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大谷翔平

おおたにしょうへい

大谷翔平とは、ロサンゼルス・エンジェルス所属の日本人メジャーリーガー。規格外すぎる才能とパフォーマンスの持ち主として世界的に知られている。
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概要

ロサンゼルス・エンゼルス所属のプロ野球選手メジャーリーガー)。
北海道日本ハムファイターズ所属時には中田翔と並ぶファイターズの看板選手として活躍した。

投手だけでなく野手としても出場する「二刀流」というプロでは極めて珍しく、稀少なタイプの選手。
野手としては外野手(主に右翼手)かDH(指名打者)での出場が主だが、彼が先発で登板する試合に限り、DHを採用せず投打同時出場させることがある。登板が打撃に影響するどころか自身の登板試合で自ら援護点を上げる(ジエンゴ)ほどの化け物ぶり。
投手としては、日本人投手で唯一な100マイル(160㎞/h)ボーラーでありながら絶対に打てない魔球スプリットを持つことでも知られる。

投手としても打者としても超一流という万能ぶりから、「まるで野球マンガの主人公のようだ」とよく言われるが、彼は正真正銘実在する人物である。今では多くのプロ野球OBたちやメジャー関係者たちから「野球の神様」と讃えられるベーブ・ルースに事あるごとに準えられて「100年に1人の超逸材」とまで評され、宇宙人モンスターなど人外扱いされることもしばしばある。

ちなみにアメリカ合衆国では、二刀流のことをトゥーウェイプレイヤー(two-way player)と呼んでおり、かつては藤村富美男氏、関根潤三氏、ベーブ・ルースなど、戦争や天災などの理由で選手が当時慢性的に不足がちだった頃はNPBでもMLBでもこのような選手が決して少なくなかった。比較的近年の事例では、NPBでは嘉勢敏弘、MLBではブルックス・キーシュニックやケイシー・パトリック・ケリーがいる。更に現在チャイナのプロ野球には、本職は捕手だが投手や外野手も兼任している孟偉強という選手がいる。

ただし、二刀流プレイヤーの悲しき宿命なのか、彼は投手・指名打者・外野手だけでなく、内野手代打代走もこなせる超一流なオールラウンダーだが、規定投球回・規定打席数を両方同時にクリアしたことはプロ入り後過去一度たりともないという器用貧乏なところが玉に瑕である(もっとも、毎試合フルイニング・フル稼働させたら、彼の選手生命は短命なものになるだろう。なお、規定打席数に関しては2021年にやっと初めて達成済み)。

プロフィール

所属ロサンゼルス・エンゼルス(背番号17)
出身岩手県奥州市
最終学歴花巻東高等学校
生年月日1994年7月5日
家族構成父・徹、母・加代子、兄・龍太、姉・結香
身長・体重193cm、97kg
投球・打撃右投左打
ポジション投手外野手
プロ入り2012年ドラフト1位
日ハムの契約金1億5000万円
同初年俸1500万円(2012年)
同最高年俸2億7000万円(2016年・推定)
メジャー入り2017年ポスティング行使
エンジェルスの契約金2億6000万円
同初年俸6000万円(2017年)
アメリカ野球殿堂入り


プロ野球入団経緯

岩手県水沢(現:奥州)市出身。
父は社会人野球、母はバドミントン選手というアスリート一家の末っ子として生まれる。
現在トロント・ブルージェイズに所属する菊池雄星に憧れ、彼の出身校である花巻東高校へ進学。3年春の選抜で大阪桐蔭高校の藤浪晋太郎(現阪神)からホームランを打ったことがあり、3年夏の岩手県大会ではアマチュア野球史上初となる160㎞/hを記録(2019年に同じ岩手出身の佐々木朗希投手が163㎞/hを記録更新)し、国内だけでなくメジャーリーグからも注目を浴びる。しかし、同大会では決勝戦で惜しくも敗退し、夏の甲子園への出場は果たせず終いであった。

高校野球終了後、NPBを経由せず直接メジャーに挑戦する意思を明らかにしていたため、それを聞いた各球団はドラフト会議での1位指名を諦めていたが、日本ハムだけが彼をドラフトで指名することを表明し、彼を当日に1位で強行指名した。
彼は当初入団交渉に難色を示しており、やはり彼のプロ野球入りは実現しないと思われたが、NPBでの挑戦を望んだ父や、栗山英樹監督の粘り強い交渉に加えて、球団側が提示した「大谷翔平君 夢への道しるべ~日本スポーツにおける若年期海外進出の考察~」と題された資料(後に球団が公開、現在は公開終了)と二刀流育成プロジェクト、前年までダルビッシュ有が付けていた背番号11、そして「誰も歩いたことがない道をキミには是非歩いてもらいたい!」という栗山監督の口説き文句に心を大きく動かされた形で、ファイターズ入団を決意した。

「(投手として)10勝以上(打者として)打率3割以上」という前人未到な記録を目標に掲げた。

日本ハムファイターズ ・ 投手 大谷翔平
日本ハムファイターズ ・ 打者 大谷翔平



プロ入り後の活躍

2013年

開幕戦で、初スタメン・初ヒット・初打点・初決勝打・初ヒーローインタビューを達成。
7月10日楽天戦クリネックススタジアムで初本塁打(2ラン)

2014年

5月13日対西武戦にて、プロ入り最速の158km/hを記録したにとどまらず、プロ入り初完投・初完封もマーク。
6月4日の広島戦にて、ついに高校時代に記録した自己最速タイの160km/hをプロ入り後初めて記録した。
7月5日、20歳の記念日にプロ入り後初の1試合2本塁打を達成。
9月7日、遂に金字塔を打ち立てる。あのベーブ・ルースが96年前に打ち立てたシーズン2桁勝利&2桁本塁打を達成。1982年に韓国金城漢が記録して以来32年ぶりの達成と同時にNPB史上初の偉業であり、彼がアメリカでジャパニーズベーブ・ルースと呼ばれるきっかけとなった。

2015年

プロ3年目にして開幕投手に任命される。この影響もあり、チケットは即日完売となり入場者数4万人を超えた。
その後、脚のけいれんなどで途中降板が多発するも、登板した試合は全て勝ちの権利を得て無傷の五連勝
結果的に最多勝利、最優秀防御率、最高勝率の投手三冠を達成。一方で打者としては打率ほぼ2割、5本塁打と振るわなかった。

2016年

2016年、後年まで語り継がれるであろう、快刀乱麻の活躍を見せている。

まずは6月5日、セパ交流戦巨人戦において「5番ピッチャー」として出場。
4回裏、この日6番に立ったクルーズへ対する4球目でNPB史上最速となる163km/hをマーク
投げては10奪三振の完投、打っては1安打1打点とリアル二刀流の完成を期待させる内容となった。
続いて7月3日、対ソフトバンク戦にて、1番ピッチャーとして出場。
これだけでもド肝を抜くが、初回に先頭打者初球ホームランを放ち、8回まで投げて勝利投手となり、チームも対ホークス戦久しぶりの3連勝で10連勝。最終的には球団新記録となる15連勝を達成し、ソフトバンクを猛追する要因となった。

そしてこれで終わらないのが2016年の大谷翔平である
直前の試合でマメを潰し投手として登板は出来なかったものの、特例措置を受けて出場したオールスターでは打者として獅子奮迅の活躍を見せた。

まず第一戦では、去年トリプルスリーを達成した山田哲人柳田悠岐の両名を抑え、ホームランダービーを制覇
そして第二戦、逆転の口火となるソロアーチを披露したのをはじめ、4打席3安打1ホーマー2打点2得点と、この試合でパリーグの5得点のうち3得点に絡み、第2戦のMVPに選出された。
なお、ピッチャー登録の選手がオールスターでホームランを撃つのは江夏豊以来54年ぶりの事である。
8月26日の西武戦で代打で出場し、節目の20本塁打を達成。
9月13日、オリックス戦にて糸井嘉男への投球で自身が持つ最速記録を塗り替える164km/hをマークした
9月28日、優勝がかかった西武戦にて先発出場。15奪三振、被安打1の完封勝利を挙げ、チームのリーグ優勝達成に貢献した。大谷にとってはこれが初の優勝経験となる。
また、この試合で10勝目を挙げたことでNPBどころかMLBも含めたプロ野球史上初となる「10勝、100安打、20本塁打」を達成した。
そしてホークスを迎え撃つクライマックスシリーズではファイナルステージ初戦の先発投手を任されると共に全試合で打者としても出場。7回無失点の好投やタイムリーを打つなど大暴れした挙句、第五戦では指名打者として四打席立った後、最終回にDHを解除して救援登板し、最速記録を塗り替える165km/hを複数回記録したり、最速151km/hのフォークボールを投じるなどして三者凡退に打ち取り、ペナントレースに引き続き胴上げ投手となった。
10月25日、札幌ドームで行われたカープとの日本シリーズ第3戦で3番DHとして出場、日ハム2連敗中で負けると相手に王手がかかる大事なゲームで、黒田博樹から二塁打を2本放つと、延長10回裏では2アウト2塁の場面で大瀬良大地から1・2塁間を破るライト前への逆転サヨナラタイムリーを放つ大活躍で日ハムに流れを一気に引き寄せ、2連敗から4連勝へと導き、日ハムの10年ぶり3回目の日本一に大きく貢献した。
投げては113球、6イニング、奪三振11、与四死球4、失点3、自責点3、防御率4.50を残し、打っては16打数6安打で打率.375、打点1となり、日ハム・広島全選手を通じて2位の打率を残した(ちなみに1位は広島のエルドレッド)。

そして迎えた2016年のNPB表彰式でも史上初の快挙を果たす。
なんとパ・リーグベストナイン部門の投手部門と指名打者部門の同時受賞である(本来投手部門と野手部門の同時受賞は出来ないが、大谷の活躍を考慮して規則が変更された)。さらにはパ・リーグMVPまで受賞。2位のブランドン・レアードとは5倍弱の差を付けてのぶっちぎりであった。

2017年

侍ジャパンに選出され、WBCでの活躍が期待されたが、足首の状態が思わしくなく出場を辞退した。しかし、この1か月前にダルビッシュ有と行ったトレーニングでキックボクシングをする動画が発見され、物議を醸した。

この足首の怪我の影響でこの年は不本意なシーズンを送ることになり、投手としての出場は自己ワーストとなる僅か5試合(3勝2敗)に留まった。
しかしながら、9月下旬にはメジャー挑戦の意思を固め、札幌ドーム最終戦となる10月4日のオリックス戦では、藤村富美男以来66年ぶり、パでは史上初となる「4番投手」で先発出場。投げてはオリックス打線を2安打に抑え、10個の三振を奪う好投で完封勝利。打っては1安打1得点で自身の勝利に花を添え、国内最終登板を有終の美で飾った。また、この起用を決断した栗山監督も多くのファンから称賛された。

11月には球団からも大谷がポスティングシステムを利用してメジャーに挑戦することが正式に発表され、移籍先の球団はもとより、メジャーでも彼の二刀流が実現するのかどうかということについても注目が集まった。
12月、ロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイムへのポスティング移籍が内定。
この時、エンゼルスから「SHO TIME」というキャッチコピーと共に大々的な宣伝を行い、以降彼の活躍を同球団がこの言葉で表現するようになった(が、そのキャッチコピーが元々大将に使われていた物であったことを知っているのは、ファイターズファンのみであった)。

2018年

メジャーオープン戦
鳴り物入りでメジャー入りを果たした大谷だが、打者では日本で全くといっていいほど経験したことがない執拗な内角攻めに遭ったり、彼の手元で微妙に変化するトゥーシームに大苦戦して、32打数4安打で打率.125に終わってしまった。
また投手でも、傾斜がきつく硬いマウンドと滑りやすいメジャー公式球に大変苦しみ、ボールが思ったコースにコントロールができず四死球を連発するだけでなく、160キロ近い速球を投げても回転数(スピンレート)が少ないために、キレとノビが大してないキレイなストレートという棒玉をメジャーの強打者たちにコテンパンに痛打されるなど、4試合を投げ8回・1/3、19被安打、17失点、6四死球、奪三振19、防御率17.28と大乱調で、ここに来て課題が投打両方でてんこ盛りになっている。

いくらまだオープン戦とはいえ、結果をある程度残さなければ、マイナーからの有望選手の突き上げと彼自身のマイナー契約なだけに、マイナー降格も決してあり得ないわけではない。
実際、地元ファンやメディアからは大谷の予想外な不調に失望したり、獲得を疑問視する論調が相次ぎ、日本のファンからも今後の先行きを不安視する声が出始めた。

しかし……

メジャーデビュー
アメリカメディアの多くがマイナー降格を示唆する中で迎えた彼のメジャー初先発が4/1日(日本時間2日)のアウェイでのアスレティックス戦で、161キロのファストボールや急降下する高速スプリットなど、6回を投げきり球数92で被弾1を含む被安打3・奪三振6・四球1・失点3(自責3)・防御率4.50で、クオリティスタート(QS、6回以上を自責3以内)を見事に達成し、試合も4-7でエンジェルスの勝利に大きく貢献し、メジャー初登板初勝利を挙げた。投打二刀流でのデビュー登板初白星はあのベーブ・ルース以来約100年(99年)ぶりの歴史的快挙である。



彼のメジャー初白星から興奮冷めやらぬ4/3(日本時間4日)のホーム開幕戦でのインディアンズ戦で「8番DH」でスタメン出場し、第1打席にいきなり3ランホームランを叩き出し、チームメイトから祝福された。このとき実況が放った「ビッグフライ! オオタニサン!(Big Fly! Ohtani-san!)」はその後彼の代名詞となっていく。

その後3試合連続本塁打7回1アウトまで完全試合など恐るべき強さを見せつけ、MLBを騒然とさせた。ベーブ・ルースの再来」という声が早くもこの時から出ている。
だが6月以降肘を故障し、投手として出場ができなくなってしまう。オフにトミー・ジョン手術を受けることが決定し、向こう1年間打者に専念することになった。
それでも打者としてホームランを打ちまくり、松井秀喜氏以来のシーズン20本塁打越えを達成。
終わってみれば投手として4勝2敗、防御率3.31、打者として打率.285、22本塁打、61打点。
新人王日本人選手としてはイチロー以来17年ぶり4度目の選出。




2019年

トミー・ジョン手術からようやく復帰した彼は投手を今シーズンだけ断念して、DHに専念する決意を固めた。

そんな中、6/13日(日本時間14日)、セントピーターズバーグのトロピカーナフィールドで行われたレイズ戦で、「3番・指名打者」として出場し、彼はメジャー日本人初のサイクルヒットを達成した。初回無死一、二塁の打席で先制8号3ランを放つと、三回は左中間二塁打。四回の36分の停電中断をへて試合が再開された後の五回の打席で右翼線三塁打。偉業まで残り単打とした七回の打席中前打を放ち、偉業を見事に達成した。
尚、日本人野手メジャーリーガーとしてすでにレジェンド扱いされているあのイチロー氏と松井秀喜氏ですら全く達成できなかったサイクルヒットを、メジャーでまだ2年目の彼が伝説を最初に創ってしまったのだから、その凄まじさを我々一般人でも窺い知ることができるであろう。

エンジェルス広報部によると、チームのサイクルヒットは13年5月21日のマリナーズ戦でマイク・トラウト選手が達成して以来、8回目7人目という。メジャーでも通算326回目で、同年にはパイレーツのポランコ選手が4月5日のツインズ戦で成し遂げている。

2020年

再び投手としてもプレイするようになるも、このシーズンはコロナ禍の影響で試合数が激減。加えて、大谷自身も怪我の影響で全く調子が出ず、投げては2試合で0勝1敗、防御率37.80、打っては66試合中44試合出場で打率.190、7本塁打、24打点と散々。
二刀流はおろか来季の成績如何では戦力外もありえる状況だった……

2021年

二刀流、覚醒
そして、ポストシーズンへの渇望

今シーズンお疲れ様でした


怪我から復帰し捲土重来を誓ったこのシーズン、投打にわたり大車輪の活躍を見せた

例年なら二刀流の大きな負担で長期離脱を余儀なくされてしまうが、2021年シーズンはシーズンを通して投打にフル稼働し(投打併せて155試合、計158試合出場、欠場は僅か4試合のみ)、しかも投打同時出場を本シーズン20回も記録。それだけでも人間離れしているのに打ってはホームランを量産し、投げては多くの試合でQS、HQSを達成。さらに足も速く長打や盗塁もお手の物。投打ともハイレベルな成績を残し、「二刀流の宇宙人」として全米や野球不毛なヨーロッパ(ドイツ・フランス・イタリア・イングランド・スペイン・オランダなど)にもその名が幅広く知られるようになった。
本塁打はあの松井秀喜氏の日本人シーズン最多本塁打記録31本を前半戦のうちに上回るという驚異的なハイペースで、特に7月は「単打の数より長打の数が多い」「大谷にとって単打を打つことは本塁打を打つより困難」と言われるほど長打を量産し、投手でありながら本塁打王に躍り出た。最終的に本塁打王には2本届かなかったものの、日本人最高記録の46本塁打を達成した(ちなみに、この年の本塁打王は48本のブラディミール・ゲレーロJr選手とサルバドール・ペレス選手が獲得)。
本塁打のみならず足でも活躍し、シーズン8三塁打、26盗塁を記録。三塁打はリーグ1位タイで、投手として20盗塁以上は20世紀以降初。その足の速さは7月2日の試合で9回の裏、四球で出塁するとすぐさま二盗し、そこからウォルシュ選手のヒットで激走した大谷がサヨナラのホームインを決めたことで大いに話題となった。

投げては2桁勝利に僅かに届かなかったものの9勝2敗(エンジェルスの勝ち頭)、防御率は3.18を記録。立ち上がりに不安が残る試合が多かったもののコンスタントに2桁奪三振を記録し、シーズン100投球回100奪三振を達成した。中でも8月18日に登板した試合では自ら追加点となる本塁打を放ち、勝ち投手となった。

当然オールスターにも文句なしの初出場。そしてここでも彼は伝説を残す。
前夜祭のホームランダービーに日本人として初めて出場し、1回戦敗退ながらナショナルズのフアン・ソト選手相手に2度の延長戦を繰り広げ、会場を大いに沸かせると、翌日に何と投打同時出場、しかも「先発として登板し、降板後にはDHとして引き続き出場可能」という特例までつけられた。結果打者としては無安打に終わったが投手としては1回を3者凡退に抑え、オールスター特別ルールにより勝ち投手となった。
月間MVPも2度受賞し、これも日本人としては初となった。

だが、前半戦での無双ぶりに比べると後半戦では調子が今一つ出ておらず、前半戦では33本放っていた本塁打も13本に減少(これに関しては、上述のホームランダービーで彼本来のバッティングフォームを崩された影響もあるとされる)。さらにシーズン終盤に入ると、トラウトを筆頭とする他の主力打者が軒並み故障でチームを離脱したこともあって大谷に対するマークが一層厳しくなり、相手チームからの露骨な敬遠攻め(満塁ですら敬遠気味の四球を与えられるほど)に遭ったことで思うように活躍させてもらえなかった。
投手としては5勝をマークしたものの、103年ぶりの「2桁本塁打&2桁勝利」はお預けとなった。
強豪チームなら15勝以上しても不思議ではない投球内容ながら、なおエと称される通り彼がいいピッチングやバッティングをしても、後ろの投手【俗に言うナイトメア】が打ち込まれて彼の勝ち星が消され、エンジェルスが敗れるシーンも決して少なくなかった(投手勝率.818、勝ち負けが付かなかった12試合のうち2失点以下は10試合もあったので、弱点であるセットアッパーさえしっかり仕事すれば、15勝は軽くクリアしていた)。

自身が孤軍奮闘してもなかなか勝てず、ポストシーズンに全く進出できないエンジェルスの現状を憂い、負け続けのフラストレイションも溜まっていたのか、最後の登板となった試合では、バットを珍しく叩きつけて怒りを露にしたり、言葉こそ冷静さを装っていたが、投手を筆頭とする補強を強く要望したり、それが叶わなければ強豪チームへの移籍を仄めかしたりなど、球団批判ともとれる発言を珍しく繰り返し、メジャーファンや関係者、アメリカメディアをも震撼させた。
「ヒリヒリするような9月を過ごしたいですし、クラブハウスの中もそういう会話であふれるような9月になるのを願っています」
「ボクはエンジェルスが本当に好きです。ファンが大好きでチームの雰囲気も大好きです。しかし、それ以上に勝ちたいという気持ちが強いですし、それが選手として正しいと思っています」
という二刀流の超スーパースターの発言を重く受け止めた地元最大手紙のロサンゼルスタイムズも、
「エンジェルスはショウヘイ・オオタニに警告された」
「ショウヘイ・オオタニは負けることにもうウンザリしている」
「エンジェルスが彼が望む勝てるチームにしなければ、彼は2年後のFA移籍でエンジェルスを本気で去るだろう」
と危機感を募らせエンジェルスに警告し、彼の発言を批判するどころか逆に全面的に支持した(後にジョー・マッドン監督とトラウト選手も支持し、投手の補強をエンジェルスに促した)。

それでも「投球回数130.1、奪三振156、安打138、得点103、打点100」の投打5部門でクウィンタプル100超えを達成(しかも、記念すべき100打点目をシーズン最終試合で46号ホームランで達成というまたもやとんでもないことをやらかした)。当然ながら史上初となる快挙である。

翔タイムの賞タイム、驚異的な12冠男(エンジェルスMVP含む)

シーズン後は、こうした功績が評価され、多くの部門で表彰されることとなった。
誰が呼んだのか“賞タイム”。

エンジェルス内では投打併せてチーム15冠「勝率.818、防御率3.18、勝利数9、投球回数130.1、奪三振156、本塁打46、二塁打26、三塁打8、打点100、得点103、四球96、盗塁26、出塁率.372、長打率.593、OPS.965」を達成し、エンジェルスMVPにも輝いた(もっとも、このエピソードひとつとっても、エンジェルスが如何に大谷翔平個人軍だったのかが図らずも証明されてしまっている)。

さらに、10月26日(日本時間27日)、メジャーリーグ機構(MLB)のマンフレッド・コミッショナーから特別表彰を受けた。二刀流で歴史的な偉業を達成した21年シーズンの活躍が認められ、「Commissioner's Historic Achievement Award(コミッショナー・ヒストリック・アチーブメント・アワード)」を受賞。日本人では04年に262安打でシーズン最多安打記録を塗り替え、05年に表彰されたイチロー氏以来16年ぶりで、2人目の快挙となった。

メジャーリーグ選手会は28日(日本時間29日)、選手間投票で選ぶ「プレイヤーズ・チョイス・アワード」各賞を発表し、彼がリーグ全体のMVPにあたる「プレイヤー・オブ・ザ・イヤー(年間最優秀選手)」とア・リーグ最優秀野手「アウトスタンディング・プレイヤー」を同時受賞した。前者の受賞は日本選手では初となる偉業となった。

メジャーリーグ機構は11日、今シーズンのシルバースラッガー賞を発表し、エンジェルスの大谷翔平選手がア・リーグの指名打者部門で初めて受賞した。シルバースラッガー賞でも強打者がそろう指名打者部門で初めての受賞を果たした。
シルバースラッガー賞はイチロー氏がマリナーズ時代の2001年、2007年、2009年の3回受賞していて、日本人選手では12年ぶり2人目、指名打者部門での受賞は彼が初となる。

大谷さんMVP!!


なお、11月中旬に発表されたシーズンMVPは、ゲレーロJr.選手(269ポイント)とセミエン選手(232ポイント)を抑えて満票(420ポイント)を獲得し受賞した。日本人選手のMVP受賞は01年のイチロー氏以来20年ぶり2人目、満票での受賞は史上19人目、日本人選手の満票受賞は彼が初となる大快挙となった。あのイチロー氏(289ポイント)ですら叶わなかった満票MVPを彼が成し遂げたのだから、彼がメジャーでも如何にオンリーワンな超スーパースターなのかが図らずも証明された瞬間でもある。
また、この直後に発表されたオールMLB(日本のプロ野球でいうベストナインに相当)では、DHと投手の両部門で選ばれるというこれまた史上初の快挙を達成。このうちDH部門では一軍に相当するファースト・チームでの選出となった。
最後にア・リーグ最優秀指名打者(DH)に贈られるエドガー・マルティネス賞の受賞者が29日(日本時間30日)に発表され、彼が初受賞した。日本人選手とエンジェルスで初の受賞者となり、同一年にMVPとのダブル受賞はメジャー史上初。DHでナンバーワンの称号を得て、11月の表彰ラッシュを「12冠」で締めくくった。

こうした目覚ましい功績を受けて、日本政府も22日に国民栄誉賞の授与を打診したが、イチロー氏同様彼もまた「貰うにはまだ早すぎる」という理由で受賞を辞退している。満票MVPを含むこれらの受賞も彼にとっては所詮通過点に過ぎないようで、新たなる夢と目標(ワールドチャンピオンと野球殿堂入り)を彼はすでに見据えている。

また、2021年のユーキャン新語・流⾏語⼤賞の年間大賞には、「リアル二刀流/ショウタイム」が選ばれた。

奪三振・走塁・本塁打ショウタイム



大谷翔平の個人年度別成績・NPB編

年度別投手成績

年度登板先発完投完封勝利敗戦勝率投球回被安打被本塁打四球死球奪三振失点自責点防御率WHIP(※1)
2013131100301.00061.25743384630294.231.46
2014242432114.733155.1125757417950452.611.17
2015222253155.750160.2100746319640402.240.91
2016212041104.714140.089445817433291.860.96
2017551132.60025.113219029993.201.26
通算85821374215.737543.038424200236241621522.521.04


年度別打撃成績

年度打席打数得点安打二塁打三塁打本塁打塁打打点盗塁四球死球三振打率出塁率長打率OPS(※2)
2013204189144515137120412164.238.284.376.660
201423421232581711010731121048.274.338.505.842
20151191091522405411718043.202.252.376.628
2016382323651041812219067754198.322.416.5881.004
20172271982467161810931024261.338.403.540.943
通算1170103515029670448518166131194316.286.358.500.858

2017年シーズン終了時 日本ハム:実働5年
※1…(与四球+被安打)÷投球回。
※2…長打率+出塁率。

余談

2017年1月に大谷がパワプロのイベントに招待されて同ゲームを遊んだ際に自身のDHを試合中に解除しようとしたができず、その機能がゲームに付いていなかったことが判明。このため同年発売のパワプロから試合中にDHを解除する機能が新設された。

多摩動物公園に飼育されているアムールトラの雄、「ショウヘイ」は彼の名から取られている。(多摩動物公園のトラの名前は有名アスリートから取るのが通例のため)

二刀流誕生&復活秘話とその影響力

苦肉な策から誕生された二刀流

勘違いされやすいが、彼のプレイスタイル「二刀流」は本人が元々志願したものではなく、大谷獲得交渉の際に日本ハム球団から提案されたもの。更に言えば、「二刀流を積極的に目指した」というよりは、「検討段階で投打のどちらかに絞ることができなかったので両方やらせてみた」が実態としては近い。
あのベーブ・ルースもデビュー当初は二刀流プレイヤーだったが、彼のように二刀流を好き好んでプレイしていたわけではなかった。先述の戦争や天災よって選手が慢性的に不足していたので、首脳陣の説得によりルースは二刀流を渋々やらされた(先述の藤村富美男氏や関根潤三氏もルースと同じ理由で二刀流をプレイせざるを得なかった)……というのが実態だった。
1919年は希望通り野手としての出番が増え、1920年にヤンキースへ移籍すると、投手を本格的に務めることはなくなった。メジャー史上屈指な大選手ですら、投打両方を同時にこなし続けることはできなかったとの見方が広まった。つまり、ルースは二刀流を「続けられなかった」というより「続けたくなかった」のである。ルースが二刀流をやめてしまったことが、二刀流消滅の最大な理由に他ならなかった。

メジャーの近代化で追いやられる二刀流

その後100年間はメジャーの近代化と分業制が凄まじく進み、彼がメジャー入団するまで二刀流が入り込む隙が全くなくなってしまったのである(ジャスティン・ヴァーランダー投手の実弟で有名なベン・ヴァーランダー氏を筆頭する元プロ選手たちも二刀流に積極的に挑戦したが、彼のように結果を出せず志半ばで挫折してしまった苦い歴史もあり、ルース以来の100年間におけるメジャーでの二刀流はそれほどまでに非常に高く分厚いハードルでもあることが窺える)。
メジャーがまだ近代化しなかったあの時代で、ルースですら継続不可能だった二刀流を彼がシステマティック化された現代メジャーで積極的にプレイし結果も残すのだから、彼が如何に質実剛健で偉大な大選手で、敵味方問わず周囲から常にリスペクトされるのかが、このエピソード一つとっても窺い知れることができるだろう。

打撃が上手い一投手に留まった危険性

とはいえ日ハムからのその提案がなければ、彼が日ハムに入ることもなければ、投手大谷・打者大谷のどちらか一本はプロで二度と拝むことができなかった危険性も孕んでいたとさえ言われている。
彼の高卒当時、メジャー関係者は彼を投手として高く買っていて、打者としては大して評価していなかった。もしも彼がそのままメジャー挑戦したら、マイナーでそれなりに苦労はしてもメジャー昇格は順調に果たしていただろう。ただし彼自身も覚悟していた通り、プロ入り後はどちらか一本に絞らざるを得なかったので、例え投手より打者の能力が極めて高かろうと、小学生の頃から強い拘りがあり、試合の勝敗を80%占める投手を彼は最終的に選択していただろう。DHがあるアリーグのチームなら完全に投手のみしかやらせてもらえず(インターリーグのナリーグ主催試合の登板時のみバッティングが可能)、反対にDHがないナリーグのチームなら登板する試合しかバッティングをやらせてもらえず(インターリーグのアリーグ主催試合の登板時はバッティングが不可)、金田正一氏・堀内恒夫氏・桑田真澄氏のような打撃が上手い投手の一人程度にしかなれず、ルース以来の本格的な二刀流選手は夢物語に終わってしまっただろう

パイオニア精神が復活させた二刀流

しかし、メジャー志望が非常に強い彼を日ハムがドラ1強行指名し、「大谷翔平君、夢への道しるべ〜日本スポーツにおける若年期海外進出の考察〜」を製作し誠意をもって彼を説得し、彼ですら想像も全くできなかった投打二刀流というパイオニアとしての下地を作ったからこそ、彼の胸中に眠る琴線に触れることとなり、メジャー挑戦を翻意し日ハム入団を決断した。そして彼は二刀流選手として結果を残して、メジャー側も彼をスカウトする際は二刀流を真剣に検討するようになり、二刀流をどこよりも深く理解を示し、当時レギュラーDHだった3000本安打のアルバート・プホルス選手を一塁手へコンバートさせたエンジェルスを彼は選択し、後にメジャーの歴史を大きく覆すほどの生きるレジェンド、【世界で影響力が最もある100人】に選出されるぐらいに成長を遂げるなど、彼は世界的に超ビッグな存在になった。
それらのことを鑑みれば、彼が二刀流をメジャーでも大いに浸透させ、彼の大活躍のおかげでアレックス・ベルドゥーゴ選手やマイケル・ローレンゼン選手などを二刀流プレイヤーへと導かせたのは、栗山英樹氏と日ハムのおかげと言っても過言ではないだろう。
メジャー2022年シーズンでは、ナリーグにもDH枠が可能となることで両リーグのユニヴァーサルDHが採用されただけでなく、投手として登板した選手を降板させる場合、DH枠に入れ替えて出場を続けられるという事実上「大谷翔平ルール」と呼ぶべきルール変更が行われた。
なお、このルール改正は彼の二刀流を思う存分に発揮させるのと同時に、彼に続く新たなる二刀流選手を誕生させるというMLBの思惑と期待の表れでもある

全スポーツのアスリートとしての第一人者

昨今、野球人気低迷と競技人口減少が叫ばれて久しいこのご時世で、野球人気回復と競技人口増加のカギを握っているのは、大谷翔平選手と二刀流なのかもしれないし、野球のみに留まらず、あらゆるスポーツの未来と命運をアスリートとして握っているのも、彼なのかもしれない

関連項目

  • ベーブ・ルース:投手と打者のどちらの分野でも傑出した成績を残した偉大な選手。通称「野球の神様」
  • 金城漢:韓国の元プロ野球選手で、ルースと大谷と同様シーズン2桁勝利&2桁本塁打を達成した人物。
  • プロ野球選手
  • 北海道日本ハムファイターズ
  • ロサンゼルス・エンゼルス
  • 二刀流
  • MLB
  • MVP:2021年に満票で受賞。
  • 無事之名馬:プロ通算9年目にしてやっと初めて獲得出来た、彼の自慢できる称号。
  • 菊池雄星:花巻東高校の先輩。上述したように、大谷は彼に憧れて花巻東に進学した。
  • ダルビッシュ有:現在メジャーで活躍する日ハムの元エース。大谷は高校時代「みちのくのダルビッシュ」とも呼ばれており、ダルビッシュ本人とも交流がある。
  • 佐々木朗希:大谷翔平の7学年下のエース。大船渡高校時代の2019年に163キロをマークし、彼の記録を僅か7年で更新した通称「令和の怪物」。打撃センスも野手顔負けで、一発の破壊力もあるエースで4番。本人がその気になれば、二刀流もプロでも可能な日本球界の至宝。なお、2022年4月10日のオリックス戦で20歳でのプロ野球史上最年少完全試合を達成しており、大谷翔平を投手のみで上回っている。
  • 大谷智久もう一人の大谷と呼ばれている千葉ロッテマリーンズのベテラン投手。それなりな実績があるエリート投手だが、野球界を二刀流で震撼させる大谷翔平のパフォーマンスのおかげで、割を大変喰っているあらゆる意味可哀想なお方。
  • 沼田翔平もう一人の翔平と呼ばれている巨人の若き投手。支配下登録を巨人の育成ドラフトから2020年5月31日に勝ち取った苦労人。
  • 茂野吾郎:大谷翔平に一番近いスペックを有する野球漫画の主人公。100マイルを記録したことがある剛腕投手であり、打撃センスも野手顔負けである。
  • 野崎夕姫:上記と同じく近いスペックを有する女子野球ゲームのキャラ。こちらはメインは一塁手(ファースト)であるが、投手としても登場している。更に、URは投手として登場しており、性能もスキルも彼に寄せたハイスペック選手となっている。
  • パワプロアプリ:本人モチーフのイベントキャラクターが登場。彼自身もテレビCMに出演した事がある。
  • リアルチート
  • 宇宙人:ルース以上のパフォーマンスを披露し続けている故に、アメリカメディアが彼を挙って呼称している。
  • ユニコーン:メジャーでも唯一無二な存在として、アメリカが彼に呼称する創造的な一角獣。個人的には同じく創造的なペガサスの方が相応しいと思うが…………。
  • オオタニサン:メジャー移籍後のあだ名。元FOXニュースアナウンサーのビクター・ロハス氏が命名。
  • ドコカニイッテハヲミガク:2021年5月11日の対アストロズ戦でメジャー通算100奪三振を記録。その際に実況のアナウンサーが相手打者に対し、英語で「出直してこい」を意味する成句「Go away, and brush your teeth!」を文字通り機械翻訳して発言したもの。
  • LOST_IN_PARADISE_feat.AKLO:2021年に入場曲として使用。アニメ『呪術廻戦』が好きでよく観ていたことがチョイスの理由だとか。
  • ナイトメア:日本語で悪夢だが、彼が孤軍奮闘しても後ろの投手が打ち込まれて、試合を落とす最悪な結果がまさに「悪夢」ということで成立したエンジェルスの中継ぎ以降の投手の別称。後述の「なおエ」とセット扱いになっている。
  • なおエ「なお、エンジェルスは負けました」の略語。孤軍奮闘な彼を悩ませている、彼の天敵とも言うべき俗語。
  • 藤井聡太将棋界の若きホープ。大谷がシーズンMVPを獲得した2021年にこちらも創作物顔負けの目覚ましい活躍を見せ、「野球の大谷、将棋の藤井」と国民の間でしばしば対比されることもあった。
  • 羽生結弦フィギュアスケートで前人未到の領域に到達し、大谷と同じくスポーツ界に新たな時代を築いた。奇しくも大谷と同い年で、過去に『ビッグスポーツ賞』の授賞式で対談したことがある。この二人と上記の藤井、さらにはボクシング井上尚弥を加えて度々「漫画の主人公(ただし、編集から確実にボツを食らう設定)」と評される。


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