概要
pixivでは愛称であるヤマジュンの方がタグとしてよく使われている。
1980年代に主にゲイ雑誌「薔薇族」(第二書房)に寄稿していた幻の漫画家。薔薇族での活動期間は1982年~1988年のわずか6年間である。彼のライトな画風、男臭さに欠けるキャラ造形、軽いノリと唐突な展開が当時のゲイ読者には受けず、歴史の闇に消え去ったが、2000年代になってネットミームとして受け、著書が再刊された。
作風
画風は1980年代の流行に沿った比較的アクの少ないもので、当時のゲイ漫画の主流よりは白っぽく柔らかい絵柄である。
ストーリーは無理やりとも取れる超展開が多々あるが、構成は良く練られており「くそみそテクニック」のようなコミカルな作品から「地獄の使者たち」などのシリアスな作品まで幅広い。逆に超展開を逆手にとって「狂気」を題材にした「教育実習生絶頂す」といったものもあるなど、漫画家としての技量はあった。
しかし、連載当時はゲイ漫画としては異端な作風からまるで人気が出ず、「少女漫画のようだ」と言われ嫌われたという。
というのも、当時も今もゲイ向けの作品では、筋肉や体毛など男臭さをこれでもかというほど強調した画風と、悲劇性を強調したハード・シリアス路線のストーリーが主流。軽いコメディ調とレディコミ風のハンサムなキャラが持ち味の画風・作風は、ゲイ漫画の典型とはかけ離れていたのである。
比較的に先述の通りジャンル的に異端故に画風が(比較的)ライト、マイルドだと評されるが、当然ながら18禁のゲイ漫画である為、万人受けとは言えないので作品の閲覧に関しては注意が必要である。
「薔薇族」編集長であった伊藤文學の推測では、(後述する人物像も併せて)山川は実際のゲイの出会い・交流の場・いわゆる「ハッテン場」での交友経験がなく、キャラクターのほとんどは彼の想像で作られた男性同性愛像ではないかとの見識を示している。
人物・経歴
有名な話だが「山川純一」はペンネームであり、本名なのか、また彼自身が同性愛者(もしくは両性愛者)だったのかも不明。このペンネームも「薔薇族」に作品が掲載された際、原稿に記載がなかったため編集長によって便宜上名付けられたものである。
漫画家としての経歴も「山川純一」以外での活動歴があるのかはわかっておらず、仮にデビューが「薔薇族」であったにしろ、何者かの元でアシスタント経験があるのか、それとも独学だったのかさえも今ではわからない。
先述の伊藤によれば、編集部に訪れたのはゲイにはモテそうにない、30代後半くらいの気弱そうな男性であったという。また、持ち込みの段階で生活に困窮したようなところが見受けられたという。非常に物静かな人物で、原稿を届ける・原稿料を受け取りに現れても伊藤とは殆ど世間話を含む会話を交わさなかったとのこと。
なお、伊藤は「山川純一」の名付け親にして、当時から山川を高く評価していた数少ない人物でもある(他にも、後述の3つの単行本はけいせい出版の方から持ち掛けられた様であり、社内に山川を評価していた人物がいた可能性が高い)。
先述のように作風がゲイに好まれるものではないものだった為、伊藤を除く編集部や読者からは不評であった事でいわゆる「干された」扱いになってしまっていた。しかし、伊藤は掲載がない時でも山川に原稿料を入れるなど、一応の援助はしていたようだ。
掲載もないのに原稿料は支払われる事に段々と負い目を感じていたらしく、ある日を境に山川が伊藤の前に現れる事が無くなった。明確な時期は定かではないが、少なくとも1988年での単行本収録作品の執筆が最後である為、姿を消したのはその前後だと思われる(ただし、伊藤の証言と執筆年等に食い違いがあるようで正確な消息を絶った時期ははっきりしていない)。ここで人知れず多く謎を残して山川純一は忽然と消えたのである。
彼の行方は伊藤でさえ知らないとのことで、そもそも本名や住所さえ名乗っていないので個人情報も特定できず、興信所でも調べられないという。
何故ここまで素性を明かさなかったのかは不明で、生活に困窮している様子が窺われたということからも何かしらのワケアリだった可能性は高い。
一部では「伊藤と接触があった気弱そうな人物は代理人に過ぎず、実際に執筆していたのは別人(それこそ、その作風から女性作家など)なのではないか?」という意見が出るほど。
また、後述の埋もれた作品を復刻した作品集以前に「君にニャンニャン」「兄貴にドキドキ」「ワクワクBOY」といった単行本をけいせい出版より出していたそうだが、当時はやはり大量の不良在庫となっていた事も伊藤は明かしている。つまり、原稿料はともかくとして単行本売り上げによる印税収入はもはや絶望的だったのだろう(※もっともこれらの単行本はけいせい出版が倒産したのち第二書房に買い取られたが、二、三年で完売した様である)。
事実上の絶筆後となる1991年に、「海から来た男」がENKプロモーションによって実写ポルノ映画化されている。どのような経緯で本作が選ばれたのか、また山川の関与があったのかははっきりしていないが、後述するインターネット上での「ネタ」としての流行以前の唯一のメディア化作となっている。
伊藤は山川の人となりなどをもとに個人の見解として「死亡説(自殺説)」をコメントした事もあるが、山川自身の生死を含めたその後は現在でもわからないままとなっている。伊藤が死亡という見解をとっているのも、同性愛者の自殺率は異性愛者より高い傾向にあり、実際薔薇族の読者や編集者も自殺者がいたという事実を踏まえてのことである。
山川は不遇の果てに人知れず薔薇族を去り、彼の遺した作品とその名も90年代・20世紀の終わりまで埋もれていった。
再評価
ところが、21世紀に入ってインターネットが普及し始めると「くそみそテクニック」の「ウホッ!いい男…」・「やらないか」のコマがどういうワケなのかシュールで笑えるネタに使われる事態が発生し、「あやしいわーるど」、「ふたば☆ちゃんねる」、「2ちゃんねる」などのアングラな掲示板と、各所での(違法な)無断転載により「くそみそテクニック」が爆発的な人気になる(国立国会図書館にまで赴いて発掘した者までおり、埋もれていた他の作品まで判明したとの事)。何が流行るかわからないネットの世界の不思議な力というかカオスな面というか…その影響でファンの要望により「復刊ドットコム」で今まで発表した作品が単行本化。
5000円弱という高値にもかかわらず初版が瞬く間に完売し、その後何回も重版した復刊ものでは異例の大ヒットとなった。
このジャンルでネタとして脚光を浴び再評価を受けた漫画家ではおそらく現在でも前例無き唯一の存在と思われる。ただし、復刊の際にも山川サイドから反応やコメントは出てくる事は無かった。
また、本来は男性同性愛者向け作品でありながら、基本的にはノンケのネットユーザーからネタ(ギャグ漫画)として再評価されるといった特殊な例でもあったといえる。
その後さらに伊藤の自宅などで発掘された未発表作品を集めた、作品集第二弾となる単行本が発売された。
2007年頃に未発表作品が薔薇族で掲載され、幻の薔薇族の漫画家として特集が組まれるなど、山川が消息不明による不在のままかつて編集からも読者からも嫌われた事実が嘘のような厚遇。
異端ゆえに嫌われる→ネットで話題→薔薇族で再び注目される……なんとも皮肉なものである。
ニコニコ動画では特に「くそみそテクニック」、およびその登場人物である阿部さんの知名度が高く、MADや朗読など多数のネタ動画が投稿されている。ただし、同時期にゲイ向けコンテンツのネタ化として流行した「レスリングシリーズ」や「真夏の夜の淫夢」などをはじめとするゲイ向けポルノビデオの複数作との混同も見られる。
ただ、いまだ全貌がわかっていない謎の中でも、1991年当時決して世間的な評価や知名度が高い訳ではなかった「海から来た男」が何故実写化の題材にされたのか、また実写化にあたって山川からの連絡はあったのかは現在に至るまでよくわかっていない。
配給元のENKプロモーションの公式サイトには今でも作品情報が残っているが、製作に至った経緯などは特に触れられていない。ただし、ENKはヤマジュン作品のストーリー性を高く評価していることが紹介ページの文章から窺え、復刊・再評価を好意的に受け止めているようである。
当然だが、現在でも山川サイドからは何一つアクションはない。伊藤の証言を全て真とし、薔薇族に原稿に持ち込んだであろう1976~81年当時30代後半とみられる山川は、2020年現在も存命であると仮定すると最も年配であるとして80代半ば、若く見積もっても70代前半である。いずれにせよインターネットを日常的に使う世代ではなく、とくにふたば☆ちゃんねるといったアングラなものを使う人はごくごく限られてくる。
仮に山川が存命でも、まさか数十年前に売れないゲイ漫画家であった自分が、現代のインターネット上にてさんざんネタにされているなど知る由もない人生を送っている可能性が高い。さらに、そもそも山川は素性を隠していた節が強いため、そのことを知っていたとしてもずっと沈黙を決め込んでいる、とも考えられる。
現在、山川作品の全著作権を「株式会社サイゾー」が管理しており、クレジットは「©山川純一/伊藤文學/株式会社サイゾー」の連名となっていたが、2024年11月にはサイゾーからヴィヴァルディ・インク株式会社に版権管理業務を移管した事を伊藤が発表した。→外部リンク
そして、今は何処にいるのかわからない幻のように姿を消した山川に伊藤はグッズ「くそみそノートブック」の裏表紙にこのようなメッセージを記している。
山川純一よ、どこへ消えてしまったのか?
「やらないか」の名台詞を残して・・・
正体にまつわる諸説
謎多き人物故にその正体について様々な推測がネットでも行われてきた。そのうち二名が有力視されていたものの、それでも現在でも明らかにされていない。
正体ではないかとされた人物
画風が似ている漫画家その一。
同一人物ではないかとされていたが、尾瀬本人からはきっぱりと否定されている上に漫画家としての活動が山川純一よりも早かった事が明らかになっている。そもそも尾瀬の当時の画風は現在よりも少年漫画風であり、少女漫画風である山川のそれとは似ていない。
画風が似ている漫画家その二。
こちらの方が男性キャラクターの描写や柔らかいタッチなどの特徴が重なる他、台詞回しや書き文字などにも共通点が見られる。また辻がレディコミで活動している事から先述の「レディコミ風のキャラ描写」に通じるものがあるとされる。
なお、「男狩り」の背景に「あさみ」と読める「亜佐美」という看板が描かれており、ここから取ったのでは(あるいは別名義として当時から名乗っていたのでは)という意見もある。
ただし辻本人からのコメントはなく、やはり同一人物なのかは定かではない。
女性説
山川の作品はゲイ漫画の典型とはかけ離れている為、作者は本物の男性同性愛者の世界を知らない人物、さらに言えば女性ではないかという説も僅かながら囁かれている。
編集長の伊藤の前に現れた人物・「山川純一」は素性を明かしていない・特に会話を交わす事も少ないところから「原稿を編集部に届ける役割の山川純一」と「実際に執筆をしている山川純一」は別人だった可能性もある。
ここで一例として仮説を挙げてみよう。
- 漫画家は基本、編集者とネームの段階から様々な方法で(それこそ対面や電話等)打ち合わせを行うが、伊藤氏含む薔薇族スタッフと山川氏がそれをしていたような事のエピソードが無い。山川氏は編集部の玄関から先に入る事すらなかったという。
- 伊藤氏と対面していた男性が山川氏の代理人だとしたら、漫画執筆の打ち合わせでボロが出るのを恐れて極力対話していなかったのではないか。
…と、いった事が考えられる。
しかし、仮に作者の正体が女性だとすれば、何故女性向けのBL(※当時「ボーイズラブ」という言葉はなかったが、女性向けの美少年の同性愛を扱った「耽美」などと呼ばれるジャンルは存在しており、それをメインに扱う『JUNE』という雑誌も刊行されていた)を扱う出版社ではなく、似て非なる男性の同性愛者向けのゲイ漫画雑誌に持ち込んだのかという謎も残る。
作風で性別を区別することは複数の作家の例からも分かる通り、時に困難であるといえる。このため、「女性的な作風の男性作家」というのも当然あり得るが、逆に言えば「男性向け漫画をあえて女性向けに近い作風で描く女性作家」というのもあり得るというわけである。
そもそもなぜわざわざ代理人を使って原稿を持ち込んでいたのか、という謎に答えるのには不十分ではあるものの、「実は女性で持ち込みをしていたのは代理人」とすれば、おそらくは本物のゲイが読むゲイコミックという限られたジャンルにおいては女性作家というのは異色かつ、実際の作風から推測されるゲイコミュニティの実情を知らない可能性の高さ(つまりリアリティの無さ、ストーリーの説得力に欠けるという点)、どちらかと言うと少女漫画からの流れにあるBL作品への性質の近さ等で辻褄が全く合わないというわけではない。
ただし、あくまでも女性説はごく一部の支持者の間で支持されているにとどまっているのが現状である。
pixivで知られている代表作とあらすじ
※全てR-18のゲイコミック作品である。念の為。
予備校へ通うごく一般的な青年、道下正樹。彼が公園のトイレへ急ぐ中、ベンチに座っていた若い男が自分のモノを見せ付け彼を誘う…。
「やらないか」、「すごく…大きいです…」等のセリフが登場し、おそらく彼の作品の中で最も有名な作品。
今でこそ代表作の扱いではあるが、くそみそテクニック自体は中~後期の作品であり、しかも過去に発刊されていた単行本のどれもに収録されておらず他の作品同様に埋もれてしまった作品の中でも特に埋もれていたひとつであった。
実写化(ただし出演者は女性である)もされた。
2023年にはアニメ化として「新・やらないか」の計画が発表。
ポルノ俳優、高梨亮。写真集の撮影の仕事を受けた彼にカメラマンが誘いをかけるが…。
「俺には俺さえいれば……な!」のセリフが有名。
「僧衣を脱ぐ日」
檀家巡りの帰りに浮浪者の性交を見てしまった新米の僧侶、英恵(えいけい)。あわてて逃げる彼だが、その肉体は自分の意思とは無関係に……。
タイトルゆえに、僧侶モノのエロ漫画(ノンケ向け)を探してこの作品に出くわした人もいたとか。
「男狩り」
刑事、日高雄介はモヒカン刈りの男が肛門裂傷で殺人を犯すという事件を追っていた。その中で、彼は事件の裏にあった悲しくも衝撃的な真実を知るのだった…。
シリアス路線の作品で、ヤマジュンがギャグ以外の作品も描けることが覗える。
また、この作品は前半部分の展開が「ガチムチパンツレスリング フェラオの呪い編」、結末が「真夏の夜の淫夢 第一章 『極道脅迫!体育部員たちの逆襲』」に似ているためよくネタにされる。
もちろんそれらのネタが台頭しだすよりずっと前だったが。
「地獄の使者たち」
第二次大戦中・捕虜となった兵士、嶋本と小早川大尉。情け容赦ない氷のような男と知られるバウアーズ司令長官は二人の関係を知り、明日の宴の席での性交を求めるのだった。
その宴で見世物とされた上でバウアーズ司令長官に殺されると悟り、掠め取ったダイナマイトである作戦を思いつき…。
「小早川大尉殿、愛しておりました…」のセリフが有名な、第二次大戦と同性愛を融合させたシリアス路線の作品。
「刑事を犯れ(デカをヤれ)」
サラリーマン、砂村俊介。雨宿りのために映画館へ入った彼はある男に出会うが、その男はホモを取り締まるために張っていた刑事で…。
考えさせられるシリアス路線の内容と共に、セリフ回しのセンスが光るヤマジュンの処女作。
「やりすぎたイタズラ」/「ぼくらのスゴイやつ」
柔道同好会の主将である長野太とその後輩の堂本は練習後の道場で性交に興じていた。
しかしその姿を盗撮されて掲示板に貼りだされてしまい、これ以上学校での行為を続けるなら名前を明かすとの脅しも付け加えられていた。犯人の正体とその目的とは?
「ぼくらのスゴイやつ」はその二年後が舞台。久しぶりに道場に訪れた長野は主将となった堂本と再会する。しかし、堂本は二年の間に柔道同好会から柔道部へと昇格していた顧問と付き合っていた。その顧問は堂本も知る意外な人物で…。
一話完結の作品が多い中で、希少な二作品。
「教育実習生絶頂す」
体育教師志望の教育実習生がある時、体育教師に実はゲイである事を告白・教師に迫り体育倉庫で行為に及び、そしてそれを目撃した生徒とも身体を重ね…しかしそれらの出来事の真相は全く違うものだった…。
ヤマジュン作品で評される超展開を逆手にとった狂気を描いたシリアスな作品。
単行本として「ウホッ!!いい男たち(1、2)」、「ウホッ!! ヤマジュンセレクション やらないか」(「いい男たち」の2冊をまとめた総集編)が刊行されているため、興味を持った人は書店や各種通販サイト、電子書籍サイトなどで購入してみてはいかがだろうか。
余談
TBSで2003年2月に放送されたカードGメン小早川茜5「黒いデータ」において漫画家である主人公の夫が20年前に書いた作品がネット状で話題になっているシーンがあった。ひょっとすると2002年頃の「くそみそテクニック」をのネット状のブームをモチーフにしたのかもしれない……
関連タグ
キャラクター
東洲斎写楽:江戸時代の浮世絵師。山川と同じくクセのある描写があった事で一部から嫌われていたとか、活動時期が短くなおかつ詳細な人物像が不明とされている。
台詞
↑くそみそ由来
↑地獄の使者たち由来
※勘違いされやすいが「アッー!」はヤマジュン作品とは無関係。淫夢に某野球選手の出演疑惑があった際の野球監督のコメントが元とされる。