ピクシブ百科事典

目次[非表示]

プロフィール

誕生日1998年8月10日
出身地東京都
身長158cm
スリーサイズB78-W57-H80
血液型O型
愛称あすか、あしゅ(初期)、あしゅりん(初期)


概要

乃木坂46のエースとしてグループの象徴となっているメンバー。

顔の縦の長さ18cmの小顔で、他のメンバーからは「公開処刑人」と妬み交じりにいじられる。

日本人の父とミャンマー人の母との間に生まれ、小学生時代は子役活動をしていた。しかし、学年が上がるにつれて周囲との友人関係に不信感を覚えるようになり不登校となる。現在でも一人でいることを好み、仕事の息抜き会話は専ら母親との電話で解決することが多い。
ただ、映画「映像研には手を出すな!」で後輩の3期生ながらも、年齢的には同年代の山下美月梅澤美波と共演して、本格的にメンバー(特に後輩)との親交をより深めようとするようになり、映画の撮影終了後は、梅澤と一緒に食事をしたり寝泊りしたりする仲となり、山下とはお互いにイジり合っている。4期生の遠藤さくらとは、「えんぴー」「あすぴーさん」と呼ぶほどの仲であり、齋藤曰く、「一時期の私とそっくりで、守ってあげたくなる。」らしい。
(ただ、この映画を撮る以前から、アンダーで長年共に歩んでいた2期生メンバーや3期生の与田祐希大園桃子と話をしたりスキンシップを取るようにはしていたようで、伊藤純奈の膝の上に乗ったり、北野日奈子とイチャイチャしたり、与田を「よだっちょ」、大園を「ぞのっち」と呼んでいたりしていた。)

乃木坂46一期メンバーへの応募も中学時代の友人に勧められたもので、自ら能動的に受験したものではなかった。

遍歴

一期生最年少メンバーとして乃木坂46に加入してデビュー曲『おいでシャンプー』でこそ選抜入りしたものの、その後は選抜メンバーに定着しない日々とメンバー間の熾烈な人気争いに頭を悩ませていた。特に2014年は一度もシングル選抜に入ることができず、1年間を棒に振ってしまう。齋藤本人も、初期の愛称とキャラ付けは「黒歴史」だったと回顧している。

しかし、11thシングル『命は美しい』で2年ぶりの選抜復帰を果たすと、以後選抜メンバーに定着し、生駒里奈の人気離れと反比例するように13thシングル『今、話したい誰かがいる』で初の「十福神」入りを果たすと、15thシングル『裸足でSummer』で乃木坂46のシングル表題曲のセンターを初めて務めた。以降、19thシングル『いつかできるから今日できる』では西野七瀬とのWセンター、21stシングル『ジコチューで行こう!』、23rdシングル『Sing Out!』でもセンターを務め、グループの将来を担う逸材として乃木坂46運営側から多大なる期待とプレッシャーを寄せられる立場となっている。

ただ、齋藤自身は運営の戦略方針にまんざら賛同しているわけではない。ドキュメンタリー番組・情熱大陸では「乃木坂46 Live in Shanghai」の準備中、エースとしてグループを引っ張ってきた西野七瀬の卒業前最初で最後の海外公演にも関わらず、自らがメインセンターを務める演出に齋藤は抗議した。しかし、「これから乃木坂46を海外展開していく中で、卒業していく西野よりもこれからの未来を担う齋藤の方がセンターとしてふさわしい」と言う運営総責任者の今野義雄氏らスタッフの判断によって、陳情は無下にされ不満気な表情を顕わにした。

このような過去の経緯からも、齋藤自身はアイドル商売そのものの矛盾点を考える度量を持ち合わせているようだ。

活動経歴

映画


ファッション雑誌


関連動画




関連タグ

乃木坂46 エース ミャンマー ハーフ ツンデレ
滝沢カレン:齋藤の友達(本人公認)。最近LINEで連絡先を交換したらしい。
アンミカ:齋藤の友達その2(本人公認)。2020年の「乃木坂46時間TV」の齋藤の電視台で初共演。
神田伯山:齋藤が好きな講談師。伯山がMCを務める番組にもゲスト出演した。

関連記事

親記事

乃木坂46 のぎさかふぉーてぃーしっくす

兄弟記事

pixivに投稿されたイラスト pixivで「齋藤飛鳥」のイラストを見る

pixivに投稿された小説 pixivで「齋藤飛鳥」の小説を見る

このタグがついたpixivの作品閲覧データ 総閲覧数: 161234

コメント