概要
ヘブライ語で「その明示的な(ハ=メフォラシュ)名(シェム)」を意味し、ユダヤ教の口伝律法の集成書タルムードでは、唯一神(YHVH)の名を指す言葉として記されている。これはユダヤ教において神の御名は「口に出してはならない」として発話が禁じられていたため。
ユダヤ教の神秘主義カバラおいては四文字だけでなく、12文字、42文字、72字からなる神の名が語られている。
この他にも、エジプトのシナゴーグで発見されたゲニザ(不要文書保管庫)「カイロ・ゲニザ」にあった護符には22文字による神の名が記されている。
72字による神の名
「72字からなる長い名前(単数)」と「72つの名前(複数)」がある、という2パターンがある。
後者は旧約聖書『出エジプト記』14章の19節、20節、21節の章句の原文(参考)を構成する文字を組み合わせている。
「このとき、イスラエルの部隊の前を行く神の使(つかい)は移って彼らのうしろに行った。雲の柱も彼らの前から移って彼らのうしろに立ち、」(14章19節)
「エジプトびとの部隊とイスラエルびとの部隊との間にきたので、そこに雲とやみがあり夜もすがら、かれとこれとに近づくことなく、夜がすぎた。」(14章20節)
「モーセが手を海の上にさし伸べたので、主は夜もすがら強い東風をもって海を退かせ、海を陸地とされ、水は分かれた」(14章21節)
(訳文は『口語訳聖書』から引用)原文ではそれぞれ72個のヘブライ文字で書かれている。
「牛耕式(ブストロフェドン)」と呼ばれる方式で書いていく。
これは文章の続きを書く際に、改行するのではなく、最後の文字の所から引き返して逆方向に記述する。というもの。
図にするとこうなる。
①14章19節を矢印方向に向けて書く |
---|
(72文字目)←←←←←←←←←←←←←←←←←←←←←←←←(1文字目) |
②72字書き切ったらその真横から14章20節を反対方向に向けて書く |
(1文字目)→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→(72文字目) |
③72字書き切ったらその真横から14章21節を更に反対方向に向けて書く |
(72文字目)←←←←←←←←←←←←←←←←←←←←←←←←(1文字目) |
同じ文字数(72個)からなるテキストが三行並んだ形になる。ここから、横向き、水平方向に並んだ文字をそのまま拾っていき、
その三文字をそれぞれ神の名であると解釈する。
こうして出来る1つ目の名前「וַ(V、ヴァヴ)ה(H、ヘー)וַ(V、ヴァヴ)」は14章19節の最初の一字、20節の最後の一字、21節の最初の一字から構成されている。
72の天使
ドイツの人文学者ヨハネス・ロイヒリン(Johannes Reuchlin)は、1517年の著書『De Arte Cabalistica』のなかで72の天使について論じている。
ロイヒリンは旧約聖書『出エジプト記』14章19節~21節から導き出された神の72の名にヘブライ系の個人名にも見られる「エル(el、神)」や「ヤー(iah、主)」の語を付け足し、これらを天使の名前とした。
この天使達は「シェム・ハ=メフォラシュの天使(angels of the Shem HaMephorash)」等と呼ばれる。
錬金術師ハインリヒ・コルネリウス・アグリッパが1533年に出版した『隠秘哲学について』 (De occulta philosophia libri tres) 第三書二部25章でも紹介されている(該当箇所英訳)。
1700年頃に記されたとされる「ラッド博士の論文集」に含まれる写本「ラッド博士のゴエティア(The Goetia of Dr Rudd)」では、ソロモン王の72柱の悪魔に対抗する存在として紹介されている。
悪魔を召喚する際に呼び出しておき、悪さをしないよう監視させる事ができるとされる。
72天使一覧
順番 | ロイヒリンによる天使名 | 72の悪魔(ラッドによる対応) |
---|---|---|
1. | ヴェフイヤ(Vehuiah) | バエル |
2. | イェリアル(Ielial) | アガレス |
3. | シタエル(Sitael) | ウァサゴ |
4. | エレミヤ(Elemiah) | ガミジン |
5. | マハシヤ(Mahasiah) | マルバス |
6. | イェハエル(Iehahel) | ウァレフォル |
7. | アカイヤ(Achaiah) | アモン |
8. | カへテル(Cahethel) | バルバトス |
9. | ハツィエル(Haziel) | パイモン |
10. | アラディヤ(Aladiah) | ブエル |
11. | ラヴィヤ(Laviah) | グシオン |
12. | ハハイア(Hahaiah) | シトリー |
13. | イェツァレル(Iezalel) | ベレト |
14. | メバヘル(Mebahel) | レラジェ |
15. | ハリエル(Hariel) | エリゴル |
16. | ハカミヤ(Hakamiah) | ゼパル |
17. | ロヴィヤ(Loviah) | ボティス |
18. | カリエル(Caliel) | バティン |
19. | レヴイヤ(Levuiah) | サレオス |
20. | パハリヤ(Pahaliah) | プルソン |
21. | ネルカエル(Nelchael) | モラクス |
22. | イェイアイエル(Ieiaiel) | イポス |
23. | メラヘル(Melahel) | アイム |
24. | ハイヴィヤ(Haiviah) | ナベリウス |
25. | ニトハイヤ(Nithhaiah) | グラシャ=ラボラス |
26. | ハーイヤ(Haaiah) | ブネ |
27. | イェラテル(Ierathel) | ロノウェ |
28. | サイーヒヤ(Saeehiah) | ベリト |
29. | レイアイエル(Reiaiel) | アスタロト |
30. | オマエル(Omael) | フォルネウス |
31. | レカベル(Lecabel) | フォラス |
32. | ヴァサリヤ(Vasariah) | アスモデウス |
33. | イェフイヤ(Iehuiah) | ガープ |
34. | レハヒヤ(Lehahiah) | フールフール |
35. | カヴァキヤ(Chavakiah) | マルコシアス |
36. | マナデル(Manadel) | ストラス |
37. | アニエル(Aniel) | フェネクス |
38. | ハーミヤ(Haamiah) | ハルファス |
39. | レハエル(Rehael) | マルファス |
40. | イェイアゼル(Ieiazel) | ラウム |
41. | ハハヘル(Hahahel) | フォカロル |
42. | ミカエル(Michael) | ウェパル |
43. | ヴェウアリヤ(Veualiah) | サブノック |
44. | イェラヒヤ(Ielahiah) | シャックス |
45. | セアリヤ(Sealiah) | ヴィネ |
46. | アリエル(Ariel) | ビフロンス |
47. | アサリヤ(Asaliah) | ヴアル |
48. | ミハエル(Mihael) | ハーゲンティ |
49. | ヴェフエル(Vehuel) | クロセル |
50. | ダニエル(Daniel) | フルカス |
51. | ハハシヤ(Hahasiah) | バラム |
52. | イマミヤ(Imamiah) | アロセル |
53. | ナナエル(Nanael) | カイム |
54. | ニタエル(Nithael) | ムールムール |
55. | メバハイヤ(Mebahaiah) | オロバス |
56. | ポイエル(Poiel) | グレモリー |
57. | ネマミヤ(Nemamiah) | オセ |
58. | イェイアレル(Ieialel) | アウンス |
59. | ハラヘル(Harahel) | オリアス |
60. | ミツラエル(Mizrael) | ヴァプラ |
61. | ヴマベル(Vmabel) | ザガン |
62. | イヤハエル(Iahhael) | ウァラク |
63. | アナヴエル(Anavel) | アンドラス |
64. | メヒエル(Mehiel) | フラウロス |
65. | ダマビヤ(Damabiah) | アンドレアルフス |
66. | マヴァケル(Mavakel) | キメリエス |
67. | エイアエル(Eiael) | アムドゥスキアス |
68. | ハブイヤ(Habuiah) | ベリアル |
69. | ロエヘル(Roehel) | デカラビア |
70. | ヤバミヤ(Yabamiah) | セーレ |
71. | ハイアイエル(Haiaiel) | ダンタリオン |
72. | ムミヤ(Mumiah) | アンドロマリウス |
作品での言及
メイン画像。登場人物シェム・ハのフルネームが「シェム・ハ・メフォラシュ」。
「case.剥離城アドラ」にて「シェムハムフォラエ」表記で言及。部隊となる城に招かれた魔術師達が、上述の天使名がつけられた部屋に割り当てられる。
アプリゲーム『機動戦士ガンダム鉄血のオルフェンズG』では上記の72天使に由来する名を持つモビルアーマーが登場。ネマミアは57番目に由来。メハイア(Mehaiah)は55番目のメバハイヤ(Mebahaiah)、ハラエル(Harael)は59番目のハラヘル(Harahel)に相当し、フランスのエッセイストで神秘主義者のロベール・アンベラン(Robert Ambelain)が書いた『実践カバラ(仏:La Kabbale pratique、英:The Practical Kabbalah)』に見られる表記からとられている。