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本名:菅谷充(1950年9月20日~)

概要

日本の漫画家。漫画原作者小説家大学教授としても活動。
趣味は
コロコロコミック」読者にマイコンの存在を知らしめ、アマチュア無線テレビゲームモータースポーツパソコンなど常にその時代の流行を作品に取り入れている。
代表作に『ゲームセンターあらし』、コミカライズ版『仮面ライダー昭和ライダーシリーズ)』『こんにちはマイコン』など。

来歴

1950年9月20日、富士市静岡県)に誕生。幼稚園に入る前から漫画を読み、漫画で字を覚えた。
1963年、小学校の卒業間際に松本零士戦記漫画を読んで感動し、初めて漫画を描くが未完に終わる。中学校では無線に熱中した。
1965年、『マンガ家入門』(石森章太郎)を購入。
1966年、『マンガ家入門』に漫画家は体が丈夫な事が第一と書かれていたため、高校では水泳部に入って体を鍛えた。『ボーイズライフ』(小学館)に「名誉会長:石森章太郎」を謳う『墨汁三滴』(ひおあきら等が主催する同人サークルミュータント・プロ」の同人誌)のメンバー募集記事が載っていたため原稿を送ったが、その時点では没となった。しかし、同年暮れに「ミュータント・プロ」への加入がみとめられる。ひおあきらの紹介で初めて石森の自宅を訪ねる。

1969年、夏休みから練馬区東大泉東京都)のアパートに住み、江波譲二アシスタントに入る。
1970年、江波譲二の仕事が減ったためアシスタントをやめる。「ミュータント・プロ」の細井雄二実家の菓子店に居候。「COM」(虫プロ商事)に4コマ漫画が掲載され原稿料500円を貰った。知り合いの漫画家の紹介で日本初のマンガ専門編集プロの「鈴木プロ」に入社し豊島区東長崎に転居。編集者として働く。しかし、社長から「漫画より文章の方がセンスがある」「編集の仕事が向いている」と評価され、このままでは漫画家になれないかもしれないという危機感から1年ほどで辞職した。
1971年、従兄弟が経営する芸能事務所を手伝い、俳優畠山麦と知り合う。しかし、事務所の看板の小林麻美CM撮影のためのスキーで転倒・骨折し長期休業となり、事務所が潰れてしまう。しばらくパチンコで生計を立てていたが、事務員として就職していた同人仲間の紹介で石森プロに入社。当初はキャラクター商品のデザインなどをしていた。

1972年、杉並区和田に転居。『テレビマガジン』(講談社)で『仮面ライダー』(原作:石森章太郎)を連載しデビュー。うまく描けず、石森に下絵を入れてもらいながらの連載だった。当初、クレジットは「原作:石森章太郎 漫画:石森プロ」だったが、石森の配慮で途中から「原作:石森章太郎 漫画:すがやみつる(石森プロ)」に変わった。その後、「冒険王」(秋田書店)で『新・仮面ライダー』の連載をスタート。他にも『仮面ライダー』関連の仕事を抱え、毎月300ページも描くことになる。
1973年、石森の代原で「中一時代」増刊号(旺文社)に初のオリジナル作品『おれはタカの子』を掲載。アマチュア無線用アンテナの広告イラストのギャラでトランシーバーを購入し、高校時代に免許を取得していたアマチュア無線を始める。トランジスタ時代になっていたため無線で知り合った中学生に教えを請い、秋葉原に通い、マイコンにも首を突っ込む事となる。

1976年、石森プロから独立。「少年アクション」(双葉社)でフォーミュラ・レース漫画『大地のカミカゼ』(原作:稲垣謙三)を連載するが、2話目で雑誌が休刊。しかし、これがきっかけで取材で鈴鹿サーキットなどに通うようになる。この年、結婚。
1978年、「コロコロコミック」(小学館)に『ゲームセンターあらし』の読み切りが掲載される。「テレビマガジン」で『ラジコン探偵団』を連載。
1979年、所沢市埼玉県)に建売り住宅を購入。初めてパソコンを購入し、プログラミングに励む。「コロコロコミック」で『F・1キッド』を連載終了後、『ゲームセンターあらし』が正式に連載され、大ヒットとなる。「週刊少年マガジン」(講談社)連載の『シェリフ』(真樹村正ダイナミック・プロ)で原作者を務める(鶴見史郎名義)。
1982年、『こんにちはマイコン』(小学館)を描き下ろし出版。『ゲームセンターあらし』がテレビアニメ化され、日本テレビ系で放映。「月刊少年チャンピオン」(秋田書店)連載の『マイコン刑事』(下條よしあき)で原作者を務める(鶴見史郎名義)。
1983年、『ゲームセンターあらし』『こんにちはマイコン』で第28回小学館漫画賞受賞(児童漫画部門)。練馬区南大泉に自宅を新築。「別冊コロコロコミック」(小学館)で『マイコン電児ラン』、「コミックモーニング」(講談社)で『饅頭こわい』(原作:安田二郎)を連載。

1985年、F1レースの情報を得るためパソコン通信を始める。『一番わかりやすい株入門』(原作:安田二郎)がベストセラーになる。
1987年、「Nifty-Serve」のシステムオペレーターに就任。
1994年、菅谷充名義で小説『漆黒の独立航空隊』(実業之日本社)を発表。その後も架空戦記もの小説を多数発表する。
2002年、「トラウママガジン」(英知出版)に『ゲームセンターあらしA』を連載し、漫画家復帰。

2005年、早稲田大学人間科学部に入学。
2011年、早稲田大学大学院人間科学研究科修士課程を修了。
2012年、京都精華大学非常勤講師
2013年、京都精華大学のマンガ学部マンガ学科キャラクターデザインコース常勤教員に就任。
2020年、京都精華大学を定年退職するが、再雇用され国際マンガ研究センター教授に就任。
2021年、京都精華大学を退職。

余談

  • 『仮面ライダー』のコミカライズ執筆に当たっては絵の技術に関して石森章太郎を昼夜を問わず質問攻めにしたため、石森から「俺にアシスタントはたくさんいたけど、弟子はすがやだけだった」と言われた。
  • 『新・仮面ライダー』ではオリジナルのショッカー怪人を多く登場させていた。その流れは近年の『仮面ライダーSPIRITS』にも継承されている。
  • 『新・仮面ライダー』の1回目のゲラを「冒険王」の壁村耐三編集長に見せたところ、「こんなヘボ使えるか!」とゲラを机に叩きつけられたが、一緒にいた石森が「長い目で見てくれ」と取りなし、その場は収まった。
  • 秘密戦隊ゴレンジャー」の大岩大太キレンジャー(初代)役の畠山麦とは、自身が上京した頃からの友人であった。畠山が自殺したことについて、当時、自分が気をきかせて売り込んだ事に責任を感じたと明かしている。


外部リンク

すがやみつる公式サイト
すがやみつるTwitterアカウント
マンガ図書館Z:すがやみつる掲載作品ページ:『実戦!パソコン通信』『こんにちは ニューメディア コミック版』『改訂版 マンガ MS-DOS入門』『改訂版 マンガ ロータス1-2-3入門』が無料公開されている。
【本人】すがやみつる先生の人生 - Togetterまとめ:上記の書籍に関する、すがやみつる本人によるTwitterのコメントまとめ。

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