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漢民族

かんみんぞく

主に中国大陸や台湾、シンガポールに分布する民族、というか漢化された他民族の末裔。
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概要

 この民族漢族漢人とも呼ばれ、現代における漢民族とは、血統における民族ではなく文化伝統を受け入れた者たちを指す。
……といっても一般的には中国大陸周辺で少数民族を除いた黄色人種系を指す場合が多く、そもそもひとまとめにされていても客家など、地域によって様々な民族系統が存在する。
 現状において中華人民共和国の人口94%、台湾の人口98%、シンガポールの人口74%を占める( 台湾に関しては客家が1/8を占め、入植者である福佬人マレー系原住民との混血化、あるいはそれ以前のチワン族等の南方系異民族との混血も疑われ、本土の民族とは別民族化しているとも言われている )。
 また地球における全人口の20%を占め、世界最大の民族と言える。

現在の分類

 北方系のもともとの漢民族とされる北方民系、中部沿岸部の民族とされる呉越民系、南部に存在する広府民系、福建省と台湾に存在する閩海民系、ほか山岳地域などに存在する分類などが存在する。そのほか客家も含まれる。

漢民族の歴史

 古代中国史における漢民族は現代の漢民族とは若干意味合いが異なり、黄河の上・中流、すなわち中原地域に住んでいた華夏族ルーツとし、周辺の異民族を取り込んだものであり、漢王朝頃から漢人と呼ばれるようになったのが起源とされる。
 この頃はまだ漢人( 漢民族 )とは、周辺の異民族と区別する意味合いを持っていたとされるが、馬騰孫権などを見る限りでは混血が進んでいた可能性も存在する。
ところが、その「漢人」は三国時代の戦乱で人口が激減し、西晋時代の永嘉の乱において異民族から虐殺され、華夏族の末裔としての漢民族は数を減らし、また五胡十六国時代より異民族との同化が進行。
 南北朝時代には、西晋崩壊以降の漢民族の流れを汲んでいた南朝陳がによって滅ぼされる。
 中国を統一した隋は元々鮮卑族の北周に取って代わった国であり、皇帝の血筋ははっきりとしていないが、いずれにしても異民族の影響力が強い国家である。
(隋の皇帝楊堅は一応漢民族を自称するも、モンゴル系であるとも鮮卑出身ともされる。
暴君で有名な煬帝の初代皇帝である李淵の母親たちはいずれも異民族出身なので少なくとも異民族とのハーフである。また、楊堅や李淵の父や祖父は北魏時代の武川鎮軍閥出身である。武川鎮軍閥は異民族を中心とした一派で、後に貴族化し隋と唐初の政治に大きく影響している。)
 隋以降の国家は、漢化された異民族と漢人が混在しており、彼らの総称自体が漢民族と呼ばれるようになり、現代で使われる漢民族に近い意味合いとなる。
 その後も中国は、蒙古族の満洲族のに支配され、更に別民族化していく。
 中華人民共和国においては55の「少数民族」を分類し、彼らに自治等の権利を与え、それ以外の在来人を漢民族とみなしている。ただし、少数民族として認められなかった中にはユダヤ人まで含んでいるといわれている。

関連項目

民族 中国人
客家
中國歴史

外部リンク

wikipedia:同項目中国の少数民族台湾人

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