアの絶対君主制国家。首都マスカット。日本における旧名も「マスカット・オマーン土侯国」。カーブース現国王の代よりオマーン国と表する(丁度この頃より土侯国の名も首長国と表するようになる、土人部族のような響きが原因か)。
なお、マスカット・オマーンと首都名をつけていた理由は、同国と長く競合関係にあった休戦オマーン(トルーシャル・オマーン)土侯国があったため(休戦オマーンとはつまりこのマスカット・オマーンと休戦状態であったから)。実はこれ、現在のUAE、つまりアラブ首長国連邦である。

アラビア語の発音では2番目の母音「マ」は長母音であるため、「オマーン」というカタカナ表記が正しい。「オマン」と発音を縮める表記は他の外国語でもありえなくはないが、英語表記を英語読みしたものを日本語にした「オーマン」のようなアラビア文字の綴りやアラビア語の音韻を逸脱した表記は日本語では間違いとされる。正則アラビア語に従った仮名表記では「ウマーン」になる。

19世紀から第二次世界大戦後までイギリスに支配され、1971年に独立。

なお、オマーンは中東諸国でも早くから海上進出が盛んであり、オマーン海上帝国といわれ欧州勢力に次ぐ一大勢力を築いていた。このため長らく、アフリカ・タンザニアの島嶼部ザンジバル地域を支配していた。後に王室が分立しザンジバル側とマスカット・オマーン側に分かれた。
一時はマスカット・オマーン本国を凌ぐ勢いを誇ったザンジバルだが、20世紀には衰退がはじまり、イギリス保護領から脱却し独立した途端に革命が発生してザンジバル側の王族は亡命。更に統治能力の無かった革命政府を見かねた隣国タンガニーカとの合併によって現在のタンザニア連合共和国となった。

王室

王室はブーサイード朝。18世紀以降同地を治めている。

完全独立までスルタンであった先代のサイード国王時代は抑圧された社会で経済も停滞傾向にあったが、1972年にクーデターが発生し長男のカーブースが父王を廃して新たなスルタンとなった。現在も絶対王制が敷かれているが、現国王スルタン・カーブースは民衆の支持をしっかりと集めている。

なお、カーブースには跡を継ぐべき子がおらず、弟や甥が将来王室を継ぐと考えられている。

また、旧ザンジバル王室成員も広義の王室メンバーである。

日本との意外な関係

ちなみにカーブース王の祖父に当たる先々代国王スルタン・タイムールは退位後諸国漫遊の旅に出、滞在地の一つ日本の神戸にて日本人の大山清子と結婚しており、二人の間の子がブサイナ王女(日本名は節子)である(カーブース王にとっては叔母にあたる)。
タイムールは当初自分をオマーンの富豪や王族とだけ名乗って半ば清子に身分を偽ったまま一緒になる約束をしたが、当時は国際結婚など一般的で無かった時代。清子の両親は反対し最終的には「日本で暮らすなら」と条件付きで許可を出す。これを聞いたタイムール、なんと王室の権限を投げ捨てて日本で清子と暮らすことを決意したのだった、という。
当時の二人の暮らす邸宅は電気冷蔵庫に電気で湯沸しを行う風呂など今日では一般的な家電製品なども揃っていた。ただし戦前の話である。清子の妹の一人、大山昌子はその暮らしぶりに驚きを隠せなかったと語っている。
しかし清子は結婚から数年で難病のため若くしてこの世を去る。タイムールは娘を育てるため一度オマーンに戻り必要な準備を整え再度日本にも訪れる予定であったが、奇しくも日本は太平洋戦争に突入、父娘とも日本への帰国が果たせないまま、タイムールも戦後に死去した。

タイムールの息子で当時既に王位を受け継いでいたサイードは前述の通り閉鎖的な人物で、タイムールの結婚当初こそ父を祝うため弟のターリク王子(後に首相を務めた)と共に来日したものの、父の死後ブサイナを王宮に軟禁した(これはブサイナだけの話では無い。現国王カーブースも父によって軟禁された時期がある)。
カーブースによるクーデターにより、漸くその禁は解かれ、昭和53年頃には母の墓参りのためブサイナは異母兄ターリクと共に来日、大山家の家族とも会っている。しかしその後は再び王宮にこもりがちになり(理由は不明、恐らく王宮内でも頼れた兄ターリクの薨去がこの前後にあったと考えられる)、平成時代初期に日本の皇太子同妃両殿下が来阿した際も面会しなかったとされる。後に互いに高齢になったこともあり、叔母昌子の切なる願いもあって40年ぶりに手紙によるやり取りが行われたという。

2011年3月に東日本大震災が日本で発生した際には、オマーンの王族系の企業から迅速な支援のために南相馬市の落合工機に26億円の発注がされて話題となった。なお、オマーンによる東日本大震災義捐金の即時用意額はアメリカ・台湾・タイと言った馴染みある国家に次いで4位だったという。

地理

アラビア半島の東南の端に位置する。日本よりやや狭い程度の面積と、広島県ほどの人口を持つ。東南側はアラビア海(インド洋)、西にイエメン、サウジアラビア、北にアラブ首長国連邦と接している。

なお、オマーンには湖は存在しない。国土全土が砂漠地帯で湖どころか河川すらなく、わずかな化石水が染み出してくるオアシスだけが水源とである。
ついでに言うと海(オマーン湾)に面した地域には港はあるが、オマーン港という名の港も存在しないし、オマーン国際空港も存在しない。
残念だったな!

オマーンという国の話



…まあオマーン国王はいるけど

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