如月ショック
きさらぎしょっく
問題となったのは、アニメ『艦これ』第3話「W島攻略作戦!」の終盤のシーンである。
「よかった、これでもう大丈夫そう」
戦闘は終了し、ただ1人孤立していた如月は、撤退していく深海棲艦を見て安堵していた。
視聴者の多くも同じく安堵していた。「Aパートの睦月の死亡フラグが回避された」(彼女は出撃前に「作戦が終わったら話したいことがある」と、如月と『約束』を交わしていた。ベタな死亡フラグである)「戦闘が終了すればもう心配は無い」(原作ゲームでは戦闘終了宣言後の敵の追撃戦はイベント・特殊戦闘含め存在しない)と。
そして、視聴者の目線は次の「睦月の伝えたい事」に移っていた。
しかし、それは視聴者目線の勝手な期待や、ゲーム目線でしかない慢心であり、甘い考えであった。
そこに潮風が吹いた。
「やだ、髪の毛が傷んじゃう」
如月は、この潮風で髪が傷む事に気を取られてしまう。
彼女は髪の毛を大事にするキャラクターであり、これはゲームにおける戦闘開始時の台詞である。
※ちなみに、ゲームでは正確には「やだ、髪が傷んじゃう」で、図鑑では「髪の毛が潮風で傷んじゃう」である
この『潮風』が、惨劇の元凶となる。
すぐ近くに、金剛型による三式弾射撃によって壊滅したと思われていた軽母ヌ級の放った艦載機の生き残りがおり、如月に特攻してきたのである。
当該機は爆弾を投下後、爆発。潮風に気を取られ、油断していた彼女は、投下された爆弾に気づく事ができなかった。そして彼女が爆弾の方を振り向いた時には、既に爆弾は目の前に…。
待っててね、如月ちゃん!
如月の親友であり、メインキャラである睦月のカットが一瞬入った直後、如月に爆弾が直撃し、大爆発。
一瞬でバラバラに砕け散った艤装。その瞬間次に映ったのは、沈みゆく如月の姿であった。
如月は文字通り轟沈してしまったのである。
如月のこと、忘れないでね……
こうして、ゲームと同じ辞世の句と共に、如月は暗い深海の底へと消えていったのだった。
結果として、髪を大切にする、彼女の個性と性格が命取りとなってしまったのだ。
周辺に味方艦はおらず、彼女の最期の声は、誰にも届かなかった。
W島攻略作戦自体は成功裏に終わり、如月を除くW島攻略部隊は鎮守府に凱旋。拍手喝采を以って出迎えられる。一方、如月の友人である睦月は、吹雪と共に岬に向かい、如月の帰りを待ちわびていた。出撃前に交わした「約束」を果たすためである。
彼女が、二度と鎮守府に戻ることはないとも知らず。
一方秘書艦長門は、提督に如月のMIA(missing in action :戦闘での行方不明)及び捜索の打ち切り・轟沈認定を告げ、普段のED「吹雪」が流れることなく(流れたのは「Let’s not say ”good bye”」である)3話は終わる。
第1話の「慢心は禁物だ」という言葉通り、慢心してしまったばかりに、彼女は本当に死んでしまったのである。
突如その身を深海に沈めていった如月を前に、視聴者たる提督達は、名のあるキャラクターの突然の死によって、犠牲が出ないまま勝てるほど戦争は甘くない事を、まざまざと見せ付けられてしまったのだった。
…ここまでは戦争モノのよくあるキャラクターの死亡・退場パターンだが、艦これというゲームの性質・土壌・風潮もあって、艦これ界隈は一時騒然となる。
別名として「如月轟沈事件」「1・22事件(9・18事件のもじりか)」など。
補足
原作となるブラウザゲーム『艦これ』では、ダメコンなしでの轟沈は、すなわちその艦娘の戦死を意味する。これは装備ごと艦娘がロストしてしまうことで表現されている。たとえケッコンカッコカリしていたとしても、指輪は哀れ艦娘諸共海の藻屑となってしまう。仮に新たに同じ艦娘を手に入れても、レベルは1で、失われた装備や共に過ごした時間が戻ってくる事はない。
だが、原作ゲームにおける轟沈は決して現実のような理不尽・不可避なものではない。黎明期の幾多の艦娘の犠牲や有志の検証によって轟沈の条件が既に明確になっており、艦娘を沈めないプレイングは現実的なものとなっていた。つまり、(少なくともアニメが放映された時点では)提督の采配次第で、轟沈の悲劇は確実に回避することが可能なのである。
このため、多くの提督の間では艦娘を轟沈させることはタブー視・忌避されており(捨て艦という用語が存在するのも、それを忌避する層の存在ゆえである)「荒れる種であり提督間のタブーでもある轟沈は、そもそも扱わないか、扱いに慎重になるだろう」という、視聴者の慢心・淡い希望・思い込みがあった。しかし、この如月の儚くあっさりとした最期により、ここで打ち砕かれたのである。
※事実、テレビ番組「zip!」の艦これ特集で蒼龍・比叡を轟沈させた場面では「故意に轟沈させたのではないか」「(レベルから考えて)手に入れたばかりだろうに、何てことをするんだ」といった批判の声が多く、Twitterでも大いに話題になっていた。
そして余談だが、zipで蒼龍・比叡が轟沈させられたのは2014年1月22日放送分、つまりアニメの如月轟沈のちょうど1年前である。1月22日は艦これにとって轟沈に呪われた日なのだろうか…。
彼女のモチーフとなった旧日本海軍の駆逐艦「如月」も、開戦早々にウェーク島攻略作戦でアメリカ軍のF4F戦闘機の攻撃によって戦没しており、それに重なるかのような最期(3話予告の時点でW島をウェーク島と重ねた提督も多かった)で「嫁の二度目の死」を味わうハメになった如月提督は、突然の嫁との別れに唖然となった。
原作ゲームではあり得ない小破以下・無傷からの轟沈の可能性(原作ゲームでは大破の状態で進軍さえしなければ轟沈することはない。そうでなければ不正ツールかバグ・不具合である)を示唆したことで、他の提督達にも「次は自分の嫁が沈むかもしれない……」という恐怖感を植えつけた。
更に劇中での最初の轟沈者が史実で艦これのゲーム登場中で最初に戦没した艦と同じ名を冠する艦であり、かつ殊更史実をなぞったシチュエーションということで、「まさかの戦史再現シナリオ(=艦娘の大半が轟沈し敗北)」か、と戦慄する提督も少なくなかった。
そもそも、彼女の轟沈寸前には睦月らによって幾多の死亡フラグが乱立されており、むしろ「死亡フラグが露骨すぎるので、逆に裏をかいた生存エンドなのではないか?(もしくは「これで死んだらギャグだ」)」「今更3話で安易に殺すはずがない(魔法少女まどか☆マギカ3話でメインキャラの巴マミが死亡したのを筆頭に、3話からの急展開を軸とした作品の影響で、視聴者には『3話での死亡・急展開』はありきたりなもの、いわば二番煎じだと認識されていた)」という淡い期待を抱いたり、高をくくっていた視聴者もいた。
その期待が裏切られ、大方の予想通り轟沈という結果となったのは、これを見ての通りである。
その後のアニメ展開
第4話の次回予告においては鬱展開の後のハイテンションの金剛のサブタイトル読みが不安を煽った。それと同時に「如月の事を気にかけるのが睦月だけで、他の艦娘は吹雪くらいしか気にかけないのではないか?」という懸念があった。
実際には、蓋を開けてみると如月と関わりがあった艦娘は各々なりに如月の轟沈を受け止めていた。
- 長門はW島の戦術的勝利に対して最小の犠牲と冷酷ぶっているが、陸奥に「無理して嘘を吐いている」ということを指摘される。如月への罪悪感を抱えながらも作戦を進める長門なりの覚悟が見える。
- 如月の直接の上司だった第四水雷戦隊の夕張が如月を喪失させてしまった事を悔やんでいるという、陸奥の台詞。
- 第六駆逐隊の四人は夕立や吹雪と共に授業に身が入らず、それぞれ睦月の事を気にかけている。
- 駆逐級の講師を務める足柄・那智・羽黒は如月を失った事の士気の低下や如月を失った事を気にかけている。足柄も第2話のやり取りがあっただけに物悲しい。
- そして睦月はクラスや寮では気丈に振る舞うものの波止場で如月を待ち続けて廃人になりかかるが、金剛との触れあいで悟った吹雪が睦月を無言で抱きしめ涙を流しあう。
など。
金剛型や島風のギャグ展開や、如月の僚艦だった第四水雷戦隊の反応が殆どない(四水戦がメイン人物に絡んでくる場面は当該の3話のAパートの弥生と望月だけである)事を除けば、鎮守府全体が如月の轟沈を悼んでいる描写は存在していた。
あえて言うならば、如月が轟沈した事実を知るのは、神の視点にいた視聴者だけであり、現場にいた四水戦の面々やその報告を受け轟沈を認定した長門ですら「彼女が轟沈する姿を目の当たりにした」わけではないので、他の艦娘が無反応だったりするのは致し方なしと言えばその通りな点であろう。
そもそも、3話以外でアニメ第四水雷戦隊の面々が睦月や吹雪に絡むことはなく、旗艦夕張の再登場は本筋と全く無関係(※)であった。その為、視聴者が彼女らの心境を知る機会は全くなかったのである。
※6話で高速建造材でカレーを台無しにしてしまった第六駆逐隊に、新しい鍋を作ってあげる場面。6話の主人公は第六駆逐隊であり、吹雪と睦月にほとんど台詞はなかった。その後彼女が登場するのは9話だが、吹雪・睦月と絡む事はなかった。
5話~9話では全く触れられなかったが、その後も如月に触れる描写はあった。
- 10話では功を焦り轟沈の危機に晒された主人公吹雪を諌める為、睦月は既に亡き如月のことに触れ、大粒の涙を流す。
- 11話では、MI作戦の成功祈願も兼ねて、如月に向けて花を手向ける睦月の姿があった。
- 最終話では、戦闘終了後に何と…。ここから先は重大なネタバレとなるので、自身で確かめていただきたい。
如月の轟沈は睦月のトラウマとして残っていたのだ。
そして11話での戦いが終わったその後に・・・!?
ブラウザゲームでの展開
如月の絵師である草田草太氏は、第3話の最速放映終了後「アニメはパラレルワールドだと解釈しているので、如月提督のみなさんは気を落とさないでね。あなたの如月は元気よ」というフォローを行っている。
一方でブラウザゲーム公式Twitterなどでは、アニメ3話の内容には一切触れていなかった。
また如月ショックの後、如月を育て直してアニメでは殆ど見せなかった提督LOVEの側面に惹かれた提督も見受けられるようだ。アニメでは睦月を初めとした友人たちには普通に接していたのもギャップとして大きいであろう。
2015年2月9日のトラック島空襲イベントと同時に、時雨改二・叢雲・浜風と共に睦月と如月のバレンタイン限定イラストが追加された。
如月は高速修復材のバケツを使ったバケツチョコを作っており、可愛らしいエプロン姿を見せてくれた。
提督LOVEの本領を発揮した上で新妻オーラを出してくれる如月の姿に安堵した提督も多いだろう。
そして2015年4月23日、艦これ2周年を記念し、満を持して睦月とその姉妹艦である如月に、改二が同時に実装された。→睦月改二・如月改二
つい3ヶ月前は悲しみに暮れていた多くの提督が、彼女らの新たな姿の登場に歓喜したのは言うまでもない。なお、当日は奇しくも如月が轟沈したアニメ3話の再放送日であった。
如月ショックは、彼女の扱いや、艦これアニメに対する認識を変えてしまった。
一時はコマンドーを始めとした、死亡したと思われたキャラ・人物の再登場シーンのコピペ改変に使われる、如月が登場するシーンで供え物や「生きていたのか」という主旨のコメントをされてしまうなど、以前の彼女からは考えられないようなネタや風評被害で溢れかえる事となる。
今までは知る人ぞ知る「駆逐艦のエロ担当」だった如月は、一夜にして轟沈キャラ・死亡担当・悲劇のヒロイン(公式の犠牲者)へと変貌してしまったのである。
そして問題の回が放送された2015年1月22日以降、「如月ショック」、「如月ちゃんを救い隊」というタグがPixivに誕生し、その関連イラストも多数投稿された。
視聴者達は「日常7割戦闘3割」という公式側の発言及び1話と2話の描写から、日常を「艦娘達の温かく微笑ましい日常(と、それを崩す深海棲艦との戦い)」「美少女動物園」をイメージしていた者が多かったが、その実「いつ死が訪れるかわからない、激しい戦闘・戦争の中での日常」であると、その認識を改められることとなる。
結果として、アニメにおける艦娘の命が、提督達のイメージより遥かに軽いものであること、そして艦娘達は死が身近にある世界に生きており、期待していた平穏な日常とは程遠い場所にいることを、まざまざと見せ付けられてしまうこととなったのである。
また、この如月轟沈により、かつて艦娘を自身の慢心により失ったトラウマをフラッシュバックしてしまった提督もいた。
何よりも、ファン間での轟沈に対する認識の差や溝(後述する「轟沈許容派」と「轟沈否定派」の温度差と軋轢)を決定的なものとしてしまったことが大きい。如月の轟沈がもたらしたのは、作中での艦娘達の悲しみよりも、現実世界での提督達の怒りと論議だったのである。
インターネット上各所の艦これ関連のコミュニティは轟沈の是非、アニメへの批判で大荒れとなり、艦これ攻略の総本山である「艦隊これくしょん攻略wiki」では、該当する如月・如月改のページが艦これアニメそのものや、露骨に特定の艦娘の扱いを贔屓する運営への批判で溢れかえってしまい、コメント欄が一時閉鎖される騒動となった。
批判の声
やはりというか当然というか、この曲がりなりにも人気のあるキャラの唐突な死という展開に反発・憤慨している者は艦これ提督を含めてかなり多いというのが実情である。
当時は問題の第3話の脚本を担当した吉野弘幸を筆頭に、シリーズ構成の花田十輝、そして本作の全体的な監修役である田中謙介ら制作者を批判する声が根強かった。
彼らは『艦これ』という作品の特殊さを十分理解していなかったのではなかろうか。
アニメ内で見てもこの時の作戦指揮を執った提督と長門にも非難の矛先が向き、さらにこの落とし前をどう付けるのかが期待された第4話に至っては半ばギャグ回も同然だった事もあってか、この回でメインを張ったキャラクター達の活躍すら「無神経」、「キャラの改悪」と感じた人も少なくなかった。
- 勝利の結果・メインキャラクターの活躍ありきの出来レースとも取れる以降の展開
第4話以降(10話で睦月が如月の件に触れ、大粒の涙を流した以外)ほとんどのキャラが如月の死を吹っ切ったような空気になっており、第3話のこの結末と第4話から第6話にかけてのコメディチックな展開に納得出来ない者、7話以降の艦娘轟沈の危機が幾度も訪れる展開にギャップを感じた者、如月が轟沈してしまった事でその後ストーリーが素直に楽しめなくなったという者も相当数居た。
特に最も評価が高かったとされる第6話は、第3話の後とは思えないのほほんとした話であった。この6話ですら、浅学な二次設定を放り込まれ、無思慮なキャラ改悪により仲間を労わる心すら失った女にされた足柄のファンからの評価は酷いものである上、6話は本筋とは関係がない。
後の戦闘シーンでも『対空警戒を怠った所に敵機が来襲し、撃沈された』という、如月轟沈の戦訓が何も活かされていないに等しい描写ばかりだったのも批判に拍車をかけている。
例えば第8話では、敵機撃ち漏らしに対する警戒が全く回っていない(※1)、第11話では直掩を出さずに攻撃を続行したが為に背後から敵の奇襲を受け、機動部隊の中核を担う4空母が全員被弾、壊滅的な打撃を受けた(※2)。
※1:最初に敵機来襲に気づいたのは実戦経験皆無の大和の対空電探。その後に睦月が敵機を視認してから「そういえば」とようやく気づいている。しかも敵機来襲の報が飛ぶほんの少し前のシーンでは、睦月と夕立は艤装などしていない、無防備のスク水姿。第六駆逐隊は艤装もつけず砂浜で遊んでいた。
※2:大敗した史実のミッドウェー海戦ですら、低空から侵入する雷撃隊迎撃の為に直掩の零戦は上がっていた(空母喪失の主たる要因は、高高度警戒を怠った結果のSBDによる急降下爆撃である。また、「ダンピールの悲劇」ことビスマルク海海戦にも、瑞鳳艦載機を初めとした直掩機はいた。結果は当該項目を見ての通りである)。
このようなメタ目線でなくとも『敵の勢力下で直掩機を一切飛ばしていない(敵機が来襲しても迎撃体制すら取れない)』状態がいかに危険で愚かであるかは、素人目に見ても明らかなはずであった。
ゲームでは蒼龍が「対空見張りも厳として」(これも史実のミッドウェー海戦で、上空警戒を怠った為に米軍急降下爆撃機の侵入を許した事に由来する)と話すのだが、アニメの彼女は全く対空見張りを厳とする様子はなく、結局たまたま後ろを振り向いた夕立が敵機を発見する。もし彼女が後ろを向いていなかったら、まさに無防備のまま空襲されていた所だった。
また、史実では飛龍は難を逃れ、ヨークタウンへ反撃を仕掛けているが、アニメの飛龍は隻眼ヲ級の奇襲に際しては防戦一方となり、ついに反撃する機会を見出せなかった。
- 杜撰にも見えるキャラクターの扱い
艦これには所謂「名無しのモブキャラ・使い捨てのモブユニット」は存在せず、全員が主役で脇役たり得るゲームである。しかし、アニメにおける如月は『所詮』主人公の友人の友人であり、特段重要視すべきキャラクターとは言えなかった。そのため、「最初から轟沈を描く為に出し、予定通り生贄にした」という印象すら与えてしまった。
花田十輝氏は「彼女の轟沈には物語上の意味がある」とアニメージュで発言しているが、結局最終話まで如月の死の意味を見出せず(最初から3話で死亡する話題性の為の無駄死にで、物語上の意味など火消しの方便でしかないと解釈した者もいた)、期待を裏切られたと感じた視聴者・提督も少なくなかった。
これは「轟沈への恐怖感を煽る為だ」という説も有力だが、視聴者が抱いた恐怖感は「作中で艦娘が沈み、二度と会えなくなってしまう」事に対する作中の人物目線の恐怖以上に「自分の嫁が適当に扱われた挙句、如月のように使い捨てられるのではないか」「このまま轟沈が続けば、(どの艦娘にも一定の愛着がある)自分の精神が持たない」という、自分目線の恐怖もあった(この後7話で起きた炎上祥鳳等、これらの不安は現実のものとなってしまった)。
つまり、アニメは基本的に吹雪目線で物語が進むため、如月の轟沈も淡々と扱われたのに対し、原作を知る提督はプレイヤーの目線でアニメを視聴しており、轟沈を自分事のように捉えてしまう人が多かったのである。
如月提督の中には、アニメでは如月が轟沈することを前提に脇役的なキャラとしか扱われず、十分に彼女の魅力が描かれないまま退場したことに落胆した人も少なからずいた。アニメはたまたまそういう世界観だったと冷静に受け止めたとしても二次創作への影響は計り知れず、初期から提督LOVE勢として知られていた如月だが、アニメ放送以降は「かわいそうな艦娘」という扱いが多くなる。
このように、この事件を経てアニメに対する評価は一気に風向きが変わってしまった。
許容の声・批判への反論
一応、アニメ放送前から轟沈ネタをやる事に許容的な意見を持つ提督も結構存在していた。
実際、3話終了後には怨嗟の声と共にある程度許容する声も上がっている。
ただし、これは大多数がブラック鎮守府や捨て艦の肯定・推奨というわけではなく、あくまで展開そのものに対する話であり、一方でその許容派の中にも「轟沈させるのは良いとして、だったらそこに至るまでの流れや話をもう少し丁寧に描写すべきだった」とする意見もかなり多く、全ての許容派の人間が手放しでこの展開を受け入れたわけではない。
- 「戦争物」なんだから戦死者が出ないのはおかしい。
- 味方が死なない戦争など緊迫感がない。戦争を甘く見すぎである。
- ゲームシステムの都合(大破進軍しなければ轟沈しない等)を、アニメに持ち込まれても困る。
轟沈反対派の言い分は「艦娘を愛している提督ならば、沈めるなどあり得ない」「荒れる火種になる」というプレイヤー目線・商業的な理由でしかなく、一方でアニメにシリアスや史実再現を求めていた層の中には、艦娘の誰かが犠牲になることだろうことを予測していた人もいた。
これに対しては、退場方法を傍から見れば唯の無駄死に同然のものにする必要性はなく、もう少し説得力のある方法にすることも出来たはずという再反論もある。
- 如月の轟沈によってその後の話に緊張感が出た。一概に批判するのはおかしいのではないか。
ゲームでは提督の慢心や不正・ゲーム側の不具合によってでしか轟沈は起きない。「轟沈はない」と高をくくっていた視聴者・提督を戒める為にアニメでの轟沈を描いたとする意見である。
如月がゲームではあり得ないシチュエーションで轟沈したことで、いつでも艦娘が沈み得る世界である事を示唆し、戦闘シーンでの緊張感を生み出したのは事実だろう。
ただ「提督の慢心・不正」が絡まない轟沈によって安心感を消された事自体が批判の原因である側面も否めない。
事実、批判している視聴者が抱いていた懸念は大方「自分のお気に入りの処遇が心配」といった作中人物が持ち得ないメタな緊張感であり、作中人物の目線による「目の前の人物が、明日いないかもしれない」といった緊張感ではなかった。
- 艦これの各種メディアミックスでも、戦死者や犠牲者が全く出ていない事が明確になっている創作物は意外と希少である。
ほとんどの艦これの小説・漫画では、幾多の名もないキャラクターが犠牲になっていることが示唆されている。例えば、陽炎、抜錨します!では、名前が出ていないモブの艦娘が轟沈した事を示唆する描写があり、鶴翼の絆では船の乗員が深海棲艦に捕食されている。瑞の海、鳳の空でも、主人公の仲間と同僚が深海棲艦の襲撃により犠牲となっている。
- 轟沈の伏線は所々にあった。突然起きた悲劇のように言うのは滑稽。
第1話の「髪が傷んじゃう」「慢心は禁物だ」、第2話の「吹雪ちゃんが轟沈しちゃいます」、第3話の死亡フラグの数々、如月だけ教室から出て行こうとしているキービジュアル等、轟沈がある事を示唆する描写は所々にあった、というもの。
- プレイアブルキャラクター=重要キャラではない。名のあるキャラの死を重く見るのは視野が狭すぎる。
- たかだかモブ1人が死んだだけで何を騒いでいるのか。良く引き合いに出される、先輩格であり、メインキャラクターである巴マミとはキャラクターの重みが違う。
前述した通り、如月は物語上特に重要なキャラクターというわけではなく、吹雪のクラスメイト・睦月の友人という立場に過ぎない。特に彼女に特段思い入れの無い提督や、アニメ初見の視聴者には「突然持ち上げられたモブキャラが、ギャグみたいに死亡フラグ立てられて、戦場で油断して勝手に1人で死んだ」ようにしか見えなかったのだ。
沈むならメインキャラであり親交のあった睦月や夕立、憧れの赤城であるべきだったという意見も当時は散見された。実際、前評判やAパートで彼女の立てた死亡フラグの数々から、その予想は多かった。
なお、キャラの重み云々やモブかどうか、人気か不人気か等は艦これという特殊な題材の関係上言いだしたらキリがなくなってしまうのであまり口にすべきではない。
特に艦これをプレイしたことがない視聴者は、原作をプレイしている提督たちと比べると艦娘に対する価値観が根本的に異なっている。
たとえアニメではモブ同然であっても、実際のゲームには特定の主人公は存在せず、如月を好いている提督も決して少なくないということを忘れてはならない。
誰だって自分が好いているキャラのことを「一モブキャラ」と決めつけられ冷たく切り捨てられるのは気分のいい事ではないのだから。
- そもそも戦場で油断したら死ぬのは当然である。
- 艦娘は元より兵器。所詮「物」であり、消耗されるのは至極当然。何故それにポカポカ日常ものを期待したのか理解できない。
- 如月の轟沈は「如月の自己責任、旗艦夕張の監督不行き届き、第四水雷戦隊の連帯責任」であり、提督の責を問うこと自体が間違っている。
要するにアニメでの轟沈は「艦娘自身の慢心によって起きる」とする意見である。事実、夕張は如月喪失の責任を取って懲戒(10日間の謹慎)処分を自ら申請して受けている。
しかし、この理屈はゲーム提督にとっては「艦娘に責任を転嫁する」(前述した通り、ゲームでの艦娘轟沈は、提督の慢心によって起こる物である)事に他ならず、安易に受け入れられるものではないのも事実である。
また、「弟子の不始末は師の不始末」という言葉があるように、第四水雷戦隊の連帯責任以前に、そんなミスを犯すような部隊を編成、出撃させた提督の采配ミス、監督不行届でもあるのもまた事実である。
もし提督が出撃前に、「何があっても絶対に油断するな」などの注意喚起を徹底した上で起きた事案であれば提督は注意喚起の徹底という形で自分の領分での責務は果たしているので責任追及を受けることもなかったかもしれないが、アニメ提督はセリフなし姿なしのため全くフォローがなされず、結果責任の所在で揉めることとなってしまった。
「勝手に慢心して髪を気にする如月が悪い。むしろ命を賭して一矢報いた軽母ヌ級の艦載機を称えるべき」という意見もある。無論これには「自分たちは動く艦娘を見に来たのであり、敵である深海棲艦の活躍を見に来たのではない」という反論もあるが…。
また、艦娘は元々は軍艦という兵器だったとは言え、今は電脳の海の中とは言え自意識がある人と大差ない存在であることも忘れてはならない。
「所詮「物」であり、消耗されるのは至極当然」という発言は、その点を無視している発言であり、「物(オブジェクト)」ではなく「人(キャラクター)」として見ている人からすれば「こんな酷いことを言うやつは、自分のためならなんでも使い捨て同然に切り捨てる血も涙もない奴だ」「こいつが提督になったら間違いなくブラック提督になる」と決めつけられる危険性があることを頭に入れておこう。
- 3話以前の戦死に対する危機感描写と、指揮官の言動
前項でも述べているように、3話に至るまでの轟沈への危機感に対する描写はお粗末なものだった。
1話では出撃経験が無く航行すらまともに出来ない吹雪を、提督自らが重要な戦闘である敵泊地攻撃に駆り出させている。
また2話では神通らが「次の作戦で、一緒の艦隊として出撃できない」という理由で吹雪に訓練を課し、水雷魂という精神論を持ち出して浪花節じみた説得でまだ低練度な吹雪を作戦に加えることを勧め、そして長門がそれを承諾している。
吹雪よりも圧倒的に練度の高い如月が一瞬の不意を突かれて轟沈するような世界観の中にあって、基本的な戦闘行動すら満足に行えるか怪しい吹雪を戦場に出す判断を行った提督・長門・神通のいずれの指揮官も、部下の命を預かっているにしては脳天気かつ無責任な判断である。(特に提督と神通に関しては私的感情が絡んでいるので余計に悪質とも言える)
その上2話の(特に訓練や那珂関連での)平和な描写も相まって、多くの視聴者は轟沈への危機感というものを全く感じさせなかったのである(※)。
前項で述べたようなハードな世界観を描くならば、最初から轟沈の可能性を示唆する明確な説明や伏線、キャラクターの反応などを描く必要がある。
それを怠ったまま、それどころか指揮官クラスの部下の死の危険を軽視した言動や、茶番のような訓練などの描写を繰り返したことも、反響の原因の一つであると思われる。
※一応フォロー・擁護をしておくと、1話の吹雪の危機や、2話の睦月の「(訓練の連続で)吹雪が轟沈するかもしれない」と轟沈を示唆するセリフなどはあったし、視聴者に「これだけ平和なら死人は出ないだろう」というミスリード・慢心を誘う為だったとも考えられる。
しかし、2話に関しては「本当の意味での轟沈への危機感」だと感じた人間は決して多くはなかったし、平穏な日常がミスリードや悲劇の前置きに過ぎず、期待を裏切られた事に怒って視聴を打ち切ったりアニメ公式を非難する意見を送った視聴者がいた事は間違いない。
- 4話の問題点としてよく挙げられる、金剛型を筆頭としたバカ騒ぎ問題に対して
あえて明るく振舞う事でダダ下がりだった鎮守府全体のテンション(士気)を無理やり上げようとしたと考える事もできる。
実際にテンション自体は戦闘において非常に重要な要素であり、テンションが低かったせいで勝てる戦いに勝てなかったり、逆に劣勢をひっくり返したケースが史実や現実に起きている事からそういった点で実は金剛型は敢えてピエロを演じた可能性も十分ありえる。
そういう展開も決して珍しいことではないのだが、それにしてもあまりにも落差が激しすぎた事、その結果があっさりし過ぎていることから許容派の中でも賛否が分かれているのだが…
直接無関係の他メディアにまで飛び火
この如月ショック、単なる『艦これ』界隈での波紋に留まらず、その影響が意図せず全く無関係の外部にまで飛び火してしまった。
放映終了直後、1月20日に発生したISIL(IS、所謂イスラム国)による日本人人質事件に関するコメント(当時、身代金支払いの72時間のタイムリミットが目前に迫っていた)がメインだった日本のTwitterのトレンドは、瞬く間に如月轟沈の悲鳴と『艦これ』アニメ関係のトレンドに塗り替えられてしまったのである。
現実で今起きている生身の2人の安否よりも、架空のアニメキャラクターの死が世の関心を上回った瞬間であった。
後にこれが各種ネットメディアにも取り上げられ、3話のネタバレがどんどん飛び火し、延焼。
1月22日NHKのつぶやきビッグデータにも、「錦織圭(錦織が全米オープン2回戦を突破したことによる)」「Windows(Windows10へのアップグレードについて発表があった)」「カレーの日(1月22日はカレーの日である)」関係のワードに混ざって「如月」「轟沈」が載るなど、その爪跡を残していった。
なお、この衝撃のビッグデータにより放映前にネタバレされてしまった提督もいた。
つぶやきビッグデータに艦これ関連のトレンドが上がる事は決して珍しい事ではないが、このような形で不意打ちを食らうとは誰も思っていなかっただろう。NHK側も含め、完全にとばっちりである。
このような状況は、翌日に後藤マザーが電波記者会見を開くまで続いた。
W(う)島=ウェーク島ではないかと第3話放映前から既に指摘されていたが、如月が轟沈したのは所謂「史実再現ネタ」である。
真珠湾攻撃後に開始されたウェーク島の戦いがW島のモチーフになっていると推測される。
そして史実の如月も、このウェーク島で轟沈していた。
まず史実とアニメ版では大きく作戦や前提条件が違い、史実では三回の爆撃によって敵戦力を無力化した後に上陸・制圧という作戦だったが、アニメ版では吹雪たち陽動部隊が夜間に敵守備隊を湾内なから誘い出し、闇夜に紛れて隠れていた如月たちの部隊と挟撃するというものだった。
艦隊編成はアニメの『第三水雷戦隊』の立ち位置は、史実における第6水雷戦隊と第18戦隊である。
ウェーク島の第6水雷戦隊は軽巡洋艦:夕張を旗艦として、駆逐艦は睦月型の睦月、如月、弥生、望月ら第三十駆逐隊と、旧式の神風型駆逐艦である第二十九駆逐隊追風と疾風であった。
また第6水雷戦隊の援護を担当していた第18戦隊は軽巡洋艦の天龍と龍田である。
アニメ版においては「主人公である吹雪の親友」ポジションの睦月たち第三水雷戦隊へ。天龍と龍田の代わりに球磨と多摩を投入していると思われる。
作戦内容や作戦目標が異なる(史実:基地占領、アニメ:敵艦隊の殲滅ないし弱体化)ため、その推移では大きく異なるが、本当に大雑把な概要では「思わぬ反撃」「制空権損失」「如月の爆沈」だけは史実とアニメで共通している。(その他の共通点は殆ど無い)、因みに上記の神風型の「疾風」はウェーク島の砲台によって如月より前に沈没し太平洋戦争最初の水上戦没艦となった。
また現実のウェーク島は直線距離でも日本から3000km以上離れており、駆逐艦の足ではどんなに急いでも70~100時間は掛かる場所にあるが、W島は作中の台詞より、鎮守府から3時間程度の場所にあることがわかっている。
『如月ショック以前』の如月
実は睦月型に注目していた提督には少なからず「初期に轟沈していた事で提督や睦月達に大きな影響を与えていた」というイメージを抱いていたものもいる。まさか公式でやるとは思われていなかっただけで。
実際、ブラウザゲーム中の『第三十駆逐隊』の任務においては『第一次』と『第二次』で区別されている。睦月・弥生・望月は共通しているが、如月は『第一次』だけ、卯月は『第二次』だけ。
つまり「如月が轟沈する前が第一次第三十駆逐隊」「如月轟沈後に卯月が加入した後が第二次第三十駆逐隊」であるという事は匂わせていた。
伍長氏の「第六水雷戦隊」。
第三十駆逐隊の面倒を見る夕張だが、集合イラストに如月は居ない。
『如月が好きすぎる人』ことみなみ氏のC86の如月本『如月のこと忘れないでね…(前編)(現在閲覧不可)』においては如月が沈んだと思い込んだショックで文字通り幻覚を見て発狂する如月LOVE提督が描かれている。
ちなみにネタバレになるが後編ではダメコン積んでいたおかげで生き残っていた事が発覚。大団円である。
もう一つ『如月が沈んだ前提』を描いたのが艦娘アラサー化シリーズの作者の一人、「市藤にたか」氏である。
『如月ちゃん』をストーキングする睦月だが、その悲しい背景が『如月』の轟沈にある事が示唆されている。
「如月の轟沈」(アニメとは限らず、史実の駆逐艦如月が題材のケースもある)がテーマとなる性質上、「突如沈んだ彼女を追悼・哀悼する」「空気がお通夜」といった、ネガティブなイメージが強い。
ショッキングなイラストも多いので、閲覧の際は要注意。
特に轟沈して沈んで行く様子を描いたイラストが多い。
また、ファンの間では「沈没した艦娘は深海棲艦になる」という説が浮上しているため、その経緯を描いたイラストもある。
逆に、下で助ける人がいたと描いているイラストがあったり、
そもそも助けに来るキャラがいたというイラストもある。
中には「ゲームの如月や艦娘たちがアニメの如月轟沈でショックを受ける」「ゲームの如月が、アニメの如月轟沈で気落ちしている提督を慰める」といった内容のものもある。
なお、タグには「如月」が含まれているが、イラストに如月自身が登場するとは限らない。親友の突然の死に涙を流したり、永遠に帰ってくることのない如月に思いを馳せる睦月が描かれているケースもある。
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