概要
ヒンドゥー教や仏教で用いられる吉祥印(神仏の体に発現する神聖な印)であり、特に仏教の伝播と共に東アジアに広まった宗教紋章の1つ。
英語圏で卍を表す名詞「swastika」(スワスチカ)は、インド宗教において最高の権威を持つ古代言語『サンスクリット』での呼称に由来する。
歴史
発生
紋章自体の発生は非常に古く、最古とされるものがインドで発見された新石器時代の遺跡で確認されている。この頃から儀式や信仰に関わる重要な紋章として機能しており、後のインドで発展したバラモン教、ヒンドゥー教、仏教などは宗派を越えてこれを前述の吉祥印に位置付けて重用している。
また、紀元前3世紀頃からスリランカを中心とする南方地域、紀元前1世紀頃から中国を中心とする東方地域への仏教伝播によってこの紋章も仏教の象徴、または仏教における神聖な印として東アジア圏に広く浸透する。
派生
中国を経由して仏教を修めた日本では、時代を下るにつれて神仏の加護を得るために武士や商人が家紋として用いる、弾圧を逃れる隠れキリシタンが十字架の代用として祈りを捧げるなど形状や用法を変えて利用される場合が多くなり、最も身近な所では仏教寺院を表す地図記号としての採用が顕著な例である。
種類
卍は多様な形状を持つ意匠であり、大別すると左右の別で2系統、日本に限っては印字線の太さによってさらに3種類に分類される。
1.系統
名称 | 読み | 備考 |
---|---|---|
卍 | ひだりまんじ | 鉤が左に向かって突き出ているもので仏教圏に多い |
卐 | みぎまんじ | 鉤が右に向かって突き出ているものでヒンドゥー教圏に多い |
2.種類
名称 | 読み | 備考 |
---|---|---|
卍 | まんじ | 印字内部の四角形に対して印字線が細いもの |
平卍 | ひらまんじ | 印字内部の四角形に対して印字線が太いもの |
五つ割り卍 | いつつわりまんじ | 印字内部の四角形と印字線の太さが同一のもの |
※ただし、平卍については大半が卍に分類されている例が多い。
誤解
鉤十字とハーケンクロイツ
形状の関係から鉤十字やハーケンクロイツと混同、あるいは同一視される場合が極めて多いが、前者は西洋の代表的な宗教紋章『十字』を、後者はルーン文字の1つ「シゲル」(ソウェイル)を交差させた『バインドルーン』を起源としており、卍と共通の意匠ではありながら発生や成立の過程にある源流を異する全くの別物である。
ちなみに、日本で発展した家紋の規則を組み合わせるとハーケンクロイツを用いたナチス・ドイツ(第三帝国)国旗と同様の意匠が出来上がり、その際の名称は「石持ち地抜き隅立て五つ割り右卍」(こくもちじぬきすみたていつつわりみぎまんじ)となる。
欧米での反応
NSDAP(国家社会主義ドイツ労働者党)および第三帝国の象徴となったハーケンクロイツが原因となり、第二次世界大戦後のドイツを始めとする大半の欧州国家、またはアメリカの一部の州では意匠そのものを「ナチスおよびナチズムを連想させる危険因子」として忌避し、学術利用などでの特別な許可を取得しない限りは厳密に規制、あるいは全面的に禁止する法律が施行されている。
特に、ドイツでは刑法典86条『違憲団体のプロパガンダの普及』、同86a条『違憲組織のシンボルの使用』、同130条『民衆扇動罪』に直結する重大問題であり、周辺諸国に浸透した忌避感の高さもあって以下のような問題の湧出と対応を迫られた事例が存在する。
メディア表現問題
作品表現としてナチスやハーケンクロイツに加え、卍が登場する漫画やアニメ、映画などのメディア作品に対する取り扱いが非常に厳しく、現在でもそれらを規制対象に列する方面へ輸出する場合には原則として該当部分の修正や加筆差し替え、削除を必要とする。
<修正事例>
- 『戦闘潮流』:ナチスの文言と設定を「ドイツ軍」に変更(欧州版のみ)
- 『キン肉マン』:ブロッケンマン、ブロッケンJr.のナチス表現の徹底修正(欧州版のみ)
- 『ONEPIECE』:白ひげ海賊団のシンボルを自主変更(白ひげ髑髏に卍→白ひげ髑髏に骨十字)
- 『BLEACH』:「卍解」の文言をローマ字表記「BANKAI」に統一
- 『マッスルタッグマッチ』:ブロッケンJr.をジェロニモに置き換え(NES普及圏のみ)
- 『ポケットモンスターカードゲーム』:カードイラスト中の卍を中国の吉祥文字『蝙蝠』に差し替え
など
少林寺拳法ロゴマーク問題
少林寺拳法グループは独自のロゴマークとして『盾卍』と『流れ卍』の2つを長年に渡って使用し、ハーケンクロイツを忌避する一部の国外支部では卍を「拳」の一字に置き換えたもので代用していた。しかし、『世界で一つの少林寺拳法宣言』を発した2005年4月を機に卍を『双円』(ソーエン)に置き換えた新しいロゴマークを統一デザインとした。
ただし、この双円については「円は卍の究極形」とする独自の解釈を含んでおり、国外事情を考慮しつつもあくまで卍に基づいたものである姿勢を一貫している。
阿波踊りイベント問題
2006年にドイツで開催されるFIFAワールドカップに際し、国際交流の一環として日本側は阿波踊りを披露する運びとなったが、ドイツの国内事情を考慮して浴衣や印籠などに卍をあしらっていない衣装を新調して交流イベントに臨んだ。
そもそも、阿波踊りにおける卍は永らく阿波国(現在の徳島県)を治めた蜂須賀氏の家紋『蜂須賀卍』(丸に卍、または丸に五つ割り卍)に由来するものであり、協会に所属する有名連(阿波踊りのプログループ)の半数近くが用いている。しかし、2006年以前に他国のイベントに参加した際に「ナチスと関係があるのか」と説明を迫られた経緯があったため、「ハーケンクロイツとの結び付けによる無用の誤解と摩擦を避けたい」とする協会の結論から衣装の新調に踏み切った。
余談
あくまで第二次大戦下の非人道的な旧ナチズム(ナチス・ドイツ至上主義)を否定し、新たな道義を加えた人道的ナチズムのイデオロギーを標榜する右派集団『ネオナチ』の一部組織は前述の理由からハーケンクロイツそのものをシンボルとはせず、それぞれの団体で『ケルト十字』『3つの7』など似て非なるシンボルを掲げると共に、ハーケンクロイツを旗印として旧ナチズムの再興を目的に活動する原理組織、ネオナチを隠れ蓑にした極右過激派集団との敵対関係を宣言している。
しかし、どちらも思想の根幹を成立せしめているのは国粋主義と社会主義であり、民主主義や資本主義による現行政治体制と生活苦に喘ぐ民衆との間に生まれる矛盾に対する苛烈な抗議、抵抗が結社活動の定義となっているため、やはり危険思想団体指定を受けている。
これに対し、戦時下こそ三国同盟を締結した枢軸国の立場にあった日本では卍とハーケンクロイツを別物として相容れ、戦後もナチスおよびナチズム表現について一切の規制を設けていない。これは、日本国憲法第19条で保証されている「思想・良心の自由」、それに付随する「表現の自由」、さらには「集会の自由」「結社の自由」を統括する『自由権』に由来するためであり、第二次大戦の参戦国としては特異な例である。
また、古くから卍と身近に接していた日本ではそのように見えるものを卍に例える風習が根付いており、以下はその一例である。
- 卍手裏剣
鋭い刃先を内側に曲げて卍形にした風車手裏剣の一種で、四方手裏剣よりも円に近い形状が生み出す効率的な回転運動、八方手裏剣よりも食い込みの深い鉤刃による高い致傷力を併せ持ち、イメージとしては「四枚刃の丸鋸」に近い。
しかし、実際はテレビ時代劇『隠密剣士』のプロデューサーを務めた西村俊一による発案から生まれた撮影用小道具であり、後に「撮影中の事故を防ぐために尖った刃先を丸くした」「さも昔の忍者が実際に使っていたように紹介する番組を観ておかしなものだと思った」と語っている。
アフリカにはある程度類似した形の「マンベレ」「フンガムンガ」などと呼ばれる投擲武器が実在し、一部のゲームでは「アフリカ投げナイフ(アフリカンスローイングナイフ)」の名で登場する。ナイフなので柄付きで表現されることが多いが、その使い方は手裏剣と変わらず、アスキーアートも同じ「卍」「卐」で表現されている。
一般的には前名の「オクトパス・ホールド」と共に広く知られるが、その原型は欧州プロレスの複合関節技「グレープヴァイン・ホールド」(葡萄の蔓固め)に由来する。
右腕の肘で相手の脇腹、あるいは腰をも攻めるダメージ型の「肘立て式」(左図)、右腕を相手の内股に潜らせてより強く絞り上げるストレッチ型の「抱え込み式」(右図)があり、卍固めの定義としては四方の鉤が成立する前者が理想的な形とされている。
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- 卍コール
日本野球機構(NPB)でセントラル・リーグ審判員を務める敷田直人が編み出したジャッジメントムーブ。
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