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荒川真澄

あらかわますみ

荒川真澄とは、『龍が如く』シリーズの登場人物である(メイン画像は『7』のもの)。
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概要

CV:堀内賢雄(ONLINE)、中井貴一(7)、村田太志(7/少年期)

東城会系荒川組組長。
三次団体の組長でありながら、東城会内部でも屈指の武闘派極道として知られ「殺しの荒川組」と通称される。その一方で仁義に厚く、とある経緯からシリーズの新主人公・春日一番の命を救い、後に渡世の親となった。

しかし、一番が組員の殺人の罪を肩代わりに長らく服役している間、東城会を裏切るとともに敵対する近江連合と結託し、組織の内部情報を流して東城会を神室町から全面撤退させる。その功績から、近江の事実上ナンバー2である若頭補佐のポストに就くと共に、荒川組を近江の直系団体に治めた。出所した一番は、敬愛する彼の裏切りの事実とその真相を探るため行動を起こすことになる。

なお、彼が登場する『龍が如くONLINE』と『龍が如く7』ではストーリーや時間軸が異なっており、荒川の経歴や裏切りの経緯についても若干異なっている。

来歴(龍が如く7)

少年期

流れの旅役者一座の座長・荒川斗司雄(としお)の子として生まれた荒川は、生まれついての整った容貌もあって学生の頃から舞台に上がり、ついには女形として看板を張るまでに至る。しかし、荒川の母・よう子はそんな息子のことを快く思わず辛辣に当たり、自身は息子の稼ぎで浮気相手と共に夜の街に遊びに出かけるなどしていた。現在も荒川の右頬に残る大きな切り傷の跡は、この母親によって付けられたものである。一方、父・斗司雄は主役を張るような技量を持たない地味な役者で、妻が堂々と浮気相手と出かける姿を黙認するほど気弱な性格であったが、息子である荒川には親身に接してくれる良き父であり、唯一の理解者だった。

14歳の頃、神奈川での最後の公演を終えた後、父の誘いを受けて横浜中華街にくり出した荒川は、父が息子の晴れ舞台を記念して奮発して北京ダックを振る舞おうと「平安樓(へいあんろう)本店」に入店する。しばし父子水入らずの食事を楽しんだ荒川であったが、北京ダックが運ばれるまでに手洗いを済ませようと席を立っている間に、父が何者かに銃殺されてしまう。母も愛人と共に姿を消したことで一座は解散し、役者仲間数名と路頭に迷うことになる。

極道入り、星野龍平との邂逅

稼業を失い頼る者もいなかった荒川は、ついには極道に身を寄せる事を選び、東城会の三次団体である武闘派組織「氷川興産(ひかわこうさん)」に入る。殺しや死体処理を日常的にこなすその裏で、父親を殺した犯人を見つけ出そうとも考えており、横浜にある伊勢崎異人町のホームレス街に死体処理の仕事を請け負わせることで横浜を訪れる口実を作る。以降は、かつて父が殺される直前に見かけた不審なボーイの記憶だけを手掛かりに、横浜の前科者や極道関係者を調べてまわるようになる。

父親が殺されてから7年後、仇であるボーイの正体が現在の横浜星龍会会長・星野龍平であることをつきとめた荒川は、星野に報復しようと彼宛に「平安樓への招待状」を送りつける。星野は、当時の殺人について荒川に贖罪の念を抱いており、荒川真澄の名が明記されたその招待状を受け取ると、組長という立場でありながら護衛も付けず1人で平安樓を訪れ、荒川と対面する。当時の荒川の印象について星野は「まだ20歳を過ぎたかの齢で、その目は既に何人も殺めて荒み切っていた」と語っている。

銃を構えながら何故父を殺したのかを問いかける荒川に対し、星野は「荒川の父・斗司雄が初代星龍会から偽札運搬の仕事を請け負っていたこと」「自身が次期会長候補だった頃、偽札1億を紛失した斗司雄の殺害を先代から命じられたこと」、「紛失した1億は妻のよう子が持ち出しており、愛人と共に始末されたこと」など、その経緯を洗いざらい明かし、いつでも荒川の報復を受け入れる覚悟をとってみせた。

しかし荒川は、星野の真摯な態度を見て復讐を思いとどまり、星野が全てを話し終えるとそのまま席を後にする。荒川から代えがたい大恩を受けた星野は、以降、彼に対して全面的な協力を決意し、1984年、組を立ち上げた荒川の下に裏面が白紙の新一万円札紙幣を送り、星龍会(ひいては異人三、異人町)の急所である偽札製造の物的証拠を彼に握らせることで意思表明をおこなった。荒川も、偽札の事は一切口外しなかった事で異人三の「肉の壁」であるパワーバランスが保持され続けることになる。

恋人との死別

荒川のことを気に入っていた氷川興産の組長は、彼に娘と結婚するように勧められていたが、当の荒川は交際していた茜という女性に惚れ込んでおり、かといって苛烈な性格の組長の誘いも下手に断れず、縁談の返事をはぐらかして立ち消えにすることを考えていた。

しかし、茜が自身の子供を身籠ってしまい、1977年12月31日、いよいよいつ生まれてもおかしくない頃にまでなって組長に娘との縁談の断りを申し出る。メンツを潰された組長は激怒し、荒川を半殺しになるまで痛めつけただけでは飽き足らず、組員らに荒川の女と子供を殺すように命じ、翌日には組員たちが茜の行方を捜索するようになる。丁度荒川との子を出産したばかりの茜は、辛うじて組から逃げ出した荒川の連絡を受け、生まれたばかりの我が子を抱いて病院を飛び出し、新宿駅まで行き着いていた。

電話で茜と連絡をとった荒川は、組員の目を欺くために「子供をコインロッカーに隠して逃げろ」「子供はすぐに自分が保護する」と指示。茜も不安がりつつもそれに従い、赤ん坊をロッカーに入れて再び逃亡した。氷川の追手を退いてなんとか新宿駅まで辿り着いた荒川だったが、既に茜の姿はなく、ロッカーから聴こえる赤ん坊の声を頼りに施錠された99番のロッカーを拳でこじ開け、赤ん坊を救い出す。赤ん坊は真冬の外気に長時間晒されていたことで低体温症による危篤状態に陥っており、荒川は急いで病院へ駆け込んだ。奇しくも同じ頃、茜は逃げ込んだ馴染みのスナックで氷川の組員に捕まってしまい、その後殺害されてしまう。それから数日も経たない内に、氷川興産の組長と組員たちは次々に消息を絶ち、組織は消滅することになる。
(一番との会話では、荒川が氷川の組長たちに報復したものとも受け取れる)

救い出した赤ん坊・荒川真斗は、低体温症による後遺症で多臓器不全と診断され、車椅子生活を余儀なくされることになる。医師から「あと数分でも早ければ後遺症を免れた」と聞かされた荒川は、以降息子に依存していくようになるが、真斗自身は障害を抱えている自身の境遇や「ヤクザの息子」という肩書に苦心するようになる。

一番との出会い

真斗が高校生になった頃のある日、荒川は敵対する極道組織から「荒川組を名乗る男が自身らの組員を半殺しにしたから取りに来い」という電話を受ける。その事務所へ一人で赴くと、そこには当時ただの不良少年であった春日一番がいた。一番は、ヤクザたちの報復による地獄のような拷問に耐えかね、自分が“殺しの荒川組”で知られる荒川真澄の子分であると嘘をついていた。しかし荒川は、一番をまるで本当の子分のように立ち振舞い、落とし前を要求するヤクザたちに対してはあっさりと自ら小指を詰めてみせ、一番を連れて早々に事務所を後にした。

一番は荒川に感謝しようとするも、荒川はそれを遮るように殴り飛ばし「お前のためではなく荒川組の看板を守るためにしたこと」だとしてその場を去っていった。

この一件で荒川に男惚れした一番は、翌日から荒川組の事務所を訪れては組に入れてほしいと懇願するようになる。荒川はそんな彼を無視し続け、若頭の沢城丈ら他の組員らもときには拳を振るって彼を追い返そうとしたが、一番はなおも足繁く荒川のもとを通い続けた。100日が過ぎた頃、荒川は一番に対し「親が悲しむから極道などに入るな」と進言するが、一番もまた頼れる親族もおらず天涯孤独の身の上であることを伝えられると、とうとうその熱意に折れて一番と親子盃を交わした。

以降、一番は荒川組組員として邁進する。二十歳を過ぎた頃には若衆を任されるも、起来の心優しい性格からロクにシノギをこなせずにいたが、荒川はこうした一番の気質を理解し寵愛していた。また、奇しくも同じ歳に生まれた真斗の介護役も任せるようになった。

7本編での動向

2000年大晦日、荒川は一番を連れ出して食事に出かける。日頃、真斗の面倒をみてくれている一番を労いつつ、自身や茜、真斗の過去を語り聞かせ、一番からも生まれ育った境遇を聞くなどして親交を深め、また明日会うことを約束してその日は別れることになる。

その翌朝、荒川は沢城から連絡を受け「真斗が坂木組のヤクザを殺してしまった」ことを伝えられる。当時の荒川組と坂木組は、かつて荒川が本部での集会の席で坂木による近江連合への情報横流しの問題を問い詰めたことから険悪な関係にあり、尚且、坂木は本家の直系組織でもあるため、荒川組関係者が坂木の人間を殺めたこの事態は非常に大きな問題であった。荒川は明け方まで苦悩の末に一番を呼び出し、真斗の罪を伏せて「沢城が坂木の組員を殺してしまった」と伝えた上で事態の重大さを説明し、「代わりに罪を被ってほしい」と頭を下げて懇願する。これに対して一番は「ようやく親っさんに礼が返せる」と喜んでその申し出を受け入れ、当日の内に神室署に出頭した。一番が坂木の人間を撃った動機として、荒川は一番を「前年付で絶縁した」ことにし、一番も事情聴取では「荒川組から絶縁されたハライセに坂木組のヤクザを殺した」と証言した。

その後、一番は裁判にて懲役15年を下され服役することになる。刑務所では、早々に先輩囚人たちに目を付けられてイジメの標的にされるが、彼らから尊敬する荒川を蔑む言葉を受けたことで激昂し、先輩たちに重傷を負わせるほどの傷害事件を起こし、結果、刑期が3年も加算されてしまう。2016年、荒川はなおも服役中の一番宛に手紙を綴り、本来ならば今頃再会出来たはずの一番に今も会えない心痛を伝えた。一番も、荒川からの言葉に感謝と申し訳無さから涙し、以降3年間は模範囚として責務を全うするようになる。

…一方で荒川は、東京都知事・青木遼へと生まれ変わった息子の真斗から、自身が主導する『神室町3K作戦』のために東城会の情報を提供するように要求され、これを承諾。結果、東城会は神室町から完全撤退に追い込まれ、会長である堂島大吾はじめ、真島吾朗冴島大河といった組織の中心人物も行方をくらますことになる。その後、神室町は関東進出を目論む近江連合によって支配されることになる。近江の関東進出後、荒川はその功績が認められ、事実上のナンバー2である若頭補佐へと取り立てられるとともに、荒川組もそのまま近江連合の直参組織となった。

こうした時勢の変化を知る由もなく、2019年、春日一番が18年の刑期を終えて出所する。
この日、荒川は近江の組員を引き連れて、とある幹部の墓参りのために神室町近くの霊園を訪れていた。丁度そのとき一番もまた、かつて自身が罪を被った殺人事件で犠牲となった坂木組ヤクザの墓参りをしており、遠方から荒川の姿を確認した一番は声をかけるが、荒川はまるで気付かぬ素振りで彼の声を無視し、そのまま立ち去った。一番も、取り巻きのヤクザや自身に付きまとっていた元刑事の足立宏一に制され、その場は退くことになる。

その後、荒川は近江連合の旧幹部陣を饗すための会食会場である平安樓に入るが、足立からの言葉や、自らの目で見た神室町の現状を知った一番が、荒川に真意を問おうと平安樓に侵入する。道を阻む警備員や近江の組員、沢城たちを打倒し、とうとう自身の眼前まで現れてしまう。そんな一番に対し、荒川は冷徹な姿勢で拳銃を向け、容赦なく引き金を引いた。

7での結末(重大なネタバレにつき注意!)





以上のように、血も涙もなく自分の利のみを考えて動く……かのような行動を続けてきた荒川の真意は、実は真斗の暴走に歯止めをかけつつ、堂島大吾の立案した東城会・近江連合の同時解散を成し遂げることにあった。

大吾の作戦を実行に移すには、大吾の協力者である渡瀬勝が刑期を終えて娑婆に戻ってきていること、そして、同時解散に必死に抵抗すると予想される近江の組員たちの数が少なくなっていることが必須の条件であった。
荒川はこれを満たすために、真斗の作戦には本来存在しなかった近江連合への転身を行い、要職に就いて組織全体の動きに目を光らせつつ、近江の戦力を東と西に分散させたのである。

また、一番への銃撃もぎりぎり命が助かるよう注意して行っていた。そして、異人町のホームレスたちが以前からの掟に従って救命行為をしてくれると予測した上で一番を異人町に捨てた。
さらには、星野龍平から受け取っていた肉の壁の重要機密の証拠品であるエラーの偽札を一番に持たせることで、星野が一番に接触し彼の協力者となってくれることにも期待していた。

そして一番が異人町でしっかり生き残っていることを知った荒川は、安村光雄を通じて一番に、大吾と渡瀬の作戦に加わるよう誘いをかける。
その誘いを受けて作戦に加わった一番、最初から作戦に協力していた極道界のレジェンドたち、そして土壇場で作戦に共感し協力者となった天童陽介の協力により、作戦は成功に終わった。
異人町に戻ってきた一番と荒川は改めて会い、18年前と何一つ変わらない温かな会話を交わす。


だが荒川は気付いていなかった。荒川の味方を装っていたある人物が、成り上がりのためなら騙し討ちでの殺害も辞さない極悪人であったことに。
そしてその人物の罠にかかった荒川は凶弾に倒れ、命を失う。
その死は、一番、そして星野龍平を絶望の底に叩き落としたのだった。

ちなみに異人町に戻ってきた時、荒川はある奇妙な夢の話をする。
その夢の中では、今は亡き恋人がソープで息子を産んでいるというのだ。
終盤で明かされるとある事実を荒川は知らなかったはずだが、こんな言い方をする辺り、薄々勘付いてはいたのかもしれない。




関連タグ

龍が如く 東城会 近江連合
極道 ヤクザ 組長

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