概要
2020年5月9日深夜頃にTwitter上で話題になったハッシュタグ。
安倍内閣が検察官の定年延長に絡んだ『検察庁法改正案』(あくまで俗称)を国会に提出。それに絡み、「行政(内閣)による司法への介入が行われる」「三権分立が崩壊する」「安倍首相が自身と親しい(とされる)黒川弘務東京高検検事長の定年延長による忖度」といった憶測が広まり、改正案の成立阻止を目的とする動きが拡大、改正案への抗議としてTwitter上で同ハッシュタグが生まれた。更に、一般人のみならずきゃりーぱみゅぱみゅやオアシズの大久保佳代子、小泉今日子、いきものがかりの水野良樹と言った多くの芸能人も拡散運動に参加し、所謂「芸能人の政治参加」についても大きな議論へと発展。同ハッシュタグがトレンド上位に入り、この動きを野党やマスコミが取り上げた事も合わさり、もはや炎上に近い騒動となった。
法案の内容
当該法案の正式名称は『第201回 閣第52号 国家公務員法等の一部を改正する法律案』であり、『検察庁法』のみの改正ではない事に留意してもらいたい。
大まかな内容として、「国家公務員の定年を2030年度までに60歳から65歳へ段階的に引き上げ、引き上げ自体は2022年度から2年ごとに1歳ずつ行う。改正案には検察庁法の改正も含まれ、検事総長を除く検察官は、現行の63歳から65歳へ引き上げる。局長等の管理職は60歳で非管理職に移す「役職定年制」も盛り込み、検察官でも同様の制度を導入する」(参考:読売新聞)と言うもの。
割と勘違いされていることだが、改正案の対象は検察官だけではなく、国家公務員全体が対象である。
話題になっている『検察庁法』の改正も確かに絡んでいるものの、それのみの改正だと誤解されている節も見られる。
現在、民間での定年は65歳となっているが、公務員は未だに60歳定年制のままである(自衛官に至っては最高54歳)。当然ながら元国家公務員は、年金支給が開始される65歳までの間は、貯金切り崩し等の苦しい生活を強いられる事となる為、定年退職後の国家公務員の救済を目的とした、一括の定年延長が閣議決定された(但し、所定の手続きをすれば、年金の早期受給=繰り上げ受給は可能な為、改正する論理としては些か弱いと思われる)。
尚、5月18日、政府・与党は同改正案について「国民の理解なしに国会審議を進めることは難しい」として、国会での成立を見送った。但し、秋の臨時国会での改正案の通過を予想する意見も挙がっており、その動向を注視する状況が続いていた。
だが、5月20日にて黒川氏が同月1日及び13日に、朝日新聞社の旧記者1人、産経新聞社の記者2人を相手に賭け麻雀をしていた事実が、週刊誌にて発覚した。
そして、翌日の5月21日、「黒川氏が賭け麻雀の事実を認め、辞任の意向を固めた」と、新聞紙各社及びマスコミ各局が報道する事態となったが…(その後の項目を参照)。
反論
ここでは、法案に対する問題点への反論を記述。
- 「内閣が検察官の定年を決めるのは司法への介入であり、三権分立の崩壊につながるのでは?」
→そもそも検察庁の所属は行政(つまり内閣と同じ立ち位置)。さらに三権分立といってもお互いに介入し合っており、行政と司法についても"行政→司法=最高裁判所長官の指名等"、"行政←司法=行政の適法性の審査"と言う繋がりがあり、日本国憲法にも規定されている。検察官も法務省所属なので、国会が承認すると内閣が発令する決まりとなっている(但し、自民党の公式ホームページにて上記の図式が提示されたが、根幹的な誤りが発見された為、複数人の有識者から「自民党は三権分立を理解していないのでは?」と、疑念を持たれることとしまった)。
→2019年11月の時点で、与野党調整能力の高さから、黒川氏を次期検事総長に就任する考えがまとまり、任期満了間近だった現検事総長の稲田伸夫氏も、年明けに退任する方向で話が進んでいた。しかし、2019年の年末に保釈中だったお騒がせ元CEOのカルロス・ゴーン氏が楽器ケースに入ってレバノンにゴーンしてしまう。この状況では引責辞任による退任と誤解され兼ねなかった為、検察は内閣に仕方なく任期延長を要求。内閣も半年だけ定年を延長するよう調整、また引き継ぎが困難な時は任期延長を依頼出来るよう、事項を法案に盛り込む事も決まった。つまり、「内閣が不祥事抹消の為に検察に介入したのではなく、ゴーン逃亡や新型コロナウイルスと言った、不測の事態が重なった事による、検察側からの内閣への要望」であった。
尚、黒川氏は安倍首相と親しいと言われていたが、実際は2人には面識がなく、後に5分間だけ面会を行ったのみである。また、黒川氏は自民党の秋元司議員を去年発覚したIR問題で立件しており、自民党にとっては都合の悪いとも言える問題にも絡んでいる為、忖度が働いたとは考え難く、強引な憶測になってしまう。そもそも黒川氏は施行日の令和4年4月1日には定年の65歳を迎える為、今回の改正案の対象外となる。
- 「黒川検事長を始めとする安倍政権にとって、都合の良い人間を辞めさせない為の法案では?」
→改正案の検討が開始されたのは福田康夫内閣だった2008年から。尚、民主党政権時代の野田佳彦内閣でも、検討自体は継続している。なお、新型コロナウイルス感染症への対応が迫られている現状もあってか、「何故、急にコロナに影響がない法案を成立させようとしたのか?」「コロナの混乱に乗じて法案を成立させようとしたのか?」という批判も続出した。ただし、法案の審議は複数の事案を同時進行で処理することが慣例であり、今回も当該改正案以外の法案の審議も進められていたため、「コロナに関係ない法案の審議は無駄だからやるな」という批判自体がナンセンスであるとの意見もある。
もっとも、これらの反論についても、それぞれの考えや適切な情報ソースの基に正否を判断した方が良いだろう。
反応
同ハッシュタグ付きのツイートは、短期間で500万ツイートを超え大きな話題となった。しかしツイッター民による調査の結果、所謂「即席垢・捨て垢」と呼ばれる突貫工事で作られたアカウントによるハッシュタグの連投が相次いで報告された為、「反対派によるトレンド工作だったのでは?」という疑惑がかけられている(一部参照。尚、全ての投稿がスパムという訳ではなく、実際に第三者機関の調査にて『即席・捨て・bot等による拡散は全体の2~15%弱で、残るは発信者の発信内容を読んだ上で、フォロワーが拡散した』という例も報告されているので、情報の正確性にも留意すべし。参考→ねとらぼ調査隊、#検察庁法改正案に抗議した人は本当はどのくらいいたのか)。
また、マスコミや立憲民主党等の左派野党が、便乗するような形で話題に挙げ追求し始めた為、かつての『特定秘密保護法案』や『安保関連法案』の騒動と同じく、「野党のステマ」として、冷めた目で見ているノンポリのユーザーも存在した。
尚、公務員の労働組合組織である「全日本自治団体労働組合」(略称:自治労)は、改正案の成立に前向きな姿勢を示しており、大々的に広報も行っていた程。それ以外の国家公務員系労組も改正案に好意的な反応を示しており、改正案成立の見送りには落胆・憤慨していた。
立民を始めとする主要野党は、改正案の成立阻止に成功し勢いを得たものの、支持層である公務員系労組からは、落胆の意見が挙がったことから「野党は今回の政争で、公務員系労組を敵に回してしまったのではないか」とも噂されている。
マズいと感じたのか、自治労からの圧力が来たのかはわからないが、法案成立見送り後に枝野幸男ら野党サイドは「他の公務員と検察は分離して採決しろ」と方向転換する(実際は見送り前の5月12日に修正案を提示)。
しかし、黒川氏個人のみならず下手をすれば、検察官全体に対する職業差別と取られ兼ねないこの動きは、更なる波紋を呼びそうである。
なお、過去にロッキード事件等に関わった検察庁OB達からも抗議が殺到したことから、この改正案が通る事は、検察庁の公正・公平性を損なう案件なのも事実とする意見も存在する。
しかし、2010年に発生した尖閣諸島中国漁船衝突事件において、当時の民主党政権サイドからの圧力という、より直接的な政治の司法への介入があったときに彼らは大々的な抗議を行なっていなかった為、「当時は民主党政権に対して何の抗議もしなかったのに、当法案に対して抗議をするのはダブルスタンダードではないか」と言う批判もある。また、上述の検察OBによる改正法案に反対する意見書の提出や抗議活動について、ジャーナリストの江川紹子氏は「昨日特捜検察経験者が出した意見書が『厳正公平・不偏不党の検察権行使に対しては、これまで皆様方からご理解とご支持をいただいてきたものと受け止めています。』とさらっと言い切ったのには、ものすごく引っ掛かる。そのお名前を見るとなおさら」とTwitterにて疑問を呈している。
その後、経産大臣の世耕弘成が「国家公務員や地方公務員だけ給料も下がらないまま、5年も定年延長されて良いのか」と定年延長法案そのものに疑問を呈する発言した際には、立憲民主党の安住淳が「自分たちで(法案)出しといて、今になって継続となったら、その法案そのものが問題だって、そんな支離滅裂なことを言う人が...。今まで私が経験した中では自民党の幹部にそんな非常識な人いなかったな...?恥ずかしい話ではないの?」「コロナのときにこんなに衆議院でエネルギーを費やして、国民世論を巻き込んでやっているのに、今になって『この法案で65歳の定年おかしい』なんて、自民党の責任者がそんなことを言い出したら、与党を辞めた方がいいですよ。統治する力がないということだから」と世耕発言を批難しており、定年延長法案が立憲民主党にとって重要な法案であることを示している。
逆に国民民主党の玉木雄一郎は「私は世耕さんがおっしゃったとおりだと思いますよ。であれば、自民党は自分で提出した閣法に欠陥があるということですから、取り下げていただきたい」と世耕発言に同調する姿勢を示している。
上述の黒川氏の賭け麻雀が発覚して以降、「検察の人事に政府は介入するな」と主張していた人物が「黒川を懲戒免職にしろ」と言う主張も行うようになり、ダブルスタンダードだとする批判も相次いでいる。
また、現役の検察官とマスコミの人間が同卓で麻雀を囲むという癒着っぷりに加え、その事実をリークしたのが卓を囲っていた記者である可能性が高い点と、朝日新聞が事実を認めて謝罪した(但し、該当記者個人の行動とし、賭博行為があったかについては未確認としている)点から、「マスコミの方が安倍政権よりも、よっぽど検察庁人事に介入している」と皮肉られており、「黒川氏が責任を取るのであれば朝日新聞社と産経新聞社も責任を取るべきである」と厳しく糾弾されている。
芸能界での反応
歌手・タレントのきゃりーぱみゅぱみゅは、一般ユーザーが作成した相関図とハッシュタグをセットでツイートし話題を集めたが、基となった相関図は政治バイアスが強かった上、図の誤りを作成者が認め画像を削除(参照)。きゃりーも後日ツイートを削除し、謝罪ツイートを投稿した。
また、指原莉乃は5月17日放送のワイドナショーに出演した際に「Twitterでハッシュタグを呟け」との呼び掛けがあった事を暴露(なお、ファンからの依頼であったことを明かしている)。メディアぐるみのステマ説を補強する一因となっている。
指原自身は「ハッシュタグのおかげでそういうことに関心を持てたが、自分は確固たる信念もないし、勉強もしてないからそういう呟きはしていない」と言う旨の発言をした上で「芸能人が政治に触れるのはいいが、拡散されていた相関図が正しいとは限らない」と発言。発信力の高い芸能人が政治についてきちんとした知識を持たない状態で、一方の偏った意見のみを鵜呑みにして安易に政治を語る事に対して警鐘を鳴らしている。
また日本においてはタレントに対して政治要素はあまり求められておらず、SNS時代になって好きな有名人が思想問わず政治時事発言をする様子を目撃し、失望する人も多かった。しかしマスコミでは「欧米ではタレントが政治活動をしている、批判するのは遅れている人々、若い世代は政治に積極的で…」といういつもの論調が目立った。
先述の江川氏は、「いったん立ち止まったことはひとまずよしとしたい。大事なのは、この後、定年延長問題をどうするか、の議論」「検察が『巨悪を眠らせない』正義を実現することもあるが、正義実現の熱意が暴走を生むこともある」「『巨悪』もまた、ショッカー集団のように悪一色というわけでもなかったりする。検察の政治的『独立』は守らなければならないが、一方で検察の『独善』は防がなければならない。この2つはどちらも大事」といった、検察の独善による暴走を危惧するツイートをした。
その後
与党サイドは前述した理由や後述する答弁に正当性を持たせるためか、改正案の見送り直後こそ同案に拘泥していたのだが、5月21日になって「新型コロナウイルスの感染拡大で雇用環境が急速に悪化する中、公務員の定年延長の必要性は薄れた」という理由であっさりと国家公務員法改正案を廃案にする方針を固めた。
このハッシュタグを使っていた人々は「やっぱり黒川のための法案だった」「黒川はやっぱり黒だった」と勢いづくも、先述にもある通り国家公務員法改正案が廃案になると実害を受けるのは(あくまで表向きには)自治労と自治労の支持を受ける立憲民主党であり、やらなくてもいい大騒ぎをした挙句、それがなければ成立した可能性が高い法案を廃案まで追い込んだとなれば立憲民主党が自治労からの支持を失う可能性が高い。また自民党支持の労組も増加傾向であり、野党勢力の切り崩しができるとなればそちらのメリットも大きい。
本騒動は「保育園落ちた日本死ね」から続いてきた、女性とネットを利用した路線の集大成となった。しかしそれはただのエコーチェンバー現象かもしれない可能性を大いに秘めていた。そして突入した2021年第49回衆議院議員総選挙では予想外の結果が待ち受けていた。
余談
元来、同制度が議論になったのは「制度の適用対象に検察官が含まれるのかと言う解釈」についてである。
国家公務員の勤務延長制度が制定された当時、国会において同制度が検察官には適用されないとの解釈が答弁されていたにもかかわらず、これを解釈変更して適用された。
それに対し
- 解釈変更を行うにあたる立法事実が存在したのか(何故、急遽このような解釈変更を行うにあたったのか)
- 解釈変更を行う正当なプロセスは行われたのか(後付けで行ったのではないか)
- 何故、政府参考人が矛盾となる答弁をしたのか(解釈変更はしていないとの答弁。後に言い間違えたと修正)
- 解釈変更をするに際して、『法務省行政文書取扱規則上の文書ではない』と判断して、口頭決裁に留めたのかと言った疑問点が噴出した事が、上述のミスリード等につながった可能性は否定できない。
同改正案の必要性に、安倍首相は「昨今の多様な諸問題に対し、確かな実績を持った人物だから職を継続して貰いたい(要約)」としている。一方、旧国会議員の若狭勝弁護士は「検察の業務は全体同一性なものであり、仮に『現在の総長が急逝する等で、総長が不在になったとしても、残された人員で滞りなく業務継続が出来る』のが正しい検察庁の姿(要約)」と答えている。
また、自民党内部からも(少数ではあるものの)反対の声は出ていた。
誤解に基づいたデマを拡散する事は、論外なのは言うまでもないが、その誤解や疑惑を解消していくのも、政治家の役目ではなかろうか。
また、情報を受け取る側も、自分で改めて一次ソースを確認する等、正しい情報の受信と発信に努める事が大切だと言える。
検察庁法案と同時期に審議されていた種苗法改正案に対して、女優の柴咲コウが「新型コロナの水面下で、『種苗法』改正が行われようとしています。自家採取禁止。このままでは日本の農家さんが窮地に立たされてしまいます。これは、他人事ではありません。自分たちの食卓に直結することです」と自身の公式Twitterで発言したが、この種苗法改正案は、日本で開発された野菜や果物の品種の海外流出を防ぐためのものであると農水省の公式ホームページで明言されており、しかもその発言で慎重論が拡大したとして種苗法改正案の今国会での成立見送りが決まった上、該当ツイートを削除したこともあって彼女はネット上で大バッシングを受けることとなった。
奇しくも前述した指原の忠言が刺さる格好となり、この騒動を広げた要素の一つである「芸能人の政治参加」の難しさとリスク、責任の重さを浮き彫りにし、ネット民に芸能人の政治参加そのものに対する不信感を植え付けることになった。
逆に「農業知識の無い人間の発言に影響されて法案成立を止めるのもどうなんだ」と政府を批判する声もある(実際Twitter上では小野田紀美らが法案の内容について噛み砕いて説明し、理解を求めていた事もあって、改正案の目的と重要性を理解する人が増えつつあった)。
なお、信頼出来る一次ソースを自分で調べた上で意見を述べる事は、参政権を有している以上は問題はないと思われる。また、『無知』だからこそ真理を突く事もあれば、逆に知識があるから知らない人間を批判するのも間違っている上、多様性に否定に繋がると思われる。
…ただし、その発言のリスクの重さを理解し、発言に責任を持てるというならという話だが。
このハッシュタグの流行以降、しばらくの間安倍政権を批判するハッシュタグが無数に生まれ、いくつかはトレンド入りしているが、中国政府が国営放送に安倍政権批判をやめるよう指示したという報道がなされて以降、これらのハッシュタグが一斉に消えたと言われ、さらに後日世論誘導をしていたとして中国寄りのアカウント約17万件が削除されたと発表された。
このタグを含めた安倍政権批判ハッシュタグ騒動とこういった中国の動きに何か関連があるのだろうか…?
また、これらのハッシュタグの逆利用も相次いでおり、コロナ対策での尾身茂氏の国会答弁に対し不遜な態度を取った立民の福山哲郎議員に批判が集まり、「#福山哲郎議員の辞職を求めます」とのタグがトレンド入りした他、「#さよなら安倍総理」のハッシュタグに便乗した社民党の福島瑞穂議員に対しても「#さよなら福島みずほ」という皮肉混じりのタグがトレンド入りしている。