シャイニング(スティーブン・キング)
しゃいにんぐ
1977年、スティーブン・キングによって発表された3作目の長編小説。
1980年、スタンリー・キューブリック監督の手により映画化。配給はワーナーブラザーズ。
1997年にはABC制作でテレビドラマ化された。
山奥の冬の間に閉鎖されたホテルで、小説家とその妻子が惨劇に巻き込まれる。
ホテルに宿った邪悪な意思に毒された父が、物語が進むにつれて狂気に染まるというストーリーである。
1974年に妻とコロラドへ旅行に行ったキングが、休業間近のホテルでたった2人だけで宿泊した経験が元になっている。同時にホテルで見た夢や、従業員との交流も構想に組み込まれている。
その他、エドガー・アラン・ポーの短編小説からも影響を受けており、作中でもポーの小説についての言及がある。
キングはこの小説について、「書けなくなった作家についてのささやかな物語」と称している。
タイトルはジョン・レノンの楽曲「インスタント・カーマ」のコーラス部分の「We all shine on」という歌詞からインスパイアされた。当初はそのまま「The Shine(シャイン)」というタイトルにするつもりだったが、shineが黒人の蔑称だったために改められ(作中でも登場人物の1人がこの言葉に絡めたジョークを話している)、「The Shining(シャイニング)」となった。
ジャック・トランス
小説家の父。それなりに腕はあるようだが、いかんせん収入にはまだ余裕がない。元々は英語教師だったが、生徒に暴力を振るって辞職している。現在は禁酒しているものの、かつてはアルコール依存症に陥っており、家庭内暴力に発展したこともあった。
創作への行き詰まりと家族との軋轢から、ホテルに宿った邪悪な意思に染まっていき、ついには斧を持って妻子を追い回す狂人と化す。
映画で演じたのは、名優ジャック・ニコルソン。
pixivでは主に、パッケージにのっている彼のどアップ顔が人気。
妻の立てこもる部屋のドアを斧で壊し、その隙間から「Here's Johnny!(ジョニーだよ!)」と声をかけるという狂気に満ちたカットで、わずか2秒足らずながらもインパクトは作中随一。
なお、監督もこのシーンにはよほどこだわったのか、この短いカットを実に190回以上も撮り直している(ただし、キューブリックが映画撮影でリテイクを繰り返すのは珍しくない。リンク先の「人物」の項も参照)。
ウェンディ・トランス
ジャックの妻。
若干精神的に不安定なところもあるが、タフで賢く、子供を愛する良き母。
叫んでいるときの顔がジャックより怖いという意見があるが、これは、ジャック・ニコルソンの顔が余りにも強烈すぎたために、生半可なインパクトの女優では夫婦を演じられない、という理由から監督がわざわざキャスティングした。
ダニー・トランス
ジャックとウェンディの息子。
タイトルにもなっている超能力「シャイニング」を宿しており、未来予知や、同じくシャイニングの力を持つ人間とのテレパシー的交流が出来る。
能力を用いる際、トニーという別世界の友達と会話をする。
可愛らしい少年だが、機転が利くところもある。
ホテルに宿った邪悪な意思に早くから気づいており、その恐怖に幾度となく直面する。
原作では彼のシャイニングが物語の鍵を握るのだが、映画では味付け程度で、わずかに重要な役割を果たすのみとなっている。
キューブリック自身、映画のタイトルについては「原作がそうだったからそうしただけ」と話している。
ディック・ハロラン
ホテルの総料理長。
既に壮年だが、ダニーと同じくシャイニングを宿す。ダニーの理解者となる。
原作ではシャイニングを通じてダニーと交信し、父の恐怖に苦しむ彼らを助けるべく活躍するが、映画版では割とあっさりした描写がなされる。
キューブリックの映画では、設定の骨子のみが共通した別物と言っていいほど原作からの改変が行われている。
そのため、キングは同作を激しく批判しており、後年のドラマ版では監修を務めることになった。
根底に家族愛を描いた原作に対し、美しくも冷ややかな雰囲気と破滅的な結末に脚色した本作をキングは「とても美しいが肝心のエンジンが入っていないキャデラック」と酷評した。
設定
タイトルの超能力「シャイニング」は、原作では重要な役割を果たしており、ダニーやハロランの他にも使用者が登場するが、映画では一部のシーンを除いてあまり登場しない。
舞台となるオーバールックホテルも原作のラストではボイラーが爆発して燃え盛るが、映画ではホテルは悪霊と共に最後まで生き残っている。また、ホテルの設備や歴史にも細かい差異がある。
映画化の尺の都合のためか、「赤死病の仮面」の一節、スズメバチの巣、ガラスドーム入りのからくり時計など、原作の要素の多くは省略されている。
キャラクター
原作では「鼻持ちならん気どり屋のげす野郎」と称される程、陰険で嫌味なアルマンだが、映画では至って親切な好人物として登場する。
ハロランは、原作の容姿は白髪の入り混じったアフロヘアーなのに対してスキンヘッドに変更されている。ダニーとの関係については、互いに抱擁して朗らかに語り合ったり、ホテルに向かう道中で常にダニーのことを気にかけるなど、強い絆で結ばれているが、映画ではそれらしい友情の描写は一切ない。また、原作ではダニー達を助けて生環するが、映画ではあっさり死んでしまうのも大きな違いである。
いずれの作品でも鍵となるダニーのキャラクターも大幅に変更された。原作のダニーは5歳児とは思えない程聡明かつ多才だが、年相応に無邪気で感情豊かであり、両親を心から愛している。映画では基本的に無愛想で、性格もやや冷淡であり、作中で全く笑顔を見せない。また、原作では普通の人間と超能力者である自分との違いや、それに対する両親の思いなど、シャイニングに纏わる悩みを抱えているが、映画は肝心のシャイニングの描写が少ないため、掘り下げられてない。
ウェンディは、金髪で豊満なスタイルの設定から黒髪へと変更されており、性格もやや異なる。原作では父親と別居しており、毒親の母に育てられた過去を持ち、自身も時折母親に似てしまうことを気にしている。基本的に夫のジャックを優しく励まし慰めているが、ダニーをめぐって激しい口論を繰り広げることもあり、無力感と恐怖を抱きながらも襲い掛かる怪異に立ち向かおうとするなど、自立した女性として描かれている。一方映画では気弱でヒステリックな面が強調され、典型的なホラー映画のキャラクターのような性格になっている。キングはこの描かれ方について非常に女性蔑視的だとして強い嫌悪感を示した。
主人公ジャックは恐らく原作と映画で最も異なるキャラクターだろう。原作のジャックは癇癪持ちの性格やアルコール依存症が災いし、家族に辛い思いをさせていることに罪深さと不甲斐なさを感じており、同情を誘うように描かれている。映画のジャックは他のキャラクター同様、原作の経歴や活躍の一部が省略されており、初めは信じていなかったホテルの怪奇現象を次第に認め、呑み込まれていくのに対し、映画では早い段階から正気を失い、家族間に不穏な空気が漂っている。原作では殺人には至らず、最終的に正気に戻ってダニーを守ろうとするが、映画では完全に精神を蝕まれており、終盤にハロランを惨殺する。また、原作では暴力を振るっていながらも、息子のダニーを心の底から溺愛しており、ダニーもまた父親を尊敬し、度々甘えているため、ウェンディも無意識のうちに嫉妬してしまうという描写が繰り返されているが、映画ではジャックとダニーがベッドに座り込んで話すシーンを除いてあまりピックアップされていない。キングはニコルソンの起用について、「初めから狂っているようにしか見えない」と難色を示したことで知られており、宮部みゆきもまた同様のことを指摘している。
原作でトランス家やオーバールックホテルの過去に関わる人物のほとんどが省略されており、アルバート・ショックリーやホレス・ダーウェント、ジョージ・ハットフィールドといった登場人物については一切言及されていない。
尤も、キューブリックは決して原作を蔑視していたわけではなく、当然ながら原作を貶めるつもりで改変をしたわけでもない。寧ろ作品の魅力に惹かれ、夢中で読んでいたと語っている。彼は原作を読み込んだ上で、あくまで独自の解釈でキングの世界を表現したに過ぎないのである。
キング自身、映画の全てを嫌っているわけではなく、部分的に高く評価している。また、あくまで「シャイニング」のみに対して否定的なだけであり、他のキューブリック作品の「突撃」「博士の異常な愛情」には敬意を表明している。2019年の「ドクタースリープ」では、「キューブリックの映画版との融合を目指した」と語っている。
現在は観客のみならず、多くの著名な同業者からも絶賛を浴びており、それまでにないホラー映画として人気を獲得。
キューブリックの強烈な映像センス、主演のジャック・ニコルソンの怪演などが相まって今なお映画史上に残る怪作として高い評価を受けた。
原作者のキングは、「自身の小説は温かいが、映画は非常に冷たい」として痛烈に批判したことで知られているが、作中の演出についてはある程度称賛している。後年に「映画の一部は執拗な閉所恐怖症的恐怖に満ちており、身も凍るようだった」とホラー作家としての評価を下している。
ジャック役の候補に上がっていたロバート・デ・ニーロは本作を鑑賞した後、1ヶ月間悪夢にうなされたと語っている。
監督の長年の友人であるスティーブン・スピルバーグは、初めて観た当初は気に入らなかったが、何度も見ていく内に好きになり、2007年時点で25回も観る程お気に入りになったという。現在までで何回観たのかは不明。また、キューブリック作品について「彼の作品は一度観ただけでは楽しめないんだ」とも語っている。
荒木飛呂彦は代表作「ジョジョの奇妙な冒険」の第3部で本作のパロディを描くなど、リスぺクトしているが、劇中のジャックとダニーの関係については「キングの流儀に反する」として否定的な意見を述べている。
公開当時、手塚治虫と共に日本漫画のPRのためにサンディエゴを訪れていた永井豪は、手塚に誘われて本作を鑑賞した。永井は作中の斬新なカメラワークとニコルソンの演技を絶賛し、観終わった後の食事で手塚と夢中で語り合った。手塚は映画を観る前に原作を既に読んでおり、映画化に際し変更された点を詳しく説明してくれたという。
「金田一少年の事件簿」の蝋人形城殺人事件は本作のパロディ作品であり、怪人名が「Mr.レッドラム」であり、斧でドアを破壊するシーン、ラストの肖像画のシーン(本作とは逆に消えた)、犯人の職業など、本作を意識した描写が登場する。
2013年にキングによって続編となる小説『ドクター・スリープ』が発表された。
こちらは2019年にマイク・フラナガンによって映画化された。
2018年のスティーブン・スピルバーグの映画『レディ・プレイヤー1』で、メインとなる謎解きの一環として本作のシーンが再現されたが、一部内容が異なっている。
ちなみに原作となった小説『ゲームウォーズ』での該当映画は『ブレードランナー』だったが、続編の『ブレードランナー2049』と制作期間が被っていたために差し替えられた。
2020年、アプリゲーム「Fate/Grand Order」のイベント「サーヴァント・サマーキャンプ!」にて、上述の「Here is Johnny!」のシーンのパロディが登場した。のだが、作品屈指の顔芸キャラであるレジスタンスのライダーを筆頭に、スパルタクス、ウィリアム・テルという濃い(?)キャラ三人衆が同時に覗いてくる、レジライに至ってはヒゲのみアンテナの如く入れるくだりがあるなど、演出がある意味進化している。そして、本作が大ヒット中の人気ゲームであり、反響が非常に大きかったためか、何と映画の配給元であるワーナーブラザーズ・ジャパン公式Twitterが反応した。
製作当時スタンリー・キューブリックに対し、どういう映画なのか聞いたジャック・ニコルソンは、「楽天的な映画だ」と返された。どういう意味なのか再度尋ねるとキューブリックは「この映画には幽霊が登場する。死後の世界を描くものはすべて楽天的だ」と答えた。
同様のことを、打ち合わせの際にスティーブン・キングに対しても語っており、キングが「では地獄はどうだろうか」と尋ねるとキューブリックは硬った声音で「私は地獄を信じない」と返したという。
サンドボックスのゲーム『Minecraft』ではヴィンディケーターにJohnnyと名前を付けることで、狂人と化したジャック・トランスの如くあらゆるMobへ敵対するようになる小ネタがある。