概要
元々、ポスティングシステムとは、海外FA権を取得していない選手でも特例的にMLBへと挑戦することを可能とする移籍制度のことである。
しかし、日本のプロ野球(NPB)では、この制度に穴があり、ポスティングを利用してメジャー挑戦をした後、日本球界に復帰する際に選手側が古巣以外の任意のチームと入団交渉することが認められている。
このため、このポスティングシステムを利用すれば、本来であれば国内FA権すら取得していない稼働年数であっても、海外移籍を挟むことにより早い段階でNPB他球団へと移籍が出来てしまうのである。
特に、有原航平(福岡ソフトバンクホークス)が行った事例が有名であることから、“有原式FA”と呼ばれている。
成立までの経緯
2020年オフに有原がポスティングを利用して北海道日本ハムファイターズからMLBのテキサス・レンジャーズに移籍するも2年間で通算15登板、3勝7敗で防御率7.57と通用せず、2年後の2022年オフに自由契約となり日本球界に戻ることになった。その際古巣は有原にオファーを出したものの、より高額な年俸(3年12億。なお、2020年の年俸は1億4500万、レンジャーズ所属時は2年総額6億8000万円だった)を提示したソフトバンクと契約を結ぶ。
この行為は、後述の理由で日本ハムファンから顰蹙(と怒り)を買うことになった。
また、ソフトバンクは球団方針としてポスティングシステムの行使を認めていないにもかかわらず、ポスティングを利用して海外に移籍し、その後日本へ戻ってきた選手は積極的に獲得しようとする動きを見せる傾向にあり、これもファンから「自分たちの都合がいいようにポスティングを利用している」と反発を買う原因となってしまったと言える。これに対して三笠杉彦GMは後述の上沢の獲得の際に「(前略)与えられたルールの中で最大限の努力をするということで、(中略)それ以上でもそれ以下でもない」と反論しており、ルールには反していないことを強調している。
2024年オフには、上沢直之が有原式FAを再現し、福岡ソフトバンクホークスに入団することとなった。下記の理由で有原の時よりも悪質なため上沢式FAと呼ぶ向きも出ている。
彼の場合スプリット契約(マイナー契約)のため譲渡金が92万円という雀の涙にもならない額だったこと、移籍期間が1年と有原の2年よりも短い期間であったことから、有原の時よりも悪質とみなされ、メディアでもこのフレーズが使われるようになった。
上沢の一連の動きについては、球界OBの斎藤佑樹や高木豊、さらには大の野球通として知られるタレントの石橋貴明までもが懸念を表明していた。
それ以前にも
有原・上沢の前にもこの方法を使った移籍をした選手はおり、(松坂、岩村、井川、西岡、牧田)の5名が挙げられる。
しかし、彼らは大きく批判されなかったのに対して有原・上沢の2名が殊更に槍玉に挙げられる原因としては、以下の要件を全て満たしているためである。
- FA権を取得しないままポスティングでMLBに挑戦した
- ポスティングの譲渡金が安すぎた(所属球団の損失だけが大きい)
- NPB復帰の際に所属していた球団からオファーが出ていたのに交渉を断る
- にもかかわらずNPB時代に所属していた球団と同じリーグの別球団への移籍、かつ過去の所属球団以上の年俸額を提示を理由に元所属球団のオファーを拒否する
- ポスティングからNPB復帰までの期間があまりにも短い(基準として在籍期間は3年未満)
(参考:有原式FAのフローチャート)
前述の5人のうち松坂、岩村、井川はMLBに長期間在籍していたため除外され、西岡は別リーグに移籍しており現在でも批判されることはまずない。
牧田は譲渡金が安すぎかつMLB在籍期間は1年と短かったが、仮にNPBに留まっていたとしても国内FA権の取得権利があったため、槍玉に挙げられることはなかったと思われる(それでも批判はあったが有原達ほどではなかった)。
問題点
現在の日本のポスティング制度では、ポスティングによる契約が成立した時点で古巣の球団が所有権を他球団(大抵はMLBの球団だが)へ売却したと見做される。つまり、競売が成立した時点で古巣の球団は譲渡金と引き換えにその選手に対する所有権の一切を失ってしまう。
そして、その選手が球団から自由契約となると、通常のFAと同様の扱いを受けるため、他の球団でも獲得に向けた動きを行うことが可能となる。
これが有原式FAと呼ばれる方法が実現可能となっている原因である。
ちなみに、当然、FAとして扱われるので、選手が古巣以外の球団への入団を選択した場合でも古巣の球団は金銭的補償や人的補償等を受けることはできず、一方的に損をする形になってしまう。
こうした制度上の抜け穴があることに加え、日本球界では、球団側がポスティングを許諾する条件が厳密に規定されていないことも問題視されており、発展途上の選手や球団に対する十分な貢献ができていない選手がポスティング申請によるメジャー挑戦を表明してファンから疑念の声が上がることも少なくない(例として2024年オフに阪神タイガースの佐藤輝明選手がメジャー挑戦を球団に直訴した際、ファンのみならず一部メディアにも懐疑的な見方をされたことがあった)。
有原の一件以降は特にそれが顕著になっており、「ポスティングシステムそのものを廃止するか、制度の大々的な見直しを行うべきだ」と主張するファンも増えてきており、ポスティング制度に対する信頼そのものが大きく揺らぎ始めていると言っても過言ではない。
一方で、「海外FA権取得までに要する年数があまりにも長すぎることが、選手のポスティング申請の増加を招いているのではないか」とする指摘もある。現在、海外FA権の取得には最短でも9年間1軍でプレイすることが義務付けられており、技量や経験である程度カバーができる投手はともかく、野手にとってはそんなに長いこと国内に押し込められていればあっという間に選手として脂の乗った時期を過ぎてしまい、ようやくメジャー挑戦が可能になったころには既に衰えが見え隠れする年齢になっていることが多い(実際、これを裏付けるかのようにMLBに挑戦した日本人のうち投手と比べて野手の成功者は圧倒的に少ないという事実がある)。そんなことになるくらいなら若いうちにポスティングを申請してさっさとメジャー挑戦を実行に移してしまおうという流れができてしまうのも無理からぬ話であろう。
上沢の一件の際には、当時日本ハムの監督を務めていた新庄剛志氏も「プロ野球自体が、ポスティングで(MLBに)行く選手たちが、行ってあまりいい活躍ができなくてソフトバンクに行くっていう流れになってほしくない。(こんなやり方で)福岡のソフトバンクのファンたちは心から喜べるのか」と現行のポスティングの制度に苦言を呈した他、この少し後に行われた球団会議においても「もしですよ。青柳くんとか、小笠原くん、佐々木くんにしても、トラブルがあったり万が一クビを切られたとなった時、そしたら間違いなく(どの球団も)欲しいじゃないですか。それがソフトバンクにって流れは作ってほしくない。」「向こうでダメで、違う球団となると監督としては“はぁ?”となる」「だってめちゃめちゃ強くなるじゃない。面白くなくないですか、(ソフトバンクは)去年ダントツで貯金42。それはちょっと良くないかなっていうことを言いました」と、有原式FAに対して問題提起したことを明かした。
上原浩治氏や高木豊氏等、球界OBの中にも、有原や上沢は現行のルールには抵触していないとする一方で、今のポスティング制度や海外FA権制度がメジャー移籍の敷居がかつてと比べて低くなった現代にはもはやそぐわないものになってしまっていると指摘している者は少なくない(従来はメジャーに挑戦できるのはNPBで圧倒的な成績を残した選手だけだったが、現在では少しでも実績を出せば誰でもメジャーを目指す時代になったという所感を抱くOBも存在する)。
このうち上原氏は「FA権未取得の場合若しくは渡米後3年未満でMLBからNPBへ復帰する場合は古巣の球団に優先的に交渉権を与え、(球団側が交渉権を放棄しない限り)古巣の球団に戻れるようにする制度へと改めるべき」とする案を提唱しており、別の有識者も「選手がNPBに復帰する際に古巣以外のチームを選択した場合、古巣のチームが何らかの金銭的ないしは人的補償が得られるようにするべき」という意見を上げている。新庄氏は「渡米後最低でも3年はマイナーでもいいから夢に向けてトライし続けてほしい」「帰国後に移籍するにしてもせめて最低1年は古巣でプレイしてほしい」と私見を述べている。
しかし、残念ながら2025年現在、これら諸問題への対策はNPBでは一切なされていないのが現状であり、ファンの間では事態の改善に向けて一向に動こうとしない球界に対する不満や不信の声が高まりつつある。
新庄氏は会議で上記の提言をした際に「他の監督たちからはあまり芳しい反応は貰えなかった」と嘆いている。なお、新庄氏にこの話を振ったのは当時ロッテの監督を務めていた吉井理人氏であり、場合によっては同年にポスティング移籍した佐々木朗希が有原式FAをやりかねないことから事前に釘を刺すための行動とみられている。
また、NPBの現役選手が会員として所属している日本プロ野球選手会もこの件に関し、制度に違反している訳ではないことを理由に有原や上沢への批判を控えるよう求めており、現場とファンの価値観の乖離が浮き彫りとなっている。
余談・エピソード
- 結果的にではあるが有原と同じことを十年前に漫画でやってしまったキャラクターがおり、それが『グラゼニ』の主人公凡田夏之介である。凡田の場合は帰国後に所属元球団からの獲得オファーは出ていない。
- NPB復帰時に古巣以外の球団を選択した選手は、他にも伊良部秀輝や秋山翔吾などがいるが、伊良部は当時まだポスティング自体が存在しておらず(というより、彼がMLB移籍の際に色々と揉めたためにその反省からポスティングシステムが制定されたのだが)、また秋山や福留孝介のように海外FA権を行使してのMLB挑戦のケースも多数あるため、こちらも槍玉に挙げられることはなかった。
- 2024年オフ、上沢のNPB復帰報道があったその日の夕方に斉藤和巳のSNSの投稿が上沢のことではないかとして炎上したが、翌日の甲斐拓也の巨人FA移籍決定的の報道のことをほのめかしていたのではないか…ということになった。そうだとしてもSNSの使い方が悪すぎる。
関連タグ
空白の一日 同じく規約の穴を突いたことで起きた事件
札幌ドーム・栗山英樹:有原式FAを引き起こした遠因。前者は2022年まで日ハムの資金難を起こしていた原因であり、後者は上沢の有原式FA成立に際して「北海道の人も応援してやってほしい」と答えたため批判を浴びている(あとこの一件も影響している)。
夢:「ポスティングは選手の夢を後押しする制度」と言われることもあるが、「簡単にメジャーを諦めてしまうのならそれは夢とは言えないのでは?」と皮肉る声も見られるようになってしまっている。
谷沢龍二:漫画「SLAMDUNK」の登場人物。こちらはバスケットボールだが、自らの意志で渡米し、アメリカのレベルの高さを実感してなお帰国せず自分なりにもがき続けようとしたことからこの騒動と真逆であると再評価された。