騒動の発端
2019年6月11日、アメリカ、ロサンゼルスで行われたゲームのプレゼン発表会「E3 2019」。任天堂はニンテンドーダイレクトを通して、同年11月に発売する最新シリーズ、『ポケットモンスター ソード・シールド』(以下、剣盾)の新情報を発表した。
新しいポケモンや広大で美麗なフィールドなどが報じられた一方、登場するポケモンについて以下の発表があった。
"これまでのポケモンシリーズは、全種類のポケモンをポケモンバンクから連れてくる事ができました。でも、ニンテンドースイッチに移行してから、ポケモン一匹ずつに対する表現が非常に豊かになりました。そしてポケモンは800種を超えています。一種ずつのクオリティを大事にして、バトルバランスも取って、限られた開発時間でお届けする為に、長い間議論を重ねた結果、ポケモンホームとソードシールドの間を行き来できるポケモンを、ガラル図鑑に登場するポケモンに絞る事にしました。"
すなわち今後のポケモンシリーズでは、ひとつの作品や世代で全てのポケモンを使う事は出来なくなるという旨であり、これを受け、「互換切り」という言葉が拡散していった。
(ガラル図鑑に登場するポケモンなら連れて行くことが可能であるため、正確にはポケモンの選抜が近い)
ただし、ガラル図鑑に載れなかったポケモンでも、アニメやポケモンGO、ポケモンマスターズ、ダイパリメイクなどの別作品では普通に登場している。このため、ポケモン界から完全に姿を消した訳ではないことは留意してほしい。
国内外における発表後の反応
登場ポケモンの制限については、日本のみならず世界中で議論が巻き起こった。
日本でも当初、ゲームフリークへの批判やショックの声が多数上がったが、次第に「いずれはこうなると思っていた」「仕方のない決断」「今後のシリーズに自分の好きなポケモンが一切登場しないと決まったわけではない」といった受け入れの姿勢を見せるユーザーも増え、議論はどのポケモンが登場しないのかや新ポケモンの数に移っていった。
一方、欧米諸国では日本を上回るユーザーが大激怒し、関係者のSNSが炎上。世界中から批判が相次ぎ、「◯◯が出ないなら買わない」といった投稿や、ポケモン引退の声、ゲームフリークへの失望・非難のコメントが続出した。
また、全ポケモンの登場を求める署名活動も起こり、「#BringBackNationalDex(全国図鑑を(仕分けから)取り戻せ)」、「#BoycottSwordShield(ソードシールド(の購入)を放棄しろ)」、「#TrushCurry((ポケモンではなく)カレーライスを捨てろ)」といったハッシュタグが拡散し、反対運動はまるで政治的な抗議活動のような様相を呈した。
Youtubeで公開された海外版の紹介PVでは、公開1週間後の6月18日時点で高評価1万2千に対し低評価6万5千となり、コメント欄は海外ユーザーからの批判で溢れていた。
これを受け、ニンテンドーオブアメリカは、DL版を含む剣盾の予約キャンセルおよび返金の許可をする対応を取ることになった。
主な批判意見
これまでの経緯を読んで、なぜこれほどの騒ぎになったのか疑問に思った人もいるだろう。この原因は、ポケモンシリーズの根幹がポケモンの存在にある点が大きい。
一見当然のことに思えるが、そのようなシリーズにおいて、好きなポケモンが使用できない状況は、多くのユーザーにとって大きな不満となりうるのである。
新作に新たなポケモンが登場する点はシリーズの魅力の一つだが、過去のポケモンが登場しない場合、そのポケモンに愛着があるユーザーほど不満が募り、除外の理由に納得しづらいのである。
その結果、「なぜ開発期間の延長、スタッフを増員などの対応をしないのか」「新システムであるポケモンキャンプのカレーのバリエーションよりもポケモンの充実を優先すべきだ」という声が多く上がった。
また、宣伝や情報公開に対する不満も存在した。
海外向けにはこの情報が公開されていたが、日本国内の公式サイトなどではこの事実に言及されず、外部機関であるファミ通のインタビューで触れられる程度だった。そのため、ポケモン剣盾で登場するポケモンが制限されていることは認知されにくかった。
さらに、日本向けの広報では、過去作からポケモンが集まるTVCMやポケモングレートストーリーといった過去作をフィーチャーする宣伝が多く行われ、これが「剣盾にすべてのポケモンが登場する」という誤解を招くと批判された。
批判意見に対しての反論
だが、上記の批判意見に対しての反論として以下が挙げられている。
- メインであるポケモンの数を制限しておきながら、あくまでサブのカレーを百数十種にするなど矛盾している↓
- カレーと全ポケモン追加が同等の手間・工夫・容量なわけがない。カレーを消せば全てのポケモンを出せるという話でもないだろう。
- 開発期間を延ばす、スタッフを追加するなどの対応をとるべき↓
- 確かに、ブラック2・ホワイト2のように1年9ヶ月で大幅にやり込み要素が増えた例もある。しかし、ドットでなくなり3DSから一気にモーションが充実した事を考えれば、剣盾と純粋な比較対象にはなり得ない。
また、製作期間の長期化がもたらすデメリットとして下記が挙げられる。
- 次回作を期待しているファン達を待たせてしまうことになる。
- 新作発売が遅れればタイアップとして公開されているアニメの公開時期などといった予定にも大幅な影響が生じ、各商業展開が破綻してしまう。
- ゲーム機(ハードウェア)開発スピードへの追随が難しくなる。
- キャッシュフローが悪化する。
総じて、他を妥協してポケモンに回せばいいという措置で解決するような問題とは言い難い。
なお、ポケモンキャンプのカレー作りに関しては、発売後にグラフィックの使い回しによって百数十種に増やしていたことが分かった。このため、カレー関連の批判は批判側の早とちりもある。
(詳細は『ポケモンキャンプ』を参照)
決断に至るまでの背景
今回のゲームフリークの判断の背景は以下の通り(おおむね公式の発表をおさらいしたものである)。
開発期間・工数の問題
ポケットモンスターシリーズは約四半世紀の歴史を持ち、第7世代までに807種のポケモンが登場している。さらに、色違いやフォルムチェンジ、メガシンカ、リージョンフォームといった多様なバリエーションも存在する。
今後シリーズが続けば、ポケモンの種類は増加していく。そうなると、これまでの全ポケモンを登場させ続ける場合、製作期間が長期化してしまうだろう。
このため、開発を円滑に進めるには、どこかの段階で全ポケモンの登場を見直す必要があると判断されたと考えられる。
また、ゲームフリークの「1年間の製作期間内で最善を尽くす」という方針もこの決定に影響していると考えられる。
ゲームバランス調整の問題
公式のコメントにあるように、全ポケモンを登場させるとゲームバランスが崩れ、対戦の楽しさが損なわれる可能性が高まる。
過去のポケモンシリーズには、未進化ポケモンや活躍にあたって他と差別化が難しいキャラが多く存在していた。過去作は、その膨大な数のポケモンを使った戦略を維持しながら、最低限の楽しさを確保するという非常に厳しい環境だった。(実際に上手くいっていたかはユーザーによって大きく異なるだろう)
これに対して開発スタッフが苦心していたであろうことは想像に難くない。
シリーズが進むにつれ、ポケモンは育成RPGやキャラゲーの側面よりも対戦ゲームとしての要素が強まり、eスポーツや大会の規模も拡大していった。
今回の選抜は、新作を発売しても過去作と似たような構成の対戦が使われないよう強制シャッフルを試み、対戦や大会のマンネリ化を防ぐローテーション制に移行したと見ることもできる。
剣盾で新登場したダイマックスが、今回削除されるメガシンカやZワザを統合したともとれるシステムになっているのも一例である。
余談
過去の類似事例
なお、ルビー・サファイアが発売された際も、技術的な問題により、金・銀・クリスタルからポケモンを連れてくることができなかった。
しかし、後に発売されたポケモンコロシアム、ファイアレッド・リーフグリーンおよびエメラルドなどと通信することで、全てのポケモンを揃えられるようになった。
第二世代から第三世代への全ポケモンの移送は技術的に不可能だったため、技術的な都合として理解されることが多く、批判もあったものの、許容されることの方が多かった。
前述の通り約2年後には全ポケモンが対応したこともあり、この事例は現在ではまず槍玉に挙げられることはなく、その後は剣盾まで同様の事例がなかった。
今回の剣盾の発表が大きな反響を呼んだ理由には、ネット文化の普及や期待の裏返し以上に、10年間続いていた「全ポケモン対応」が突然途絶えたショック、そして(最初は詳しく語られていなかったが)今後のシリーズの方針も半ば決まってしまった不安が大きかったのだろう。
登場が確定したポケモン
公式からは「出演ポケモンの明確な数は公開しない」という方針が語られているが、「公開されているPVに出ているポケモンの進化系はすべて出ます」という法則性についても明かしている。
一部ユーザーの間では出演が決まったポケモンを「内定が決まった」と表現し、一覧を作る等といった動きが盛んになっている。
登場ポケモンを購入判断材料にする場合は参考になるものになっている。
発売直後の評価
当初ガラル図鑑には既存の伝説ポケモンがタイプ:ヌルとシルヴァディ以外存在しなかったため、伝説ポケモン愛好者からは落胆の声が聞かれた。
一方、対戦環境に対してのみだが環境で猛威を振るっていたポケモンがいなくなった事を評価する声もあった。
また、ヒトカゲ系統は図鑑に掲載されたものの、カントー御三家の他2種は図鑑には掲載されない等、一部ポケモンの優遇が露骨になっているという声もあった。(ただし、HOME解禁後に連れてくることが可能になった)
さらに使えなくなった技もあることが判明した。「おんがえし」「おいうち」「シグナルビーム」がデータこそあれど使えない状態となっていた。有用な「めざめるパワー」に関しても廃止されたが、これについては当該記事参照。
人によってはこれらの件も含めて『剣盾ショック』とする場合もある。
他にも細かい指摘はあったものの、そもそもこのポケモンの選抜に関しては一部の既存ユーザーにとって大きな関心ごとであった一方で、購入者の大多数を占める新規ユーザー、ライトユーザーにはほぼ影響がなかった。
(新規ユーザーは既存ポケモンを知らないため、ライトユーザーは登場ポケモンの種類によって作品購入をやめたり評価を下げたりしない)
公表当時は非常に騒がれた(『6.11事件』と呼ばれたほど)ものの、いざポケモン剣盾が発売されると売上は堅調に推移し、最終的にはあまり大事に至らず沈静化した。
その後
2020年1月9日(発売から約2ヶ月後)のダイレクトにてポケットモンスターシリーズで、史上初の有料DLCとなるエキスパンションパス『鎧の孤島』と『冠の雪原』のリリースが決定。
これまでのアップデートは不具合の修正が主であり、追加要素の実装や大幅な仕様変更が加わった事例は初となった。
そして、2020年1月時点でガラル図鑑に登場していないポケモンが200種以上登場することが告知され、ポケモン達の復帰という異例の売り文句の元、UBや準伝説含む全ての伝説ポケモンがガラルへ参入する結果に。
追加されるポケモンは通信交換やポケモンホームを用いた過去作からの移動を行うことで、エキスパンションパスを購入せずとも入手すること自体は可能となる無料アップデートも併せて行われた。
ただ、『冠の雪原』でも登場しない種は依然残っている。
2022年11月18日に第9世代となる『ポケモンSV』が発売され、剣盾と同じくおよそ400種類のポケモンが登場。
剣盾やBDSPに登場しなかったポケモンを中心に選抜されており、この作品でポケモンの総数が遂に1000種類を超える事となった。
こちらも剣盾と同じく2023年に有料DLC『ゼロの秘宝』が発表され、9月13日に『碧の仮面』が、12月14日に『藍の円盤』が配信された。これによって延べ694種のポケモンがSVに集結することとなった。
関連タグ
- ポケモン剣盾
- 6.11事件:表記揺れ。かつてはこちらの方が広まっており、本記事でも使われていた。
- RSE:本シリーズの過去作。上述のように、こちらも技術的な問題から過去作から選抜が行われたが、オミットが行われなかった事例。ホウエン地方にいないポケモンも内部データに存在しており、新作との連動によって当時の全てのポケモンを入手できた。
- ポケモンスタジアム:同上。NINTENDO64DDで開発予定であり、後に全ポケモンが出場可能な拡張ディスクを販売する予定の為に選抜が行われた。