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大谷翔平

おおたにしょうへい

大谷翔平とは、ロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイム所属の日本人メジャーリーガー。
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概要

ロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイム所属のプロ野球選手メジャーリーガー)で、北海道日本ハムファイターズ所属時には中田翔と並ぶファイターズの看板選手として活躍した。

投手だけでなく野手としても出場する「二刀流」というプロでは極めて珍しいタイプの選手。
野手としては外野手(主に右翼手)かDH(指名打者)での出場が主だが、ファイターズ時代の終盤ではパ・リーグの公式戦でも大谷が先発で登板する試合に限り、ファイターズはDHなしのオーダーを組むことがあった(ちなみに、過去には西武ライオンズが優勝を決めた年の消化試合でDHなしのオーダーを組んだ例が通算で4試合ある)。
投手としては、NPB時代は日本人投手では唯一の100マイル(160㎞/h)ボーラーとして有名であった。

投手としても打者としても超一流という万能ぶりから、「まるで野球マンガの主人公のようだ」とよく言われるが、彼は正真正銘実在する人物である。今では多くのプロ野球OBたちやメジャー関係者たちから「野球の神様」と讃えられるベーブ・ルースに事あるごとに準えられて「100年に1人の超逸材」とまで評されている。

ちなみにアメリカ合衆国では、二刀流のことをトゥーウェイプレイヤー(two-way player)と呼んでおり、かつては藤村富美男やベーブ・ルースなど日本でもアメリカでもこのような選手が少なくなかった。比較的近年の事例では、日本では嘉勢敏弘、アメリカではブルックス・キーシュニックやケイシー・パトリック・ケリーがいる。更に現在中国のプロ野球には、本職は捕手だが投手や外野手も兼任している孟偉強という選手がいる。

ただし、二刀流プレイヤーの悲しき宿命なのか、彼は投手・指名打者・外野手だけでなく、内野手代打代走もこなせる超一流なオールラウンダーだが、規定投球回・規定打席数を両方同時にクリアしたことはプロ入り後過去一度たりともないという器用貧乏な処が玉に瑕である(※もっとも、毎試合フルイニング・フル稼働させたら、彼の選手生命は短命なものになるだろう)。

プロフィール

所属ロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイム(背番号17)
出身岩手県奥州市
最終学歴花巻東高等学校
生年月日1994年7月5日
家族構成父・徹、母・加代子、兄・龍太、姉・結香
身長・体重193cm、97kg
投球・打撃右投左打
ポジション投手外野手
プロ入り2012年ドラフト1位
日ハムの契約金1億5000万円
同初年棒1500万円(2012年)
同最高年棒2億7000万円(2016年・推定)
メジャー入り2017年ポスティング行使
エンジェルスの契約金2億6000万円
同初年棒6000万円(2017年)
アメリカ野球殿堂入り


プロ野球入団経緯

岩手県水沢(現:奥州)市出身。
父は社会人野球、母はバドミントン選手というアスリート一家の末っ子として生まれる。
現在西武に所属する菊池雄星に憧れ、彼の出身校である花巻東高校へ進学。3年春の選抜で大阪桐蔭高校の藤浪晋太郎(現阪神)からホームランを打ったことがあり、3年夏の岩手県大会ではアマチュア野球史上初となる160㎞/hを記録し、国内だけでなくメジャーリーグからも注目を浴びる。しかし、同大会では惜しくも決勝戦で敗退し、夏の甲子園への出場は果たせず終いであった。

高校野球終了後、NPBを経由せず直接メジャーに挑戦する意思を明らかにしていたため、それを聞いた各球団はドラフト会議での1位指名を諦めていたが、日本ハムだけがドラフトで彼を指名することを表明し、当日に彼を1位で強行指名した。
彼は当初入団交渉に難色を示しており、やはり彼のプロ野球入りは実現しないと思われたが、NPBでの挑戦を望んだ父や、栗山英樹監督の粘り強い交渉に加えて、球団側が提示した「大谷翔平君 夢への道しるべ~日本スポーツにおける若年期海外進出の考察~」と題された資料(外部リンク参照)と二刀流育成プロジェクトに心を大きく動かされた形で、ファイターズ入団を決意した。

「(投手として)10勝以上(打者として)打率3割以上」と言う前人未到の記録を目指す。

日本ハムファイターズ ・ 投手 大谷翔平
日本ハムファイターズ ・ 打者 大谷翔平



プロ入り後の活躍

2013年

開幕戦で、初スタメン・初ヒット・初打点・初決勝打・初ヒーローインタビューを達成。
7月10日楽天戦クリネックススタジアムで初本塁打(2ラン)

2014年

5月13日対西武戦にて、プロ入り最速の158km/hを記録したにとどまらず、プロ入り初完投・初完封もマーク。
6月4日の広島戦にて、ついに高校時代に記録した自己最速タイの160km/hをプロ入り後初めて記録した。
7月5日、20歳の記念日にプロ入り後初の1試合2本塁打を達成。
9月7日、遂に金字塔を打ち立てる。あのベーブ・ルースが96年前に打ち立てたシーズン2桁勝利&2桁本塁打を達成。1982年に韓国金城漢が記録して以来32年ぶりの達成と同時にNPB史上初の偉業であり、彼がアメリカでジャパニーズベーブ・ルースと呼ばれるきっかけとなった。

しかし、翌日のおひざ元である北海道の地元紙・北海道新聞の一面は錦織圭に持って行かれた
どちらも日本人初の偉業なのに…

2015年

プロ3年目にして開幕投手に任命される。この影響もあり、チケットは即日完売となり入場者数4万人を超えた。
その後、脚のけいれんなどで途中降板が多発するも、登板した試合は全て勝ちの権利を得て無傷の五連勝
5月8日、上記の成績が高く評価され、パリーグ投手部門の3・4月の月間MVPに選ばれる。

2016年

2016年、後年まで語り継がれるであろう、快刀乱麻の活躍を見せている。

まずは6月5日、セパ交流戦巨人戦において「5番ピッチャー」として出場。
4回裏、この日6番に立ったクルーズへ対する4球目でNPB史上最速となる163km/hをマーク
投げては10奪三振の完投、打っては1安打1打点とリアル二刀流の完成を期待させる内容となった。
続いて7月3日、対ソフトバンク戦にて、1番ピッチャーとして出場。
これだけでもド肝を抜くが、初回に先頭打者初球ホームランを放ち、8回まで投げて勝利投手となり、チームも対ホークス戦久しぶりの3連勝で10連勝。最終的には球団新記録となる15連勝を達成し、ソフトバンクを猛追する要因となった。

そしてこれで終わらないのが2016年の大谷翔平である
直前の試合でマメを潰し投手として登板は出来なかったものの、特例措置を受けて出場したオールスターでは打者として快刀乱麻の活躍を見せた。

まず第一戦では、去年トリプルスリーを達成した山田哲人柳田悠岐の両名を抑え、ホームランダービーを制覇
そして第二戦、逆転の口火となるソロアーチを披露したのをはじめ、4打席3安打1ホーマー2打点2得点と、この試合でパリーグの5得点のうち3得点に絡み、第2戦のMVPに選出された。
なお、ピッチャー登録の選手がオールスターでホームランを撃つのは江夏豊以来54年ぶりの事である。
8月26日の西武戦で代打で出場し、節目の20本塁打を達成。
9月13日、オリックス戦にて糸井嘉男への投球で自身が持つ最速記録を塗り替える164km/hをマークした
9月28日、優勝がかかった西武戦にて先発出場。15奪三振、被安打1の完封勝利を挙げ、チームのリーグ優勝達成に貢献した。大谷にとってはこれが初の優勝経験となる。
また、この試合で10勝目を挙げたことでNPBどころかMLBも含めたプロ野球史上初となる「10勝、100安打、20本塁打」を達成した。
そしてホークスを迎え撃つクライマックスシリーズではファイナルステージ初戦の先発投手を任されると共に全試合で打者としても出場。7回無失点の好投やタイムリーを打つなど大暴れした挙句、第五戦では指名打者として四打席立った後、最終回にDHを解除して救援登板し、最速記録を塗り替える165km/hを複数回記録したり、最速151km/hのフォークボールを投じるなどして三者凡退に打ち取り、ペナントレースに引き続き胴上げ投手となった。
10月25日、札幌ドームで行われたカープとの日本シリーズ第3戦で3番DHとして出場、日ハム2連敗中で負けると相手に王手がかかる大事なゲームで、黒田博樹から二塁打を2本放つと、延長10回裏では2アウト2塁の場面で大瀬良大地から1・2塁間を破るライト前への逆転サヨナラタイムリーを放つ大活躍で日ハムに流れを一気に引き寄せ、2連敗から4連勝へと導き、日ハムの10年ぶり3回目の日本一に大きく貢献した。
投げては113球、6イニング、奪三振11、与四死球4、失点3、自責点3、防御率4.50を残し、打っては16打数6安打で打率.375、打点1となり、日ハム・広島全選手を通じて2位の打率を残した(ちなみに1位は広島のエルドレッド)。

そして迎えた2016年のNPB表彰式でも史上初の快挙を果たす。
なんとパ・リーグベストナイン部門の投手部門と指名打者部門の同時受賞である(本来投手部門と野手部門の同時受賞は出来ないが、大谷の活躍を考慮して規則が変更された)。さらにはパ・リーグMVPまで受賞。2位のブランドン・レアードとは5倍弱の差を付けてのぶっちぎりであった。

…お願いですからマンガゲームみたいな事しないで下さい!!

2017年

侍ジャパンに選出され、WBCでの活躍が期待されたが、足首の状態が思わしくなく出場を辞退した。しかし、この1か月前にダルビッシュ有と行ったトレーニングでキックボクシングをする動画が発見され、物議を醸した。

この足首の怪我の影響でこの年は不本意なシーズンを送ることになり、投手としての出場は自己ワーストとなる僅か5試合(3勝2敗)に留まった。
しかしながら、9月下旬にはメジャー挑戦の意思を固め、札幌ドーム最終戦となる10月4日のオリックス戦では、藤村富美男以来66年ぶり、パでは史上初となる「4番投手」で先発出場。投げてはオリックス打線を2安打に抑え、10個の三振を奪う好投で完封勝利。打っては1安打1得点で自身の勝利に花を添え、国内最終登板を有終の美で飾った。また、この起用を決断した栗山監督も多くのファンから称賛された。

11月には球団からも大谷がポスティングシステムを利用してメジャーに挑戦することが正式に発表され、移籍先の球団はもとより、メジャーでも大谷の二刀流が実現するのかどうかということについても注目が集まっている。
12月、ロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイムへのポスティング移籍が内定。
この時、エンゼルスから「SHO TIME」というキャッチコピーと共に大々的な宣伝を打ったが、そもそもそのキャッチコピーが大将に使われていた物と言うのを知るのは、ファイターズファンのみであった。

2018年

メジャーオープン戦
鳴り物入りでメジャー入りを果たした大谷だが、打者ではジャパンで全くといっていいほど経験したことがない執拗な内角攻めに遭ったり、彼の手元で微妙に変化するトゥーシームに大苦戦して、32打数4安打で打率.125に終わってしまった。
また投手でも、傾斜がきつく硬いマウンドと滑りやすいメジャー公式球に大変苦しみ、ボールが思ったコースにコントロールができず四死球を連発するだけでなく、160キロ近い速球を投げても回転数(スピンレート)が少ないために、キレとノビが大してないキレイなストレートという棒玉をメジャーの強打者たちにコテンパンに痛打されるなど、4試合を投げ8回・1/3、19被安打、17失点、6四死球、奪三振19、防御率17.28と大乱調で、ここに来て課題が投打両方でてんこ盛りになっている。

いくらまだオープン戦とはいえ、結果をある程度残さなければ、マイナーからの有望選手の突き上げと彼自身のマイナー契約なだけに、マイナー降格も決してあり得ないわけではない。
実際、地元ファンやメディアからは大谷の予想外な不調に失望したり、獲得を疑問視する論調が相次ぎ、ジャパンのファンからも今後の先行きを不安視する声が出始めた。

しかし……

メジャーデビュー
アメリカメディアの多くがマイナー降格を示唆する中で迎えた彼のメジャー初先発が4/1日(日本時間2日)のアウェイでのアスレティックス戦で、161キロのファストボールや急降下する高速スプリットなど、6回を投げきり球数92で被弾1を含む被安打3・奪三振6・四球1・失点3(自責3)・防御率4.50で、クオリティスタート(QS、6回以上を自責3以内)を見事に達成し、試合も4-7でエンジェルスの勝利に大きく貢献し、メジャー初登板初勝利を挙げた。投打二刀流でのデビュー登板初白星はあのベーブ・ルース以来約100年(99年)ぶりの歴史的快挙である。



彼のメジャー初白星から興奮がまだ冷め止まらぬ4/3(日本時間4日)のホーム開幕戦でのインディアンズ戦で「8番DH」でスタメン出場し、1回裏2アウツ3・2塁の場面で、6球目のインローの緩いカーブを手元までグッと引き付けて、バットを鋭く振り抜いた打球は右中間を見事に超える3ラン本塁打となり、メジャー初本塁打をホーム開幕戦でマークするなど、終わってみれば4打数・3安打・3打点・1本塁打・1三振の猛打賞で、ケチの付けようがない結果を出しまくり、試合も13-2でエンジェルスの勝利にまたもや大きく貢献した。

彼のメジャー初本塁打の余韻がまだ冷め止まらぬ4/4(日本時間5日)のホームでのインディアンズ戦で「8番DH」でスタメン出場し、5回裏2アウツ2塁の場面で、メジャーを代表する「サイ・ヤング賞投手」コーリー・クルーバー投手の真ん中から外にやや逃げる3球目のストレートを見事に捉えて、センターオーバーの値千金な2号同点2ラン本塁打をマークするなど、終わってみれば5打数・2安打・2打点・1本塁打・1三振の結果となり、試合も延長13回の末に3-2でエンジェルスのサヨナラ勝ちに貢献し、ホーム2連勝となった。
なお、彼が本塁打をクルーバー投手から打ったことで、カブスのダルビッシュ有投手からは「ワシなんかクルーバーの球一生当たらへんやろうなぁ~!」と驚嘆と賞賛をブログで綴った。
なお、彼が打った本塁打は記念すべき日米通算50号メモリアル本塁打となり、投手として50本塁打をマークした日本人投手は現時点ではもちろん彼ひとりである(次点は金田正一投手の38号)。

彼のメジャー2試合連続本塁打の余韻がまだ冷め止まらぬ4/6(日本時間7日)のホームでのアスレティックス戦で「8番DH」でスタメン出場し、2回裏2アウツランナーなしの場面で、3球目のストレートを見事に捉えて、3試合連続となる3号ソロ本塁打を特大なセンターオーバーにあるロックパイルという人口岩山に叩き込んだ。
ルーキーイヤーにデビューからホームで3戦連発は史上4人目、3戦連発をした日本人野手としては松井秀喜氏以来となる2人目、エンジェルスでは初めての快挙となった。
このホームランには、現地のメディアも「Are you kidding me(おい、マジなのか…)?」と唖然。
また、この本塁打は序盤から先発投手が打たれて0-6と沈黙していたエンジェルス打線に喝を入れ、反撃の狼煙を上げる一発にもなり、終わってみれば4打数・1安打・2打点・1本塁打・1四球・1三振、試合も13-9でエンジェルスの逆転勝利に終わり、試合の流れを大きく変える大活躍を果たした。また、彼が本塁打を打った試合は負け知らずの3連勝ということにもなり、この時点で昨シーズンの覇者アストロズと同率首位に浮上した(エンジェルス:6勝2敗)。

松井秀喜氏以来の日本人野手としてのメジャー3試合連続本塁打の余韻がまだ冷め止まらぬ4/8(日本時間9日)のホームでのアスレティックス戦で、2度目の先発スタメンで出場し、7回表1アウトまで安打・本塁打は勿論、四死球・守備エラーすら全く出ていない完全試合をやってのけ、エンジェルスタジアムは大興奮の坩堝と化し、アメリカ中が彼の神懸かりなパフォーマンスに大騒動になっていた。
だが、2番セミエンにカウント2ボールから甘く入った3球目のストレートを捉えられ、ショートの頭上を越す左前打を許す。球団史上11度目の大偉業を逃し、スタンドからはため息が漏れた。異様な雰囲気に包まれる中、続く3番ローリーはストレートの四球。この試合、得点圏に走者を初めて背負ったが、4番デイヴィスを投ゴロに打ち取ってピンチを脱し、最後の5番オルソンをスプリットでバットに空を切らせると、彼は雄叫びを珍しく上げながらガッツポーズを見せた。彼のこの好投にデイゲーム最多な44742人が彼をスタンディングオヴェイションで労った。
完全試合こそ惜しくも逃したが、終わってみれば7回を投げきり、球数91で被安打1・奪三振12・四球1・失点0(自責0)・防御率2.08で、QSも2回達成し、試合も6-1でエンジェルスの勝利に大きく貢献し、メジャー2勝目もマークした。

そして、その週(4月2日~8日)の、アメリカンリーグの週間MVPに当然が如く選ばれる。1973年にこの賞が始まってから、投打を両立させる選手が選出されるのはもちろん史上初なら、メジャー1年目の日本人選手の4月上旬での選出は過去最速、23歳9カ月も最年少である。

「大谷翔平は明らかに宇宙人である。」とアメリカ中で早くも叫ばれている。 

大谷翔平の個人年度別成績・NPB編

年度別投手成績

年度登板先発完投完封勝利敗戦勝率投球回被安打被本塁打四球死球奪三振失点自責点防御率WHIP(※1)
2013131100301.00061.25743384630294.231.46
2014242432114.733155.1125757417950452.611.17
2015222253155.750160.2100746319640402.240.91
2016212041104.714140.089445817433291.860.96
2017551132.60025.113219029993.201.26
通算85821374215.737543.038424200236241621522.521.04


年度別打撃成績

年度打席打数得点安打二塁打三塁打本塁打塁打打点盗塁四球死球三振打率出塁率長打率OPS(※2)
2013204189144515137120412164.238.284.376.660
201423421232581711010731121048.274.338.505.842
20151191091522405411718043.202.252.376.628
2016382323651041812219067754198.322.416.5881.004
20172271982467161810931024261.338.403.540.943
通算1170103515029670448518166131194316.286.358.500.858

2017年シーズン終了時 日本ハム:実働5年
※1…(与四球+被安打)÷投球回。
※2…長打率+出塁率。

関連項目


外部リンク

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