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B-2

びーつー

ノースロップとボーイングの開発したステルス爆撃機。尾翼などを持たない機体は「全翼機」と呼ばれており、構想そのものはナチスドイツ、ホルテン兄弟やジャック・ノースロップによるアイデアに始まっている。
目次[非表示]

Cost of a single B-2 Bomber: $2.2 billion
B-2爆撃機 1機の価格 : 22億ドル
機体本体のみの価格(ユニットコスト) : 7億2700万ドル

空飛ぶゆうれい

公式名称は『スピリット』。
日本語の場合と同様に幽霊・精神の両方の意味がある。
各機にはパーソナルネームとして『Spirit of ○○(地名)』という名が与えられている。

元は冷戦中から開発されており、来たるべき「最終戦争」での切り札となるはずだった。
計画の始まりは1978年で、当初の目的はICBM基地への先制核攻撃である。

開発計画は空軍上層部にすら秘密に進められており、
計画の存在も1988年4月に明らかにされるまでは極秘扱いだった。

試作機の予算は1982年に計上されており、
最初の機体は1988年11月22日にパームデール工場でロールアウトしている。
初飛行は1989年7月17日、エドワーズ空軍基地にて行われた。

B-2の特徴は尾翼などの安定翼を持たない事であり、
このような機は『全翼機』と呼ばれている。

全翼機のはじまり

この考えはドイツのホルテン兄弟のアイデアに始まる。
ホルテン兄弟は4人兄弟で、特に中心的なのは次男・三男である。
(長兄はのちに戦死、4人目は妹)
兄弟は少年期よりグライダー競技に興味があり、
飛行クラブを通して航空機に関わりを持つことになった。

より性能の良い航空機の為には、空気抵抗を最小にするのが重要である。
兄弟はこの中で、『揚力を発生させるのは主翼であり、したがって主翼だけでも飛行できる』
と結論づけた。
(例:紙飛行機・凧など)

それを実証するため、兄弟はドイツ空軍に入隊してからも研究をつづけた。
のちにデルタ翼で有名になるアレクサンダー・リピッシュの指導を受け、
1936年の「HⅡ」から1938年の「HⅤ」までの試作グライダーを生んでいる。

1940年、爆撃機パイロットの長男ヴォルフラムが機雷敷設作戦中に撃墜され、戦死。
1941年、次男ヴァルターは三男ライマールを自らの部署『戦闘機査察技術部』に転属させ、
揃って研究に打ち込んだ。
1943年2月、ドイツ空軍は「時速1000kmで1000㎏の爆弾を搭載、1000km先の目標を攻撃する」
という『3×1000計画』を開始。ホルテン兄弟もジェット動力の「ホルテンⅨ(H9)」で応募した。
1943年8月、空軍長官ゲーリングは兄弟と面会し、提案内容の了承と研究助成金を与えた。

ここに兄弟の夢は現実へと踏み出していった。
後のHo229である。(詳細は当該記事を参照)

同時期、アメリカで・・・

同じころ、同様の考えを持ったジャック・ノーズロップも全翼機の実験機「N-9M」を製作し、
こちらは実際の動力飛行に成功している。

これは後の爆撃機、B-35のためのテスト機でもある。
B-35は『アメリカ本土から直接ドイツを爆撃する』ため、B-36と並行して開発されていた。
2機は『10×10(テン・テン)ボマー』として構想されており、
これは「10000(テン・サウザント)ポンドの爆弾を搭載して10000km飛行する」爆撃機を意味する。

しかし開発は『史上初の困難』の連発で難航し、
性能も思うようにならなかった事から200機生産の予定は取りやめにされてしまう。
だが後の発展に期待されて、製作そのものは続行される事になった。

最初の試作機の初飛行は1946年6月で、45分の飛行に成功している。
だがこの後、二重反転プロペラの共振や整備・故障の問題などが続出してしまった。
製作はXB-35が2機、YB-35が13機。のちに一部はB-49へと改造される。

B-35の性能にも不満があり、さらなる高性能はジェット化に託される事になった。
これがYB-49で、4基のレシプロエンジンを8基のジェットエンジンに換装している。
だが初期のジェットエンジンは燃費が悪く、航続距離は大きく低下した。
その上操縦にも困難が付きまとい、熟練を通り越して神業級の技量が必要とされたという。
B-49はB-35から方向安定板が追加されていたが、それでも解決にはならなかった。

1950年3月15日、B-49開発計画に中止が言い渡される。
困難な操縦性や要求仕様を満たさない性能、そして墜落事故などが原因である。
ジャック・ノースロップの夢は、ここで中断される事になるのだった。

夢よ、再び。

1980年、パーキンソン病に冒され余命幾ばくもないノースロップはノースロップ社に招かた。
そこでプレゼントされたのは、軍の特別許可を得て製作された、当時はまだ存在自体が極秘機密であったB-2の完成記念模型だった。
車椅子に乗り既に会話もままならない彼は、一枚の紙に「Now I know why God has kept me alive for 25 years(今こそ、神が私に25年の余生を与えたもうた理由が分かった)」と書き残し、涙したという。
彼はその翌年に亡くなった。

『究極ステルス爆撃機』

F-117と違ってB-2の設計にはスーパーコンピュータが導入されており、
ステルス性と飛行性能を高度に両立するように設計されている。
全翼機は胴体(にあたる部分)が無いのでただでさえレーダー反射断面積(RCS)が小さいのだが、
さらにステルス性を追求し、レーダー上では小鳥ほどの大きさにしか映らないという。

その為に高度な工夫を凝らしており、
例えば廃棄熱の赤外線探知を避ける為、エンジンノズル周辺を囲って地面側に壁を作っており、更にエンジン排気は極端に低い温度で排出される。
また、飛行機雲を発生させないように特殊な薬品を排気に混入しているという。

爆撃照準にはレーダーも使用するが、電波の照射はごく短時間に、範囲も狭められる。
これはレーダーの逆探知を避けるためであり、
ここでもステルス性能には細心の注意が払われている

そのために開発期間は長期にわたり、冷戦中だったにも関わらずかれこれ10年を費やしている。
当然、開発資金も莫大なものになった。
その価格はにも例えられ、なんとイージス艦よりも高価である。
余談ながら機体重量の45tと同重量の金の価格はB-2より安い。

B-2の価格は2000億円を超えると言われ、
対してあたご級イージス艦は1500億円にも満たない。
もちろん機体の維持費用も非常なもので、整備の殆どは「表面の滑らかさ維持」のために費やされる。
その上7年に一度は機体コーティングのし直しが必要だという。

冷戦が終結し、国防予算が減額される中にあって調達は非常に困難であり、
当初132機導入される予定は最終的に21機にまで減らされた。
もちろん、機数で「頭割り」になる筈だった開発費も高額になっている。
輸出もされておらず、高額には更なる拍車がかかった。

以上のようにすべての要因が高価へと結びつき、
現在では世界一高価な航空機として、ギネスブックにも掲載されている。

実戦配備と現在

B-2初の実戦参加は1999年のコソボ紛争で、これは配備開始から10年を経ている。
これは非常に機密性が高い、また高価すぎて失うことを恐れすぎたため投入がためらわれたのと、
B-2が使えるスマート爆弾が無かった事、
(レーザー誘導爆弾には別途照準レーザー照射が必要。GPS誘導爆弾なら不要)
あとは「単純にB-2にお出まし願うような要件が無かった」ためである。

また機体表面のコーティングを保護するため、
普段は温度・湿度を完璧に調整できるような格納庫に収納される。
このため本国の基地にしか駐留できず、2003年のイラク戦争では長躯出撃して任務を敢行した。
現在ではその基準も緩められ、時としてグアムやディエゴガルシアの基地にも展開する。

ただし、冷戦中のような『核の脅威』が薄れた現在にあっては、
もはや高度なステルス性などの必要性も薄く、
アメリカ政府には『正直言ってB-52の方が使いでがある』と評価されているようだ。

B-2は「ステルス性能一本やり」で、搭載能力などでは見劣りがする。
対するB-52は旧式だが、何でも積み込める程の搭載力が評価されている。
これはB-1がコストの問題でB-52の代替が完全に進まなかった事情も大きい。

B-2を実戦投入に踏み切らせるきっかけとなったGPS誘導爆弾導入だったが、
皮肉なことに旧式機B-52の返り咲きも助けてしまったのだ。
そういう訳で冷戦只中に開発され、
かれこれ50年以上の現役生活をおくるB-52が一線を退く事はしばらく無さそうだ。

『すべてのB-2をスクラップ場に送った後、自分たちが乗って帰るのはB-52だ!』
というB-52搭乗員の言葉は、どうやら事実になりそうである。

金より価値のある魂の未来

そんな中、発表されたのがB-21と呼ばれる長距離打撃爆撃機の計画である。
第二次世界大戦でドーリットル空襲に参加した爆撃機部隊「ドーリットル・レイダーズ」から名を頂戴し「レイダー」と呼称されるこの機体は、B-2やB-52を置き換えるべく2020年代就役を目処に開発が始まった。
2015年時点での配備予定は100機、開発はB-2から引き続きノースロップ・グラマンが担当する当機が如何なる姿を見せるか、ジャックの夢はまだ続きそうである。

登場作品

自機として使用が可能、B-1と比べてステルス性が高いが機動性と速度に劣る。
自由に攻撃は出来ず、対地攻撃モードであるエアストライクモードに入ったときのみ攻撃可能。
機体名はSpirit of America。

自機として使用可能。対空攻撃能力を持たないため、キャンペーンミッションでは使用不可能。
自由に攻撃可能となっており、二種類の対地攻撃兵装を用いて空爆を行なえる。パイロット次第では空中の目標に当てる事も可能。
ジャック・ノースロップの逸話に関係してか、強化によって「悲願成就」の通り名を獲得することが出来る。
現実同様に非常に高価だが、イベントドロップでは痛機仕様も登場し、こちらは安価で入手できる。
金より高価な航空機になんて事をするんだって突っ込みはあるだろうが。
ゴジラが港区まで侵攻してきたため、米軍が米大使館防衛の目的で3機のB-2をグアムから出撃させる(日本側には離陸後の通告だった)。
B-2が投下した大型貫通爆弾は初めてゴジラにまともなダメージを与えることに成功するが、この攻撃が今作最大の惨劇を引き起こす切っ掛けを作り全機撃墜されてしまうばかりか、これ以降のゴジラが対空能力を大幅に強化する原因にもなってしまった。
また、米国が切り札とも言えるB-2を一挙に三機も失ったことがその後の核兵器使用の強硬論にも繋がったと思われる。
ネタバレになるので詳細は伏せるが、墜落し、朽ちかけた姿で背景に描かれた。


関連タグ

爆撃機 ステルス機 全翼機 ノースロップ ノースロップ・グラマン

Ho229...ドイツの全翼戦闘攻撃機。

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