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概要編集

野手登板とは、野球において野手を投手として急遽登板させる采配である。本記事では日本プロ野球NPB)の事例を中心に記述する。


野手登板の実態編集

野手の守備位置の変更はルール上認められており、たとえば投手と一塁手が交代して一塁手が投球する、ということも可能である。しかし一般的には投手は専門的な技術が求められるものであり、野手を登板させたところで打たれる可能性は非常に高い。つまり投手を専門ポジションとしていない野手を登板させる采配は(二刀流大谷翔平選手を除いて)勝利を目指すための戦略とは決して言い難い。


だが実際には、「本職投手を敗戦処理で無駄に浪費したくない」「ギャラリーへのファンサービス」などの様々な理由で野手を投手として登板させる采配が行われることがある。要するにその試合を捨てる・諦めると完全に割り切り、翌日以降の試合に備えて現有戦力を温存する、という目的がある。


現在のNPBでは馴染みがあまりない采配だが、投手・野手の分業が現在ほど進んでいなかった戦前・戦後直後のプロ野球ではしばしば見られた(水原茂氏・大下弘氏など)。ただしこれは戦略というより、むしろ選手不足による苦肉な策の方が非常に大きい。呉昌征氏のように、野手で規定打席に到達しながら投手としてノーヒットノーランを記録した選手もいる(後述)。


またMLBでは、NPBに比べて試合数が多いことや延長戦に回数制限が設けていないことから、野手の投手起用は決して珍しくなく、近年はさらに増加傾向にある。日本人選手ではあのイチロー氏や青木宣親選手などが投手起用された経験があり、2019年には実に90試合の登板が記録されている。MLBもこれはさすがに多すぎると考えたようで、さらに二刀流選手の登場という事情も重なり、2020年から野手の投手起用に規制が設けられることになった。(ルールの適用は新型コロナウイルス感染拡大のため2021年からとなる)


一概には言えないが、先発投手の尻拭い役や汚れ役に近い野手登板はそのチーム延いては球界を代表する超大物選手には全くリクエストされず、むしろチーム内の序列が決して高くない新人選手や一軍半のベンチウォーマー(補欠)にお鉢が回るケースが往々にしてある。

プロ野球とりわけMLBでは、誰にも負けぬ突出した一つの才能や実力を有する選手ほどレギュラー選手になりやすい傾向にあり、なまじっか器用貧乏な選手ほどベンチウォーマーに回されやすいのがこの業界の相場でありしきたりでもある。その抜きんでた才能や実力を武器にして生存競争が非常に激しいプロな世界で生き残るわけだから、プロ野球選手個々のプライドは総じて非常に高い。

仮に全盛期時代のイチロー氏にそれをリクエストしようものなら、彼に断固拒否されるのは火を見るよりも明らかであった(ただし言っておくとイチローは高校時代は投手の経験がありその成績は決して低くはない)。

しかし、全盛期時代よりも明らかに衰えてきた40代の彼は現役をメジャーで最低でも50歳まで続けたいという思惑もあって、メジャーで20年近く生き残ったというプライドをかなぐり捨てて、今まで見向きも全くしなかった便利屋稼業代打代走守備固め敗戦処理)を率先して務めた。特に野手登板の方は、彼の現役時代の最後な思い出作りの一環という意味合いも兼ねていた。


MLBで問題視されNPBでは問題視されにくい編集

…………と、ここまで個々の選手のメンタル面での問題を挙げた。しかし、NPB(日本プロ野球)では野手登録の選手であっても一度マウンドに立ってみたいと思う選手は少なからずいる。

これに対して、上記のようにMLBでは、野手の投手登用は拒否されることが多い。それは、ただ単に選手のプライドだけでは説明しきれない麺がある。


それは年俸の水準である。NPBは、ポジションに関わらず、高いパフォーマンスを示す選手の獲得には高い年俸を払い、ポジションによってその水準が大きく開くことは稀である。

ところが、MLBではポジションによって年俸の水準に(少なくともNPBよりあからさまな)較差が生じている(ただし、その結果特に優秀な選手に対する年俸の絶対値はNPBよりかなり高い)。特に極端なのが投手で、先発投手かリリーフ専門かでだいぶ差が開くと言う。この為、現在の高い年俸が約束されているポジションから動かされてはたまらないとピッチャーに限らずシフト守備を嫌がる選手が多い。


日本では野手登板は先発ピッチャー以降の交代要員として認識されているが、MLBでは“オープナー戦術”というものが横行している。先発ピッチャーの失点は初回に集中することが多く、しかしその結果、先発ピッチャーのメンタルダウンによりその後のパフォーマンスが落ちてしまう事が多いというデータに基づいたもので、年俸がそれほど高くないリリーフ専門投手や出場予定外の野手を先発とし、1~2イニングを投げさせ、その後で“本来の先発投手”を投入するという戦術である。しかしこれは同時に安価に雇われているリリーフ投手や打撃成績の低下した野手を使い回す方法として問題となり、2024年シーズンから事実上禁止する(先発ピッチャーが5イニングを終了しない場合DHを消滅させる)方針が打ち出されている。


翻ってNPBでは、そもそもポジションで年俸の水準較差が大きくないため、シフト守備や野手登板が問題になることが少ない。オープナー戦術に近いことを行う(相手の打撃の出方をうかがうために、リリーフ投手や野手を登板させる)こともあるが、先発に投手として登板した結果、調子が良いようであれば交代を考えず3イニング以降も登板させることは珍しくもない。また、MLBで野手が投手登板を拒否する理由に、ア・リーグ、ナ・リーグともにDH制を徹底しているため下手にリリーフ投手にスイッチさせられてしまうと年俸水準が下がりかねない点がある。この点、NPBはセ・リーグがDH制を採用していないこともあって「投手として一流であり打撃成績も良い」となればむしろ年俸は上がる。パ・リーグに関しても、交流戦や日本シリーズのビジター戦はセ・リーグのルールになるため、「打てるピッチャー」は重用される。「投手のまさかの一打で流れが変わる」ということも珍しくない。なぁ立浪

上記にイチローの例を出したが、イチローにせよ大谷翔平にせよ、セ・リーグのチームに移籍したとあればイチローの野手登板もあり得るし、逆に「ビジター戦打順1~3番で先発投手として大谷を起用しまず相手の投手のメンタルをダウンさせておいて相手の打撃を抑える」という戦術も考えられるだろう。


NPBの実例編集

野手がノーヒットノーラン編集

1946年6月16日、大阪タイガースの呉昌征氏が対セネタース戦(阪急西宮球場)でノーヒットノーランを達成(史上14人目、19回目)。これは戦後初となるノーヒットノーランである。

この呉氏は野手であり、本職は外野手。終戦直後の選手不足で投手が足りなかったため、「外野から正確なバックホームができるなら投手もできるだろう」という理由でこの年は投手兼任で起用されていた(戦前の巨人所属時にも一度だけ登板したことがある)。

呉氏はこの年、野手としては主に1番・中堅手で出場、規定打席に到達して打率.291、1本塁打32打点、25盗塁をマーク。投手としても27試合に登板、規定投球回数に達して16完投、14勝6敗、防御率3.03という投打で好成績をマークしている。

なお、翌1947年以降は野手にほぼ専念し、その後の登板は1949年まで年に1試合ずつの3試合だけであった。


オールスターで野手登板編集

1996年のオールスター第二戦において、仰木彬氏が率いたオールパシフィックとして出場していたイチロー氏が9回裏に2アウト・打者に松井秀喜氏を迎えた場面で右翼から投手へと守備交代、マウンドへと上がった。イチロー氏は高校時代では四番エースとして活躍しており、その経験があってこその起用だったと思われる。

なお、オールセントラルの監督であった野村克也氏は松井氏に代打として高津臣吾氏を送り、結果はショートゴロに終わった。これにより高津氏は投手・打者の両方でイチロー氏と対決した稀な経験をした選手ということになる。

なお、イチローは前年のパ・リーグ東西対抗戦でも登板しており、広瀬哲郎をピッチャーゴロに打ち取っている。広瀬によると、本来は清原和博が打席に立つはずだったのだが、その清原に「俺が行って三振でもしたらどうするんだ。広瀬さん行ってくれ!」と言われたという。


番外:投手の野手起用編集

上記は野手が投手として起用された実例だが、逆に投手が野手として起用された実例もある。


有名なものが投手が代打として起用された例。打撃に定評がある投手(桑田真澄氏、松坂大輔投手、ジョー・ウィーランド投手など)が起用される。


延長戦などでベンチの控え野手を既に使い切った際には、出場している野手が怪我や退場処分などになった場合、投手が野手のポジションに急遽就くこともある(例:西村憲投手)。また同様に控え野手がいない、あるいは第三捕手しか残っていない場合などに、投手が代走で出場することもある(近年では島本浩也投手、宮國椋丞投手、風張蓮投手などの例がある)。


代打や急場凌ぎではない野手起用の例としては、投手が一塁の守備に予め就き、打者に応じて投手と守備位置を入れ替えるという采配も行われたことがある。(遠山氏・葛西氏スペシャル)


予告先発が無かった時代には、相手の先発投手の左右に合わせた選手起用のため、スタメンでは野手のポジションに登板予定がない投手を入れ、相手の先発が判明した時点で野手と即座に入れ替えるという「偵察メンバー」という起用が珍しくなかった。現在は予告先発がセ・パ両リーグともあるため、偵察メンバーがスタメンに名を連ねることはない。


なおルール上、投手を指名打者として起用することも可能。ただし指名打者は最低1打席を完了しなければならないため、偵察メンバーとして即代打を出すことはできない。近年では2011年に広島東洋カープ野村謙二郎氏がこのルールをうっかり忘れて、指名打者に今村猛投手を入れてしまったことがある(今村投手は第1打席に立ち、犠打を記録)。


MLB・NPBで野手登板した経験がある主な選手編集

登板日順。所属球団は当時のもの。(※)はその試合での勝利投手。


選手名所属球団対戦相手登板日
オレステス・デストラーデ西武ライオンズオリックス・ブルーウェーブ1995年5月9日
イチローパ・リーグ西軍パ・リーグ東軍1995年11月19日
同上オールパシフィックオールセントラル1996年7月21日
五十嵐章人オリックス・ブルーウェーブ大阪近鉄バファローズ2000年6月3日
クリス・デイヴィス(※)ボルティモア・オリオールズボストン・レッドソックス2012年5月6日
イチローマイアミ・マーリンズフィラデルフィア・フィリーズ2015年10月4日
青木宣親ヒューストン・アストロズニューヨーク・ヤンキース2017年6月30日
レオネス・マーティンシカゴ・カブスピッツバーグ・パイレーツ2017年9月4日
パブロ・サンドバルサンフランシスコ・ジャイアンツロサンゼルス・ドジャース2018年4月28日
コーリー・スパンジェンバーグサンディエゴ・パドレスアトランタ・ブレーブス2018年7月5日
同上同上オークランド・アスレティックス2018年7月20日
クリス・デイヴィスボルティモア・オリオールズミネソタ・ツインズ2019年4月20日
パブロ・サンドバルサンフランシスコ・ジャイアンツシンシナティ・レッズ2019年5月6日
アレックス・ゴードンカンザスシティ・ロイヤルズオークランド・アスレティックス2019年8月26日
同上同上ボルティモア・オリオールズ2019年8月30日
増田大輝読売ジャイアンツ阪神タイガース2020年8月6日
トッド・フレイジャーニューヨーク・メッツアトランタ・ブレーブス2020年9月18日
根尾昂中日ドラゴンズ広島東洋カープ2022年5月21日
北村拓己読売ジャイアンツ横浜DeNAベイスターズ2023年9月2日

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