概要
2008年6月8日12時半頃、当時25歳であった派遣社員の男が東京都・秋葉原の中央通りで、レンタカーのトラックで信号無視をして人を轢き、さらにはダガーナイフを用いて人を殺害、7人が死亡・10人が負傷した事件。最終的には旧サトームセン(現¥GiGO秋葉原3号館)で逮捕された。
この時中央通りは日曜日の日中で車の侵入が禁止された歩行者天国の時間帯だったため、それを逆手に取った大量殺人となった。
裁判の結果、男は2015年に死刑判決を受け、2022年7月26日午前に執行。39歳没。
元死刑囚の男
銀行員の夫婦の間に生まれた。弟がいた。
母親は地域の教育アドバイザーを勤めていることや、後述する過去の経緯から徹底した学歴至上主義で、幼い頃から息子達にエリート志向の教育を叩きこむ毒親であった。
その教育方針は常軌を逸しており、ゲーム・漫画・アニメといった娯楽は元より、友達との付き合いから女子との交流まで厳しく制限した。
勉強に関しても、間違いやミスがあるとヒステリックになり、時には虐待も加えた。
実は母親は県内トップの高校に入学したものの、親から国公立に進学先を限定された大学受験に失敗したことで不本意ながら高卒で就職した過去があった。
そこから生まれた強烈な学歴コンプレックスを息子に叩き付けていたのである。
男の弟も、母を「自分が常に正しいと思い込んでいる人」と酷評している。
おかげで男の学業成績は優秀であったが、この教育の反動も発現し中学校では普通に友人関係は構築していたが、時折暴力的な衝動や過剰適応的な側面を見せるなど、精神的な不安定さが露となる。
高校は母同様県内トップの学校に進学するも、母に十分に逆らえる年齢となったことで以降は反抗的となり、成績も急降下。
母が望んでいた北海道大学への進学は叶うはずもなかった。
2001年、高校卒業後は自動車短大に進学。成績上位者は大手自動車会社に就職することも多い立派な大学であったが、犯人は勉学を励む意欲はなく、自動車整備の資格などを取得せずに惰性で卒業。
しかし、2年後に職場の不満への抗議として無断欠勤、そのまま退職。
以降、非正規雇用の職を転々としては「職場への不満により無断欠勤し退職」という流れを繰り返した。
2007年にはトラック運転士として晴れて正社員になるも、やはり無断欠勤からの退職となった。
この頃から、インターネットの掲示板にのめり込むようになり、自虐ネタでスレッドを立てては掲示板上での交流を楽しんだ。
2008年には男を茶化す目的でなりすましの荒らしが現れる様になり、これが彼の感情を逆撫ですると同時に、周りが自分に構ってくれないことへの不満を募らせた。
この孤独感がエスカレートした結果、掲示板に殺人を仄めかす書込みをする様になる。
そして事件当日、静岡県沼津市で借りたレンタカーの2tトラックで秋葉原に向かう。
事件を起こすまでに実況の様に複数回書込みを残し、最後は「車でつっこんで、使えなくなったらナイフを使います 皆さようなら」「時間です」と書込み、凶行に走った。
以下、犯行前の書込み内容。
「生活に疲れた」「誰でも良いから殺したかった」
「殺すために秋葉原に来た」「友達欲しい。でも出来ない 何でかな」
「勝ち組は皆死んでしまえ。そしたら、日本には俺しか残らない あはは」
「人と関わり過ぎると怨恨で殺すし、孤独であると無差別に殺すし、難しいね」
「作業所行ったらツナギがなかった 辞めろってか 分かったよ」
「ツナギ発見したってメール来た 隠していたんだろうが」
「やりたいこと…殺人」「夢…ワイドショー独占」
「現実でも1人。ネットでも1人」「望まれずに生まれて、望まれて死んで」
動機
犯行動機はネット掲示板でのトラブルを発端とする抗議であった。
先述の無断欠勤と退職が示す通り、彼は激情を言葉ではなく態度で周囲に表す傾向があった。
事実、彼は「事件は起こさざるを得なかった」「誰でも良いからやった」と述べており、職場を辞め、唯一の居場所となった掲示板を荒らされた際の怒りと孤独感から衝動的に事件を起こしたものと推察される。
男が派遣社員であったことから、メディアでは当時流行していた派遣切りと絡めて社会情勢に動機を求める向きが強かったが、これを男は明確に否定している。
また、ネットでは彼を「社会に一矢報いた負け組のヒーロー」扱いする声もあったが、これに対しても「自分の努力不足を棚に上げて勝ち組を逆恨みするその腐った根性は不快です」*「事実ではないことを事実と信じる者の相手をするのは、とても疲れますよね?」「この事件を起こしたのは私の社会との接点の薄さに原因があるわけで、それは私が掲示板に依存していたためなのですから、やはり誰のせいでもない、自分のせいです」と拒否反応を示している。
事件後、遺族に対しては反省の意を見せており、「(自分の罪が)万死に値する」などと記していたものの、それ以上に深い反省を語ったり、人と面会したりすることはなく、獄中では著書執筆の他、艦これのパズル作成やラップ制作など芸術活動に時間を充てていたという。
マスコミの取材や死刑囚表現展に対しては積極的であり、「社会との接点は残して欲しい」と「嘘の分析ばかりする専門家に反抗出来る」と発言している。
2022年7月26日、死刑執行。
メディア取材に対し、「警察の主張やニュースなどのコメントは全て間違いです。自分の考えはいずれ明かすつもりです」とはぐらかし続けていたが、そんな日は永久に来なくなってしまった。
本人は「世の中が嫌になった」と事件を起こしたが、自分が死刑にされるのは嫌なようで何度も再審を繰り返していたり、絞首刑に対して「目隠しして手足を縛るのは非道徳的で、人間としての尊厳を奪うものだと感じます。なんで人が死ぬ事で喜ぶ人がいるのか理解できない」*と述べていた。
被害者・遺族からのコメント
「加藤、良く聞け。俺はトラックではねられたKの父親だ。俺の息子がどんなに苦しい思いで死んで行ったか。俺はお前を絶対に許すことは出来ない。傷だらけの息子を火葬した際、成人式のニュースが流れる度にどれだけ辛い気持ちになったか想像出来るか?」
「17人も殺傷したお前にとって死刑は楽な死に方。お前に同じ苦しみを味わわせてやりたい。お前は頭は良いのかもしれないが、人間としては最低だ。掲示板でいやな思いをしたといっても、世間の人は皆いろいろなことを我慢して生きているんだ」
「アニメのイラストを見る限り、インターネットの掲示板が居場所といったが、本来は家庭のぬくもりや恋人を求めていたのではないか?」
「手紙には、『(私の罪が)万死に値する』とありました。鬼畜の様な心から、人間らしい心を取り戻して、死をもって償うのは良いこと。でも、報道を見聞きしている限り、彼は人生の挫折を自分のせいではなく、自分が置かれていた環境や周囲のせいにしている様に思えます」
二次災害
事件後、被害者家族だけでなく、加害者家族にまで被害が及んだ。
両親は離婚。父親は会社を辞め、母親は精神に異常をきたして入院したと言われる。
祖母は孫が起こした凶行に衝撃を受けて心労の余りに亡くなっている。
弟はマスコミに職場や住まいなどを特定され追い回され、何度引っ越しや転職をしてもそれは続いたという。
つまり、事実上のパパラッチが行われていたのである。
奇しくも、兄と同じく「嫌になったら欠勤・退職」を繰り返していたとも言える。
弟は、交際していた彼女に打ち明けられずにいたが、普段は飲まない酒の力を借りて彼女に事を打ち明けると「あなたは、あなただから関係ないわ」と受け止められ、お互いが心を開いて話せる相手として希望が生まれていた。
月日は流れ、結婚まで進もうとしていた時に、彼女の両親が猛反対し関係が危うくなった。
その際、イライラしてしまっていた彼女に「一家揃って異常なんだよ、あなたの家族は!」と暴言を吐かれたことで悩みに悩み
「僕は、社会との接触も極力避ける方針を打ち立てました。これも、今思えば間違いでした。僕はいつの間にか、兄と同じ道を辿り始めていたのです」
「あれから6年の歳月が流れ、やはり自分は【犯人の弟】であることを思い知りました。」
「兄は自分をコピーという。その原本は母である。その法則に従うと、弟もまたコピーとなる。兄がコピー1号なら、自分は2号である」
「【加害者の家族というのは、幸せとなってはいけない】というのが実際のところです」
「突き積めれば、人を殺すか自殺するか、どっちかしかないと思うことがある」
「僕は、生きることを諦めることにしました。死の理由に勝る、生きる理由が浮かんで来ない。どんなに考えても、浮かんできません。もし、浮かんで来たのなら教えて下さい」
とコメントし、事件から6年後の2014年、手記を残して自殺してしまった。
これに対し父は
「弟が自ら逝ったことは、どうにも出来なかったことですから……。私がいえるのは、そっとしておいて欲しい。それだけです」
とコメントしている。
影響
この事件を受けて、秋葉原・中央通りは暫くの間歩行者天国を封印されることとなった(3年後の2011年に解除)。
なお、この事件発生前の中央通りとその周辺は様々な違法行為や迷惑行為(無許可の出店、アングラパーツの不正取引、募金詐欺、無届けのデモやライブ・パフォーマンス行為・エウリアンやメイド喫茶の執拗な客引き、果ては迷惑コスプレイヤー達によるエアガンを用いた歩行者天国内での銃撃戦まで発生したことがある)が横行しており、半ば無法地帯と化していたが、皮肉なことにこの事件とそれに伴う歩行者天国休止・警備強化により大半が一掃され、治安が向上する結果となった。
2015年に放送されたTVアニメ『ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース エジプト編』では、原作に暴走した車が通行人を次々と轢き殺すというこの事件を彷彿させるシーンがあったため、アニメ化に当たり直接的な描写が省略された。
加害車両所有者であるニッポンレンタカーには、被害者のうち死因が轢殺であると認められた被害者の遺族及び轢断による負傷が認められた被害者に対し、道交法上の「運行共用者責任」に基づき、賠償義務が発生した。
これは、被害者救済観点からレンタカー事業者に課せられている無過失責任であるため、運転者の故意であるからといってその責任は逃れられない性質のものである。
無論、寧ろ被害者であるレンタカー会社が損害を被ることを余儀なくされる謂れもないため、法的にはレンタカー会社には被害者に対して立て替えた賠償金を、後日加害者に請求する権利は行使出来るものの、改めて裁判を起こす必要があるなど負担が大きく、加えて支払い能力も期待出来ない。
この事件への反省を受けて、国内の大手レンタカー事業者は商用車貸出について、予約なしで貸出を完全拒否、またその予約は電話予約以外の方法を認めず、予約時に利用目的を申告させる、料金支払に関してはクレジットカードによる前払いに限定といった自衛策を講じることとなったため、レンタカーで商用車を運転するハードルが著しく上昇した。
この事件の影響で警察庁は全国各地の都道府県警察に職質と犯罪防止かつ取締り強化するよう通達した。
またこの事件の影響か、宮内庁は天皇陛下を始め皇族方地方訪問時に警備を強化、その後当時天皇陛下(後の上皇様)が記者会見で名指しは避けるも「誰もが安心して暮らせる社会を望む」と述べられ、その後皇太子殿下であった今上陛下が記者会見でも上記のお言葉を引用する形で述べられたという。
余談
- 生前男は獄中から実名で複数の著書を出版している。内容は自己の内面、犯罪を起こした際の心理についての分析が主となっており、家庭や労働環境などを犯罪要因として否定した上で、「秋葉原無差別殺傷事件の全責任は私にあります」「私は事件は防げるものと思っています。ただし"誰かが何とかしてくれる"ものではありません。"自分で何とかする"ものです」「後、『誰か』がいれば事件は起こさなかった、というのは、それ以上でも以下でもない事実であり、それを勝手に『俺を止めなかったお前らが悪い』と脳内変換するのは辞めて下さい」等と述べている。
- 男の犯行動機となった、不満を態度で表すという性格は、母親の教育の影響であったとされる。母親は勉強でミスを見つけても、具体的に何がどう間違っているかを教えず、黙って道具や男に八つ当たりすることで「何で自分が怒ってるのか」をまず考えさせた。
- 男曰く「九九を間違えたら風呂に沈められた」「耐え切れずに泣くと口にタオルを詰め込まれた」とのこと。結果的に、その教育方針を忠実に吸収した男から、同じ方法でしっぺ返しを喰らったのは皮肉とも必然といえる。毒親という概念が広まった現在では、その被害事例として語られることも多い。
- 一方、男の大学進学拒否に続き、弟が高校を自主退学したこと、男が自殺未遂を起こしたことをキッカケに、ようやく自分の教育が間違っていたことを自覚、息子2人に自分の厳し過ぎる教育について謝罪している。その後も自殺に失敗、退職後自宅に戻って来た男を受入れたり、退職で支払えなくなった男の車購入時の借金を完済したりするなど、最大限男へのサポートを行っていた。男自身、母の和解の意を拒絶することはなく、歩み寄りの姿勢を見せていたという。
- 男は掲示板で自らのことを「負け組」や「不細工」などと称していたため「負け組の代名詞」として見られることも多いが、実際はそんなこともなく、地元・職場・ネットに至るまで多数の友人がいた。自分でオフ会を開いたり、彼女を作ったり、果てには自分の容姿を周りを笑わせるためのネタにするなど、おおよそコミュ障とはかけ離れた姿を見せている。また、職場の勤務態度も、追い詰められた時の癇癪や無断欠席癖を除けば、概ね真面目であったと伝わっている。
- ただ、これらの性質に関して男は「私は、誰かのために何かをし、評価をされなくては、生きていけない人です。正確には評価をされ続けなくてはいけないということです。評価が途切れると、急に不安になります。」と振り返っており、どこか歪んでいたことは明らかである。
- 一方、事件を起こす周辺では女性関係に困っていたことも見受けられている。仲良くなった女性から肉体関係を拒絶され、その後に退職してまで遠方の女性とのオフ会を決行するなど異常なまでの女性への行動力を見せており、本人は犯行要因として否定しているものの、少なくとも孤独感を深める要因となったのではという推察もある。
関連タグ
- 炎神戦隊ゴーオンジャー:ゴーオンウイングスの武器「ロケットダガー」が、この事件の影響によって「ロケットブースター」へと名称変更された。
- 相模原障害者施設殺傷事件:秋葉原通り魔事件の8年後に起こった大量殺人事件。奇しくも、男の死刑執行日が、この事件が発生した7月26日となった。
- 近畿青酸連続死事件/後妻業事件:犯人ではなくその母同様のケースの犯人が起こした事件。この事件の犯人は地域トップの進学校に進みながら大学に進めず高卒で不本意ながら就職していることが遠因の1つとなっている。