概要
第102回天皇杯全日本サッカー選手権大会で劇的な初優勝を果たしたヴァンフォーレ甲府は2023年から2024年にかけて行われるAFCチャンピオンズリーグ2023/24(以下ACL)の出場権を獲得。J2リーグ所属チームのACL出場は2006年の東京ヴェルディ以来の出場となった。
しかし今回からACLはこれまでの春秋制から欧州のサッカーシーズンと同様の秋春制に変更となり、グループステージが9月から12月とJリーグは優勝や昇格争いの佳境に入る時期となってしまった。加えてACLに出場するチームはどこも各国の強豪だらけで、J1リーグでも上位3チームしか出場できないようなハイレベルな大会のため、未だにJ2所属、しかも前年は危うくJ3リーグに片足を突っ込みかけた甲府に取ってみれば明らかに場違いの大会と言えた。さらにアジアは幅広く、決勝までは東西別にに別れて対戦するとはいえ、一年中が夏同然のタイや季節が逆転しているオーストラリアなど気候の違いがある上に、普段戦っているJリーグのアウェーゲームとは比較にならない距離を移動することになる。浦和や川崎などACL常連チームは金銭面に余裕があることから海外での試合は基本ビジネスクラスを使うが、甲府は他のチームと比較しても3分の1から5分の1しか予算がなく、当然、移動にかける費用も最小限のためエコノミークラスである。そのような状況のため、甲府は他チームと比べてかなり不利な状況で戦わなければいけなかった。
これに追い打ちをかけるかのように、ホームであるJITリサイクルインクスタジアム(山梨県小瀬スポーツ公園陸上競技場)はACLの開催基準に適合しておらず、甲府市から150km離れた国立競技場での開催となった。場所は勿論のこと、国立競技場の使用料は1試合2000~3000万円と言われており、甲府は観客席を1階席のみ使用するなど節約したものの、それでも1000万円とJITリサイクルインクスタジアムの十数倍の負担となった。一方でサポーターの交通費を配慮して(J2リーグでも格安と言われる甲府のホームゲームの)観戦料金も据え置かざるを得ないなど、まさに泣きっ面に蜂と言える状況であった。
ACL参加のため日本サッカー協会から強化費やアウェー移動費が支給されたがその穴を埋めるまでには至らず補強も最小限になってしまったうえ、逆にACL開幕前の7月にキャプテンの須貝英大が鹿島へ移籍したり、得点源のピーター・ウタカが甲府の暑さにやられて絶不調になったり、更には甲府の天皇杯優勝の立役者となったGK河田晃兵が大怪我で離脱するなどACLがまだ始まっていないのにもかかわらず非常事態に。代わりの戦力補充が8月下旬に行われたが、その間リーグ未勝利と去年の悪夢が再来してしまった。
グループリーグ抽選
このような状況の中、8月24日にACL東地区のグループリーグ抽選会が行われ、甲府はブリーラム・ユナイテッド(タイ)、メルボルン・シティFC(オーストラリア)、浙江FC(中国)と同じ組となった。伝統的にACLに強く優勝回数の多いKリーグのチームがいないということで楽だと思われるが、ブリーラムはタイ・リーグで2年連続3冠、メルボルンは前年のAリーグ王者、そして浙江は前年の中国足球協会超級リーグ3位とやはり各国のトップクラスが勢揃いで、漫画『ドラゴンボール』で例えるなら第23回天下一武道会を基準としてブリーラムが孫悟空、メルボルンがピッコロ、浙江が天津飯とするなら甲府はヤムチャである。当然、他の3チームからすればJリーグの2部チームである甲府はいわばボーナスステージという扱いとなり、オーストラリアのあるメディアにいたっては、現地の記者が「アンダードッグ(無論甲府のこと)がいる」とまで言っていたほどであった。
このように海外からは散々な評価を受けたうえ、直前の報道ではACL出場で8000万円の赤字が発生することが報じられ、ただでさえ「罰ゲーム」と揶揄されるACLにおいて、他のACL参加クラブより規模が小さい甲府に取ってみれば経営面にも悪影響を及ぼす「デスゲーム」と化す可能性すらあり、他のJリーグのサポーター(以下、他サポ)も「甲府は未勝利でも仕方ない」「ACLよりJ1昇格の方が優先だろう」と同情論があった一方で「これでは来年のACL出場枠に影響が出る」「(前年J1リーグ3位、天皇杯準優勝、ルヴァン杯優勝の)サンフレッチェ広島を代わりに出場させろ(※1)」などとも言われ、ACLに関してはガチで挑むことで有名なチームのあるサポーターからは「甲府がグループリーグ突破したら全裸で信玄公像前で土下座してやるよ!(※2)」と捲し立てられる有様であった。
このような扱いを受けた甲府であったが、「ACLをガチで戦う」ことを選択し、そして実際に予想以上の結果を出すことになる。
グループリーグ
第1戦
甲府のグループリーグ初戦はアウェーでのメルボルン戦。3日前にJ2リーグの試合を終えた甲府はすぐにメルボルンへ向かったが、この日はメルボルンへの直行便がなく、シドニー経由で向かうことになった。結果、総移動時間は25時間となり、このコンディションでまともに試合に挑めるのか不安視されていた。
しかしいざ試合が始まるとアウェイにもかかわらずメルボルンのスタジアムへ駆け付けた300人のサポーターの応援を背に甲府はカウンターで攻めてメルボルンを翻弄する。メルボルンGKの好セーブもあり点こそ奪えなかったが、甲府も得点を与えず0-0で終了。前年の豪州王者を相手に引き分けるまさかの展開に、甲府をはじめ他のサポーターも「あれ?これいけるんじゃね?」と手応えを掴み、次の試合に繋がることになる。
第2戦
続く第2戦はホーム・国立競技場でのブリーラム戦。先述の通り、1人でも人を集めたい甲府は国立に近い新宿駅と渋谷駅で巨大広告を掲載し、さらにメディアで窮状を訴えると共にネット上である作戦に出る。
『#甲府にチカラを』である。
その内容はというと、他サポに対して「普段着ているユニフォームでもいいから国立に来て応援してほしい」というものである。このアピールに対し、同情論や第1戦での戦いぶり、さらに格安の2000円でACLが観戦できる(国立で開催する場合はJリーグでも最安値で4000円以上)お手軽さもあり、当日はJ1やJ2、J3だけでなくJFLチームやサッカー日本代表のユニフォームを着た者、さらに同時刻に行われていた埼玉スタジアム2002でのハノイFC(ベトナム)戦に臨んでいた浦和レッズの一部サポーターも国立に集結し、まさにオールスター戦さながらの状態となった。
そして試合は最初こそブリーラムに押されていたが次第に甲府ペースとなり、後半ロスタイムに長谷川元希のヘディングゴールで1-0と勝利。J2リーグ勢として初めてACLでの勝利となった。
第3、第4戦
第3戦はアウェーでの浙江戦。浙江側の甲府サポーターに対する厳しい規制(一部横断幕の禁止)に加え、J2リーグとの連戦の疲労や浙江のオープンサッカーに翻弄されいいところなく0-2で敗れてしまう。
しかし第4戦はホームで浙江とのリベンジマッチを迎えると第2戦以上のサポーターが集まり、しかも浙江のオープンサッカー対策もハマった甲府はエースのピーター・ウタカの復調などカウンターが面白い様に決まり、4得点と倍返しに成功して4-1で快勝した。この試合で甲府はメルボルンと同じ勝ち点かつ得失点差でグループリーグ首位に立った。
第5戦
そして第5戦はホームでメルボルンとの直接対決。これまでの快進撃や新宿アルタのビジョンにCMを流したこともありサッカーのサポーターだけでなく阪神、巨人、中日、ヤクルト、ソフトバンク、ロッテ、日本ハムといったプロ野球ユニフォームを着たファンやメジャーリーグのユニフォームを着た者、さらにラグビーや柔道着を着た者まで甲府を応援するなどお祭り騒ぎは最高潮に達し、その観客数は15,877人とJITリサイクルインクスタジアムの定員である15,853人を僅かに超えるものとなった。
この試合は、両者がグループリーグ初戦で対戦した時とは打って変わって一進一退の点の取り合いとなり、前半を2-1でリードしたものの、後半に2失点を喫しここで万事休すかと思われたが、後半40分に再度追いつき3-3で引き分け。難しい試合であったものの首位を守り切り、運命のグループリーグ最終戦を迎えることになる。
最終戦
グループリーグ最終戦となる第6戦はアウェーでのブリーラム戦。30度を超える灼熱の地で、これまでACLに参戦してきた他のJリーグチームであっても「ブリーラムは魔境」と言われてきたほど苦戦を強いられてきた地である。ただし、この時は既にこの年のJ2リーグの全日程は全て終了していて、休養が充分であった甲府に対し、ブリーラムはタイリーグのシーズン真っただ中で中2日での試合となったばかりでなく、前の試合でブリーラムは浙江と乱闘騒ぎを起こし3人が出場停止となった事で、甲府にとって有利な状況となった。
グループ内の全チームが1位での決勝トーナメント進出の可能性があった一方で、2位になると他グループ2位との兼ね合いで敗退の可能性が大きかった(2位でノックアウトステージへ進出できるのは東地区5チームのうち3チーム)ため勝利による1位通過が必須であったが、これを願う甲府をはじめとするサポーター500人が相手の本拠地であるブリーラム・スタジアムへ集結。勢いに乗っていた上に、その後押しを受けた甲府は前半だけで3点を挙げ試合はほぼ決まったと思われたが、ブリーラムもタイ・リーグで2年連続3冠の意地を見せ後半早々2点を返す。その後もブリーラムの猛攻を受けるもこの試合から復帰したGK河田の好セーブでこれ以上の点を許さず3-2で試合終了。メルボルンが浙江に引き分けたことで1位での決勝トーナメント(ラウンド16)進出が決定した。
決勝トーナメント
グループ首位で通過した甲府がラウンド16で戦う相手は昨シーズンKリーグ王者の蔚山HD FC。ドラゴンボールで例えるならラディッツ、ナッパをすっ飛ばしてベジータを相手にするのは流石に無理だったようで(しかも甲府はオフシーズンに主力の半分が抜けて新外国人を補強したがコンディション不足だった)アウェーの蔚山で行われた1stレグでは0-3と終始圧倒され、ホームの国立に移った2ndレグでも15932人の観客を集めたが1-2で敗れ、合計1-5となりベスト16での敗退が決定した。(蔚山はベスト4で横浜F・マリノスに敗れた)
しかし、アウェーでの1stレグで勝利したもののホームの2ndレグで大逆転負けを喫して敗退し、サポーターからブーイングを受けた川崎フロンターレと異なり、これまでの健闘を称えサポーターからは温かい拍手で迎えられ、対戦相手の蔚山HD FCに対してもエールが送られた。
余談
特筆すべき点として、ACLにおいてJ2チームとしては勿論のこと、アジア全体を見ても2部リーグの所属チームがグループリーグを突破したのは甲府が史上初である。これまで2部リーグに所属するチームでACLを戦った例は先述の東京ヴェルディと2022年に韓国のK2リーグ所属ながらも韓国FAカップで優勝して出場した全南ドラゴンズの例があるが、東京ヴェルディは2戦2敗0得点で敗退、全南は6戦中2勝したがグループリーグ3位で敗退している(なお、サウジアラビアのアル・ファイサリーはサウジ2部で決勝トーナメントを戦っているが、グループステージの時はサウジ1部所属のため除外)。ちなみに翌2024/2025以降から、ACLはACLEとACL2の2ティア制に分かれるため、1ティア制でのACLでは甲府が唯一の事例となった。
この快進撃にアジアを始め海外メディアも甲府を注目することになる。スペインの大手スポーツ紙である『マルカ』は「ヴァンフォーレ・コウフが歴史を作り続けている。昨シーズンに天皇杯優勝クラブとしてACL出場権を獲得したときに、すでに前評判を覆していた」「彼らを特別とたらしめるのは、2部リーグながら優勝したという点。それも、全22チーム中、3部リーグ降格圏から3つ上の18位でだ」と評し、韓国の最大手である『朝鮮日報』は「ヴァンフォーレ甲府は地域密着の代名詞」としてこれまでの歴史を含めて紹介している。
補足
※1:仮に甲府が出場を辞退した場合、日本から出場枠1つが手放され、他の国に本戦出場枠が付与されるため広島に渡ることはない。逆に日本のポイントが減らされ、翌年からの出場枠に大きく影響を及ぼす可能性がある。
※2:ちなみに突破決定後本人は実行する気満々であったが、(ネタとしては面白いが)山梨県民からすれば英雄の銅像前で裸になっても迷惑だろうし、そもそも目の前に交番があり危険な状況であったことから「土下座はいいから観光に来て」と寛大な対応を受けた。
関連項目
AFCチャンピオンズリーグ ヴァンフォーレ甲府 番狂わせ甲府
元気玉:『ドラゴンボール』にて孫悟空が使う他の生物が持つ気を借りて光球を作りそれを投げて攻撃するというまさに今回の「甲府にチカラを」を髣髴とさせる必殺技である。