80世代
はちぜろせだい
1977年に生まれ、1980年のクラシックを争った競走馬の世代。
知名度的には“太陽の王子”モンテプリンスが代表格か。クラシック三冠は皐月賞がハワイアンイメージの4着、東京優駿がオペックホースの2着(オペックホースはダービー以後7歳まで現役を続けながらも勝利を挙げられず、当時は最弱のダービー馬と揶揄されたこともある。)、菊花賞がノースガストの2着、翌年天皇賞(秋)はホウヨウボーイ(78世代)の2着、有馬記念はアンバーシャダイの3着と、八大競走では勝ちきれないレースばかりが続き、“無冠の帝王”とまで呼ばれたが、翌1982年の天皇賞(春)で悲願の八大競走制覇を達成した。
なお、第1回ジャパンカップでは堂々の日本総大将に推されたものの、7着に終わっている。
そんなモンテプリンスと同様、第3回ジャパンカップで日本総大将に推されたのがキョウエイプロミス。後輩三冠馬ミスターシービーの不出走で各国の記者から不満が出る中、プロミスは競走能力と引き換えの激走で1着スタネーラのアタマ差に食らいつき、当時の日本最強馬としての意地を見せた。
牝馬では桜花賞とエリザベス女王杯の二冠牝馬ハギノトップレディが代表格。
有馬記念と天皇賞(春)を制したアンバーシャダイは競走成績も一流だったが、種牡馬としても成功。代表産駒に宝塚記念馬メジロライアンがおり、父系の孫メジロブライト、メジロドーベル、牝系ではグローリーヴェイズにその血が受け継がれている。
その他、大井競馬から中央競馬へとやってきて1982年の年度代表馬になったサラ系種の有馬記念馬ヒカリデユール、"日の丸特攻隊”呼ばれた短距離馬サクラシンゲキ、小さな体で牡馬を蹴散らす"根性娘”ラフオンテース(79年最優秀3歳牝馬、81年最優秀5歳以上牝馬)などがこの世代。
変わり種としては、テンポイントの全弟で中山大障害春秋連覇など障害競走で活躍したキングスポイント、大野雅子氏(北島三郎夫人)所有のアングロアラブ系馬トライバルセンプー、ばんえい競馬での通算獲得賞金額歴代1位(2022年1月現在)の輓馬キンタローなどがいる。
海外では日本への影響も大きい大種牡馬ダンジグとヌレイエフ、史上初の凱旋門賞母子制覇を達成したデトロワ、牝馬として65年ぶり2頭目のケンタッキーダービー馬となったジェニュインリスク等がこの世代。
クリスエスは競走馬としては5戦3勝に終わったが、種牡馬としてプライズド、クリスキン、キッケンクリス、ロックハードテン、ブロッコ、ハリウッドワイルドキャット、アクションディスデイ、ソアリングソフトリー、ユーアンドアイ、アーチ等を輩出して1993年の北米リーディングサイアーとなり、シンボリクリスエスは日本で活躍した。
なおこの世代のフランスダービー馬はその名も「ポリスマン」である。