概要
類を見ない二刀流プレイヤー・大谷翔平の去就を巡る一連の動きに対する俗称。
過去に2度、日米のマスコミがその動向をこぞって取り上げ、大規模なセンセーショナルを巻き起こしたことがある。
事例
第1次(2017年オフ)
渡米前、代理人のネズ・バレロ氏を通じてMLB30球団に書類選考を行った。内27球団が大谷にまつわる起用法、育成環境などの返答を出す。その結果、西海岸を中心とする7球団が通過。東海岸の名門であるニューヨーク・ヤンキース、ボストン・レッドソックスがことごとく落選し、大きな話題となった。
通過した7球団は、以下の通り。
下馬評ではマリナーズやレンジャーズ、あるいはドジャースが有力視されていた。
直接交渉の結果、ほとんど注目されていなかったロサンゼルス・エンゼルスが選ばれ、日米で凄まじい反響となった。
第2次(2023年オフ)
所属球団からのクオリファイング・オファー(QO)を蹴り、大谷は初となるFA市場に乗り出す。
近代MLBにおいて最大規模と評される争奪戦のゴングが鳴った。ほとんどの球団が撤退していく中、以下の6球団だけは最終ステージまで残った。
ア・リーグ
- ロサンゼルス・エンゼルス
- トロント・ブルージェイズ
ナ・リーグ
- シカゴ・カブス
- アトランタ・ブレーブス
- ロサンゼルス・ドジャース
- サンフランシスコ・ジャイアンツ
代理人のバレロ氏の「交渉に影響を与えたくない」という意向もあり、各球団との交渉状況はほとんど明かされなかった。強いて挙げるとすれば、ウィンター・ミーティングの際に「大谷がオラクル・パークを訪れた」という報道、ドジャースのデーブ・ロバーツ監督が「ドジャー・スタジアムで大谷選手と面談した」と漏らした程度。その結果、虚実が入り混じった情報が錯綜する。
その最たる例としては、カリフォルニアの空港からカナダへ向けて飛行しているプレイべートジェットがあったことから、「大谷のブルージェイズ移籍がほぼ決定的になった」とする情報が出回ったことだろう。さらに、偶然かそれともこれに便乗したのかは不明だが、「大谷の高校の先輩である菊池雄星がロジャース・センター近くの高級寿司店で50人分の宴会の予約をした」という噂が広まり、カナダやアメリカのファンを騒然とさせた。
しかし、実際にプライベートジェットに乗っていたのは大谷選手はおろか野球そのものと何の関係もないカナダ人の実業家であった。当然、菊池が寿司店の予約をしていたのもデマであり(菊池はその時、家族と一緒に夕食を取っていたとのこと)、大谷選手もカリフォルニアにある自宅に滞在したままであったことが程なくして判明する。一連の騒動の発端となる情報を流してしまった記者は、後日「ファンに誤った情報を与え、混乱させてしまった」として自身のSNS上で謝罪したのだった。
後々から考えてみると、コントもかくやというとんでもない大騒動だが、それだけ当時の野球ファンやメディアが大谷選手の動向を探ろうと躍起になっていたことがうかがえるエピソードでもあると言える。
そして、迎えた2023年12月9日。大谷選手は自身のInstagramを通じて、次の移籍先をロサンゼルス・ドジャースに決めたことを発表した。
契約額はプロスポーツ史上最大となる10年総額7億ドル(約1015億円)と莫大なものになったが、契約に当たって移籍金の大半を後払いにすることを大谷選手自らがドジャース側に提案したという。
大谷選手は当初年俸のすべてを後払いにしても構わない(=10年間無給でも構わない)としていたようだが、代理人のバレロ氏が「労使協定により、最低年俸額を支給しなければ試合でプレイすることができない」と物言いをつけたため、現在の形に落ち着いたとのこと(参考)。
「そんなことをしたら生活できなくなるのでは?」と思う方もいるかもしれないが、大谷選手は多数の国内外企業とスポンサー契約を結んでいるため、年間80~100億円規模のスポンサー収入があると言われており、仮に10年間球団からの支払いが一切なかったとしても生活していく上では何の支障もない。彼がここまで強気(?)に出られたのも、普段から無駄な散財を全くしないのと同時にこうした経済的に有利な事情があったからである。
驚くべきはそれだけではない。
後に大谷選手の獲得する年俸の内訳が明らかとなり、総年棒の3%に当たる29億円が2024年~2033年に支払われ、残りの97%に当たる986億円は後払いとして2034年~2043年に支払われる計画となっており、しかも後払いの97%をすべて無利子にするという内容になっている。
ちなみに、これまでの後払いのパーセンテイジが最も大きかったのはマックス・シャーザー投手であるが、それでも50%であり、今回の大谷選手の97%の無利子後払いは前例が全くない前代未聞な値である。
後払いになると利子が当然ながら付きまとうが、ドジャースに対する大谷選手の温情と粋な計らいによって後払いでも無利子にすることが決定された(大谷選手のこれからの同僚選手であり、大谷選手と主力打線を担うであろうMVP経験者のフレディ・フリーマン選手とムーキー・ベッツ選手も後払い制を採択しているが、彼らには後払いの利子を5%前後付けて支払われている。ちなみにあのイチロー氏も後払い制を採択しており、5.5%の利子を付けて支払われている)。
無利子後払い制は、大谷選手にとっては正直金銭的には不利になる契約であり、10年間でなんと350億円もの損金(ドジャース側からすれば、大谷選手から350億円を寄付されたも同然である)になることがMLB公式データサイトのアナリストが算出したデータで明らかとなった。
つまり、大谷選手は契約金額が将来的に大きく目減りすることを承知していながらも、「後払い契約」を自ら提案したことになる。
こんなクレイジーな無利子後払い制には代理人のバレロ氏やドジャースの交渉担当を含むメジャー関係者は勿論、世界中の人々も腰を抜かすほどに驚いたのは言うまでもない。
この契約はドジャース側にとって、スター選手への年俸を実質的に大幅に減額できるだけでなく、結果的に贅沢税を回避することが可能となり、大谷選手以外にも有力な選手を逐次補強していくことが可能となった。
大谷選手も、契約条項の中で「後払い制にすることで浮いた資金をチームの補強費用に充てる」という内容も盛り込んだと言われており、「お金を稼ぐよりも強いチームでプレイして何としてでも優勝したい」という以前から全くぶれないポリシーが如実に反映された格好である。
また、この年のドジャーズはシーズンを通してフル稼働できる先発がおらず(先発の主力で、長年ドジャース一筋でプレイしてきたMLB史上最高とも謳われる左腕、クレイトン・カーショウ投手はフリーエイジェントとなり、年齢的な衰えもあって来シーズン以降もドジャースに残留するのかは未知数で、同じく主力先発の1人であったフリオ・ウリアス投手は家庭内暴力で逮捕されて出場停止処分となり、シーズン終了と同時にFAになった(事実上の懲戒解雇)、さらに23年シーズンにDHで出場していたJ.D.マルティネス選手もフリーエイジェントとなったためにDHにも空席ができている現状を見れば正に願ったり叶ったりの内容であると言える。
実際、ドジャースは大谷選手に支払う年俸が浮いたことで、さらなる大型補強を敢行し、以下の有力選手の獲得に成功している。
- 大谷選手に次ぐオフシーズンのもう1人の目玉であり、日本プロ球界で最強の先発投手の座を欲しいままにしていた山本由伸投手(元NPBオリックス)
- 2023年8月に月間最優秀投手に輝いたタイラー・グラスノー投手(元レイズ)
- 3年連続25本塁打以上と毎年安定した成績を残し、過去に2度シルバースラッガー賞にも輝いた、右打ちの外野手:テオスカー・ヘルナンデス選手(元マリナーズ)
- 貴重な左腕投手で、マリナーズ時代の2018年にはノーヒッターも達成したジェームズ・パクストン投手(元レッドソックス)
このうち、グラスノー投手・山本投手・ヘルナンデス選手はドジャースへの移籍を決めた理由の1つとして大谷選手の存在を挙げている。
また、有力選手が次々にチームに集結するこうした様子に刺激を受けたのか、FAであったカーショウ投手もキャンプイン直前になってドジャースとの再契約に合意したと発表された。
自ら年俸を削ってチームの補強費を捻出しただけでなく、結果的に大谷選手自身のネイムヴァリューを駆使して多くの有力選手がチームに引き入れられたことから、ドジャースファンの間では大谷選手のことを「ShoGM」と呼称する者も出始めている。
また、今回の年俸の実質削減は大谷選手にとってはこれ以外にもメリットがある。
契約の際に多額の年俸を設定することは、他のチームに選手が持っていかれることを防ぐという目的の他に、球団側が選手に対してマウントを取ることができるようにするという目的もある(大谷選手の場合、もしも投打の二刀流で周囲が期待しているような結果を残せなければ、それを口実に二刀流を辞めさせ「投手か野手のどちらか一つに絞れ」と要求することができるわけである)。
しかし、上でも書かれているように、今回大谷選手は「事実上契約で制定された年俸を自ら減額した上に、350億円もの大金を球団側に自主的に寄付し、挙句の果てに本来自分に支払われるべき年俸を使ってチームの補強をするよう球団側に要求する」という前例のない契約を結んでしまったため、球団側は金銭面で大谷選手にマウントを取ることが事実上できなくなったと言われている。
もう1つ興味深い契約内容として、「オーナーと編成部長が変更となった場合にオプトアウト権を行使できる」という条文も書かれていたことも判明している。
これは恐らく、エンゼルス時代にオーナーであったアルトゥーロ・モレノ氏のような無茶苦茶な現場介入をするオーナーがトップに立った場合にチームに見切りを付けられるよう保険を掛けたのではないのかと言われている。
ただし、マーク・ウォルター現オーナーとアンドリュー・フリードマン現編成本部長が現職を一身上の都合により退職したとしても、後任が彼らのやり方をしっかりと踏襲するのであれば、大谷選手はオプトアウト権を何が何でも行使することはないだろうし、反対にモレノ氏のような滅茶苦茶な現場介入をやらかすオーナーや、同じくエンジェルスのペリー・ミナシアン氏のような杜撰なチーム編成をやらかすGMなら、それを容赦なく行使するだろうと専門家は分析している。
このように、今回の大谷選手とドジャースとの間に結ばれた契約は、アスリートとしては異色尽くめの内容であるが、これは自分も含めた一部選手の年俸支払いに球団経営が圧迫され、チームがまともな補強を行えなかったエンジェルス時代の苦い経験が反映されていると言われている。
もう少し詳しく…
- 他のプロスポーツ選手の契約額との比較
「プロスポーツ史上最高額」に対して「年換算ではサッカーのリオネル・メッシのほうが上だ!」という声もよく聞かれるが、単年換算での実際の総合順位は、同額1位 クリスティアーノ・ロナウド及びカリム・ベンゼマ(共にサッカー|2023–2025年|約2億1453万ドル)、第3位 リオネル・メッシ(サッカー|2017–2021年|約1億6850万ドル)、第4位 サウル・アルバレス (cf.)(ボクシング|2018–2023年|7300万ドル)、第5位 大谷翔平(野球|2024–2033年|7000万ドル)となっており、実を言うとメッシもトップではない。
サッカーはゴールキーパー以外のフィールドプレイヤーがピッチ上を常に動きまくる球技であり、選手同士の接触プレイは野球以上に日常茶飯事的に頻発しているので、長期契約でもせいぜい5年までで10年以上の大型契約は絶対に有り得ないとされている。
ちなみに、野球界では大谷選手のみが突出しており、2番手以下の総合順位は、第37位 アーロン・ジャッジ(2023–2031年|4000万ドル)、第41位 ジェイコブ・デグローム (cf.)(2023–2027年|3700万ドル)、第42位 ゲリット・コール (cf.)(2020–2028年|3600万ドル)、第44位 マイク・トラウト(2019–2030年|約3554万ドル)となっている。なお、大谷に続いてドジャースと契約した山本由伸(2024-2035年|約2708万ドル)は第72位(契約額は15位タイ)。
cf. Wikipedia (en) - List of largest sports contracts.
ところで、このように見てくるとプロスポーツ選手の契約金額ではサッカーが一人勝ちしていると早合点しそうなところであるが、サッカー界のそれは不健全すぎる高騰ぶりを示しているのであり、余裕で回収できる可能性が大きい大谷–ドジャース間の契約とは様相が異なっている点には留意したい。
- 「後払い」制のメリットとは?
メジャーで球団側と選手側が後払い制を採択することがあるのは、球団経営の圧迫防止の他に引退後の選手の自己破産防止も含まれている。
MLBの統計では、引退した選手の実に80%以上が大金を手にしても現役中に不動産・投資・豪遊・ブランド漁り・高級外車・ギャンブルなどに散財して、引退後5年以内に自己破産し、それが起因してDVを起こして離婚したり、その後様々な事件をやらかして逮捕され晩節を汚すケースが後を絶たないというデータがある。
大谷選手の性格上、このような事案が発生することは絶対に有り得ないとは思われるが、上記のシャーザー投手・フリーマン選手・ベッツ選手などが後払い制を採択したのも、自己破産及びそれが起因しての様々な犯罪のリスクを回避させ、豊かな老後生活を確保させる狙いがあるからである。
MLBの契約金・年俸後払い制・年金は考えようによっては、引退する選手に対する事実上の謝礼金&功労金&退職金と思ってほぼ間違いないだろう。
- 大谷方式の契約が贅沢税回避の抜け道に?
大谷選手の今回の契約方式は、日米の野球識者やファンの間で大きな論争を呼んでいる。
「チーム運営に配慮した合理的な契約である」「エンジェルスの杜撰なチーム運営とそれに伴うチームの深刻な低迷を考えれば、大谷がこういう契約を結んだのも理解できる」と肯定的に捉える意見の一方で、「戦力の均衡化のために制定された贅沢税のシステムが事実上機能しなくなり、今以上に金満球団が有利になるのではないのか」と批判的な意見もある。
ただ、今回の契約は、「金銭に対する執着がまったくない選手」が「資金力豊富な金満球団」に入団するという極めてイレギュラーな条件下で発生したからこそ起きた問題だと言える。
実際、大谷選手は(「他チームとの交渉について詳しいことは話せない」としているものの)古巣のエンジェルスは勿論、ジャイアンツやブルージェイズ等、他の球団にも同様の条件を提示していたと言われており、これらの中小規模の球団ともっと低い金額で契約を結んでいたとしたらここまで大きな論争には発展しなかった可能性がある。
また、「球団側がこの契約方式を贅沢税回避のために利用するのではないのか」という指摘についても、年俸の9割以上を無利子で後払いにするという金銭的にデメリットしかない契約を好き好んで結びたがる選手が彼以外に今後現れるとは到底考えられないという反論もある。
後払い金額の上限を設けていなかった現在のMLB労使協定や、その問題点を指摘し改善に尽力しなかったMLB機構や選手会にも問題があるとする意見もあり、いずれにしても、今回のようなことが起こらないよう今一度議論をするべきではないのかという声が出ていることは間違いない。
なお、カリフォルニア州の財務監督局は、この契約方式を問題視している。
というのも、後払い金額である6億8000万ドルが支払われる2033年以降までに大谷選手がカリフォルニア州から引っ越すようなことがあれば、推定9800万ドルの税金が入らなくなる可能性があるためである。
財務監督局の会計監査官は「現在の税システムは、最も税率区分が高いほど恵まれた人たちに無制限の後払いを可能にしており、税金の構造に著しい不均衡を生み出している。最も裕福な人たちの後払いに妥当な上限が存在しないことは、所得の不平等を悪化させ、税の公平な分配を妨げる。この不均衡を是正するための断固たる行動を即座に取るよう、連邦議会に要請する」と抗議しているといい、大谷選手側に対して今後何らかの課税措置が取られる可能性がある。