誘導
ウマ娘プリティーダービーに登場するウマ娘→ニシノフラワー(ウマ娘)
概要
1989年生まれの競走馬。
主な勝ち鞍は桜花賞、スプリンターズステークスなど。
1992年JRA賞最優秀4歳牝馬、最優秀スプリンター受賞。
名馬の肖像
だって私は
まわりを見れば
おや、女の子たちしか
いないじゃないか
ここではさすがに
負けないよ
だって男の子たちに
混じったとしても
駆けて弾けて
やっつけてしまう
私なのだから
名馬の肖像 2020年阪神ジュベナイルフィリーズより
プロフィール
生年月日 | 1989年4月19日 |
---|---|
英字表記 | Nishino Flower |
性別 | 牝 |
毛色 | 黒鹿毛 |
父 | マジェスティックライト |
母 | デュプリシト(母父:ダンジグ) |
馬主 | 西山正行 |
調教師 | 松田正弘(栗東トレーニングセンター) |
競走成績 | 16戦7勝 |
来歴
※馬齢は数え表記
1989年4月19日、西山牧場で誕生。アメリカからの持込馬(妊娠した状態で輸入された馬の子)であった。
父のマジェスティックライトはマジェスティックプリンスの産駒で、スワップスステークス(現在はロスアラミトスダービー)、モンマス招待ハンデキャップ(現在はハスケルステークス)、アモリーL. ハスケルハンデキャップ、マンノウォーステークスなどを勝利した。
母父のダンジグはサドラーズウェルズと並び、ノーザンダンサーの代表的な後継種牡馬。
しかし、仔馬時代は体が小さく、細身で脚ばかり長く、特に目立つ存在ではなかった。
1991年7月7日、札幌競馬場ダート1000m新馬戦で佐藤正雄を鞍上にデビュー。4番人気、逃げ切って初戦を勝利で飾る。
札幌3歳ステークス、アドラーブル、ディスコホール、サンエイサンキュー、イイデザオウと初顔合わせ。
ニシノフラワーは4番人気で先行し抜け出して1着。2着ディスコホールに3馬身半差。
デイリー杯3歳ステークスは1番人気に推され、先行し抜け出して1着(ただし、佐藤の騎乗停止により田原成貴が代打で騎乗)。2着ユートジェーンに3馬身半差。
この年から3歳牝馬チャンピオン決定戦となった阪神3歳牝馬ステークスに出走。1番人気、1着。3番人気のサンエイサンキューは2着、2番人気のシンコウラブリイは3着。鞍上の佐藤にとっての念願のGⅠ勝利となった。
JRA賞最優秀3歳牝馬受賞。
1992年はチューリップ賞から始動。単勝1.2倍の1番人気だったがアドラーブルに3馬身半差をつけられる2着。
佐藤はこの敗退に責任を感じて「僕には荷が重すぎます」と松田調教師に申し入れたため、これ以降騎乗することはなかった。
佐藤に変わる新たな鞍上に河内洋を迎えて挑んだ桜花賞は単勝2.3倍の1番人気。先行抜け出しで1着。2着アドラーブルに3馬身半差。
優駿牝馬でも単勝3.0倍の1番人気だったが7着。優勝は4番人気のアドラーブル。
秋はローズステークスから始動。1番人気、4着。
エリザベス女王杯では6番人気の評価だったが中団から伸びて3着。優勝は17番人気のタケノベルベット。
スプリンターズステークスではダイタクヘリオスに次いで2番人気。後方待機から伸びて1着。2着はヤマニンゼファー。
JRA賞最優秀4歳牝馬、最優秀スプリンター受賞。
1992年12月20日 中山競馬場
1993年はマイラーズカップから始動。ヤマニンゼファーを抑えて1番人気、レースでも2着ヤマニンゼファーに3馬身半差の1着。
国際競走となった安田記念には外国馬2頭が参戦する中で1番人気。先行し伸びず10着。2番人気のヤマニンゼファーが連覇。
宝塚記念はメジロマックイーン、メジロパーマーに次いで3番人気、先行して8着。
秋はスワンステークスから始動。重馬場。1番人気はシンコウラブリイ、2番人気ニシノフラワー(斤量はニシノフラワーが1kg重い)。同じ様な位置取りからシンコウラブリイが0.1秒先着。ニシノフラワーは3着。
マイルチャンピオンシップは不良馬場。1番人気シンコウラブリイ、2番人気ニシノフラワー。レースはシンコウラブリイがGⅠ初制覇。道悪巧者が掲示板を占めた。ニシノフラワーは13着。
連覇をかけたスプリンターズステークスではヤマニンゼファーが1番人気、サクラバクシンオーが2番人気、ニシノフラワーは3番人気。レースは先行し抜け出したサクラバクシンオーがGⅠ初制覇。ヤマニンゼファーは3階級制覇ならず2着。ニシノフラワーは中団から伸びて3着。
JRA賞最優秀5歳以上牝馬はシンコウラブリイ、最優秀スプリンターはヤマニンゼファーが受賞。
1994年から繁殖入り。
2020年2月5日、31歳で老衰により永眠。 馬主西山茂行のブログ ニシノフラワー旅立ちました、
墓は夫セイウンスカイの墓の隣に立てられた。
繁殖成績
生年月日 | 名前 | 性別 | 毛色 | 父 | 競走成績 |
1996年3月12日 | ニシノセイリュウ | 牡 | 栗毛 | ブライアンズタイム | 13戦3勝 |
1997年 | 牡 | サンデーサイレンス | |||
1998年4月4日 | ニシノシシオウ | 牡 | 栗毛 | ラムタラ | 26戦4勝 |
1999年4月17日 | ニシノライメイ | 牡 | 鹿毛 | ダンシングブレーヴ | 8戦2勝 |
2000年3月17日 | ニシノハーロック | 牡 | 栗毛 | タイキシャトル | 111戦9勝 |
2001年3月21日 | ニシノデュー | 牡 | 青鹿毛 | ブライアンズタイム | 50戦6勝 |
2002年4月23日 | ニシノカエデマル | 牡 | 鹿毛 | パントレセレブル | 23戦3勝 |
2003年4月17日 | ニシノミライ | 牝 | 鹿毛 | セイウンスカイ | 6戦0勝 |
2004年5月30日 | ニシノマナムスメ | 牝 | 青鹿毛 | アグネスタキオン | 22戦4勝 |
2006年 | 牡 | Singspiel | |||
2007年4月14日 | ニシノオフェンス | 牡 | 栗毛 | アグネスタキオン | 15戦0勝 |
2008年 | ロックオブジブラルタル | ||||
2009年 | タニノギムレット | ||||
2010年 | ダイワメジャー | ||||
2011年 | シンボリクリスエス |
ニシノミライの孫、ニシノデイジーは2022年の中山大障害を勝利している。