魂魄(九十九の満月)
こんぱく
曖昧さ回避
- 小雨大豆の妖怪漫画「九十九の満月」及び「月歌の始まり」で、世界(万物)を構成する架空元素および活動力の一種。
- 死者の霊のこと。霊魂とも。
- 固有名詞に用いられる姓名の一つ。例・同人ゲーム『東方project』に登場する一族の姓。
本稿では1.について解説する。
※創作基「ヒッグス粒子」に関しては参考サイトを元に作成しました。間違えのないように十分配慮しましたが、もし内容で不備を見つけた方は、修正をお願いします。
小雨大豆の妖怪漫画「九十九の満月」及び「月歌の始まり」で、世界(万物)を構成する架空元素および活動力の一種。
作中で最も普及している架空の資源・活動力・動力源であり、日常や戦闘で多種多様な活用、力量差の目安と多彩に扱われる。
また後述の架空物質「妖質(ようしつ)」含め、汎用性(はんようせい:用途が限られておらず、幅広い用途に使用できる事)が高すぎる性質から、力の使い方を誤ったり制御が外れたりなどがあった場合、暴走の起きやすい世界(万物)の構造となっている。
性質
作中の「魂魄(こんぱく)」は汎用性(はんようせい:用途が限られておらず、幅広い用途に使用できる事)に優れた性質の他、名称元「魂魄」みたいに幽霊のような特徴もある。重さや形が無く、作中の描写から特殊な手段を使わないと不可視で空間を通り抜ける透過力(とうかりょく:対象を通り抜ける性質)がある。
物体へ含まれる「魂魄(こんぱく)」は、(純度の差はあるが)運用・活用がしやすい「資源(エネルギー)」となる。だが空気のような「ありふれた存在(後述の「ヒッグス粒子」を参照)」であるため、式術(しきじゅつ:文字状の回路を介して様々な効果を発現させる技術)など特殊な技術、鬼技(おにわざ:超能力)など特異な能力、といった特別な扱い方を持たなければ効力を発揮しきれない。
逆に、扱い方を確立できれば多種多様な効果を発揮できるため、多くの日常・戦闘で活用されている(つまりは賢くないと宝の持ち腐れで残念なことになる)。
(鬼や人間などの生物や妖怪といった物の怪)生体へ含まれる「魂魄(こんぱく)」は、いわばオーラやチャクラ、魔力といった「活動力(パワー)」の類(たぐい)になる。その為、常人よりも魂魄(こんぱく)を多く持っている存在なら、強靭な身体能力、不治の病の進行を遅らせるといった毒物の耐性、など多彩な能力を生まれながら持つ事になる。
「月歌の始まり」では、生物が魂魄(こんぱく)を含む物を摂取する際、現実世界の栄養管理と同様に過剰摂取すれば生命に悪影響を及ぼす事が言われている(例えるなら、最も身近にある『酸素』は生きる上で必要不可欠の元素だが、それが純粋すぎると『猛毒』になってしまうように、多量の吸収は危険となる感じだろうか)。
しかし逆を言えば生体へ有用性もある事であり、ある物の怪を自身の鬼技で押さえ込もうとした際に体内の「魂魄(こんぱく)」切れを起こし気絶しかけた鬼娘の様子から、身体の恒常性を保つといった作用があると分かる。
上記で触れたように魂魄(こんぱく)は通常の状態だと不可視であるが、外部からの作用で発光する性質もあり、後述にあるような視認する方法を用いると色付きの状態「魂魄色(こんぱくしょく)」を視る事ができる。
「九十九の満月・その35」では、特別な技術を用いて、体内にある魂魄の流れ「魂魄痕(こんぱくこん)」を視認する描写があり、生物の体温(サーモグラフィ)みたいな画となった。
その他、
作中世界に登場する鬼と魂魄との関係は鬼(九十九の満月)
作中世界に登場する妖怪と魂魄との関係は九十九神(九十九の満月)
九十九の満月の舞台であるおんでこ屋敷と魂魄との関係はおんでこ屋敷
を参照。
小雨大豆の妖怪漫画「九十九の満月」及び「月歌の始まり」に登場する、万物構成の元素「魂魄(こんぱく)」を基盤に変化させた架空物質。
性質
いわば重さや形を持った魂魄(こんぱく)。基になっている魂魄を常に可視化できるため、変化前とは違った汎用性(はんようせい:用途が限られておらず、幅広い用途に使用できる事)のある活用がされている。
難点として、変化前の透過力(とうかりょく:対象を通り抜ける性質)が残るためか、放置すると形を構成している魂魄の結合が解け空気中に放出し、崩壊しやすい性質を持つ。でもガッチリと魂魄が組まれた妖質(ようしつ)は、放置して長い年月が経っても形を保つ強度を持つ。
万物構成の一端
作中に登場する妖怪といった物の怪は、この妖質(ようしつ)を骨格や臓器の他、血液やタンパク質・脂肪などを作って(そっくりに化けて)体を構成している。
(個体差はあるが)これにより、ある程度の身体変化や新たに魂魄(こんぱく)を摂取すれば身体強化がし易い身体構造を持っている。だが体内の魂魄が減ったり補給できなくなると、上記の性質もあって妖質が脆くなり恒常性が保てず存在そのものが消滅する危うい生体をもつ。
また作中に登場する鬼にも、このような汎用性(はんようせい:用途が限られておらず、幅広い用途に使用できる事)のある身体構造「妖質(ようしつ)」を持っているため、人間よりも強い身体能力・生命力を有している。稀に「妖質(ようしつ)」が少ない鬼は人間と同等の身体能力しか持たないが、人間よりも毒耐性は高い(確認できる限りだと、食中毒程度は子どもの黄鬼でも平気でいられる)。因みに、本作の鬼は妖怪ではなく「動物(哺乳類オニ科)」の分類であり、上記の妖怪事情みたいな魂魄の減少により「存在」の消滅する危険性(リスク)は皆無。
魂魄(こんぱく)を基盤(ベース)に式神(しきがみ:従属関係を結んだ妖怪で多くは姿形だけの即席妖怪)を作る際は、魂魄を組み合わせた物体であり汎用性はあるが脆い性質もある「妖質(ようしつ)」の密度(バイオマス)を、如何に高く濃く良く組めれるかが性能の要になる。
その他、
作中世界に登場する鬼と妖質との関係は鬼(九十九の満月)
作中世界に登場する妖怪と妖質との関係は九十九神(九十九の満月)
を参照。
本稿「魂魄(九十九の満月)」の構想で基になったと思われる現実世界の素粒子。
それは肉眼で見えず、今この項目を読んでいるあなたの目の前や世界中に存在し、これは「質量(物の動かしにくさの概念)」を説明する際に用いられる事がある。
現実の世界はヒッグス場(ヒッグス粒子の満ちた場所)とも言える海の中にあり、ヒッグス場に干渉する粒子や生物などは、その抵抗を受けて光速では飛べないなど、動きに制限が発生すると言われている。これは「質量」の発生と同等と考えられている。
因みに光は、ヒッグス場(=ヒッグス粒子)の干渉を受けず「質量(物の動かしにくさの概念)」はゼロになるので、他と違い光速で飛ぶ事が出来るらしい。
つまり「ヒッグス粒子」は雪の結晶みたいに、消え去りやすく見失い易いモノで、更に空間を通り抜けモノを引っ張る性質を持っている。
この事からよく「飴」に例えられる。
『水飴=ヒッグス場(世界中にあって、肉眼では見えず、モノに質量を与える粒子の満ちた場所)』の中で、物が動く時に抵抗するイメージを想像すると、どのように「質量(物の動かしにくさの概念)」が発生するか想像(イメージ)しやすくなる。
世界とヒッグス粒子の関係
妖怪漫画「九十九の満月」(以下、九十九世界)を舞台に、ヒッグス粒子(世界中にあって、肉眼では見えず、モノに質量を与える粒子)がどのような仕組みで(現実世界でも)存在しているか解説する。
粒子や人間、妖怪などの生物に「質量(物の動かしにくさの概念)」をもたらすヒッグス粒子。
この項目では「雪=ヒッグス粒子」に例えて解説。
【雪の世界=九十九世界(=現実世界)】を進む体重320kgのほむらん(雪男のイケメン)と空を飛ぶ妖怪(ヒッグス粒子の干渉を受けない存在)がいる。
※実際の状況では、この妖怪にも「質量」は発生するが、この項目では【質量はゼロ】になっていると仮定する。
- ほむらんが、足に板(スノーボード)を付けて雪斜面(ゲレンデ)を滑れば、「質量」はほとんど発生しない。シャー(ゲレンデを滑るイケメン)
- ほむらんが、自身の能力で大きくした足を橇(かんじき)代わりに雪上を歩けば、「質量」は板(スノーボード)を付けていた時よりも発生し、歩みが遅くなる。ドスドス(雪上を歩くイケメン)
- ほむらんが、足の大きさ(サイズ)をそのままに雪上を歩けば、「質量」は先ほどよりも発生し、歩みがさらに遅くなる。ズズッ、ズズッ(雪に沈みながらも歩くイケメン)
けれど空を飛ぶ妖怪(ヒッグス粒子の干渉を受けない存在)には、「雪=ヒッグス粒子」の影響を受けないので、問題なく【雪の世界=九十九世界(=現実世界)】を進む事が出来る。
つまり【九十九世界(=現実世界)=ヒッグス場】は雪の世界のようなもの。
無数の雪の結晶の代わりをつとめるのが【ヒッグス粒子(世界中にあって、肉眼では見えず、モノに「質量(物の動かしにくさの概念)」を与える粒子)】ということ。
上記のように、汎用性(はんようせい:用途が限られておらず、幅広い用途に使用できる事)に優れた架空元素及び活動力の一種である「魂魄(こんぱく)」と、これを基盤にした架空物質「妖質(ようしつ)」は、作中の様々な場面で登場する。
まず、ここまでをまとめると―
- 「魂魄(こんぱく)」とは、ヒッグス粒子(そこら中にあって、肉眼では見えず、透過性があってモノに質量を与える粒子)のように万物へ関連するありふれた存在(元素)。
- 「魂魄(こんぱく)」の性質は、重さや形が無く透過性と汎用性(はんようせい)に優れるため、世界(万物)の動力源に関連する事が多い。また容易に危険性も帯びやすく、扱い方に注意が必要。
- 「妖質(ようしつ)」の性質は、汎用性(はんようせい)のある物質であるため、生物・活動の素材(構成)に関連する事が多い。だが耐久度といった材質の純度に注意が必要。
生体の活用例
- 妖怪漫画「九十九の満月」に登場する、怪獣並みに体の大きいミズ江(タコの九十九神)は妖質(体を構成するモノ)を魂魄(体を構成するエネルギー)に変え、その魂魄(こんぱく)を主従契約主・鬼岩島紅へ預けて体型の縮小や変化、人の頭へ乗っても大丈夫なぐらい体重の軽量ができる(九十九の満月・【その21】のおしこさ(本編後にある補足説明)より)。
- 鬼や人間などの生物や妖怪といった物の怪が、自己の体に在る「魂魄(こんぱく)」を消費して式術、式神、鬼技(おにわざ:超能力)などを行使・使役する(※1)。
- 日常面だと、足の悪い鬼が車椅子代わりに式神(しきがみ:従属関係を結んだ妖怪で多くは姿形だけの即席妖怪)をお供にする、魂魄源から栄養(エネルギー=魂魄)を抽出し、実り豊かに里を維持する栄養供給式術(システム))を構築する。
- 戦闘面だと、従属関係を結んだ赤鬼の娘とタコの九十九神が互いの「魂魄(こんぱく)」を共有する事で高度な自由自在の武闘をみせたり、人間(?)の坊主が瞬時に刀を構えたでっかい人型の巨大な式神を召喚する。
このように「魂魄(こんぱく)」と「妖質(ようしつ)」を活用できれば、単独でも多種多様な事が実現可能となる(※2)。
※1.上述で触れたように、ある程度の技能習得・学習能力がなければ扱えない。
妖怪漫画「九十九の満月」では、始め学力が劣っていた妖怪や人間が刻苦勉励の努めにより式術・式神の技術を習得しており、全ての妖怪・人間・鬼が生まれながら自身の魂魄(活動力)を使いこなせるわけでは無い。何事も理解と向上心が必要なのだ。
※2.普通に技術の習得だけでなく潜在的な才能も汎用性(はんようせい:用途が限られておらず、幅広い用途に使用できる事)が高い「魂魄(こんぱく)」と「妖質(ようしつ)」を扱う上で、目的の表現力・実現力を左右する。
妖怪漫画「月歌の始まり」へ登場する主人公の坊主は「なんかばーっとやったら、ばーと出たので 、才能?」となんかムカつく事を言っていた。また同作にて、才女の発明で陰陽術を知らなくても思った通りの式神を召喚・使役できる手甲(どうぐ)が登場した(その高い技術力に、専門家たちはざわめいた)。