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すぎやまこういち

すぎやまこういち

作曲家。CM音楽・歌謡曲・アニメソング・ゲーム音楽界の大家である。
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概要

作曲家。本名椙山浩一。

昭和6年(1931年)4月11日生まれ、O型。東京都出身。
ドラゴンクエストシリーズの作曲担当として知られているが、一般の歌謡曲やアニソンも手掛けており、70年代のグループサウンズブームの担い手であった。
強硬な保守思想の持ち主であり、政治的活動もしている。著作権保護の取り組みにも熱心である。

経歴

東京大学教育学部教育心理学科卒業。

若い頃から音楽好きで学生時代から作曲をしていたが、そのキャリアの出発点は作曲家ではなく、放送ディレクターとしてでであった。大学卒業後、文化放送に入社。報道部へ配属、番組で使用する曲の選定等を担当。のちに希望であった芸能部に勤務。

1958年、これからはテレビの時代と感じ開局前年のフジテレビへ移籍。ディレクターとしての仕事をつとめるかたわら副業としてCMソングの作曲を手がけていたことが問題視されて退職、フリーディレクター時代を経て、1968年から本格的に作曲家専業となった。多くの歌謡曲、競馬場のファンファーレを手がけ、ヒット曲も多い。

1978年、『科学忍者隊ガッチャマン』の音楽を担当し、これをきっかけにアニメ作品のBGMを手がけるようになる。
このガッチャマンでは曲の使われ方が酷かったという理由で一つの楽曲を買い戻している。
後に『ドラゴンクエストⅥ』で使われる事となる『時の子守唄』がソレである。

ドラゴンクエスト』シリーズをはじめゲーム音楽家としても名高いが、ドラクエの音楽を手がけた時点ですぎやまは既に押しも押されもせぬ有名作曲家であった。ドラクエとの出会いはすぎやまがパソコンソフトの森田将棋のアンケートを送ったことがきっかけで、エニックスの上部だった千田幸信(後のスクウェア・エニックス取締役)の紹介で起用が決まった。
しかし、当時のゲームは、大学生のサークルの延長のノリで作られており、そこに途中から外部の人間、それも50代の大人を入れることに、制作チームから強い反発があった。特に、プログラマーの中村光一は「いくら有名な作曲家でも、ゲームのわからない人を雇ってもいい作品ができるわけがない」と猛反対していた。
説得のため、千田同伴で中村の下を訪れたところ、最初は警戒されていたが、ゲームを造詣の深さを話すと次第に中村らチュンソフトのスタッフと打ち解けるようになっていき、正式に依頼を受けることとなった。
当時ファミコンは3音源しか使えないと言う制約があったが、
「音源が少ないから作曲できないなんていうのはプロではない」と言い切ったという。
マスターアップまで残り一週間しかない中、8曲作り上げた。メインテーマである「序曲」に至ってはわずか5分で仕上げたと語る。
1986年当時54歳のベテラン作曲家のすぎやまが、若者の娯楽にすぎず、文化として認められていなかったコンピュータゲームの地位向上に果たした役割は大きい。
後に若者に気取らずにオーケストラを視聴する機会を持ってもらいたい、とのことから
渋谷公会堂で自ら指揮棒を振るってNHK交響楽団を率いたドラゴンクエストコンサートをはじめ
各地でゲームミュージックのオーケストラ演奏会を行っていた。

2016年9月、85歳にして「世界最高年齢でゲーム音楽を作曲した作曲家」としてギネス世界記録に登録された。

JASRAC等にも影響を与えており、著作権保護に関しても積極的な姿勢を持っている。

参加作品

アニメ


特撮


ゲーム


楽曲提供


逸話

  • 最終学歴を見ればわかるように、音楽に関して専門教育を受けたことはなく、もっぱら独学であった。もともとは音大志望であったが、学費が払えなかったため、一般の大学に進学したという(音大受験に必須のピアノが弾けなかったから、とも)。
  • ドラクエのメインテーマである『序曲』を5分で書き上げたという逸話が有名だが、これに関しては「今までの人生があったからこそ5分でできた。だから正確には54年+5分かかっている」と語っている。この言葉はピカソのエピソード(30秒で描き上げた絵に100万ドルの値段をつけ、「この作品は30年と30秒かかっている」と語った)からの引用である。
  • 名義は当初、本名の「椙山浩一」を用いていたが、「椙山」を「まさやま」と誤読されることが多かったため、ひらがな表記に改めた。このせいで、ゲームのアンケートはがきを送った時に、小学生だと思われたことも。
  • ハードウェアの進歩と共にゲーム音楽の音数の制限の枷が無くなった事について「三音だった頃からするとものすごく贅沢になりました。あの頃できなかった音も使える」といった事をNHK-FMの「今日は一日ゲーム音楽三昧Ⅱ(ツヴァイ)」での特別出演の際に語っている。
  • 強い保守思想の持ち主であり、2006年に『週刊金曜日』と永六輔が主催した演劇が皇室を揶揄するような内容であったことに激怒。「普段は人権、人権と言うくせに、実はそれが彼らの正体なんですよ」と厳しく批判した。
  • また、永六輔が、 童謡七つの子』など野口雨情の名作を根拠もなく「強制連行された朝鮮人の歌」などといったことに関しても激怒している。


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