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第二次ソロモン海戦

だいにじそろもんかいせん

第二次ソロモン海戦とは、1942年8月24日に、ソロモン諸島の北で行われた日本軍とアメリカ軍による海戦である。
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→ 詳細はwikipedia:第二次ソロモン海戦

概要

1942年8月24日にソロモン諸島の北で発生した海戦。
夜戦が主だった第一次ソロモン海戦第三次ソロモン海戦とは異なり、ミッドウェー海戦以来となる大規模な日米空母機動部隊の激突となった。

海戦まで

第一次ソロモン海戦で護衛部隊が壊滅した連合軍輸送部隊は物資揚陸を途中でやめて撤退し、ガダルカナル島に上陸したアメリカ海兵隊員約11,000人には5日分の食料しか無かった。
しかし、日本軍は基地航空隊の「敵輸送船数十隻を撃沈」という過大な戦果報告を信じ、上陸できた連合軍将兵は3,000人程度と判断。一木支隊第1梯団917人を駆逐艦6隻でガダルカナル島に送り込んだが、第1梯団は主力の到着を待たずにアメリカ軍と交戦し、壊滅した。

日本軍はガダルカナル島奪回のため、増援の輸送船団を編成。第三艦隊(空母「瑞鶴」「翔鶴」「龍驤」が主力)と第二艦隊をトラックから出撃させ、輸送船団の支援に当たらせた。
アメリカ海軍第61任務部隊(空母「エンタープライズ」「サラトガ」「ワスプ」が主力)もガダルカナル島近海に戻ってきた。

8月20日、アメリカ軍は護衛空母ロングアイランド」でヘンダーソン飛行場へ航空機を輸送したが、これを空母機動部隊と勘違いした日本軍は輸送船団を後退させた。
基地航空隊はアメリカ空母を求めて連日出撃したが、何の成果もなかった。

8月23日、第61任務部隊のフレッチャー司令官は太平洋艦隊情報部の「日本艦隊はトラック島北方」という判断を信用し、「ワスプ」を給油のために引き返させた。

海戦

8月24日、日本側は「龍驤」、重巡利根」、駆逐艦時津風」、「天津風」にヘンダーソン飛行場を攻撃させてアメリカ空母の艦載機をおびき出し、その間に「翔鶴」、「瑞鶴」がアメリカ空母を撃破する作戦に出た。
9時、アメリカ軍の飛行艇が「龍驤」を発見。
12時過ぎ、重巡「筑摩」の水上偵察機がアメリカ空母を発見。
13時50分、「サラトガ」隊は「龍驤」を攻撃し、同時に「翔鶴」、「瑞鶴」を発見。
14時28分、「翔鶴」隊の攻撃により、「エンタープライズ」に爆弾3発が命中。
18時、「龍驤」が沈没。
日本海軍第二艦隊はアメリカ海軍第61任務部隊を捕捉して夜戦で叩くべく南下したが、発見できず、22時に撤収した。戦艦「陸奥」は重巡のスピードに付いて行けず後方に取り残された。
深夜、駆逐艦「睦月」、「弥生」、「江風」、「磯風」、「陽炎」がヘンダーソン飛行場を艦砲射撃。その後、輸送船団に合流。
8月25日午前6時、輸送船団はアメリカ陸軍B-17に空爆を受け、軽巡神通」が中破、「睦月」、輸送船「金龍丸」が撃沈され、ガダルカナル島上陸は断念された。

海戦後

8月31日、「サラトガ」は珊瑚海を哨戒中、日本潜水艦伊26」の雷撃で損傷し、修理に3ヶ月を要した。
9月15日、「ワスプ」はガダルカナル島への輸送船団の護衛中、日本潜水艦「伊19」の雷撃で大破炎上し、駆逐艦「ランズダウン」に雷撃処分された。「ワスプ」を狙って外れた魚雷が10km先を航行していた戦艦ノースカロライナ」と駆逐艦「オブライエン」に1本ずつ命中、大破させた。

結果

ヘンダーソン飛行場の航空隊強化で制空権を掌握した連合軍は、ガダルカナル島へ日中に輸送船団を送り込むようになった。
その一方、日本海軍は輸送船による補給を諦め、駆逐艦による「鼠輸送」により夜間に活動することになった。
「エンタープライズ」、「サラトガ」の修理、「ワスプ」の喪失で空母戦力が「ホーネット」のみとなったアメリカ海軍も苦しい戦いが続くことになる。

日本海軍は、第三艦隊を本隊と前衛に分け、前衛を突出させて偵察・艦隊攻撃ならび敵の攻撃を吸収させる役目を負わせた。囮にされた艦からは不評だったものの、アメリカ側はピケット艦に通じる発想と評価している。また、機敏な艦爆の攻撃で敵艦の防御力を弱体化させ、鈍重な艦攻に止めを刺させる作戦が用いられたが、第2次攻撃隊が敵を発見できず、艦攻の出番は無かった。

外部リンク

wikipedia:第二次ソロモン海戦

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