似たような特性 (特に運動性) をもたせることで共同作戦の実行を容易にした戦艦。
アメリカ合衆国海軍
第一次大戦前後にアメリカ海軍において計画された一連の超弩級戦艦。速度、旋回半径を統一することで異なる級の戦艦同士でも戦隊を組めるようになったほか、戦艦部隊が高速部隊と低速部隊に分断されることなく一体となって行動できた。
標準型戦艦は以下の条件を満たすよう計画された。
・巡航速度での航続距離は約8000海里(約15000キロメートル)
・重油専焼
・水平装甲 - 側面から打ち込まれる砲弾だけでなく、上から落ちてくる砲弾を防ぐことで遠距離砲戦に対応。
・集中防御方式
・全主砲塔を中心線上に配置
これを基本に、技術の発展や軍拡競争による主砲拡大に対応しつつ設計が行われ、
・ニューメキシコ級 - ニューメキシコ、ミシシッピ、アイダホ
・コロラド級 - コロラド、メリーランド 、ウェストバージニア、ワシントン
・サウスダコタ級 - サウスダコタ、インディアナ、モンタナ、ノースカロライナ、アイオワ、マサチューセッツ
が計画、ワシントン海軍軍縮条約により建造中止となったワシントンとサウスダコタ級を除く、5級12隻が建造された。
アメリカが第一次大戦に参戦した際にはネバダ、ペンシルベニアの2級4隻が就役していた。海軍はイギリスの求めに応じてヨーロッパに戦艦を派遣したが、当初燃料事情から石炭艦が送られ、重油艦である標準型戦艦は除外された。最終的にはネバダ級2隻が派遣され船団護衛のため待機、そのまま終戦を迎えている。
1922年、太平洋と大西洋の両艦隊は廃止、新たに結成された合衆国艦隊に統合された。戦艦は太平洋方面の戦闘艦隊に配属された。軍縮後も残った戦艦は3隻ずつの戦艦戦隊 (BatDiv。戦艦隊とも) に編成された。1939年、第二次大戦が勃発するとニューメキシコ級で構成された第3戦艦戦隊が中立パトロールのため大西洋に引き抜かれ、太平洋には第1 (ネバダ、ペンシルベニア級) 、第2 (オクラホマ、テネシー級) 、第4 (コロラド級) の3個戦隊9隻が配備され、大日本帝国海軍の戦艦10隻に対抗。1940年にはハワイ、オアフ島のパールハーバーに移駐。湾内のフォード島東岸沿いに「戦艦列 (Battleship Row。戦艦通り、戦艦横丁とも)」と呼ばれる泊地を設けた。1941年、二正面戦にそなえて合衆国艦隊は部隊および常設司令部としては廃止され、両洋艦隊が復活。そして、大西洋のニューメキシコ級と本国のピュージェット湾海軍工廠で改装中のコロラドを除いた、戦艦列の7隻と湾南東部のドックで整備中のペンシルベニアの計8隻がパールハーバーで12月7日を迎える。
1941年12月7日 (日本時間12月8日)、南雲機動部隊空襲部隊が来襲。停泊中に攻撃を受けた戦艦部隊は本国のコロラドを除き全滅、行動不能に追い込まれた。
幸い船体に比べて水深が浅いため上部は水没を免れた (大破着底) ことと本拠地での港湾攻撃であったため、転覆したオクラホマと弾薬庫が吹き飛んだアリゾナはさすがに損失とされたが、他は引き揚げられて本国に帰還ののち修理と大改装を受けて復帰した。
すでに太平洋での海戦の主役は空母とそれについていけるノースカロライナ級、サウスダコタ級といった高速戦艦となっていたため標準型戦艦は上陸戦での火力支援に回された。しかしフィリピン奪還戦の最中、標準型戦艦6隻を主力とするオルデンドルフ艦隊がスリガオ海峡突破を試みる西村艦隊の迎撃を命じられ待ち伏せを実行し勝利 (スリガオ海峡海戦) 。こののち戦艦同士の戦いが起きていないため、最後の戦艦対戦艦を自軍勝利で飾ることに貢献した。
銀河英雄伝説
銀河帝国軍、自由惑星同盟軍双方において、戦艦のうち艦隊旗艦用の大型戦艦を除いた量産型として運用された (帝国軍のみさらにこれとは別に「高速戦艦」も持つ)。大小の艦砲やミサイルを装備するほか宇宙母艦 (宇宙空母) ほどではないものの単座式戦闘艇 (宇宙戦闘機) の母艦機能を持つ。制式艦隊の主力であり会戦における主戦力を担うほか、分艦隊や地方における中小部隊の旗艦を務める。
Die Neue Theseにおいては同様の立ち位置の戦艦として「標準戦艦」が登場する。
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