解説
創設年 | 1969年 |
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Jリーグ加盟年 | 1993年 |
ホームスタジアム | 味の素スタジアム |
クラブカラー | 緑 |
マスコット | リヴェルン |
名誉マスコット | ヴェルディ君 |
歴史
前史、日本初のプロサッカークラブを目指して
1949年。プロ野球の父とも称される、日本のスポーツ文化に多大な功績を遺した正力松太郎は、当時プロ野球2リーグ構想など様々なスポーツ改革を模索していた。正力は日立製作所本社サッカー部(後の柏レイソル)の松永碩と会談し、後楽園競輪場でのプロサッカー興行とトトカルチョ導入を打診した。松永はプロチームの結成には否定的だったが新チーム結成に協力し、1955年に「東京クラブ」を設立した。しかし、当時のサッカー業界はプロ化に否定的だったため数年で解散。ちなみに対抗チームは後楽園、全国を回って興行する構想もあった。
アウトローヨミウリサッカー
1969年、正力松太郎は「読売クラブ」として実業団サッカーチームを創設。当時としては破格の施設を備えたほぼ日本唯一の本格的なサッカークラブであり、その誕生を見届けるかのように創設の僅か三日後に正力氏は死去。
その後、読売クラブは日本サッカー黎明期における名門クラブのひとつとして名を馳せていく。
王者ヴェルディ
1993年、神奈川県川崎市をホームタウンとするヴェルディ川崎としてJリーグ発足とともに加盟。J初試合は横浜マリノス戦で、この試合では1-2で敗北した。しかし、この年のヴェルディ川崎は1stステージを鹿島アントラーズに次ぐ2位で終えると、2ndステージでは優勝し、その勢いのまま鹿島とのチャンピオンシップを制してJリーグ初代王者に輝いた。翌年も連覇を果たし、リーグ二連覇を達成。カップ戦であるナビスコカップでも創設から三連覇を達成するなど、三浦知良や武田修宏、ラモス瑠偉といった日本代表をズラリと揃えたJリーグ創設期のヴェルディは正しく王者だった。
一方、日本サッカー協会は、当時のヴェルディの親会社である読売新聞社のナベツネ(渡辺恒雄)による企業名をチーム名に含めるなどの改革案や、新リーグ創設をチラつかせた要請を突っぱね続ける。いずれの改革案もJリーグ発足時からの理念とは相反するものだったからだ。
……と長年思われていたが。
初代チェアマンの川淵三郎はインタビューに置いて「地域名さえ入っていればよい、企業名を禁止するとは規約のどこにも書いてない」と打ち明けており、「渡辺さんとのやり合いで渡辺さんのアンチやマスコミが味方してくれた事で勢いで『企業名は禁止する』と言ってしまった」とカミングアウトしている。(2018年『渡辺さんと和解した』との事)
結局、読売新聞社は1998年を最後にクラブ経営から撤退する。
東京移転、衰退、消滅危機……そして今
2001年、ホームタウンを川崎市から東京都に移転し、クラブ名が東京ヴェルディ1969に変更される。これ以降、元のホームタウンであった川崎市と絶縁状態になる。
その後、2008年からは呼称が現在の東京ヴェルディとなるが、2009年に読売から経営権を引き継いできた日本テレビが経営権を放棄。以後は独自運営チームとなる。資金難に陥りクラブ存続が危ぶまれた時期もあったが、2020年末、スポーツ用品メーカー・ゼビオの連結子会社になった。
読売新聞社が撤退して以降、Jリーグ創設期の強さは鳴りを潜めていく。2004年に天皇杯を制して復調の兆しを見せたのも束の間、翌2005年には初のJ2降格を経験。2008年にJ1復帰を果たすが、1年でJ2に再降格し、その後は2022年までJ2の中位~下位に低迷していた。
J1復帰
しかし22年途中から日本屈指の名将・城福浩が監督に就任。22年終盤6連勝&5連続完封フィニッシュの好調を2023年シーズンでも維持。伝統のパスワークに加え、年間31失点(23年J2年間最少失点)の堅守とハードワーク、そしてヴェルディでは邪道扱いだった高速ロングカウンターなども駆使し、シーズンを通して安定して上位をキープ。J1の自動昇格は逃したものの、2位のジュビロ磐田と同じ勝ち点75の3位に入りプレーオフに進出。準決勝で6位のジェフユナイテッド千葉を2-1で下し、決勝で4位の清水エスパルスと国立競技場で対戦。
『オリ10国立決戦』として大きな話題を呼んだこの試合は後半にPKで先制される苦しい展開になるが、ATにFWの染野唯月が自ら得たPKを決め1-1の同点。
そのまま5分後に試合が終了し、レギュレーションにより年間順位が上のヴェルディが劇的な形で16年ぶりのJ1昇格を決めた。
尚、この試合の観衆53,264人は2023年時点でのJ2最多観客動員数であった。(翌年に同じく国立で行われたエスパルスvs横浜FC戦が55,598人を集め更新)。
ヴェルディの昇格により2024年J1リーグはJ1リーグ優勝経験のある11クラブが全て揃う、久々のシーズンとなる。
2024年
セレッソ大阪から夏にレンタルで加入し、昇格の立役者の一人であった中原輝はサガン鳥栖に移籍してしまったが、ユース出身の生え抜きキャプテンで司令塔ボランチの森田晃樹、GKのヴィド・マテウス、守備の要・CBの谷口栄斗、右SBの宮原和也など主力の引き止めにほぼ成功。
鹿島アントラーズからレンタルで来てPO決勝でヒーローとなった染野、DFの林尚輝もレンタル延長が決定し、引き続き24シーズンもヴェルディで戦う事になった。
さらにパリオリンピックの主力もレンタルし、平均年齢24.1歳という異例の若いチームで2024シーズンに挑んだ。
開幕前は多くの評論家や記者達から「ダントツの最下位候補」と散々な評価だった。(中には『このスカッド(選手層)なら史上最速降格もあり得る』とまで言い切った者もいた)
J1復帰マッチとなる第1節には1993年のJリーグ開幕戦のように「伝統の一戦」マリノス戦が再び組まれた。先制しながらATで逆転され1-2で敗北を喫し、以後はATで逆転されたり同点に追いついたり追いつかれたりと第5節まで中々勝てない試合が続いた。しかし第6節の湘南ベルマーレ戦でついに5,646日ぶりのJ1での勝利を上げると、以後はジリジリと順位を上げていく。
尚、ATに入ってのこの戦いはJリーグ公式まで「ヴェルディ劇場」と名付けた動画を作るほど、劇的な展開が続いた。
第15節のFC町田ゼルビア戦で0-5の大敗を喫すと、システムを4-4-2から3バックの3-4-2-1に変更。これがズバリ的中し、以後もハードワークを武器に勝利を重ねる。
第34節の浦和レッズ戦にて綱島悠斗のJ1初ゴールを含む2ゴールで2-1で勝利。4試合を残してシーズン前の評論家や記者達の評価を跳ね返しJ1残留が決定。2025年もJ1で戦う事になった。
2023年PO決勝後にサポーターへの挨拶で「サッカー界にサプライズを起こすぞ!」と絶叫した城福だが文字通りの有言実行で、さらに彼の監督としての手腕が未だに健在な事を証明するシーズンになったといえる。
2025年
マスコット
2020年まではコンドルの「ヴェルディ君」が務めていた。
スポーツチームのマスコットなのに腹回りがヤバいと評判だった。
Jリーグマスコット総選挙過去順位
回 | 開催年 | 順位 |
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1 | 2013 | 21位 |
2 | 2014 | 35位 |
3 | 2015 | 18位 |
4 | 2016 | 38位 |
5 | 2017 | 41位 |
6 | 2018 | 22位 |
7 | 2019 | 46位 |
8 | 2020 | 49位 |
毎年のように下位に沈んでいる。オリ10仲間のニートとどっこいである。
2020年より子供っぽくて可愛いデザインのリヴェルン(モチーフは始祖鳥)が新マスコットに就任。ヴェルディくんは名誉マスコットに退いた。
ちなみにリヴェルンのデザイナーはPixivユーザーでもあるあの漫画家先生である。代表作を始めとする先生の作品群を知っている人たちからしたら「信じられん……」となるかもしれないが本当である。(ソース)
リヴェルンになってからのマスコット総選挙は2022年が21位、23年が27位。可愛いは正義である。
関連タグ
横浜F・マリノス… 読売クラブ対日産自動車FCの時代から覇権を争ってきたライバル同士。両クラブの戦いはスポーツ新聞やサッカーメディアからも「ナショナルダービー、日本のクラシコ」と呼ばれる。
以前は鹿島アントラーズ対ジュビロ磐田、浦和レッズ対ガンバ大阪もナショナルダービーと言われたが、Jリーグ公式がナショナルダービーとして定めているのはヴェルディ対マリノスである。
(動画は2024年Jリーグ公式開幕前の煽りPV)
コトブキヤ… 2015年、『フィギュアパートナー』契約を結ぶ。これは、当時所属していた井林章選手(ガチのアニオタ)が公式戦で1ゴールを決めるとコトブキヤ製のフィギュアが一体貰えるというものである。別の意味でも公式が病気。
とある科学の超電磁砲… 2014年に公式でホームタウンと関係のある作品としてコラボ。翌年以降もアニメとのコラボを続けている(2015年は甘城ブリリアントパーク、2017年は銀魂、2019年は鬼滅の刃、2022年は劇場版転スラ、2024年は東京リベンジャーズとキン肉マン 完璧超人始祖編)。
2015年の水戸ホーリーホック(ガールズ&パンツァーとコラボ)、FC岐阜(のうりんとコラボ)との試合はアニメとコラボしたチーム同士の対戦、アニ×サカと題して盛り上げた。
日テレ・東京ヴェルディベレーザ… 東京ヴェルディが運営する女子サッカーチーム。日本テレビは名称権のみの参加。
バレーボール… 東京ヴェルディの総合スポーツクラブ化の一環で、東京教員バレーボールクラブを前身として『東京ヴェルディバレーボールチーム』を2001年に結成。現在V・チャレンジリーグIIに所属。JリーグのFC東京も同様にバレーボールチーム(V・プレミアリーグ)を持っている。
アカツキ…2019〜2020年シーズンの胸スポンサー。一時はヴェルディの新しい親会社になる予定だった。(大人の事情もあり話は立ち消えになった)
光りりあ…バーチャルYouTuber。ヴェルディ応援バーチャルYouTuberを自負している。『東京ヴェルディeスポーツ』ともコラボした事がある。2024年、ヴェルディのグリーンパートナーに。
公式サイト
インスタグラム公式…インドネシア代表アルハンの加入により一時はフォロワー数448,000人と国内プロスポーツチームNo.1のフォロワー数となった。アルハンが退団したことでフォロワーが減少し現在は阪神タイガース、読売ジャイアンツに抜き返されたが、それでもJリーグクラブでは現在もNo.1のフォロワー数である。