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「難しいことを易しく、易しいことを深く、深いことをおもしろく、おもしろいことをまじめに、まじめなことをゆかいに、ゆかいなことはいっそうゆかいに」

概要

1934年11月17日生まれ。2010年4月9日逝去。
山形県東置賜郡小松町出身。元クリスチャン
代表作に『ひょっこりひょうたん島』、『吉里吉里人』など。
握手』は中学国語の教科書に掲載されたため、それで触れた人も多いと思われる。
日本語の造詣に深いことでも有名であったが、一方で遅筆堂』 を自称するほど関係者泣かせな人物でもあり、持っていた劇団の芝居の脚本が公演直前まで完成しないどころか原稿落ちさせてしまうこともしばしばであった。

9条の会の「呼びかけ人」を行うなど、平和活動にも熱心であり人格者として有名であった。だが、一方で家庭内暴力を振るって前妻を失明させており(後に離婚)、間もなく愛人と再婚している。また、育児に関してはネグレクトの気があった等、公私の乖離が激しい一面があった。
これには、幼少期に義父から虐待を受けていた事と、生活の困窮からカトリック系の孤児院に弟と2人で預けられて孤独な幼少期を送っていた過去が関連しているという意見もある。(この辺りの経歴は、井上の自著「あくる朝の蝉」や「四十一番の少年」などに詳しい。)

上記の経歴の上に、実父プロレタリア文学共産主義運動に関わっていたことも関連してか、党員でこそなかったものの日本共産党のシンパであったり、同時に熱心な天皇制批判者でもあった。
これらの影響は、「吉里吉里人」(=日本/中央政府からの分離独立がテーマ)と「人間合格」(=共産主義運動に参加していた学生時代の太宰治がモデルで、「人間失格」のオマージュ)となって表れている。

逸話


・「ひょっこりひょうたん島」は、死後の世界の物語であり、最初の火山の噴火によって先生と子供たちは全員死亡してしまっていた。井上本人はこれを‘漂流する島で過ごすという設定上、どうしても不可避な食糧問題をスルーするため’と説明していた。
・もう一つ裏事情があって、孤児院暮らしであった井上をはじめ、もう一人の原作者山元護久と担当ディレクターの責任者3人が共に‘家庭の事情により両親に頼ることのできない子供時代を送った’から「暖かい家庭」の象徴たり得る「」を登場させられなかったのだ。
…とされていたが、上記の逸話は山元護久の死後に井上が講演会の席上での性質の悪いジョ-クとして語ったものが勘違いしたマスコミのせいで大々的に広まってしまったデマともされ、オリジナル版製作当時にそのような設定は存在せず、当時のディレクターやスタッフも認知していなかった。

  • 動物虐待
これまた嘘か本当か不明だが、自身の体験として著作上でネコに対する動物虐待…というにはグロすぎる所業を(しかもユーモラスに)克明に記している。
「猫はにゃんともいわずに即死した。」
「高校時代、日向ぼっこをしていた猫にガソリンをかけ、マッチで火をつけたことがある。」
(『巷談辞典』P376-P379「動物愛護」(河出文庫:2013年)より抜粋)
井上「犬に牛肉を与えている自称動物愛護家は、わたしにいわせれば滑稽だ。」

  • 抗議への反論(?)
上記のように倒錯した思考回路をしていた井上だが、昨今の感情論だけの左派とは違い効率的な‘口撃’でもって反論者を撃退していた。
天皇だったことから右翼団体「一水会」を結成した鈴木邦男脅迫電話をかけたところ、天皇全125代のすべての名称を暗唱するなどして「返り討ち」にしたとされる。
井上「あっ、右翼の方ですか。毎日、運動ご苦労さんです。私も天皇さんは好きですし、この国を愛しているつもりです。その証拠に、歴代の天皇さんの名前も全部言えますし、教育勅語も暗誦してます。右翼の人は当然、皆、言えますよね。あっ、ちょうどよかった。今、言ってみますから、間違っていたら直してください。どっちからやりましょうか。歴代の天皇さんの名前から言いましょうか。えーと、神武、綏靖……」

その一方で、前妻へのDVが騒がれた時は一貫して黙秘権を行使している。

関連タグ

舌先三寸
こげんた
司馬遼太郎:井上側が非常にリスペクトしていて、共著に『国家・宗教・日本人』がある。
本宮ひろ志:元・ご近所さん。本宮側がリスペクトしている。

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