概要
古代ギリシャの学者にして宗教者であるティアナのアポロニウス(Apollonius of Tyana)によって記されたとされる書物。
この人物に関してはピロストラトス(Philostratus)による『テュアナのアポロニオス伝』に詳しく、併せて伝説上の地名や生物等の描写も多い。日本語訳が京都大学学術出版会から出ているが、1巻が出てから長らく音沙汰がない。
史実のアポロニウス(紀元1世紀の人物)からはあまりにも時代が隔たっており、オカルト文献の作者として古代の神秘的な有名人を持ってくる(ソロモン王に帰された『レメゲトン』等)事はありふれている。
そのため後代の神秘学や悪魔学、さらに近現代のサブカルにも影響を及ぼしてはいるものの、その内容は(ことによると実在したかどうかさえ)信憑性を疑う意見も多い。
19世紀フランスのオカルティストであるエリファス・レヴィはこれのフランス語版を『高等魔術の教理と祭儀』祭儀篇の補遺に収録した(人文書院から出ている日本語訳では省略されている)。
レヴィはティアナのアポロニウスの霊を召喚したと主張し、魔術における祈念碑的著作とみなすこのテキストをギリシャ語から訳して掲載する事でアポロニウスを蘇らせたのだと記している。解説箇所ではアポロニウス(の霊)から意見をもらった事が記されている。
『高等魔術の教理と祭儀』には『タルムード』からの引用と称して「ヘブライ語によるヌクテメロン」なるものも掲載されている。当然ユダヤ教文献である『タルムード』側に「ヌクテメロン」という語句はなく、ティアナのアポロニウスの言及もされていない。
解説箇所ではカバラという語句も登場するが、タロットへの照応理論も含まれており、ユダヤ教本来の神秘主義の伝統に基づくものではない。
書誌情報
『高等魔術の教理と祭儀』によると、古代にギリシャ語写本が失われた事もあったが、1629年に刊行されたギルベルト・ガウトリヌス(Gilbert Gautrinus)著『モーセの生と死について(De vita et Morte Moysis)』にギリシャ語テキストが収録されたという。
しかしギルベルト・ガウトリヌスという名は既知の著者達の中に見出すことはできない。
『モーセの生と死について(De vita et Morte Moysis)』という書名は確認されており刊行年も一致する。ただし著者は、東洋学者ジルベール・ゴールマン(Gilbert Gaulmin、1585年-1665年)である。
「ヌクテメロン」という名自体は仄めかされているようだが、ゴールマンのこの著作には、レヴィが紹介したようなテキストは無いようである(参考)。
ゲニウス
レヴィの書籍では1の時から12の時についての象徴的な詩句が紹介され、黄道十二宮やヘラクレスの十二の功業に対応する、と解説される。
その次に、合計12の時に対応するゲニウス(genius)、複数形でゲニイ(genii)と呼ばれるものが紹介される。
時ごとに7体のゲニウスが割り振られており、合計で84名いる。ゲニウスはラテン語で霊、精霊を意味するが、レヴィはヌクテメロンのゲニウスは倫理的・道徳的な力や擬人化された徳であると述べている。
第一の時のゲニイ | 司るもの | 第二の時のゲニイ | 司るもの |
---|---|---|---|
パピュス | 医師 | シセラ | 欲望 |
シンブック | 判事 | トルヴァトゥス | 不和 |
ラスプイア | 降霊術師 | ニティブス | 星々 |
ザフン | 醜聞 | ハザルビン | 海 |
ヘイグロット | 吹雪 | サクルプ | 植物 |
ミズクン | アミュレット | バグリス | 秤と天秤 |
ハヴェン | 威厳 | ラベゼリン | 成功 |
第三の時のゲニイ | 第四の時のゲニイ | ||
ハハビ | 恐怖 | パルグス | 審判 |
プロガビトゥス | 装飾 | タグリヌス | 混乱 |
エイルネウス | 偶像破壊 | エイスティブス | 予言 |
マスカルン | 死 | パルズフ | 姦淫 |
ザロービ | 絶壁 | シスラウ | 毒 |
ブタタール | 計算 | スキエクロン | 下劣な愛 |
カホール | 欺き | アクラハイル | 賭博 |
第五の時のゲニイ | 第六の時のゲニイ | ||
ゼイルナ | 柔弱 | タブリス | 自由意志 |
タブリブク | 魅惑 | スサボ | 航海 |
タクリタウ | ゴエティアの魔術 | エイルニルス | 果実 |
スプラトゥス | 塵 | ニティカ | 宝石 |
サイル | 賢者のアンチモン | ハータン | 宝物を隠匿する |
バルクス | 精髄 | ハティハス | 装飾品 |
カマイサル | 対立するものの結婚 | ザレン | 報復する |
第七の時のゲニイ | 第八の時のゲニイ | ||
シアルル | 繁栄 | ナントゥル | 執筆 |
サブルス | 維持する | トグラス | 宝 |
リブラビス | 隠された黄金 | ザルブリス | 治療学 |
ミズギタリ | 鷲 | アルフン | 鳩 |
カウスブ | 蛇の魅惑 | ツキファト | シャミル(schamir)※1 |
サリルス | 扉が開くようにする | ジズフ | 密儀 |
ヤザール | 愛を強いる | クニアリ | 提携 |
第九の時のゲニイ | 第十の時のゲニイ | ||
リスヌク | 農業 | セザルビル | 悪魔、あるいは悪意ある |
スクラグス | 火 | アゼウフ | 子供たちの破壊者 |
キルタブス | 言語 | アルミルス | 金銭欲 |
サブリル | 盗賊 | カタリス | 犬あるいは冒涜者 |
シャクリル | 太陽光線 | ラザニル | オニキス |
コロパティロン | 牢を開かせる | ブカヒ | ストリゲス(stryges)※2 |
ゼッファール | 取消し不能の選択 | マストー | 見せかけの体面 |
第十一の時のゲニイ | 第十二の時のゲニイ | ||
アエグルン | 稲妻 | タラブ | 強奪 |
ズフラス | 森 | ミスラン | 迫害 |
パルドル | 神託 | ラブス | 尋問 |
ロサビス | 金属 | カラブ | 神聖な器 |
アドユカス | 岩 | ハハブ | 王侯のテーブル |
ゾパス | ペンタクル | マルネス | 霊の識別 |
ハラコー | 共感 | セッレン | 偉人の愛顧 |
※シャミル(Schamir)はヘブライ語としては監獄、茂み、粕、荊を意味する単語である。ユダヤ系の苗字にもなっている。
レヴィの解説によると、寓意的なダイヤモンド(単数形)であり、魔術の口伝において「賢者の石」の事だとされている。アラブ人たちによるとシャミルはアダムに与えられたが堕罪のあとこれを失った。このほかエノク、ゾロアスター、ソロモンがこれを持った人物として挙げられている。
※2フランス語では単数形でストリゲ(Stryge)という。ローマ帝国の詩人オウィディウスの『祭暦』(Fasti)では鳥の形態を持つ怪物として記される。言葉としてはルーマニアの吸血鬼ストリゴイの語源とも関連する。解説部分で「ストリゲスは彼等(大衆)の娼婦である」と書かれており、ストレガ(イタリア語の魔女)寄りのニュアンスなのかもしれない。
創作における参照
- 悪魔城ドラキュラ 蒼月の十字架:第九の時のゲニイに名を連ねるゼッファルを元にしたゼファルが登場。
- 灼眼のシャナ:「ザロービ」「ニティカ」を通称(通名)として使用する紅世の徒が登場。
- 白猫プロジェクト:登場人物リーチェの式神マカロンが「アクラハイル」に変身する。
- 新世紀エヴァンゲリオン:第17使徒タブリスが登場。使徒XXではタブリスXXとしてキャラクター化
- チェインクロニクル:魔神襲来イベントに登場するエネミー「魔神」として登場。数十体登場している。
- ゆるドラシル:謎の組織「クロノクロイツ」のメンバーの名前として採用。は〜たん(元ネタはハータン)等がいる。元ネタが割り振られた時の数字をデザインに含む。
- ログ・ホライズン:物語の舞台がゲームの世界と気付いている特異なモンスター群「典災(ジーニアス)」が登場。
- 咲うアルスノトリア:「ペンタグラム」の一人として登場。
外部リンク
日本語訳
Hiroのオカルト図書館 高等魔術の教理と祭儀 付録:Hiro氏は『ヌクテメロン』テキストがレヴィの創作である可能性が高いという説を紹介している(ヌクテメロン創作説)。